第19話 観察する者、される者
お読みいただき、ありがとうございます。
どうぞ、今回の旅もお楽しみください。
最初の雷が消えた時、ルシアは術式を作り直そうとした。
だが、指へ集めた魔力までほどけていく。相手へぶつけたものを壊されたのではない。自分が握っていた流れの根元へ、別の力が入っていた。
少女は足を引き、二つ目の魔法陣へ力を回した。
フレイアは動かなかった。
障壁の外で、雷が地面へ落ちる前に細くほどける。光が空気へ散り、焦げた草の匂いだけが残った。
「まだ、構成を残せます」
ルシアが言った。
自分へ言い聞かせるような声だった。三つ目の陣から光を束ね、刃へ変え、その後ろへ防御を重ねる。
フレイアは、ようやく一歩進んだ。
刃が止まる。
防御の一枚目が軋み、二枚目の外周に細い裂け目ができた。ルシアは息を止める。最後の一枚へ全てを集めたが、フレイアは壊れるまで待たず、その内側の術者へ手を伸ばした。
少女の足が、地面から離れた。
魔力の流れを遮られ、三つ目の障壁も崩れる。
痛みはなかった。動こうとしても、動けない。指も、足も、顎も、身体の全てを相手へ預けられている。
ルシアの目だけが、初めて大きく開いた。
「これで、お前の反応が見られるな」
フレイアが言った。
少女は何か答えようとして、声を出せぬことに気づく。喉を絞めてはいない。だが、動かすべき筋肉すら、自分の意志に従わなかった。
フレイアは、しばらく待った。
怯えは、やがて怒りへ変わる。自分が観察される側へ回ったことを、ルシアは面白いと思っていなかった。
「人間へ同じことをした時も、こうして考える時間を与えたか」
返事はない。
フレイアは声だけ出せるよう、拘束を緩めた。
ルシアが短く息を吸い、最初に口にしたのは、命乞いではなかった。
「王への攻撃です。処断する権利が、おありでしょう」
「ああ」
「なぜ、使わないのですか」
フレイアは少女を見た。
相手が知りたいのは、まだ、自分の身を守る方法より、こちらの動く理由だった。その性質まで、力で簡単に変えることはできない。
「権利があるからといって、今、殺すことを選ぶ必要はない」
「選ぶ、のですね」
「お前にも、選ぶ前の相手がいた」
ルシアの顔から、少しずつ表情が消えた。
男は邪魔だったから死んだ。人間は壊せば違う顔を見せる。自分へ都合のよい因果なら、相手を一つの物として扱える。
だが、今、自分を殺さぬ者の前では、その説明だけでは足りない。
フレイアは少女を地面へ下ろした。
全身を自由にはしなかった。転移へ使う魔力が動けば、すぐに止められるよう、流れの外側へ自分の力を残す。
ルシアは、膝をついたまま、焼けた地面を見た。
「私を庇うためでないことは、分かりました」
「分かったのなら、次は人間を見ることだ」
「見ています」
少女が顔を上げる。
その返事には、初めて苛立ちが混じっていた。
「だから、知りたいのです。あの剣に何を与えているのか。失えば、どんな形が出てくるのか。何も変わらない場所を、ずっと眺めていても」
「変わらぬ間の振る舞いは、偽物か」
フレイアが聞いた。
ルシアは答えなかった。
「母親が子供を連れてきた。係員が昨日落ちた祈りの紙を拾った。抜けぬ剣へ、今日も人が並んだ。お前はそれを、まだ本当の顔ではないと言う」
「取り繕う余裕があるからです」
「ならば、取り繕える時も、その者だろう」
フレイアは言い、広場の方へ顔を向けた。
朝の雷を受けても、固定した障壁の形は残っている。人々が無事に離れたことを、遠くの魔力の動きから確かめた。
「壊した後の顔だけを本当と決めたなら、お前は、自分が見たいものしか受け取らぬことになる」
ルシアは答えかけた。唇が閉じ、フレイアの目を見たまま、次の言葉を探した。
フレイアは彼女を立たせた。
「広場へ戻る。衛兵へ、何をしたか話せ」
「彼らに、私を裁くことができると?」
「お前が人間の反応を知りたいと言うなら、都合の悪い返事も受け取れ」
少女は、一瞬だけ笑おうとした。
だが、身体を包む拘束がまだ解けていないことを確かめ、表情を戻す。
フレイアは笑い返さなかった。
広場へ戻ると、衛兵が二人を囲んだ。
エドガーは外側で待っていた。フレイアを一度見てから、拘束された少女へ視線を移す。安心したと言う前に、倒れた者のところへ運ぶ水を持っていった。
転んで手を切った者。雷の音で耳を痛めた者。呼ばれるたび、手当ての列が長くなった。
ルシアは、その一人ひとりを見ていた。
面白いと思ったかどうかは、フレイアにも分からなかった。
衛兵の指揮役へ事情を伝える。
路地の男のこと、少女の名、襲撃と転移先での戦い。フレイアの話だけを結論にせず、係員と負傷者の言葉も調べるよう告げた。
指揮役は頷き、自分たちでも確認すると答えた。
彼女の身分を問われると、レイという旅人であることを、もう一度伝えた。この国の手続きへ、王の言葉で上書きするつもりはなかった。
「調査へ必要な話が、もう一つある」
フレイアは広場の剣を見た。
「明日、博物館の担当者にも会わせてほしい。聖剣について、確かめるべき物がある」
ルシアが顔を上げた。
指揮役は資料を照合した上で、衛兵の立ち会いを条件に頷いた。少女の拘束は、その間も解かないと決まった。
ルシアはその説明を最後まで聞き、黙って従った。
連れていかれる前に、彼女は小さく尋ねた。
「レイ様。あの剣は、人間を繋ぎ止めるから守った。それだけですか」
フレイアは、博物館の隅へ置かれた鉄を思い出した。
名のない武器を見る学芸の男は、使った人間がいたことを喜んでいた。自分には、その使い手の手まで見えていた。
「明日、見せる」
彼女はルシアと目を合わせた。
「我を貫いた、本当の剣をな」
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
続きも読みたいと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。




