第十三話 それぞれの報告
岩窟堂の食堂に設けられたオープンテラスには、人数に合わせて長い卓が用意されていた。
卓上には、焼きたてのパンや大皿に盛られた肉料理、色鮮やかな野菜の煮込みなどが、所狭しと並べられている。
旅を終え、離れていた仲間たちも無事に合流することができた。まずはそのことを祝おうと、透たちは皆で卓を囲んだ。
全員の前に料理が行き渡ったのを確かめると、透が手を合わせる。
「それじゃあ、皆が無事にそろったことを祝して――」
結衣や明日華たちも、揃って手を合わせた。
「いただきます!」
神代家の声が、食堂に明るく響いた。
一瞬遅れて、セリナやリーファたちも手を合わせる。
「いただきます」
ライガとガルドは慣れない仕草に少し戸惑いながらも、周囲を真似て頭を下げた。
「いただきます、じゃ!」
「いただきます!」
真白とモモの元気な声まで加わり、食事会は賑やかに始まった。
しばらくは料理を味わいながら、道中のことやドワーフの街の様子について言葉が交わされた。
「この肉、柔らかくておいしいね」
「こっちの丸いのも甘いよ、ましろん」
「甘いのか!」
真白がすぐにモモの示した皿へ手を伸ばす。その様子を見ていた結衣が、呆れたように笑った。
「真白、ちゃんとお肉と野菜も食べなきゃ駄目だよ」
「食べてる。甘いものは別腹なの」
「それ、どこで覚えたの?」
穏やかな笑いが広がったところで、透があらためて皆を見回した。
「そういえば、まだきちんと紹介していなかったな」
とはいえ、この場にいる者の多くは、すでに互いを知っている。初対面となるのは、セリナとライガくらいのものだった。
透が二人へ目を向けると、セリナが姿勢を正した。
「セリナ・アストレアと申します。アストレア王国より、国王陛下の使者として参りました」
「あたしはライガだ。獣牙族の里の次期族長だ」
「お噂はリーファ様から伺っております。お会いできて光栄です、ライガ様」
「様はいらねぇよ。ライガでいい」
ライガは少し照れくさそうに片手を振った。
「では、私のこともセリナとお呼びください」
「分かった。よろしくな、セリナ」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
二人が言葉を交わすと、食事の席はひとまず落ち着いた。
それから話題は、セリナとリーファが先にドワーフの里を訪れた目的へと移っていった。
「こちらへ到着した後、私たちはマイスターベルケンの評議会の方々と面会しました」
セリナはそう切り出すと、これまでの経緯を語り始めた。
「国王陛下よりお預かりした親書も、正式にお渡ししています。すぐに答えをいただくことはできませんでしたが、私たちの話には真剣に耳を傾けてくださいました」
「ドワーフの里にも、千年ほど前の記録が残されていました」
リーファが言葉を引き継ぐ。
「魔鋼虫について書かれた古い文書もあったそうです」
「本当か?」
透の問いに、リーファが頷いた。
「はい。北方にある大地溝帯の向こう側に、魔鋼虫の大規模なコロニーが存在していたと記されています」
卓を囲んでいた者たちの表情が、わずかに引き締まる。
「やはり北にいたのですね」
明日華が呟いた。
「ただし、その記録は非常に古いものです」
セリナが続ける。
「この里では、およそ九百年にわたって魔鋼虫を目撃した者がいません。新しい記録にも、その姿を確認したという記述は残っていないそうです」
「九百年も何も起きていなければ、作り話だと思う者が出るのも無理はないか」
ガルドが肉を切り分けながら言った。
「その通りです」
リーファが静かに頷く。
「今のドワーフたちにとって魔鋼虫は、歴史上の脅威というより、古い神話や伝説に登場する怪物のような存在になっているそうです」
「実際に見た者が誰もおらんのなら、信じろと言われても難しいじゃろうな」
ノーノーが腕を組んだ。
「ですが、ハイエルフの里に伝わる古老の話と、私たちが実際に魔鋼虫と幾度か戦っていることもお伝えしました」
セリナの言葉に、透たちも頷く。
グランドワイズでの戦い。サーディル近郊での襲撃。ハイエルフの里へ迫っていた脅威。
それらは、決して古い伝承の中だけに存在するものではない。
「魔鋼虫は、すでに活動を再開しています」
セリナは、はっきりと告げた。
