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第15話 勇者を売る街

お読みいただき、ありがとうございます。

どうぞ、今回の旅もお楽しみください。

 城門の前で、木の剣を持った子供が転んだ。

 フレイアが足を止めると、母親が先に駆け寄り、膝の砂を払った。子供は自分の傷より、落とした剣の先を気にしていた。拾い上げ、折れていないことを確かめてから、ようやく顔をしかめる。

「勇者は、それくらいで泣かないんじゃなかった?」

 母親が聞く。

 子供は口を結び、首を振った。

「勇者も、痛かったと思う」

 母親は少し驚き、それから頷いた。痛かっただろうね、と言い、子供の手を取る。

 フレイアは二人を見送った。

 木の剣には金色の飾りが描かれていた。魔王城で見た鉄の刃とは、形が違う。

「カリヴァルへようこそ」

 門番が旅券を受け取り、彼女の角へ目を向けた。

 嫌悪ではなく、確認の目だった。手元の規則を一度見てから、言葉を選ぶ。

「魔族の方も入国できます。ただし、聖剣への接触は禁じられています。広場へ入ること、見学することは差し支えありません」

「理由は」

「勇者の遺した象徴を守るためです。種族間の摩擦を防ぐ意味もございます」

 フレイアは門番を見た。

 戦争が終わり、国交が戻っても、同じものへ同じように触れてよいとは限らない。だが、この男個人と争っても、規則の理由が見えるわけではなかった。

「分かった。触れぬ」

 門番は少しだけ肩を緩め、案内の紙を渡した。剣のある広場と、資料を収めた博物館に印がある。

 その下へ、小さな文字で勇者レイドスの名が記されていた。

 フレイアの指が、そこで一度止まった。


 通りには、剣が溢れていた。

 宿の看板、食堂の紋章、窓へ並ぶ飾り物。串に刺した菓子まで、柄と鍔を模した形に焼かれている。エドガーが一つ買うと、店の女が、勇者の力がつくと笑った。

「効いたら、明日には王様だな」

 商人が言い、半分をフレイアへ差し出す。

 彼女は焼いた菓子を見た。レイドスの名が、温かい甘さと一緒に売られている。あの男がこれを見たら、何と言うのだろう。

「こういう扱いを、本人は望んだのか」

「そこまでは、店の姉さんも知らんだろうな」

 エドガーは菓子を食べた。フレイアも一口かじる。

 剣先の形をした端が、よく焼けていた。フレイアはそこを先に食べ、柄に当たる部分を最後まで残した。

「この国では、何を仕入れる」

 彼女が尋ねると、商人は目を丸くした。

「珍しいな。商売に興味が出たか」

「貴様の荷台も、我の座る場所と無関係ではない」

 エドガーは笑い、土産物と旅人向けの品を見て回ると言った。剣そのものは持ち出せないが、剣のある国へ来たという証拠なら売れる。

「持って帰って、誰かに見せたいんだよ。ここで何を見たか、話すきっかけになるだろ」

 フレイアは指へ残った菓子の粉を払った。

 あの小さな木剣も、子供がこの町を覚えるためのものになるのかもしれない。

 二人は宿を取り、滞在を四日と決めた。

 エドガーの商談先がいくつかあり、フレイアにも確かめたい場所があった。合流は四日目の正午、聖剣広場の外側。城門では人が多すぎ、見つけにくいためだった。

「今度は、勝手に酔って運ばれるなよ」

「その予定はない」

「前も、予定じゃなかっただろ」

 フレイアは、言い返す代わりに部屋の鍵を受け取った。

 エドガーは帽子を被り直し、店の並ぶ方へ向かう。彼が見えなくなるまで待ってから、彼女は広場への案内を開いた。

 勇者の肖像が印刷されていた。

 よく似ている。だが、絵の男は傷も疲れも見せず、曇りのない笑顔で剣を掲げている。

 フレイアが最後に見た顔とは、違っていた。


 広場へ近づくにつれ、人の声が揃い始めた。

 何かを勧める声でも、値を競う声でもない。中央へ集まり、同じ瞬間に息を詰め、同じ瞬間に落胆する。

 その後へ拍手が続いた。

 人垣の向こうから、汗に濡れた大男が出てくる。連れの女に肩を叩かれ、悔しそうに笑った。

「来年こそ、って言ってから何年だろうな」

「まだ来年があるじゃない」

 フレイアは二人の間を避け、広場の縁へ立った。

 中央には石の台座がある。その上へ一本の剣が突き立ち、周囲に挑戦を待つ者の列ができていた。

 次に柄を握ったのは、細い腕の若者だった。目を閉じて何かを祈り、両足を踏ん張る。引く力は、前の男より明らかに弱い。

 それでも、人々は前と同じように見守った。

 剣は動かなかった。

 若者は柄から手を離し、深く息を吐く。係員が労いの言葉をかけ、次の者を呼んだ。

「力だけで決まるものではないのですよ」

 隣にいた老人が、フレイアへ言った。

「剣が、その者の心を見て選ぶ。だから、誰にでも機会がある」

「誰も抜けぬのであろう」

「レイドス様がお抜きになった時も、それまでは、そう言われていたのでしょう」

 老人は笑った。

 フレイアは、あの男がどこで剣を手に入れたか知らない。剣を抜くためにどれほど苦労したかも。自分が知るのは、それを握って敵へ向かった時の姿だけだ。

 知らぬ過去を、知る者がここにいるかもしれない。

 彼女は台座へ目を向けた。

 剣は、美しかった。

 鍔へ細工が施され、柄には宝石が嵌め込まれている。刃は光を受け、傷のない白さで輝いていた。

 フレイアの胸へ、古い痛みが走った。

 目の前の品が恐ろしいからではなかった。

 記憶の中の鉄と、どうしても重ならない。

 彼女を貫いた剣は、こんな形をしていなかった。

 もっと無骨で、使い込まれ、柄へ巻いた布も擦れていた。相手が手を滑らせぬように、何度も巻き直した跡があった。

 修復したのか。後から飾ったのか。

 そう考えてみたが、刀身の幅も、鍔の曲がり方も違う。

 人々の語る聖剣と、自分の身体が覚えている刃の間へ、知らぬ時間が横たわっていた。

「魔族の方には、近づきづらいものかもしれませんね」

 老人が気づかうように言った。

 フレイアは、言葉を選んで返した。

「……少し、縁があるだけだ」

 老人はそれ以上聞かず、次の挑戦者へ顔を戻した。

 拍手が上がる。

 フレイアはその輪の外で、一人、剣を見続けた。

 勇者を知るために来た国で、最初に見つけたのは、自分の知らない勇者の剣だった。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

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