第十七話 家族
外見からは想像もつかないほど、瀟洒な店だった。
石造りの重厚な外壁はいかにもドワーフの里らしいものだったが、一歩中へ入れば、磨き上げられた木の床に、落ち着いた色合いの調度品が並んでいる。壁には小さな魔石灯が等間隔に取り付けられ、柔らかな光が店内を照らしていた。
その奥にある、大人数でも囲める大きなテーブル。そこへ美琴や隆志、結衣たちは腰を落ち着けていた。
久しぶりに顔を合わせた家族である。話したいことも、聞きたいことも山ほどあった。
真白はというと、当然のように美琴の膝の上を陣取り、すっかりご機嫌な様子で足を揺らしている。
「それじゃあ、まずは私たちがここへ来るまでのことから話しましょうか」
美琴がそう切り出すと、結衣と明日華が頷いた。蒼姫やノア、モモも静かに耳を傾ける。
「あなたたちと何とか連絡を取れないかと思って、私たちは奥熊野へ行ったの」
透たちが突然姿を消してから、美琴と隆志は手掛かりを求めて奥熊野へ赴いた。
そこで八咫烏に助力を求めたこと。そして、蒼姫に持たせていた札箱を通じて、こちらの世界との僅かな繋がりを得たこと。
「蒼姫が持っていた札箱に反応した時は、本当に驚きましたよ」
隆志が穏やかに笑う。
「向こうにいると分かるだけでも十分だと思っていたんですが、まさか本当に繋がるとは思いませんでした」
「私も、ちゃんと役に立ったようですね」
蒼姫が少し得意そうに胸を張った。
美琴が笑う。
「ええ。蒼姫さんのおかげよ」
蒼姫は満足そうに頷いた。
その後、美琴たちは八咫烏の力も借り、黄泉比良坂へと向かった。
蒼姫との繋がりを頼りに、八咫烏の法力。そして美琴が長い年月をかけて蓄え、符に封じ込めてきた法力。それらを使って、こちらの世界への転移を試みたのだという。
「かなり無茶はしたのよ」
美琴は少しだけ苦笑した。
「でも、他に方法もなかったから」
「母さんならやりそう……」
結衣がぽつりと呟く。
「結衣?」
「なんでもないよ」
美琴に笑顔を向けられ、結衣は慌てて首を振った。
転移そのものには成功した。だが、着いた場所は予想していた場所ではなかった。
「転移した先がね、ハイエルフの里にあるフェンリルの祠、その奥の洞窟だったの」
「フェンリルの祠?」
明日華が目を見開いた。
「はい。そこでフェンリル様とお会いしました」
隆志が続ける。
フェンリルは、美琴たちが異なる世界から来た者であること。そして、透たちと深い縁を持つ者であることをすぐに見抜いたという。
さらに――。
「自分の子供を、透さんに預けたと教えてくださったわ」
その言葉に、皆の視線が一斉にラピスへ向いた。
ラピスは何のことか分からないらしく、きょとんと首を傾げている。
美琴が目を細めた。
「この子なのね」
「うん。ラピスだよ」
結衣が答える。
「おにぃにすっごく懐いてるの」
「そう……」
美琴はそれ以上、何も言わなかった。ただ、ラピスを見る表情はとても柔らかかった。
フェンリルの仲介によって、美琴たちはハイエルフの長とも知己を得た。そして、そこで思いがけない人物とも親しくなっていた。
「そうそう。リーファさんのお母様ともお話ししたのよ」
「えっ、リーファさんのお母さんと?」
結衣が目を丸くする。
「ええ」
美琴は楽しそうに笑った。
「お互い、息子と娘を持つ母親同士でしょう? 随分と話が合ってしまって」
「へえ……」
結衣が感心したように頷く。明日華も興味深そうに話を聞いていた。
「それでね、別れ際に――」
美琴が少しだけ意味ありげに微笑んだ。
「『娘をよろしくお願いします』って言われたの」
「娘をよろしく?」
結衣が首を傾げる。
その隣で、明日華が僅かに目を細めた。
「それは……あにさまに、という意味でしょうか」
「さあ、どうでしょうね」
美琴はにこにこと笑うだけで答えなかった。
「えー、母さん絶対何か聞いてるでしょ」
「ふふふ」
「その笑い方、怪しい」
結衣がじっと美琴を見るが、美琴は楽しそうに笑うだけだった。
「気になるなら、今度リーファさん本人に聞いてみたら?」
「本人に聞けるわけないじゃん」
「そう?」
美琴は何でもないことのように首を傾げる。
その横で明日華は何やら考え込むようにしていたが、やがて小さく呟いた。
「……なるほど」
「明日華、何がなるほどなの?」
「何でもありません」
「絶対何か分かってる!」
そんな娘たちのやり取りを、美琴と隆志は笑いながら眺めていた。
その後、美琴たちはハイエルフの里で、透たちが獣人族の里へ向かったことを聞いた。
しかし、こちらへ来てからの日数を考えれば、すでに獣人族の里を出ている可能性が高い。どこへ向かえば追いつけるのか。そう相談していた時だった。
「八咫烏の暁様が教えてくれたの」
美琴が八咫烏へ視線を向ける。
人の姿を取った暁が静かに頷いた。
「蒼姫の気配が、さらに北西の方角にあったからのう」
「その方角にある大きな集落が、ドワーフの里だと聞いてね」
美琴が続ける。
「それなら、あなたたちもそこに向かっているだろうって」
