↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/81

第14話 抜かなかった剣、抜けない聖剣

お読みいただき、ありがとうございます。

どうぞ、今回の旅もお楽しみください。

 フレイアは、柄から手を離した。

 指先が離れるまで、白龍はそれが何を意味するか理解しなかったらしい。首をもたげ、彼女の手と背中の剣を交互に見た。

「抜かぬのか」

「ああ」

「同じ痛みを知っているのに」

 フレイアは白龍の前へ戻った。

「我は、この剣を抜けば、お前が助かると分かった」

 白龍の口が僅かに開く。

「同時に、助けたお前が、別の人間を喰うことも聞いた。今の我が選べるのは、その先を含めて剣を抜くか、抜かぬかだ」

「人間の側へ立つというのか」

「我が今、決めたということだ」

 白龍は彼女を睨んだ。

 傷つく前なら、その目だけで獲物を竦ませられたのだろう。だが、フレイアは動かなかった。龍の言い分を、弱った者の戯言として捨てることもしなかった。

 生きるために喰う。

 喰われぬために追う。

 どちらも、相手が退いてくれなければ、自分の生きる場所を失う。

 その中へ入る自分だけが、何も奪わぬ者として振る舞えるはずはなかった。

「ならば、なぜ来た」

 白龍の声が、少し低くなった。

「助けぬのなら、なぜ、話を聞いた」

 その問いには、すぐに答えられなかった。

 確かめるだけのつもりでも、手を近づければ相手は期待する。知りたいと願う自分の行動にも、他者へ起こしてしまうことがある。

 フレイアは白龍を見たまま、短く答えた。

「聞く前には、決められなかった」

 白龍はしばらく彼女を睨み、それから顔を逸らした。

 もう一度頼む声は、すぐには出なかった。

 フレイアは、剣にも、傷にも触れずに森を戻った。追手の道を教えず、龍へ近づく足音を止めもしなかった。

 彼女は自分が去る足の重さを、軽くする言葉を探さなかった。

 ◆

 川辺で、エドガーは馬へ濡れた草がつかぬよう場所を移していた。

 フレイアの姿を見て、まず怪我の有無を確かめ、それから森へ目を向ける。

「何がいた」

「白龍だ。背に、龍殺しの剣が刺さっていた」

 エドガーの手が、綱から離れた。

「……龍?」

「ああ」

「まだ、生きてるのか」

 フレイアが頷くと、商人は荷台の方へ身体を向けた。何を探すつもりかは、革袋と解体用の道具が出てきて分かった。

「待て。どこへ行く」

「鱗だけでも、値がつく。牙、爪、骨、それに龍殺しの剣だぞ。状態次第で、家を買えるかもしれん」

 声は弾んでいた。

 火を起こす時も、荷の値を交渉する時も、男はこんな目をしていた。

 フレイアは道具を持つ手を見た。

「行くな」

 エドガーが振り返る。

「お前が助けなかったなら、死ぬんだろ。捨てる方が無駄じゃないか」

 彼女は龍が人を喰ったこと、追われていたこと、助けてもまた喰うと答えたことを話した。

 商人は黙って聞き、それから、なるほど、と息を吐いた。

「俺まで命を懸けに行く話じゃない、か」

「それもある。追手が来ている。彼らが倒すつもりなら、剣も鱗も、勝手に持ち出せるものではなかろう」

「なら、交渉すりゃいい」

 その返事で、フレイアはまた黙った。

 理屈なら、次が出てくる。権利がある者と話し、値を決め、双方に得がある取引へ持ち込めるなら、それはこの男の仕事だった。

 人間を学ぶために来た自分が、見たくないからと仕事を禁じるのは、相手を知らぬまま変えようとすることかもしれない。

 だが、剣を抜かなかった自分の隣で、その結果へ値札がつくのを見たいとは思わなかった。

「……今は、行ってほしくない」

 言い直すと、エドガーは目を瞬かせた。

 命令なら反論できたのだろう。頼みの形になると、男はすぐに次の理屈を出さなかった。

「理由は?」

「まだ、上手く言えぬ」

 フレイアは正直に答えた。

 龍が死ぬことへ儲けを見出すのが嫌なのか。自分がその死に無関係ではないからなのか。それとも、目の前の男の口から、今、その値段を聞きたくないだけなのか。

 どれか一つを選べば、残りを嘘にする気がした。

 エドガーは森を見て、袋を荷台へ戻した。

「分かった。今日は、やめとく」

 彼女が顔を上げると、商人は少し苦い顔で笑った。

「お前の判断が全部分かったからじゃないぞ。それに、俺が儲けたかったことも、なくならんからな」

「分かっておる」

「なら、それで」

 フレイアは小さく頷いた。

 ◆

 馬車を出してしばらくすると、森へ入る武装した一団とすれ違った。

 傷を負った者が二人いた。一人は手に布を巻き、もう一人は仲間の肩へ体重を預けていた。疲れた顔の男が、森で何かを見たかと尋ねる。

「大きな跡が奥へ続いていた」

 エドガーは、それ以上のことを言わなかった。

 男は礼を言い、仲間を振り返った。剣を抜いたままの若者が、震える手をもう片方で押さえていた。

 彼らは勝った者の顔をしていなかった。まだ、帰れるかどうかを確かめる途中だった。

 フレイアは荷台から、その足音を聞いた。

 やがて森の中で声が上がる。見つけたという叫びと、互いへ呼びかける声。白龍がどうなったかまでは、街道へ届かなかった。

 エドガーは手綱を鳴らさず、馬の歩調を変えなかった。

 日が傾く頃、分かれ道へ着いた。

 道標の一方に、剣の印がある。エドガーが地図と照らし合わせ、そちらへ馬車を向けた。

「次はカリヴァルだ。聖剣の国と呼ばれてる」

 フレイアは、膝へ置いた手を止めた。

「聖剣?」

「勇者レイドスが残した剣がある。それを抜いた者が次の勇者で、王になる資格も得るんだとさ」

 胸の傷が、そこにあることを思い出した。

 彼女を貫いた刃は、豪華な名剣ではなかった。血で鈍く光る、ただ無骨な鉄の剣。それを、人間は今、どのような物語に変えているのだろう。

「誰か、抜いたのか」

「百年、抜けてないらしい。俺も昔、一度やったが駄目だった」

 男は軽く言った。

 フレイアだけが、その百年を、軽く聞き流せなかった。

 自分が生かされた日から、誰にも抜けない剣。

 彼女は初めて、まだ見ぬ国へ、自分の過去が待っていると思った。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

続きも読みたいと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。