第34話 仲間を失った仲間たち
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どうぞ、今回の旅もお楽しみください。
バルガスが、ボルクの肩を掴んだ。
「おい」
返事がない。
もう一度揺すろうとする腕を、エドガーが押さえた。毛布がずれ、後頭部の下に黒いものが見えた。髪へ血が固まっている。
「ここ、ぶつけたのか」
エドガーは旅団を見た。
バルガスが手を離した。セルドの視線が、その手を追った。
「昨日、殴ったろ」
「荷を落としたからだ。一度だけだぞ」
「倒れてたじゃないか」
「立った。あのあと歩いた!」
声が洞窟へ響いた。
マリナが毛布を引き上げようとして、途中で止めた。
「その前から、お腹が痛いと言っていたわ」
「なら、何で飯を抜いた」
兄弟の一人が言った。
「勝手に食料を持ち出したから。あれは、みんなの分だったのよ」
「毛布を濡らしたのはお前らだ」
セルドが兄弟へ向き直る。
「ボルクを雪へ落としただけだ。すぐ運び戻した」
「運び戻した時、動いてたか」
エドガーが聞いた。
二人は顔を見合わせた。
「……寝てた」
「息は見たか」
「そんなことまで、いちいち」
兄の声が小さくなった。
フレイアは、順番に顔を見た。
先ほどは誰もが、ボルクのことをよく知っているように話していた。今は、朝に何を言ったか、ここへ着いた時にどちらが運んだか、それだけでも答えが揃わなかった。
「殴られた後も歩いた。腹が痛いと言った。食べ物がなく、毛布は濡れた。それは確かか」
「だから、俺のせいじゃないと言ってる」
バルガスが答えた。
「そのようには聞いておらぬ」
「お前が聞きたいのは、それだろうが」
エドガーが二人の間へ膝を入れた。
「頭の傷が原因か、ほかに何かあったか、俺には分からない。山を下りたら医者か役所に見てもらう。いま言ったことは、その時にも話してくれ」
「役所?」
マリナが聞き返した。
「俺たちを突き出すのか」
「死人が出たんだ。俺たちだけで埋めて、分からなかったことにするのかよ」
焚き火で、濡れた薪が鳴った。
老人がようやく口を開いた。
「朝、声をかけたんだ。返事がなかったから、起きたくないんだと思った」
膝に置いた手を見ていた。
「見ておけば、よかった」
「爺さんは悪くない」
セルドがすぐ言った。
「見ておけばよかったかもしれんと言ってるんだ」
老人は顔を上げなかった。
弟が、空の椀を床へ置いた。口を開きかけたが、兄に肩を掴まれると黙った。
その沈黙へ、マリナの声が入った。
「どうして、来たばかりの人に分かったの」
エドガーが振り向く。
「動かなかったから確かめたんだ」
「あなたじゃない。そっちの」
指がフレイアへ向いていた。
「さっきから、何も驚かない。魔族には分かるの?」
「我が驚けば、この男が生き返るのか」
マリナの顔が歪んだ。フレイアは、自分の言い方が相手を傷つけたことだけは分かった。それを言い直す前に、セルドが弓を手にした。
「最初から、おかしいと思ってた」
「何がだよ」
エドガーが立ち上がる。
「お前たちが来てから、急に死んだ」
「見つけたんだ。来る前は生きてたって、誰が確かめた」
誰も答えなかった。
「なら、来たあとに死んだかもしれないだろ」
兄が言った。弟は兄の顔を見た。
「そんなこと、俺たちには分から――」
「黙ってろ」
兄は小さく言い、フレイアから目を逸らした。
バルガスが、焚き火の向こうへ回った。
さっき馬車を押してくれた大きな手が、短い斧を取る。
「お前たちが、何かしたということはないのか」
「ない」
エドガーが答えた。
「それを、信じろと?」
「いま何を言っても、信じないつもりだろ」
バルガスはフレイアを見ていた。魔族を入れようと言った時には、こんな目をしていなかった。何を考えたのか、彼は首を振った。
「出ていってくれ」
老人が顔を上げた。
「外は、まだ」
