第7話 激闘
洞窟から響いたアドの咆哮が、森の空気を震わせる。その余韻が消えるより早く、ライガが前へ出た。
「構えろ!」
獣牙族の戦士たちが一斉に動く。
前衛に立ったのはライガ、ガルド、そして数名の獣牙族の戦士。その手には、人の身体をほとんど覆い隠すほどの大楯が握られていた。
甲殻獣と呼ばれる魔獣の外殻を加工して作られた大楯。厚く、重く、並の攻撃ではびくともしない。
前衛が横一列に並び、その後ろに透と結衣がつく。結衣は両手にファルシオンを抜いた。透も天羽乃斬を鞘から抜き、洞窟の暗闇を睨む。
その頭上では、蒼姫が大きく翼を広げ、森の上へ舞い上がっていた。背には明日華。蒼天の弓を構え、洞窟の入口へ狙いを定めている。その後ろでは真白が腰を低くし、蒼姫の背にしっかりと掴まっていた。
「結界も治癒も、いつでもいけるのじゃ」
さらに少し高い位置では、セシリアが魔力を練りながら周囲を見下ろしている。
用いるのは広域魔法ではない。味方を巻き込まず、狙った場所だけを撃ち抜くための攻撃魔法だ。
その横ではノーノーが、小型の魔導爆裂砲を構えていた。
「来るぞ!」
ライガの声。
洞窟の奥から、重い足音が響いた。
ドン。
ドン。
ドン。
やがて暗闇の中から、一体の巨体が姿を現す。続いて、もう一体。
「甲殻獣……!」
獣牙族の戦士が呟く。
中型の魔獣。全身を覆う外殻は、大楯の素材として使われるほど硬い。額からは一本の長い角。口元には鷲を思わせる鋭い嘴。太い脚の先には、岩すら引き裂きそうな爪が伸びている。
その巨体からは想像できないほど、動きも速い。
「二体!」
明日華が上空から告げる。
だが、それだけではなかった。
甲殻獣の脇をすり抜けるように、赤褐色の獣たちが飛び出してくる。
一体。
二体。
さらに続く。
「レッドファング! 五体!」
サーベルタイガーにも似た巨大な牙。低く沈められた身体。獲物へ飛びかかるために鍛え上げられた四肢。その俊敏さは、獣牙族の戦士にも引けを取らない。
「楯を寄せろ!」
ライガの号令。
前衛が大楯を密着させる。隙間を塞ぎ、一枚の巨大な壁を作り上げた。
次の瞬間、レッドファングが一斉に飛び込んできた。
ドンッ!
激しい衝撃。大楯が大きく揺れる。
「ぐっ!」
戦士たちが踏ん張る。
上空から明日華が矢を放った。
シュッ!
一体の肩へ矢が突き刺さる。
だが――浅い。
「速い……!」
狙いを定めた瞬間には、もう位置が変わっている。明日華が次の矢を番える間にも、レッドファングは楯の前を縦横に跳び回る。
一撃で急所を射抜くことができない。
それでも前衛は突撃を押し返した。
「耐えろ!」
ライガが吠える。
だが、レッドファングの突撃を凌いだ直後――。
「来るぞ!」
ガルドが叫ぶ。
二体の甲殻獣が走り出した。巨体とは思えない加速。地面を蹴り砕きながら、その長い角を前へ突き出して突進してくる。
ドガァン!
一体が前衛へ激突した。
「うわっ!」
獣牙族の戦士が一人、楯ごと宙へ弾き飛ばされる。
さらにもう一体。
「ぐおっ!」
別の戦士も吹き飛んだ。
前線に穴が開く。
「ここは通さねえぞ!」
ガルドが大楯を地面へ叩きつける。
甲殻獣の角が楯へ激突した。
轟音。
ガルドの足が地面を削る。
「おおおおおっ!」
それでも押し戻されない。
隣ではライガも甲殻獣の突進を受け止めていた。
「くっ……!」
二人とも止めてはいる。だが、攻撃に移れない。甲殻獣の長い角が邪魔をして、武器の間合いへ入れないのだ。
「こいつ……!」
その間にも、レッドファングは止まらない。
突撃した勢いのまま数体が前衛を飛び越えた。
「セシリアさん!」
透が振り返る。
一体が空中からセシリアへ向かって飛び込む。
透が地面を蹴った。天羽乃斬が一閃する。
ザンッ!
