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第55話 助けを呼んだのは誰か

お読みいただき、ありがとうございます。

どうぞ、今回の旅もお楽しみください。

 柵が、逃げる人々を止めた。

 森を見るために作られた足場には、出入口が二つしかない。片方へ人が殺到し、板が大きくたわんだ。

「押すな! 下に落ちるぞ!」

 監視員が叫んだ。

 剣を持つ者の一人が柵を外し始めたが、別の男がその背を押して先へ出ようとする。誰かの帽子が落ち、拾う間もなく踏まれた。

 上空を影が横切った。

 ワイバーンの翼が、葉をまとめて吹き飛ばす。


 エドガーは腰の銃へ手を伸ばした。

 だが銃口の先に、逃げる人の頭がある。

「撃てねえ」

「その距離から胴へ当てても、止まらぬ」

 フレイアは言った。

 大きな獣の喉が赤くなる。彼女は手を上げ、見物台の上へ膜を張った。

 炎がそこへ当たり、左右へ流れた。端を覆いきれず、離れた足場に火が移る。

 悲鳴が上がった。

「全ては覆えぬ。広がると薄くなる」

「なら、こっちへ出せばいいんだな」

 エドガーは柵へ足をかけた。


 板を蹴り外すと、小さな子がこちらを見た。

 先ほど、ゴブリンが助けてと言っていると尋ねた少女だった。

 エドガーは手を伸ばす。

「一人ずつ。母ちゃんと離れるな」

 その横へ、人が倒れ込んだ。

 足首が不自然な向きになっている。エドガーが腕を取ると、後ろから別の見物人が肩を貸した。

 狩りの時に笑っていた者かどうか、彼には確かめられなかった。

 確かめてから助ける余裕もなかった。


 ワイバーンが地面へ降りた。

 土が跳ね、折れた枝が柵を越える。近くの冒険者が槍を突き出した。鱗に弾かれ、柄が折れた。

 男は槍を捨てたが、隣の負傷者を引いて退いた。

 何人かは武器も仲間も置いて走った。


「フレイア!」

 エドガーが呼んだ。

 獣の尾が、崩れた足場へ向かっている。

 彼は人のいない斜め上へ銃口を向け、鱗の薄い翼の付け根を狙った。命中したかは分からない。ただ巨体が振り向いた。

 その目が、こちらを捉える。

「こっちへ来る」

「分かっておる」

「倒せるか」

 フレイアは、獣の後ろを見た。

 人がいる。頭上には枝がある。大きく吹き飛ばせば、避難する列まで巻き込む。

「そこの者を木の向こうへ。急げ」

 エドガーは頷き、負傷した男へ肩を入れた。


 ワイバーンが跳んだ。

 フレイアは正面で受け止めず、横へ踏み込んだ。爪の軌道を障壁でずらし、巨体を人の途切れた斜面へ落とす。

 地面が揺れた。

 反動で、彼女の靴が土へ沈む。

 獣はすぐに首を上げた。火を吐くために顎が開く。その向こうに、まだ逃げ切れない者が見えた。

 フレイアは顎を押し上げ、炎を木々より上へ向けた。

 熱が髪の端を舐める。

 黒い槍を短く作り、鱗の継ぎ目へ差し込んだ。

 巨体が一度強く跳ね、斜面の土を掻いた。

 彼女は周囲の人影を確かめながら身体を退き、獣が動かなくなるまで、その場を離れなかった。


 歓声より先に、泣き声が聞こえた。

 火のついた足場の下に、人が残っていた。エドガーが呼び、まだ動ける冒険者たちが板を持ち上げる。

 フレイアは燃える端を切り離した。

 助け出された者も、返事のない者もいた。

 数を数えられる状態ではなかった。


「倒したのか……?」

 誰かが尋ねた。

「あの魔族が、一人で」

 死体へ近づく者が出た。監視員が止めたが、別の者が鱗の値段を口にした。

 少し離れた所では、少女の母親が娘を抱いたまま動かない。

 助かったと笑う顔と、戻らない者を呼ぶ声が、同じ場所にあった。


 村へ戻る頃、狩りを続ける者はいなくなっていた。

 それでも広場には酒樽が出された。

「討伐祝いです。まずは一杯」

 エドガーへ杯が渡る。

 村長はフレイアの前で帽子を取り、深く頭を下げた。

「村を救っていただきました。今年の優勝は、あなたで――」

「競技は辞退した」

「ええ、ですが、あの大物を」

「ゴブリンの耳の数と、一緒にするな」

 村長の笑みが固まった。

 エドガーも口を挟んだ。

「まだ人を運んでる。表彰は後にできねえか」

 村長は背後を見て、慌てて人を呼んだ。担架へ回る者が増えた。


 夕方、改めて袋が差し出された。

 金貨五十枚。用意していた優勝賞金を、ワイバーン討伐の礼として渡すという。

 フレイアは数を確かめ、受け取った。

「もらうんだな」

 エドガーが小声で言った。

「我は倒した。報酬を受け取らぬと、言った覚えはない」

「そうか」

 彼は杯を見た。

 飲まずに卓へ置いた。


 音楽が始まった。

 帰る者の方が多かったが、広場へ残る者もいた。無事だったことを確かめるように笑い、酒を飲み、話し続けている。

 村長は、来年は見物台を広げ、監視員を増やすと話した。

 ゴブリンの点数を変えるとは、言わなかった。

「武器を持たぬ者も狩る規則は、そのままか」

 フレイアが尋ねた。

「増えれば村が危ない。今日のことでも、安全の大切さが――」

「今日来たのは、ワイバーンだ」

 村長は黙った。

 それを論破できた顔で眺める気には、なれなかった。

 フレイアも、この朝まで参加札を持っていた。


 灯りがつく前、二人は見物台の方へ戻った。

 倒されたゴブリンは、柵の近くに残されていた。

 エドガーは足を止めた。

 落ちていた籠へ木の実を戻した。拾えた分だけだった。

 祭りの音は、ここまで届いていた。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

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