第20話 本物の剣、その先の旅
お読みいただき、ありがとうございます。
どうぞ、今回の旅もお楽しみください。
四日目の朝、博物館には衛兵が二人いた。
ルシアはその間を歩き、フレイアは少し先へ立っていた。昨日まで自由に人間を眺めていた少女が、今日は人間に進む方向を決められている。
彼女は、それへ目立って逆らわなかった。
何を考えているか、フレイアには分からない。ただ、歩くたび衛兵の手がどこへ動くかを確かめている目には、まだ、観察者の癖が残っていた。
「こちらの剣ですか」
学芸の男が展示台を示した。
硝子の中に、無骨な鉄剣がある。外へ通じる窓から朝日が入り、刃の欠けた部分へ細い影がついていた。
広場の宝石の輝きとは、何もかも違う。
「これが、我を貫いた」
フレイアはルシアへ言った。
「百年前、勇者レイドスが握っていた剣だ」
衛兵の一人が、学芸の男を見た。彼は慌てて説明を挟まず、フレイアの続きを待った。
ルシアは展示の札を読み、刃の根元へ目を寄せた。
「何も、ありません。力も、呪いも。今は、ただの鉄です」
「初めから、特別な武器であったわけではない」
フレイアは柄を見た。
巻き直された布の跡。滑らぬよう指が当たる場所。自分の記憶にある男は、そのどこへ力を入れれば、目の前の魔族を倒せるか知っていた。
「あの男が使っていたから、聖剣だった」
ルシアの目が動いた。
学芸の男が、静かに尋ねた。
「どの部分が、そうお分かりになるのでしょう」
フレイアは知っている限りを話した。
柄と刀身の形。受けた角度。根元に残る血が、自分のものだと感じられること。最後の一点は、他人が同じように確かめられるとは限らないとも伝えた。
男は一つずつ記録した。すぐに札を書き換えることはせず、出土記録と照らし合わせ、証言として残したいと言った。
フレイアは頷いた。
「では、広場のものは」
ルシアが言った。
「少なくとも、我が受けた剣ではない」
フレイアは答えた。
男は記録を続けていた。今後、何を調べ、どのように展示するかは、この国の者が決めていくことになる。
◆
衛兵が手続きを確かめている間、フレイアはルシアの隣へ立った。
窓の外から、広場の声がする。今日も、開場を待っている者がいる。昨日の襲撃を知り、遠くから剣を見るだけにした家族もいた。
「偽物を失わせたところで、本物はここに残る。だから、よいとは思えませんか」
ルシアが尋ねた。
分かったふりはしていない。自分の考えを、まだそのまま持っている。
「ここに本物があれば、外で傷つく人間も、同じように残るからか」
フレイアは返した。
「昨日、雷を見て走った者は、剣を置いて逃げた。それを見て、お前は何が分かった」
「命の方が、大切なのだと」
「なら、剣を捨てた者の願いは、嘘だったか」
ルシアは窓へ目を向けた。
「……必ずしも、そうではないのでしょうね」
答えは、まだ慎重だった。
「今朝、ここへ来る前に、子供を見た」
フレイアは言った。
「昨日も来ていた。今日は木の剣を持たず、母親の手を握っていた。だが、広場から目を離さなかった」
怖かったのだろう。
それでも、誰も前に立たぬ方が怖いと言った願いまで、消えたかどうかは分からない。
その続きを知りたければ、また見て、話しかけ、違う返事も聞く必要がある。
「お前の知りたい人間は、一度壊して、取り出せる答えではなかろう」
ルシアは返事をしなかった。
視線の先で、学芸の男が古い記録を運んでいる。剣を信じたいからではなく、誰が使ったか知りたいという顔だった。
人間が何かを信じる姿も、疑って調べる姿も、同じ部屋の内外にあった。
やがて衛兵が戻り、ルシアを呼んだ。
路地の男の死と、広場への襲撃。調べるべきことは残っている。彼女はこの国に留まり、説明へ応じることになった。
「また、お会いできますか」
去る前に、ルシアが尋ねた。
「その時には、人間から何を聞いたか話せ。お前が何を起こしたかだけではなくな」
少女は少し考え、頷いた。
約束を守れるかどうかは、まだ分からない。だが、言葉の意味を確かめずに微笑むことはしなかった。
◆
正午の広場で、エドガーが聖剣へ挑んでいた。
待ち合わせの場所へ着くと、ちょうど両手で柄を握り、足を踏ん張っているところだった。
剣は動かない。
商人はさらに力を込め、やがて長く息を吐いた。肩を落として台座から下がると、フレイアを見つける。
「……見てたか」
「見ていた」
「今のは、持つ場所を確かめただけだ」
「では、次は抜けるのだな」
エドガーは顔をしかめ、それから笑った。
「商談の支払いが済んでない。王様になるのは、もう少し待ってもらう」
彼女は初めて、今日はその冗談へ素直に笑えそうになった。
男は気づいたのか、気づかなかったのか。追及せずに荷を持ち、広場の外へ歩き始めた。
「片づいたか」
「我にできるところまでは」
答えると、彼は頷いた。
それ以上を、今すぐ聞き出そうとはしない。代わりに、今日の食事へ何を買ったかを話した。
フレイアはその話を聞きながら、一度だけ広場を振り返った。
宝石の剣は、まだ立っていた。
その意味は、昨日と同じである部分も、自分が知らなかった部分もある。博物館の小さな記録が、いつか新しい問いを増やすかもしれない。
今は、ただ、それを調べる人間がいることを覚えておこうと思った。
◆
門を出てしばらくすると、街道が林へ入った。
馬の歩調が落ち、エドガーが手綱を緩める。フレイアは荷台へ背を預け、四日間で増えた覚え書きを開いていた。
紙の端に影が落ちる。
男が三人、道へ出てきた。
「荷を置いていけ」
先頭の男が剣を抜いた。
フレイアは冊子を閉じた。立ち上がればすぐに止められる。そのつもりで足へ力を入れた時、エドガーの手が後ろへ伸びた。
「座ってろ」
いつもの、軽い調子ではなかった。
彼のもう片方の手は、外套の下にある。
フレイアはその横顔を見た。
魔王へ昼飯を差し出した時にも、聖剣へ挑んだ時にもなかった表情で、商人が三人の立ち位置を数えていた。
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