レッドファングの身体が空中で二つに分かれ、そのまま地面へ落ちた。
もう一体。
「私が!」
結衣が飛び出す。左右のファルシオンを振るう。
刃がレッドファングの胴を掠めた。血が飛ぶ。
だが浅い。
「っ!」
レッドファングは止まらない。結衣の横を駆け抜け、そのままセシリアへ飛びかかった。
セシリアは動じなかった。
「ファイヤーショット」
指先の前に小さな炎が生まれる。
次の瞬間、炎弾が一直線に飛んだ。
ドンッ!
レッドファングの頭部へ直撃する。
獣は地面へ叩き落とされ、そのまま動かなくなった。
「さすがセシリアさん……」
結衣が振り返る。
「前を見なさい、結衣!」
「はい!」
まだ終わっていない。
レッドファングは残り二体。甲殻獣も二体とも健在だ。
その時、吹き飛ばされた獣牙族の戦士へ、一体のレッドファングが走った。
「まずい!」
透が駆ける。
間に合う。
天羽乃斬を振り抜く。
斬ッ!
一体を切り伏せる。
だが、もう一体がいた。
「ぐあっ!」
鋭い牙が、倒れていた戦士の肩へ食い込んだ。
「離れろ!」
結衣が飛び込む。レッドファングの脇へ回り込み、ファルシオンを振り抜いた。
一閃。
さらに逆の手。
二つの刃が交差する。
レッドファングの身体から鮮血が噴き出した。牙が戦士から外れる。
獣は数歩よろめき、そのまま地面へ崩れ落ちた。
「大丈夫!?」
結衣が戦士へ声を掛ける。
「俺は……平気だ……」
だが傷は深い。肩から血が流れている。
「真白!」
透が叫ぶ。
「癒やしを!」
「分かったのじゃ!」
蒼姫が高度を落とす。真白が身を乗り出し、負傷した戦士へ両手を向けた。
「じっとしておるのじゃ!」
淡い光が戦士の身体を包む。噛み裂かれた傷口から流れていた血が止まり、少しずつ傷が塞がっていく。
一方、明日華は弓を構えたまま、無理に乱戦へ矢を放とうとはしなかった。
蒼姫と共に上空を旋回しながら、洞窟の入口を見張っている。
「……まだ来るかもしれない」
その視線は戦場ではなく、暗い洞窟の奥へ向けられていた。
前線では、ライガとガルドがなおも甲殻獣二体を押し留めている。
「こいつら……普通の甲殻獣じゃねえな!」
ガルドが歯を食いしばる。
甲殻獣は本来、関節や腹側を狙えば倒せる。硬い外殻に覆われているとはいえ、弱点そのものは知られている魔獣だ。
だが目の前の二体は違う。
明らかに強い。
速さも、力も、そして外殻の硬さも。
「これも……アドの影響か」
透が低く呟いた。
その言葉に答えるかのように、洞窟の奥から――再び、低い唸り声が響いた。
空気が震えた。
先ほどまでとは違う。腹の底へ響くような、低く、重い声。
ガルドが甲殻獣を押し返しながら、洞窟へ視線を向ける。
「……来やがったか」
暗闇の中。
二つの赤い光が浮かび上がった。
ゆっくりと、こちらへ近づいてくる。
一歩。
巨大な前脚が陽光の中へ現れた。
さらに一歩。
頭部が姿を見せる。
長く湾曲した二本の牙。獰猛な猫科の魔獣を思わせる顔。
そして、燃えているかのような赤い瞳。
やがて十メートルを超える巨体が、洞窟の外へ完全に姿を現した。
その姿は、巨大なサーベルタイガーそのものだった。
「……あれが、アド」
結衣が息を呑む。
ライガも言葉を失う。
アドはすぐには襲ってこなかった。赤い瞳をゆっくり動かし、討伐隊を見渡していく。
前衛。
透たち。
上空の蒼姫。
セシリア。
そしてノーノー。
まるで、自分を狙う敵の位置を、一つ一つ確かめているように。
その口元が僅かに開いた。
「……まずい!」
ノーノーが叫ぶ。
次の瞬間、アドの口腔に眩い炎が生まれた。
「火炎が来るぞ!」
光が膨れ上がる。
直後――。
ゴオオオオオッ!
