第十二話 ドワーフの里
獣人族の里を発った一行は、ドワーフの里へと続く街道を進んでいた。
この道は、獣人族とドワーフ族が長年にわたって行き来してきたため、山間の道としてはよく踏み固められている。多少の起伏はあるものの、騎獣で進むぶんには問題のない道だった。
一行の先頭を進むのはライガだ。
その後ろに結衣と明日華が並び、さらに透とセシリアが続いている。
ガルドはひときわ大きな駄獣にまたがり、その前にはノーノーがちょこんと座っていた。各自の荷物や野営用具の大半も、その駄獣の背にしっかりとくくりつけられている。
結衣の後ろには真白が乗り、明日華の左肩には、小さな姿になった蒼姫がとまっていた。
透の後ろでは、ノアがラピスを大切そうに抱えている。
ラピスはまだ幼獣とはいえ、すでに人族の一、二歳児ほどの大きさがあった。それでもノアは、銀色の体を両腕でしっかりと抱きしめている。
透は後ろを振り返り、少し心配そうに声をかけた。
「ノア、重くないか?」
「平気」
ノアは短く答え、抱いたラピスの背をそっと撫でた。
初めて出会った頃のノアは、痩せ細り、ほとんど表情を見せなかった。
だが最近では、ラピスや神代家の者たちと過ごすうちに、こうして穏やかな表情を見せることが増えている。
その変化が嬉しくて、透も自然と微笑んだ。
途中で一度、小休止を挟んだ一行は、再び街道を進み始めた。
やがて道は、緩やかな登り坂へと変わっていく。
その先には、空を遮るような大きな岩山がそびえていた。
視力に優れた獣人族のライガには、岩山のあちこちから細い煙が立ち上っているのが、すでに見えているらしい。
「もうすぐだ」
先頭を進むライガが、振り返らずに告げた。
「えっ、どこ?」
結衣は騎獣の上で身を乗り出し、目を細める。
魔素の影響によって以前より視力が良くなっている結衣にも、やがて道の先にあるものが見えてきた。
岩山の麓。
そこには、左右に一体ずつ、巨大な石像が立っていた。
「おにぃ、あれ何だろう?」
「じきに分かるだろう」
透はそう答えながらも、遠くに見える石像を興味深そうに眺めていた。
「結衣、急ぐのじゃ!」
後ろから真白が声を上げる。
「急いでどうするの?」
明日華が呆れたように尋ねた。
「一番乗り!」
「騎獣に乗っているのだから、真白が急いでも変わらないでしょう」
「むむっ」
真白が頬を膨らませる。
その様子を見ていたガルドが、苦笑しながら呟いた。
「騒がしいやつらだな」
「真白、しーっ」
結衣にたしなめられ、真白は自分の口元に人差し指を当てた。
「しーっ、なのじゃ」
「自分で言うのか……」
透の小さな呟きに、セシリアがくすりと笑う。
やがて一行は、岩山の麓へとたどり着いた。
そこに立っていたのは、岩山そのものを削り出したかのような二体の巨像だった。
いずれも立派な髭をたくわえ、片方は巨大な槌を、もう片方は大きな斧を手にしている。その足元の間を、街道がまっすぐ岩山の内部へと延びていた。
「おっきい……」
結衣が、巨像を見上げながら口を開ける。
「すげぇな」
ガルドの駄獣に乗ったノーノーも、首が痛くなりそうなほど顔を上げていた。
ほかの者たちも、それぞれ驚きの声を上げながら巨像の間を通り抜ける。
その先には、岩壁をくり抜いて造られた巨大な門があった。
門の前には、重厚な鎧を身につけた二人のドワーフが立っている。
そのうちの一人がライガに気づくと、片手を上げた。
「よう、ライガ。久しぶりだな」
「おう。変わりはないか」
「見てのとおりだ。それで、後ろの連中は?」
門番は、透たちを順番に眺めた。
「少し前に、ハイエルフ族のリーファと、東方から来た人族の娘が訪ねてきただろう」
「ああ。聞いたこともない、アストレアとかいう国のお姫様だろう?」
「そうだ。その連れだ」
門番は納得したように頷くと、もう一人の門番と顔を見合わせた。
「話は聞いている。通っていいぞ」
そう言って道を開けたあと、門番は透たちへ向き直った。
「ようこそ、ドワーフの里――マイスターベルケンへ。ゆっくり楽しんでいってくれ」
さらに、ガルドの駄獣や一行の騎獣を見回しながら続ける。