「静かにしてくれ。こいつと二人で話したい」
バルガスが示したのは、もう返事をしないボルクだった。
「仲間を亡くしたんだ。これ以上、よそ者に荒らされたくない」
エドガーが何か言いかけた。フレイアは袖を引いた。
「馬車を出すぞ」
「道が見えない」
「遠くまでは行かぬ。入口へ来る前に、張り出した岩があった。そこまで戻る」
相手の武器を奪うことはできる。動けなくして、火のそばへ居座ることもできる。その間、ボルクの死体を挟んで何を話せばよいのか、フレイアには分からなかった。
弟が荷車を少し動かし、通る場所を空けた。
マリナは馬へ掛けた毛布を取りに来たが、二頭の震えを見ると手を止めた。
「それは……朝にでも」
言い終わらず、後ろへ下がった。
エドガーは自分の乾いた毛布を一枚置いた。
「借りる。下の監視小屋へ返す」
礼を言う声にはならなかった。
フレイアは風を遮る膜を広げた。雪が左右へ流れ、洞窟の入口へ吹き戻される。セルドが一歩退いた。その顔へ、自分たちの疑いを確かめたような色が浮かんだ。
フレイアは膜を保ったまま、道へ足を下ろした。
岩の張り出しへ着くまでに、車輪は何度も止まった。
エドガーが足元を確かめ、フレイアが沈んだ側を少し持ち上げる。風は防げても、道の続きは見えない。ようやく馬車を寄せた時、洞窟の灯りは雪の向こうへ消えていた。
「……戻って、あいつらを殴りたくなるな」
エドガーが言った。
「誰をだ」
「分からねぇ。全員って言いかけた」
濡れた手袋を外し、掌をこすり合わせる。
フレイアは、ボルクを悪く言う時だけ揃った笑いを思い出した。次には、魔族を疑う声が揃い始めた。最後まで黙っていた者の考えは分からなかった。
エドガーは馬の背へ布を掛けた。
フレイアは、それがマリナの渡した物であることを見ていた。返す約束をした商人が、まだ畳まずに使っている。
夜は長かった。膜の外へ積もる雪を、斜面を揺らさないよう少しずつ退ける。エドガーは交代で見張ると言ったが、途中から座ったまま眠っていた。
朝になり、風が弱まった。
二人は戻る道を探し、少しずつ山を下りた。監視小屋の屋根が見え始めた頃、背後で低い音がした。
振り返ると、上の斜面が動いていた。
雪が木々の間を埋め、白い煙を上げて落ちてくる。洞窟へ続くはずの道が、次々に見えなくなった。
エドガーは馬を止めた。
「あそこに、まだいるか」
「ここからでは分からぬ」
フレイアは山を見た。雪煙の下に、岩も荷車も見えない。手当たり次第に雪を動かせば、残った斜面まで崩すかもしれなかった。
「小屋へ知らせる。場所を知る者を呼べ」
エドガーが二頭を進ませた。フレイアは振り返りながら、その横を歩いた。
小屋の番人へ、洞窟の場所と、七人いたことを伝えた。
兄弟と老人の名は聞いていなかった。服と荷の種類を説明する。ボルクは、前日に死んでいるのを確認したと分けて話した。残る六人の生死は分からない。
番人が別の小屋へ合図を送り、人と道具を集めた。エドガーは毛布を渡そうとしたが、捜索に使うから持っていてくれと言われた。
フレイアは、登る者たちに崩れた範囲を示した。風よけならできると伝え、道を確かめる間だけついていった。雪に埋まった枝を一本動かすにも、下の音を聞いてからにした。
昼に戻った時、洞窟へ通じる道はまだ見つかっていなかった。
全員が死んだとは、誰も言わなかった。
助かったとも、言えなかった。
出発は翌日になった。
小屋へ連絡先を残し、二頭が休む間に書いた見取り図を渡す。借りた毛布は、洗って乾かして預けた。
バルガスが馬車を押した場所と、ボルクが横たわっていた場所。同じ洞窟の中に、両方を記した。
フレイアは七人の欄を見直した。聞けなかった三人の名前は、空いたままだった。
番人が紙の端を押さえた。手を離す前に、フレイアは老人の服の色を一つ書き足した。
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