第九話 帰還
洞窟の入口に、外の光が見えてきた。
先頭を歩いていたライガが外へ出る。続いてガルド、透、ノーノーたちが、薄暗い洞窟から森の中へ戻ってきた。
「おにぃ!」
真っ先に声を上げたのは結衣だった。
明日華、蒼姫、真白と一緒に待っていた結衣が、透の姿を見つけるなり駆け寄ってくる。
「何か分かった?」
透は一度、後ろの洞窟を振り返った。
アドには魔核がなかった。代わりに見つかった、未知の器官。身体に残されていた古傷。そして、誰のものとも分からない鏃。
分かったことはいくつもある。だが、それ以上に分からないことが増えた。
透は結衣へ向き直ると、少しだけ笑った。
「分からないことが、分かった」
「……は?」
結衣が目を瞬く。
「だから、調べたら分からないことが増えた」
「もう、おにぃったら。何それ」
頬を膨らませる結衣の横で、明日華がくすりと笑った。
「でも、あにさまらしい答えかも」
「明日華まで」
「詳しい話は、里へ戻ってからでいいでしょう?」
「まあ、そうだけどさぁ」
透はアドに吹き飛ばされ、倒れていた結衣を心配していた。
「……怪我、大丈夫なのか?」
「うん。大丈夫、真白が癒やしてくれたから」
「本当か?」
「本当」
「なら、よし」
それで満足したのか、透は笑った。
少し離れた場所では、蒼姫が腕を組んで洞窟を見ている。
「中には、もう何もいないの?」
「少なくとも、確認した範囲では何もいなかったよ」
透が答えると、蒼姫は小さく頷いた。
「なら良かったわ」
その隣から、真白がぴょこんと顔を出した。
「とおるん。もう帰る?」
「ああ。帰ろうか」
「かえるー!」
さっきまでの死闘などどこ吹く風。真白は両手を上げて喜んでいる。
その姿を見て、透の口元も自然に緩んだ。
戦いは終わった。本当に、終わったのだ。
ライガが周囲を見渡した。
負傷者の手当ても終わり、討伐隊の者たちもそれぞれ立ち上がっている。疲労は濃い。装備は傷つき、泥や血にまみれている者も多い。それでも、その顔には戦いの前にはなかった安堵があった。
「よし」
ライガが腰に手を当てる。
「さあ、帰るぞ」
「おう」
ガルドも大きく肩を回した。
「腹も減ったしな」
「ガルド、そればっかり」
「戦った後に腹が減るのは当たり前だろうが」
結衣が笑い、明日華もつられて笑う。
ライガはそんな皆を見回したあと、ふっと表情を引き締めた。
「その前に――」
獣牙族の者たちが、一斉にライガへ視線を向ける。
ライガは大きく息を吸った。
「勝ち鬨を上げるぞ!」
「おおっ!」
空気が変わった。
獣牙族の戦士たちが武器を掲げる。
そして――
ドン!
一人が力強く大地を踏み鳴らした。
ドン!
すぐに隣の者が続く。
ドン! ドン! ドン!
何十もの足が、大地を踏み鳴らす。
森が震えた。木々の葉がざわめき、鳥たちが一斉に空へ飛び立つ。
「ウォオオオオオオ――ッ!」
「ウラァァァァァ――ッ!」
獣牙族の雄叫びが山間に響き渡った。
「うわっ」
結衣が驚いて目を丸くする。
「すご……」
明日華も思わず辺りを見回した。
ガルドはにやりと笑うと、拳を高く掲げる。
「ウォオオオオッ!」
「ガルドまで!?」
「こういうのは乗った方が楽しいんだよ!」
透も苦笑しながら、その光景を見ていた。
すると――
「うおー!」
隣から小さな声が上がった。
透が振り向く。
真白が両手を目いっぱい上げていた。
「うらー!」
「真白もやるの?」
「うらー!」
意味はよく分かっていないらしい。それでも周りが楽しそうに叫んでいるので、一緒に参加したいのだろう。
「うおー! うらー!」
真白がぴょんぴょん跳ねながら叫ぶ。
結衣がとうとう吹き出した。
「あははっ! 真白、それ絶対分かってないでしょ!」
「うらー!」
蒼姫も口元を緩める。
「まあ、良いじゃない。勝ったんだからね」
「それもそうか」
結衣も腕を上げた。
「うおーっ!」
「結衣まで……」
明日華が呆れながらも笑っている。
やがて勝ち鬨が静まると、ライガが討伐隊の前へ歩み出た。
「みんな、本当によく頑張ってくれた」
その声に、全員が静かになる。
ライガは一人一人の顔を見るように、ゆっくりと視線を巡らせた。
「長い間、この地を荒らし、里の者たちを脅かしてきた災厄の魔獣――ザガンガは倒れた」
振り返る。
洞窟の前には、巨大なアド・ザガンガの亡骸が横たわっている。
「誰か一人の力じゃない。ここにいる全員が力を合わせたから勝てた」
獣牙族の戦士たちが静かに聞いている。
「怪我をした者もいる。立っているのがやっとの者もいるだろう。それでも――」
ライガは力強く笑った。
「我らは勝った」
「おおっ!」
「今日は胸を張って里へ戻ろう」
そして、声を張る。
「さあ、帰るぞ!」
「おおおおおっ!」
再び歓声が上がった。
アドの亡骸については、この場ですべてを運び出すことはしなかった。巨体であるうえ、戦いを終えたばかりの討伐隊には負傷者も多い。
必要な調査を終えた部位と、未知の器官、発見された鏃だけを持ち帰り、残った遺体は後日、里から回収部隊を派遣することになった。
毛皮。牙。爪。骨。そして、あれほどの硬化を可能にしていた肉体。
未知の魔獣とはいえ、その全身は貴重な素材でもある。無駄にする理由はなかった。
「それじゃ、本当に帰りましょう」
透が言う。
「さんせーい!」
結衣が真っ先に手を上げる。
「わたし、おなかすいたー!」
真白も続いた。
「俺もだ」
「ガルドは聞いてない」
「なんで俺だけだよ」
笑い声が上がった。
つい先ほどまで命を懸けて戦っていた森に、ようやく穏やかな空気が戻ってくる。
透は皆と歩き出しながら、一度だけ振り返った。
洞窟。アド。そして、そのさらに遠くに連なる山脈。
分からないことは残った。だが、それは今すぐ追いかけるべきものではない。
今は――帰ろう。
勝利を待つ者たちのいる、獣牙族の里へ。
一行は笑い声とともに、帰路へついた。




