第十八話 神代家集合
宿へ戻る道を、透はルカと並んで歩いていた。
つい先ほどまで腹を空かせて倒れていた少女――そう思っていたはずなのだが、気がつけば彼女が竜人族だと知り、その背に乗り、さらには自分を「騎士様」と呼ぶようになっていた。
そして今。なぜか当然のように、透の隣を歩いている。
「なあ、ルカさん」
「なに?」
「いや……なんでもない」
「変なの」
ルカは楽しそうに笑う。
透は小さく息を吐いた。考えても仕方がない。とりあえず宿へ戻ろう。結衣たちも先に戻っているはずだ。
そう思いながら宿の扉を開けた、その時だった。
「――透!」
聞き慣れた声がした。
透の足が止まる。
広間の奥。そこにいた二人を見た瞬間、頭の中が真っ白になった。
「……父さん」
もう一人を見る。
「母さん……?」
隆志が立ち上がる。美琴も椅子から立ち上がっていた。
「透!」
「透さん!」
「父さん! 母さん!」
透は駆け出した。
隆志も美琴も、同時に透へ歩み寄る。
次の瞬間、三人は互いに抱き合っていた。
「透……!」
隆志の腕に力がこもる。
「よく無事でいてくれた」
「父さん……」
美琴も透を強く抱きしめた。
「透さん……本当に、本当に良かった……」
「母さん……」
これまで張り詰めていた何かが、一気にほどけていく。
パンゲアへ飛ばされてから、どれほどのことがあっただろう。
グランドワイズ。アストレア。南の大森林。ハイエルフの里。獣人族の里。そしてドワーフの里。
何度も命を懸けて戦った。それでも家族を守らなければならないと思って、前へ進んできた。
その父と母が、今、目の前にいる。
隆志が少し身体を離し、透の両肩に手を置いた。
「よく妹たちを守ったね」
美琴も頷く。
「本当によく頑張りました、透さん」
透は一瞬言葉を詰まらせ、それから小さく頷いた。
「……はい」
それだけだった。けれど、それで十分だった。
少し離れたところで、結衣が嬉しそうに笑っている。明日華も微笑んでいた。
真白は美琴が戻ってきた時と同じくらい嬉しそうに、今度は透を見ていた。
しばらくして、美琴がようやく透の後ろに立っている少女に気づいた。
青みを帯びた銀髪。冒険者らしい装束に身を包んだ、背の高い少女である。
「ところで透さん」
美琴がルカを見る。
「そちらのお嬢さんは?」
「え?」
透が振り返る。
「ああ、えーっと……」
どう説明するべきなのだろう。
まず名前を紹介して、それから竜人族だということは――。
いや、それをいきなり話していいものなのか。
透が言葉を探している、その横から、ルカが一歩前へ出た。そして満面の笑みを浮かべる。
「お父様、お母様」
「え?」
透の動きが止まった。
ルカは元気よく頭を下げた。
「嫁の、竜人族ルクシェリア・ファフニールです。ルカと呼んでください!」
沈黙。
宿の広間から、音が消えた。
「…………」
透の口が開いたまま止まる。
最初に反応したのは結衣だった。
「おにぃ!?」
明日華も珍しく声を上げる。
「あにさま!?」
真白まで目を丸くした。
「とおるん!?」
蒼姫が透を見る。
「透……いつ、お嫁さんを?」
「いや、待て」
透が両手を上げた。
「待って。ちょっと待って」
だが、一番止めなければならない人物たちは、まったく違う反応をしていた。
美琴がルカを上から下まで見て、にっこりと微笑む。
「まあ」
透の背筋に嫌な予感が走った。
「可愛らしい娘さんね」
「ありがとうございます、お母様!」
「母さん!?」
美琴は気にしない。
「少し早い気もするけれど……透さんも、もうすぐ十八歳ですし」
そしてルカへ尋ねた。
「ルカさんは、おいくつなの?」
「人で言うと十六歳です!」
「そう」
美琴は一度頷いた。
そして。
「では問題ないわね」
「問題あるよ!?」
透の声が宿中に響いた。
だが美琴は満面の笑顔だった。
「透さん、おめでとう」
「何が!?」
さらに隆志までルカへ頭を下げる。
「ルカさん」
「はい、お父様!」
「透をよろしくお願いします」
「はい!」
「父さんまで!?」
話が早い。早すぎる。いや、話そのものが始まっていない。
「ちょっと待って! 二人とも何を納得してるんだよ!」
透が必死に訴える。
しかし隆志は、息子の混乱など気にも留めず、興味深そうに尋ねた。
「それで透。馴れ初めは?」
「馴れ初め!?」
そこへ結衣まで割り込んできた。
「そうだよ、おにぃ!」
ずいっと顔を寄せる。
「今朝までお嫁さんなんていなかったよね!?」
「そうだよ!」
「じゃあ、なんで宿を出て、帰ってきただけでお嫁さんができてるの!?」
「俺が聞きたい!」
明日華まで静かに追撃してきた。
「あにさま。数時間で何があったのですか?」
「だから……」
透は頭を抱えた。
どう説明すればいい。
腹ぺこで倒れていた女の子を見つけました。食べ物をあげました。話をしました。実はドラゴンでした。ドラゴンになった彼女の背中に乗せてもらいました。
すると――。
嫁になっていました。
「…………」
透は無言になった。
自分で順番に思い返してみても、意味が分からない。
何か大事な部分が抜けているのではないか。
いや。抜けていない。本当にこれだけである。
ルカはそんな透の隣で、嬉しそうにしている。美琴も嬉しそうだ。隆志も納得している。
結衣は説明を求めている。明日華はじっとこちらを見ている。真白は面白そうに眺めている。蒼姫まで興味津々だ。
透は天井を見上げた。
――駄目だ。
きっと夢だ。そうに違いない。
母さんと父さんが突然パンゲアに現れて。その直前にドラゴンの女の子と出会って。そのドラゴンの女の子が嫁を名乗って。父さんも母さんも、それをあっさり認めている。
こんなことが現実にあるはずがない。
「……夢か」
「おにぃ?」
「きっと俺、まだ寝てるんだ」
「あにさま?」
「そうだ。目が覚めたら全部元に戻ってる」
「透さん?」
美琴が心配そうに覗き込む。
透は遠い目をした。
「母さんまで夢を見てるんだな……」
「透さん?」
「父さんもか……」
「透?」
とうとう現実逃避を始めた兄を前に、結衣と明日華は顔を見合わせる。
その横では、事情をまるで理解していないルカだけが、満面の笑顔を浮かべていた。
「これからよろしくお願いします、お父様、お母様!」
「ええ。こちらこそよろしくね、ルカさん」
「よろしくお願いします」
「話を進めないでくれぇ!」
透の悲鳴が、宿中に響き渡った。