「宿を取るなら、騎獣用の獣舎がある宿屋街へ行くといい。この道を進んで、右奥へ入った辺りだ」
「ありがとうな」
ライガが片手を上げる。
透たちも口々に礼を告げながら、門をくぐった。
岩山の内側から、金属を打つ音が響いてくる。
カン、カン、と規則正しく重なる槌の音。
立ち上る炉の煙と、熱せられた鉄の匂い。
こうして一行は、ドワーフたちが暮らす里――マイスターベルケンへと足を踏み入れた。
◇
普段、騎獣に乗って移動することのないライガは、門番に教えられた道を確認しながら、宿屋街へ向かって進んでいた。
岩山の内部に造られた街には、石造りの建物が立ち並び、あちらこちらから槌を振るう音が響いている。
行き交うドワーフたちは、見慣れない透たちの一行、とりわけ騎獣やガルドの乗る大型の駄獣を、興味深そうに眺めていた。
そのまま教えられた通りを進んでいると、不意に前方から声が上がった。
「透様!」
聞き覚えのある声に、透が顔を上げる。
人混みの向こうから、セリナとリーファがこちらへ近づいてきていた。
「セリナ、リーファ!」
透は笑顔で応じると、騎獣を止めて地面へ降りた。
それに続いて結衣たちも次々と騎獣から降りる。
セリナは足早に透のもとへ歩み寄り、その隣ではリーファが穏やかな笑みを浮かべていた。
「皆様、ご無事で何よりです」
「ああ。セリナたちも無事でよかった」
透が答えると、リーファは一行の先頭にいたライガへ顔を向けた。
「ライガ、お久しぶりです」
「おう。久しぶりだな、リーファ」
二人は旧知の間柄らしく、気安い様子で言葉を交わす。
そのとき、セリナの肩越しから、小さな顔がひょいと姿を見せた。
「ましろん!」
ピクシーのモモだった。
真白を見つけるなり、嬉しそうに羽を動かし、セリナの肩から飛び立つ。
「モモ!」
真白も満面の笑みを浮かべ、両手を広げた。
飛んできたモモは、そのまま真白の胸元へ飛び込み、二人は久しぶりの再会を喜び合う。
「ましろん、会いたかった!」
「真白も!」
楽しげにはしゃぐ二人を見て、結衣たちの顔にも自然と笑みが浮かんだ。
透はセリナとリーファ、そして再会を喜ぶ真白とモモを見回した。
「積もる話もあるだろうけど、ひとまず宿を取ろうか」
「それでしたら、騎獣用の獣舎がある宿をすでに押さえてあります」
セリナが答え、宿屋街の奥を指し示した。
「皆様のお部屋も用意していただいていますので、そちらへ参りましょう」
「自己紹介も、その後ですね」
リーファが、透たちの後方へ目を向けながら付け加えた。
そこではセシリアとガルド、そして大型の駄獣に乗ったノーノーが、黙って一行の再会を見守っている。
セリナたちとは初対面であるため、今は話に割って入らず、紹介されるのを待っているのだろう。
「ああ、そうだな。まずは騎獣たちを休ませよう」
透の言葉に皆が頷く。
こうして一行は、セリナとリーファの案内を受け、宿屋街の奥へと向かうことになった。
◇
透たちは騎獣の手綱を引き、案内するセリナとリーファの歩調に合わせて宿屋街を進んだ。
岩山の内部に造られた街は、外から想像していた以上に広い。
洞窟の壁面にはいくつもの魔石灯が埋め込まれ、通り全体を柔らかな光で照らしていた。天井にも光を反射する鉱石が使われているのか、岩窟の中とは思えないほど明るい。
道の両側には石造りの店が並び、武具や工具、金属製の食器などが所狭しと並べられている。工房の奥からは槌を振るう音が絶え間なく響き、通りにはドワーフたちの威勢のよい声が飛び交っていた。
「人が多いね」
結衣は周囲を見回しながら、感心したように呟いた。
「洞窟の中なのに、とても明るいですね」
明日華も物珍しそうに視線を巡らせている。
店先に並ぶ品々や、岩壁をくり抜いて造られた建物が珍しいのだろう。二人は右を見たり左を見たりと、忙しそうに街並みを眺めていた。
その少し後ろでは、再会したばかりの真白とモモが、楽しげに話している。
「モモ、甘いのあった?」
「あるある!」
「うひょー!」
真白が目を輝かせ、両手を上げる。
「甘い実を煮たのとか、ふわふわしたお菓子とか、いっぱいあったよ!」
