第18話 守るものを選ばせる雷
お読みいただき、ありがとうございます。
どうぞ、今回の旅もお楽しみください。
夜の広場では、係員が台座の周りを掃いていた。
日中、幾人もの靴が運び込んだ砂を集め、剣の下に落ちた小さな紙を拾う。祈りを書いたものもあった。捨てずに箱へ入れている。
フレイアは外側の長椅子へ座り、広場を見渡していた。
警備は増えた。台座への立ち入りも止まっている。だが、ルシアの魔力は戻らない。自分をここへ留め、別の場所へ向かった可能性もある。
そう考えれば、離れる理由も、残る理由もあった。
「休まなくてよいのですか」
清掃の男が声をかけた。
フレイアは首を振り、今は眠る必要がないと答えた。男は角へ一度目をやり、なるほど、と頷く。怖がる様子はなかったが、何も気にしていないわけでもなかった。
「魔族の方が、ここを気にかけてくださるとは思いませんでした」
「剣は、人間だけのものか」
「少なくとも、そう教わりました」
正直な答えだった。
男は箒を持ち替え、少し考えてから続ける。
「戦争の時代からのものですから。誰かを守った話は、その誰かと戦った方には、別の話なのでしょうね」
フレイアは男を見た。
広場の外にいた客が、何を感じるかまで考える者も、この国にはいる。
「剣に、大切な者を殺された相手が来たら、どうする」
男はすぐには答えなかった。
箒の先で残った砂を寄せ、台座を振り返る。
「ここで揉めないでほしいとは、思います。でも、何も思うなとは……言えませんね」
それから、眠らぬ客へ水を持ってきた。
フレイアは受け取り、杯の縁へ指を添えた。
夜の風に、剣へ結ばれた細い布が揺れていた。
朝、エドガーが包みを持って現れた。
宿へ戻らなかった理由は衛兵から聞いたらしい。珍しく冗談を先に言わず、長椅子へ座った。
「魔族の子が、一人殺して逃げたってな」
「ああ。名はルシア。広場へ手を出すかもしれぬ」
「昨日から、ずっと待ってたのか」
フレイアは頷いた。
商人は包みを開き、まだ温かいパンを渡した。今は食う必要がないと告げても、必要がないのは前からだろ、としか返ってこなかった。
「警備を頼んだのか」
「封鎖と周囲の確認をな。だが、いつまでも剣の挑戦を止めては、街の暮らしが滞る」
係員たちは再開の準備をしていた。
待っている者をいくつかの区画へ分け、台座から下がる道も空けている。フレイアが危険を伝えたことは、信じてもらえていた。それでも、それだけで一日中何もせずに過ごせる者ばかりではない。
エドガーは広場を見た。
「お前なら、剣そのものは守れるんだろ」
「おそらくな」
「嫌な言い方をするな」
フレイアはパンへ目を落とした。
剣を囲うだけなら簡単だ。だが、人間がどこへ走り、何に怯え、何を庇おうとするかまでは、自分の望む通りにできない。
昨日、煉瓦から一人を守るために、ルシアを逃がした。
あの少女は、その一瞬の選択を見ている。
「貴様は、馬と荷を頼む」
「了解。逃げる場所も空けとく」
エドガーは立ち、広場の外側を確かめてから離れた。
フレイアはパンの残りを包み、長椅子の背へ置いた。食べかけを運ぶことまで、今は考えていられなかった。
人が増える。
母親に連れられた子供も来た。木剣は腰へ括られ、両手には何も持っていない。走らぬよう言われたのを守って、係員の示す線の内側を歩いていた。
昨夜の清掃の男が、台座の周囲を最後に確かめる。
フレイアは剣を見た。
最初に空気が変わったのは、太陽が屋根の端を越えた時だった。
雲はない。
それなのに、石畳を照らす光が、青く冷える。
フレイアは立ち上がり、両手を広げた。
「台座から離れろ!」
声の終わりへ、頭上で魔法陣が開いた。
青紫の光が集まる。中心は剣ではなく、剣と人々の間へ向けられていた。人間を逃がすか、象徴を守るか。一度の動きで両方へ届かぬ者なら、選ばされただろう。
フレイアは人のいる区画を先に包んだ。
次に剣の周囲へ壁を立て、空の術式と地面との間へ、斜めの障壁を差し込む。
雷が落ちた。
光の面を滑り、上へ跳ねた。衝撃だけが広場へ叩きつけられ、露店の日除けが膨れ上がる。
衛兵が前へ出た。
準備していた道へ人々を導き、押し合う者を引き離す。子供の母親は腰を低くして肩を抱き、動けぬ者へ清掃の男が手を貸した。
フレイアは人影を数えた。
倒れた者はいる。だが、刃のような光が直接届いた者はいない。
「流石です」
屋根の上から声がした。
ルシアが立っていた。魔法陣を維持したまま、広場を見渡している。
「何を守るか、よく分かりました」
フレイアは少女を見上げた。
剣へ向ける雷を止めさせたいなら、術者を止めねばならない。だが、飛び上がった先へ何を仕込んでいるかも、ルシアは待っている。
少女の姿が薄れた。
転移の痕は、城壁の外へ続いていた。わざと追えるほど、はっきり残されている。
フレイアは広場の障壁を固定し、衛兵へ人を戻すなと告げた。
それから、相手の示した道ではなく、残る魔力の流れを確かめた。
着地点の周囲に、別の術式が重なっている。
「誘っておるのだな」
彼女は、着く前から自分を包む障壁を組んだ。
移った瞬間、白い雷が三方向から食らいつく。
石の崖に囲まれた空地だった。雷が逃げぬよう、周囲を三重の術式で閉じている。
その中心へ、フレイアは立っていた。
「あなたが追うことも、計算していました」
ルシアが言った。
フレイアは、障壁の外で砕ける光を見た。広場の人間とは違い、この少女は、何が近づいているのかをまだ分かっていない。
「では、その計算の先まで、見ていろ」
フレイアは手を上げた。
自分へ重なっていた雷の一つが、音もなくほどけ始めた。
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