第54話 柵のこちら側
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どうぞ、今回の旅もお楽しみください。
「辞退する」
エドガーが二枚の札を受付へ置いた。
係は番号を帳面から消し、理由を尋ねた。
「駆除だと思って来た。相手が何をしてても耳さえあれば得点ってのは、俺には合わねえ」
「皆、その規則で参加されていますが」
「だから、俺たちは出ない」
フレイアは横で聞いていた。
係は次の組を呼んだ。
馬車を置いた村の厩へ戻る前に、二人は北門を見た。
森へ続く道に、見物人用の足場が組まれている。出入口を確かめておきたい、とエドガーが言った。混み合う道を馬車で抜ける時のためでもあった。
フレイアには、さっき規則を尋ねた相手が、実際に何をするのか見たい気持ちが残っていた。
「少し見る。その後で出る」
「分かった」
森の外縁には縄が張られていた。
その内側を狩る。見物人は柵の外から動かない。監視員が何度も繰り返し、子供が柵へ足をかけるたび下ろさせていた。
角笛が鳴った。
先に姿を見せたのは角兎だった。矢を受けて走り、別の参加者の足元で止まった。仕留めた者が角を掲げると、係が一点と叫んだ。
獣を食べる人間が、獣を殺す。
それだけなら、昨夜の干し肉とも切り離せない。
フレイアは、誰が何を喜んでいるのかを見ていた。
獲物を引き取り肉の状態を確かめる者。点数を聞くたび賭け札を書き直す者。血が飛ぶ方へ子供の身体を向け直す者。
出口の一つは、荷を入れるために塞がれていた。
エドガーが係へ聞くと、昼には開くという。二人は柵の端へ移り、先の道を確かめた。大人数が戻る前に通るなら、そこを使える。
戻りかけた時、近くの男が笑った。
「小さいゴブリンを見つけた組が勝つぞ。十点ずつだからな」
隣の者も笑ったが、後ろにいた女は顔を背けた。子供へ聞かせる話ではない、と小さく言った。
男は気にせず森を指した。
フレイアは口を開きかけた。何を言うつもりだったのか、自分でもまとまらなかった。
エドガーが袖へ触れる。
「出よう。道は分かった」
彼女は頷いた。
茂みが揺れた。
小さな身体が飛び出し、足をもつれさせた。粗い布を巻き、背中に籠を負っている。手に刃物は見えなかった。
「十点だ!」
背後から飛んだ矢が、右脚へ刺さった。
倒れた拍子に籠が外れ、木の実が転がった。虫らしいものも落ちて、枯れ葉へ潜っていった。
ゴブリンは腕で身体を引き、柵へ近づこうとした。
「タスケ……」
フレイアの横で、少女が母親の服を掴んだ。
「今、助けてって言ったよ」
母親は返事をしなかった。少女の肩を抱いて柵から下げる。
追ってきた剣士が、ゴブリンの手を踏んだ。
「逃げるな」
エドガーが振り返った。
「おい、武器は――」
剣が下りた。
言葉を最後まで言うより、早かった。
木の実が一つ、柵の下を通って転がってきた。
少女の靴に当たる。
剣士は息を整え、獲物の顔を横へ向けた。左耳を切り、監視員へ差し出す。後から来た弓手が、自分が当てたのだと声を上げた。
「同じ組なら、まとめて十点だ」
監視員が言った。
紙へ数字が書かれ、少し離れた所で拍手が起きた。
すぐ横の男は手を叩かなかった。柵に置いていた手を引き、自分の服へ擦りつけるような仕草をした。
少女は、靴の前の木の実を見ていた。
「悪いこと、したの?」
「……こっちへ来なさい」
母親は答えず、少女を連れて出口へ向かった。前にはまだ見物人が並び、二人の姿は人の間へ隠れた。
その二人の後ろで、別の子供が十点と叫んだ。
フレイアは自分の手を見た。
動かせたはずの手だった。人の肩越しに剣を止めるには、目の前の柵も、人の位置も確かめなければならない。何も見ずに力を放てる場所ではない。
だから間に合わなかった、とだけ言えば済むのか。
札を返した後も、ここへ来て見ようと決めた。止めることまでは、自分の役目にしていなかった。
メルスでは、止めた刃の先にいた人間を殺した。
今は、止めるための一歩を踏み出さなかった。
「俺、見るだけならいいと思ってた」
エドガーが言った。
「我もだ」
「さっき怒鳴ればよかったって、今なら言える。あいつが出てくる前から、何をするか聞いてたのにな」
フレイアは頷きかけ、やめた。
「貴様だけの話ではない」
「分かってる」
彼は柵の向こうを見た。命乞いをした身体は、次の獲物を運ぶ邪魔にならぬ場所へ寄せられていた。
「出れば、俺たちは見ずに済む」
「それで、あちらの狩りが止まるわけではないな」
答えのないまま、二人は出口へ向いた。
奥から、別の組の声が上がった。
巣穴を見つけたらしい。火を持ってこいという声に、監視員が範囲を越えるなと叫んだ。聞こえたのかどうか、返事はない。
その時、森の深い所で木が倒れる音がした。
誰かが冗談を言いかけ、口を閉じた。
もう一度、音がした。今度は近い。
高い枝から鳥が一斉に飛び立つ。足場を支える柱が、低く震えた。
「大物か?」
剣士が森を見た。さっき耳を渡した手には、まだ血がついていた。
監視員は角笛を取り出したが、鳴らす前に顔を上げた。
枝を折って、巨大な翼が広がった。
木漏れ日が消える。柵の上へ影が落ち、鱗に覆われた首がゆっくり曲がった。
「ワイバーン!」
声が上がった。
出口へ人が殺到した。
さっきまで地面の小さな身体へ向けられていた目が、一斉に、頭上から降りてくる爪を見た。
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