第53話 十点の名札
お読みいただき、ありがとうございます。
どうぞ、今回の旅もお楽しみください。
ラフティア大森林へ近づくにつれ、武器を持った旅人が増えた。
剣に色布を結んだ者もいれば、荷を軽くするためか鎧を馬へ載せた者もいる。街道沿いの露店では、矢束の隣で焼き菓子が売られていた。
エドガーは幟を見上げた。
「狩猟祭、だとさ」
剣を掲げる人の足元に、緑色の小さな姿が描かれている。
フレイアはその顔を見た。祭りの支度をする少女の声を思い出しかけ、やめた。同じ名前で呼ぶ行事でも、ここでは別のことが行われる。
村の門は、荷を運ぶ者のために開かれていた。
畑を荒らす魔物の駆除を兼ねた祭りだと、案内役の若者が説明した。森へ入る範囲を決め、二人一組で獲物の数を競う。参加費は一組銀貨二枚。優勝は金貨五十枚。
「五十」
エドガーが聞き返した。
「はい。近隣の商会からも出資がありまして」
彼は思わずフレイアを見たが、すぐに札へ目を戻した。
「何を狩るんだ」
「角兎、牙狼。畑と家畜の被害を減らすためです。大物も入ります」
「ここ最近、襲われた家は?」
「東の畑で苗を荒らされています。家畜の件は、担当に聞いてください」
若者は、ただの勧誘役らしかった。詳しい注意事項と得点の説明は、翌朝にあるという。
エドガーは札を読み、フレイアへ渡した。
「二人で、出るか。危険な相手なら避ける。畑の駆除なら、商売の手伝いみたいなもんだ」
「我の返事まで決めるな」
「今、聞いてる」
彼女は紙を見た。森の地図と制限時間。札を渡してきたエドガーへ、一度目をやった。
「説明を聞く。出るかどうかは、その後だ」
「当日の説明で取りやめてもいいか?」
エドガーが尋ねると、若者は頷いた。
銀貨二枚を渡し、二枚の木札を受け取る。組の番号は同じだった。
賞金の額を、彼はもう一度見た。
「宿代にはなるな」
「その前に、何の対価かを聞け」
「分かってる」
返事を聞きながら、フレイアは自分にも言ったのだと思った。
夕方、村を歩いた。
穀物倉の脇には古い柵があり、地面に穴が開いている。農夫は角兎の足跡だと言った。自分で仕掛けた罠も見せた。
「収穫前にやられると、冬の分がなくなるからな」
その話は、広場の賑やかさより分かりやすかった。
広場では子供が木剣を持ち、緑色の藁人形を叩いていた。菓子売りは同じ顔の焼き菓子を並べ、客へ二つ買えば安くすると呼びかけている。
フレイアが立ち止まると、店主は試食を勧めた。
「ゴブリンは、畑へ来るのか」
「昔は村を襲ったんですよ」
「今は?」
店主は少し困ったように笑った。
「狩ってるから、来ないんじゃないですかね」
答えを待つ客が増え、店主は包みを作り始めた。フレイアは邪魔にならない所へ退いた。
藁人形を倒した子供へ、父親が拍手した。
隣では別の子が転び、母親が膝の土を払っていた。
「ゴブリンが高い」
宿へ戻る途中、エドガーが詳細の掲示を見つけた。
角兎は一点。牙狼などは種類によって点が違い、大型は五点以上。ゴブリンは、一体で十点だった。
提出する証拠も書いてある。角、牙、そして左耳。
「両耳出されると、二体分になるからか」
エドガーが呟いた。
フレイアは十点の文字から目を離さなかった。
「刃を持っているかは、関係ないのか」
「そこは書いてねえな」
通りがかった受付の者へ聞くと、明朝の説明で質問してほしいと言われた。
彼女は木札を鞄へしまった。
メルスで、自分が止めた刃も思い出した。武器が動かなくなった後に、胸へ手を入れた。その区切りを見ようとしなかった自分が、今は札に区切りを探している。
翌朝、広場の台へ村長が上がった。
集まった者へ礼を述べ、村を襲った昔の群れについて話す。家を失い、親を失った者たちが、二度と被害を出さぬために森へ入った。それが祭りの始まりだという。
武器を掲げる者がいた。帽子を取り、黙って聞く老人もいた。
「その犠牲を忘れず、今年も村の安全を守っていただきたい!」
拍手が起きた。
フレイアは手を上げた。村長が頷くのを待ってから、口を開く。
「今、村へ来る群れは、どこにいる」
村長は彼女の角を見て、少し間を置いた。
「森の各所です。数を増やせば、いずれ畑へ出ます」
「最近の襲撃を、見た者はいるか」
「家畜が戻らないという届出はあります」
「その原因がゴブリンだと、確かめたのか」
台の端にいた係が、何か耳打ちした。
「必ずしも、すべてではありません。しかし先祖の被害が――」
「それを、なかったとは言っておらぬ。いつの記録なのだ」
村長は、手元の紙を見た。
「正確な年は。祖父が、その祖父から聞いたと……百年よりは昔でしょう」
背後から、何を今さらという声がした。別の場所では、そんなに前なのかと小声が交わされた。
エドガーは彼女を止めなかった。人の動きを見て、横へ寄っただけだった。
「記録がなくても、教訓は残ります」
村長が言った。
「今、被害が少ないのも、狩りを続けているからかもしれません」
「そうかもしれぬ」
フレイアが答えると、村長は一瞬言葉を止めた。
「ならば、その働きと、武器を持たぬ一体を殺すことを、どう分ける」
「相手は魔物です」
「逃げる者も、降りる者も、同じ十点か」
係が掲示を指した。
左耳一本。十点。
「規定では、そうなります」
フレイアは木札を取り出した。
村長の後ろには、昨夜の幟が掛かっていた。剣を持つ者は笑い、緑の姿には武器が描かれていない。
「分かった」
彼女はそれ以上、広場で話さなかった。
開会の手順が再開される。制限範囲、終了の角笛、獲物の数え方。説明を聞きながら、エドガーが自分の札の紐をほどいた。
フレイアも、同じように紐へ指をかけた。
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