「今は遠い場所の出来事であっても、いずれ北方から、この地へ迫る可能性があります。そのことも含めて、現在は評議会で対応を検討していただいているところです」
「皆さんが来られたら、評議会へ参加してほしいとのことです」
リーファが透たちへ目を向けた。
「俺たちも?」
透が尋ねる。
「はい。実際に魔鋼虫と戦った者の話を、直接聞きたいそうです」
「分かった。俺たちに話せることなら、全部話そう」
透が答えると、結衣たちも真剣な表情で頷いた。
セリナたちからの報告が一段落すると、今度は獣牙族の里で何があったのかを話す番となった。
「こちらも、随分と厄介なものに出会った」
ライガが言い、ノーノーへ顔を向ける。
「説明は、あんたからした方がいいだろう」
「そうじゃな」
ノーノーは食後の飲み物を一口含んでから、ゆっくりと口を開いた。
「獣牙族の里では、ザガンガと呼ばれていた魔物を討伐した」
「ザガンガ……ですか?」
セリナが聞き返す。
「里の者たちは、そう呼んでおった。しかし、調べてみたところ、古い伝承に残るアドと呼ばれる魔獣に近い特徴を持っていた」
ノーノーは、洞窟で遭遇したアドの姿と能力について説明していった。
巨狼に似た巨大な体。口から放つ高位魔法フレア。魔素を利用した肉体の硬化と、傷を塞ぐほどの治癒能力。そして周囲の魔獣を従え、自らの眷属のように操る力。
「魔獣を従えるのですか」
リーファの顔から笑みが消えた。
「そうじゃ。単に強いだけの魔獣ではない。周囲の魔獣を支配し、群れとして動かすことができる」
「まるで魔鋼虫の司令種ですね」
セリナの言葉に、ノーノーが深く頷いた。
「わしも、そこが気になっておる」
魔鋼虫の司令種は、無数の魔鋼虫を統率し、戦況に応じて指示を与える。今回討伐したアドにも、それとよく似た性質があった。
「しかも、あの個体には魔核がなかった」
透が付け加えた。
「魔獣なのに、ですか?」
「ああ。体の中を調べたけど、魔核は見つからなかった」
代わりに発見されたのは、魔素を取り込み、魔法や硬化、治癒の力へ変換する特殊な器官だった。ノーノーは、それについても分かる範囲で説明した。
「魔核を持たない魔獣……」
セリナが考え込むように呟く。
「どうしてそのようなものが生まれたのでしょうか」
「分からん」
ノーノーは首を横に振った。
「自然に生まれたものなのか、それとも何者かが手を加えたものなのか。今のところは何とも言えぬ」
「ただ、これまで獣牙族の里の周辺では見たことのない魔獣だった」
ライガが続けた。
「あいつが現れたのは、東から延びる山脈の方角だ。もしかすると、山の向こうから来たのかもしれねぇ」
東方に広がる山脈の先は、獣牙族にとっても未知の領域だった。険しい峰がどこまでも連なり、その向こうに何があるのかを確かめた者はいない。
「未開未踏の地か……」
ライガが小さく呟いた。
「魔鋼虫とは別の脅威が、そこにある可能性もありますね」
セシリアの言葉に、皆の間へ沈黙が落ちた。
魔鋼虫だけでも、パンゲア全土を揺るがしかねない脅威である。その一方で、アドのような未知の存在まで動き始めている。
偶然で片づけるには、気になることが多すぎた。
それでも、今夜のうちに答えが出る話ではない。話題は尽きなかったが、長旅を終えたばかりの者も多いことから、食事会は頃合いを見てお開きとなった。
「明日は評議会か」
透が席を立ちながら言う。
「今日は早めに休んでおいた方がよさそうだな」
「そうですね」
セリナも頷いた。
結衣や明日華たちは、それぞれ自分たちの部屋へ戻る準備を始める。真白とモモは、まだ何か甘いものが残っていないかと、名残惜しそうに卓の上を見回していた。
そんな中、ガルドとライガだけは席を立とうとしない。
「ガルドたちは?」
透が尋ねると、ガルドは食堂の奥を顎で示した。そこには、宿泊客向けの酒場が併設されている。
「せっかくドワーフの里まで来たんだ。地酒を飲まねぇわけにはいかんだろう」
「そういうことだ」
ライガも当然のように頷いた。
「ほどほどにしてくださいよ」
透が苦笑すると、ガルドは胸を張った。
「任せろ」
「その返事が一番信用できないんだけど」
結衣の言葉に、周囲から笑いが起こる。
こうして長い一日を終えた透たちは、それぞれの夜を過ごすことになった。