巨大な火球が放たれた。地面を舐めるように迫る炎。
「散れ!」
ライガが叫ぶ。
戦士たちが左右へ飛ぶ。
火球が地面へ激突した。
ドォォォン!
爆炎が吹き上がり、熱風が森を薙ぐ。木々の葉が一瞬で焼け、周囲へ焦げた臭いが広がった。
「高位魔法を……!」
セシリアが目を見開く。
フレア。
並の魔術師なら、そう何度も撃てる魔法ではない。大量の魔素を必要とする高位火炎魔法だ。
だが、アドの口元に再び炎が集まり始めた。
「もう次を撃つ気か!?」
ガルドが叫ぶ。
「特殊個体じゃ!」
ノーノーが魔導爆裂砲を構える。
「奴自身が、周囲の魔素の減少に影響されておらん!」
パンゲアの人々にとって、魔素は魔法を使うためだけのものではない。身体にも魔素を宿し、それを力へ変えている。
高位魔法を連発されれば、周囲の魔素は急速に失われていく。
魔術師は魔法を使えなくなる。獣牙族の戦士たちも、本来の身体能力を発揮できなくなる。
戦いが長引けば長引くほど、弱っていくのは――こちらだけ。
「長期戦はできんぞ!」
ノーノーが引き金を引いた。
ドンッ!
爆音。
魔導爆裂砲から放たれた弾丸が、アドの肩へ直撃した。爆炎が巨体を包む。
「やったか!?」
煙が流れる。
その向こうに、二つの赤い瞳。
アドが立っていた。
「……浅い!」
表皮は焼け、血も流れている。だが致命傷には程遠い。
「もう一発じゃ!」
ノーノーが二発目を撃つ。
今度は胸部へ着弾。再び爆発が起きる。
アドの巨体が僅かによろめいた。
それでも倒れない。
「これで弾切れじゃ!」
ノーノーが舌打ちする。
「ならば!」
セシリアが杖を向けた。
魔法陣が展開する。
「ファイヤーバレット!」
複数の炎弾がアドへ殺到した。次々と命中する。
爆炎。
それでも――。
「効きが弱い……?」
セシリアが眉を寄せる。
確実に傷は負わせている。通常の魔獣なら耐えられないほどの攻撃だ。
だがアドは平然と立っている。
「魔法耐性まであるというのですか……」
その間にも――。
「押せぇ!」
ガルドとライガたちは、残る二体の甲殻獣を押し留めていた。
だがアドは、その光景を見ていた。
赤い瞳が動く。
身体が低く沈む。
「来るぞ!」
透が叫んだ。
だが、アドは突進しなかった。
地面を蹴る。
「飛んだ!?」
十メートルを超える巨体が、空へ舞った。
ガルドたちの頭上を軽々と飛び越える。
「後ろだ!」
透が振り返る。
アドが討伐隊の後方へ着地した。
ズンッ!
地面が揺れ、土が跳ねる。
そして、口の奥に再び炎。
「フレア!」
「真白!」
透が叫ぶ。
「結界を!」
「分かったのじゃ!」
蒼姫が急降下する。真白が両手を広げた。
淡い光が討伐隊の前へ広がり、巨大な防護結界を形成する。
直後、フレアが直撃した。
ドォォォォン!
