第十一話 出立
翌朝。
獣牙族の里は、昨日までとは別の意味で静まり返っていた。広場には、昨夜の宴の名残がそのまま残っている。
空になった酒樽。食べ終えた肉の骨。倒れた椅子。そして――。
「……ひどいな」
透は思わず呟いた。
広場のあちらこちらに、獣牙族の戦士たちが転がっていた。大の字になって眠っている者。酒樽を抱いたまま眠っている者。卓に突っ伏している者。なぜか隣の戦士を枕にしている者までいる。
まさに死屍累々だった。
「昨日、アドと戦っていた人たちとは思えないね」
結衣が呆れたように言う。
「酒には勝てなかったようだな」
ガルドが腕を組む。
その横を、真白が鼻をつまみながら歩いていた。
「酒臭い……」
ラピスも広場の匂いが気になるのか、鼻をひくひくさせている。
その時だった。
「おう!」
妙に元気な声が響いた。
振り向くと、ライガが立っていた。
「……元気ですね」
透が言う。
「当然だ!」
「昨日、かなり飲んでませんでした?」
「飲んだな!」
「二日酔いは?」
「知らん!」
胸を張るライガを見て、ガルドがため息をついた。
「相変わらずだな」
「なんだ、ガルド。お前は弱った顔をしているぞ」
「誰のせいだと思ってる」
「酒に弱いお前が悪い!」
「昨日、お前が勝手に注いだんだろうが」
朝から始まった二人の言い合いに、透たちは笑った。
だが、今日はいつまでものんびりしているわけにはいかない。獣牙族の里での役目は終わった。
次に向かうのは、ドワーフの里。
旅立ちの時だった。
◇
出立の準備を終えた透たちは、里の入口に集まっていた。族長ファルガをはじめ、見送りに来た獣牙族たちが並んでいる。
その中に、ミルガの姿もあった。
「結衣!」
呼ばれて、結衣が振り向く。
「ミルガ」
ミルガは結衣の前まで来ると、腕を組んだ。
「次に会う時までには、もっと強くなってるから」
開口一番、それだった。
結衣が笑う。
「いきなりそれ?」
「当たり前でしょ」
ミルガは鼻を鳴らした。
「昨日だって、私は里で留守番だったし」
その声には、悔しさが滲んでいた。
自分も戦いたかった。だが、今の自分では討伐隊に選ばれない。その現実が、よほど腹立たしかったのだろう。
「今度、魔鋼虫と戦う時は絶対に精鋭部隊に入る」
ミルガは真っ直ぐ結衣を見る。
「そのために鍛える。誰にも文句言わせないくらい強くなる」
「うん」
結衣も笑って頷いた。
「じゃあ、私も負けないようにしないとね」
「負けるのは結衣の方だから」
「えー?」
「絶対そう」
「じゃあ勝負だね」
「望むところ」
二人は顔を見合わせ、同時に拳を突き出した。
軽く拳がぶつかる。
「次に会う時までに」
「もっと強く」
結衣が言う。
「約束ね」
「当然」
ミルガは最後まで強気だった。だが、その表情は少しだけ寂しそうにも見えた。
結衣はそれに気づいたのか、にっと笑う。
「また会えるよ」
「分かってる」
「じゃあ、またね」
「うん。また」
今度はミルガも笑った。
◇
少し離れたところでは、ファルガとライガが向き合っていた。
「ライガ」
「ああ」
「お前は、このままガルドたちと行け」
ライガが一瞬、目を細める。
「族長」
「命令だ」
ファルガは迷いなく言った。
「里のことなら心配するな」
「別に心配など――」
「している顔だ」
ライガが口を閉じる。
ファルガは小さく笑った。
「今回のアドだけで終わる話ではないことくらい、俺にも分かる」
その表情が引き締まる。
「魔鋼虫だったな」
透たちも自然と二人の話へ耳を向けた。
「いずれ、本当に大きな戦いになるのだろう」
ファルガは言う。
「その時に、何も知らずに里の者たちを戦場へ出すわけにはいかん」
そしてライガを見る。
「お前は外を見てこい」
「……」
「これから何と戦うのか。誰と共に戦うのか。自分の目で見てこい」
ライガはしばらく黙っていた。やがて口元を上げる。
「族長命令なら仕方ないな」
「そういうことにしておけ」
「分かった」
ファルガも頷く。
「こちらも準備を始める」
今度は透たち全員を見る。
「戦える者を選び、部隊を整える。武器も食料も用意する」
昨日まで宴で騒いでいた族長とは違う。里を預かる者の顔だった。
「時が来たら、獣牙族も参戦する」
力強い言葉だった。
透は頭を下げる。
「ありがとうございます」
「礼はまだ早い」
ファルガは笑う。
「勝ってから言え」
透も笑った。
「はい」
◇
いよいよ出立の時となった。
透たちは里の外へ向かって歩き始める。ライガも、その列の中に加わっている。
途中で結衣が振り返った。
「ミルガー!」
ミルガがすぐに手を上げる。
「なに!」
「またねー!」
「絶対また会うからー!」
「約束だからねー!」
「忘れたら許さないから!」
「忘れないって!」
結衣が大きく手を振る。ミルガも負けじと振り返す。
その横ではファルガや獣牙族の者たちも、旅立つ一行を見送っていた。
やがて里が少しずつ遠ざかっていく。
ライガが一度だけ振り返った。しばらく黙って里を見つめる。
その横でガルドが言った。
「いいのか?」
「何がだ?」
「里を離れて」
ライガは前を向き直った。
「族長命令だ」
「そうか」
「それに――」
ライガが笑う。
「どうせなら最後まで見たいだろ」
「何をだ」
「この連中が、どこまでやるのかをな」
透が横を見る。
「聞こえてますよ」
「聞こえるように言った」
ライガは豪快に笑った。
こうして透たちは、獣牙族の里を後にした。
次に目指すのは――ドワーフの里。
新たな旅が始まる。