「ふわふわ! いっぱい!」
それだけで真白の足取りが目に見えて軽くなった。
「宿に着く前に食べに行ってしまいそうですね」
明日華が苦笑すると、結衣も頷いた。
「真白なら本当に行きそう」
「行かぬ! まずは荷物を置いてからじゃ!」
そう答えながらも、真白の視線はすでに菓子を売っていそうな店を探して、通りの左右を行き来していた。
一方、ノーノーやセシリアたちは、騒ぐ子供たちとは対照的に、初めて目にするドワーフの街並みを静かに観察している。
「岩山の内部をここまで広く掘り抜くとは……随分と高度な技術ですね」
セシリアが壁面や天井を見上げながら呟いた。
「ただ掘っただけじゃねぇな。崩れないよう、あちこち補強されてやがる」
ノーノーも岩柱や金属の梁へ目を向け、賢者らしい鋭い視線を走らせていた。
ガルドもまた、真剣な表情で通りの左右を見回している。
ただし、その視線が追っているものは工房でも建築でもなかった。
店先に掲げられた看板の中から、酒樽や杯をかたどった印だけを見逃すまいと目を凝らしている。
「……酒場、多いな」
嬉しそうに呟いたガルドへ、ライガが横目を向けた。
「まだ宿にも着いてねぇぞ」
「場所を覚えておくだけだ」
「顔がもう飲んでるやつの顔なんだよ」
ライガの呆れた声に、ガルドは聞こえなかったふりをした。
そんな賑やかなやり取りを続けながら通りを進んでいくと、やがてセリナが一軒の建物の前で足を止めた。
「こちらです」
岩壁を丁寧にくり抜いて造られた、大きな宿だった。
入口の上には、力強い文字で『岩窟堂』と刻まれた石の看板が掲げられている。
外観は重厚な岩造りだが、一歩中へ足を踏み入れると、その印象は大きく変わった。
「わあ……」
結衣が思わず声を漏らす。
広々とした玄関広間の床や柱は、白い大理石を思わせる美しい石材で整えられていた。磨き上げられた床には魔石灯の光が映り込み、天井から下げられた金属細工の照明が、暖かな光を広間へ降り注いでいる。
壁には精巧な彫刻や織物が飾られ、重厚でありながらも華やかな雰囲気を漂わせていた。
「すごい……ホテルみたい」
結衣が呟くと、透も感心したように周囲を見回した。
「外からじゃ、こんなに豪華だとは思わなかったな」
そこへ、身なりを整えた一人のドワーフが歩み寄ってきた。
「いらっしゃいませ!」
豊かな髭を丁寧に整えたその男は、胸へ手を当て、透たちに深々と頭を下げた。
「セリナ様よりお話は伺っております。ようこそ、岩窟堂へ。支配人を務めております、ベルカントと申します」
ベルカントは穏やかな笑みを浮かべる。
「長旅でお疲れのことでしょう。どうぞ、ごゆっくりおくつろぎください」
「お世話になります」
透が頭を下げると、ほかの者たちもそれに続いて礼をした。
すぐに宿の従業員たちが現れ、騎獣や大型の駄獣を預かっていく。
彼らは獣飼いと呼ばれる、騎獣や駄獣の世話を専門とする者たちらしい。動物たちの扱いにも慣れており、それぞれの手綱を受け取ると、宿に併設された獣舎へと丁寧に導いていった。
荷物も従業員たちの手によって駄獣の背から下ろされ、各部屋へ運ばれていく。
透たちも、それぞれ用意された部屋へと案内された。
神代家の子供たちは、透が男性ではあるものの、結衣たちがこの地方で成人とされる十五歳に達していないため、同じ大部屋を使うことになった。ノアとラピスも、もちろん一緒である。
セリナ、リーファ、セシリア、ライガの四人には、別の大部屋が用意されていた。
ノーノーとガルドは二人で一室を使う。
「おい、俺はいびきがうるせぇぞ」
部屋割りを聞いたガルドが言うと、ノーノーは鼻を鳴らした。
「安心しろ。聞こえなくなるまで殴ってやる」
「それは安心できねぇだろ」
ひとまず部屋へ荷物を置き、旅装を整えた一行は、再び宿の中にある食堂へ集まることになった。
食堂は大きく開かれたテラスに面していた。
岩山の内部にありながら天井は高く、正面にはマイスターベルケンの街並みを見渡せる広々とした空間が広がっている。
いよいよここで、セリナたちとの再会を祝い、互いを紹介しながらの食事会が始まろうとしていた。