そこで隆志と美琴は暁の背に乗り、空からドワーフの里を目指した。そしてようやく、結衣たちに追いついたというわけだった。
話を聞き終えた結衣が、ふと思い出したように尋ねる。
「そういえば、おじいちゃんは?」
美琴と隆志が顔を見合わせた。
「お義父さんはね……」
「どうやら、僕たちとは別の場所へ飛ばされたようです」
隆志が答えた。
「えっ、大丈夫なの?」
結衣が心配そうに身を乗り出す。
だが、隆志は落ち着いていた。
「護符の反応はあります。無事なのは間違いありません」
「生きてるの?」
「ええ」
美琴もあっさり頷いた。
「それに、お義父さんなら透さんの天羽々斬を感じ取れるでしょうから、こちらへ向かってくると思うわ」
しばし沈黙が流れる。
「……おじいちゃんなら、大丈夫かな」
結衣が言う。
「大丈夫だと思います」
明日華も頷く。
「おじいさまですから」
「そうね」
美琴も特に心配した様子はない。
「お義父さんですものね」
隆志まで納得している。
誰一人、本気で心配している者はいなかった。
あの宗玄である。むしろ心配するとしたら、宗玄が飛ばされた先の方なのかもしれない。
それから話は、美琴と隆志自身の身体の変化へ移った。
「こちらへ来てからなのですが、どうも身体の調子が以前とは違うんです」
隆志が自分の掌を見つめる。
「疲れにくくなりましたし、身体もかなり軽く感じます」
「私もよ」
美琴が頷く。
「筋力もそうだけれど、身体そのものが丈夫になっている感じがするわ」
「たぶん魔素の影響だと思う」
明日華が言った。
「私たちもこちらに来てから、少しずつ身体能力が上がっていますから」
「やっぱりそうなのね」
美琴が自分の手を開いたり閉じたりしてみる。
「年齢まで若返ればいいんだけど」
「美琴さんは十分若いですよ」
隆志がさらりと言う。
一瞬、美琴が隆志を見た。
「……隆志さん」
「はい?」
「そういうことを自然に言うの、昔からずるいです」
「そうですか?」
結衣がくすくすと笑う。明日華も小さく微笑んだ。
やがて美琴の視線が、テーブルの向こうにいる少女へ向いた。
「ところで……」
美琴がノアを見る。
「こちらのお嬢さんは?」
ノアがびくりと肩を揺らした。
結衣がすぐに口を開く。
「この子はノア」
「ノアです」
小さな声で名乗り、ノアが頭を下げる。
結衣は少しだけ言葉を選んだ。
「北方にあった都市で助けた子なの」
美琴の表情が僅かに変わる。隆志も黙って結衣を見る。
それだけで、二人とも簡単ではない事情があることを察したようだった。
「それでね」
結衣が続ける。
「おにぃが……ううん。私たちみんなで、ノアに家族になろうって言ったの」
ノアが俯く。その小さな手が、膝の上でぎゅっと握られていた。
「だから、母さん。父さん」
結衣は二人を真っ直ぐ見る。
「ノアを家族として迎えてほしいの」
美琴と隆志は一度だけ顔を見合わせた。
それから美琴がノアへ向き直る。
「そう」
それだけ言って、柔らかく微笑んだ。
「透さんたちがそう決めたのなら、私たちに異論はありません」
隆志も頷く。
「もちろんです」
そしてノアへ笑いかけた。
「これからよろしくね、ノアさん」
ノアが顔を上げる。
「あ……」
驚いたように二人を見つめる。
「いいの?」
「ええ」
美琴の答えに迷いはなかった。
「家族になるのに、許可なんていらないでしょう?」
ノアの目が僅かに潤んだ。
「……はい」
小さく息を吸い込む。
「よろしく、お願いします」
深々と頭を下げた。
美琴も隆志も、それ以上は何も聞かなかった。
何があったのか。なぜ透たちがノアを家族として迎えたのか。今ここで無理に聞く必要はない。いつかノア自身が話したくなった時に聞けばいい。
「それから、この子がモモ」
結衣が空中を指差す。
「モモです!」
ピクシーのモモが元気よく手を挙げた。
「まあ」
美琴の顔がぱっと明るくなる。
「可愛い」
「えへへー」
モモは嬉しそうにくるりと宙を一回転した。
その間も真白はずっと、美琴の膝の上を占領していた。難しい話の間もほとんど口を挟まず、久しぶりの美琴の温もりを満喫している。
美琴が時折その頭を撫でるたび、気持ちよさそうに目を細めていた。
やがて店の奥から、香ばしい匂いが漂ってくる。
大皿に盛られた料理が、次々とテーブルへ運ばれてきた。
こんがりと焼かれた肉。湯気を立てる煮込み料理。焼きたてのパン。山盛りの芋料理。
ドワーフらしい、見るからに腹へ溜まりそうな料理ばかりである。
それまで静かだった真白の鼻が、ぴくりと動いた。
結衣が見逃さない。
「真白、起きた」
「起きてたもん」
「ずっと静かだったじゃん」
「お話、ちゃんと聞いてたもん」
真白が美琴の膝の上で頬を膨らませる。
美琴が笑いながら、その頭を撫でた。
「折角だから、料理も来ましたので食べながら話しましょう」
そして美琴が手を合わせる。それを見て、皆も自然と手を合わせた。
「それでは、いただきます」
「いただきます!」
「いただきます」
「いただきまーす!」
大小さまざまな声が重なった。
瀟洒な店内に、賑やかな「いただきます」の合唱が響いた。