「ううっ……!」
真白が歯を食いしばる。
結界全体が激しく揺れる。表面に、ひび割れるような光が走った。
「真白!」
「まだ……大丈夫なのじゃ!」
炎が消える。
結界は辛うじて残っていた。だが真白の額には汗が浮かんでいる。
何度も防げる攻撃ではない。
「くそっ!」
透が走る。
アドの右前脚へ踏み込み、天羽乃斬を振るった。
刃が毛皮を裂く。肉へ食い込む。
その瞬間――。
ガギィン!
「っ!」
透の腕へ、強烈な反動が返ってきた。
刀は確かに入った。
だが浅い。
「硬い……!」
違う。
最初から硬かったわけではない。
刃が触れる瞬間、筋肉そのものが一瞬にして硬質化した。
そして何より――見えない。
いつもなら見えるはずのものが。
剣を通すべき場所。
切断へ至る線。
アドには――どこにもない。
「おにぃ!」
反対側から結衣が飛び込む。
左右のファルシオンが、アドの脚を斬りつける。
二条の傷。
それでも深くない。
「こんなに硬いの!?」
しかも――。
「傷が……」
透が目を見開く。
流れていた血が止まる。裂けた肉が、見る間に塞がっていく。
「再生までしやがるのか!」
ガルドの声が飛ぶ。
長期戦になれば、勝ち目がない。
魔素はこちらだけが減っていく。アドはフレアを撃ち続ける。傷を負わせても再生する。
透は天羽乃斬を握り締めた。
切断線さえ見えない。
「どうすれば……」
その時、上空で明日華が矢筒へ手を伸ばした。
取り出したのは、通常の矢ではない。
ドワーフたちが魔鋼虫との戦いを想定して仕立てた、強固な外殻を貫くための矢。
明日華が蒼天の弓へ番える。
ギリギリギリ……。
剛弓が大きくしなる。
アドの赤い瞳が、上空を捉えた。
「気づいた……」
明日華が呟く。
アドが動く。
木々の間を縫う。
右へ。
左へ。
時に急停止し、また駆ける。
その巨体からは考えられない速度。明日華へ狙いを絞らせない。
「やっぱり、分かってる……」
自分の矢が危険だと。
明日華は無理に追わなかった。弓を引いたまま、静かに息を整える。
「兄さま、結衣」
「ん?」
「なに?」
「あいつの足を止めて」
透がアドを見る。
「分かった」
結衣もファルシオンを構え直した。
「了解!」
その頃、甲殻獣との戦いにも変化が起きていた。
「いつまでも付き合ってられるか!」
ガルドが叫ぶ。
「合わせろ、ライガ!」
「ああ!」
突進してくる甲殻獣。
これまで正面から受け止めていたガルドと獣牙族の戦士たちが、一斉に大楯を外した。
甲殻獣の角が空を切る。
勢いを殺せない。
そのまま突っ込んできたところへ――。
「今だ!」
ライガの一撃。
剥き出しになった首へ武器が食い込む。
続いてガルド。
「おらぁっ!」
渾身の一撃。
甲殻獣の首が落ちた。
「あと一体!」
その声を背に、透が右から走る。
結衣が左から走る。
アドの視線が二人へ動いた。
左右からの挟撃。
透は刀を構える。結衣もファルシオンを低く構えた。
アドが低く身を沈める。
「来る!」
透が踏み込もうとした。
だが、アドは二人へ突進しなかった。
地面を蹴る。
巨体が空へ舞った。
「上!?」
結衣が見上げる。
その瞬間、明日華の目が細くなった。
「待ってた」
空中では、進路を変えられない。
蒼天の弓が限界まで引き絞られる。
そして――放った。
バシュン!
矢が一直線に走る。
アドの赤い瞳が動いた。
身体を捻ろうとする。
だが、遅い。
右脇腹から飛び込んだ矢が、巨体を貫いた。
「ギャアアアアアアアッ!」
初めて、アドが明確な悲鳴を上げた。
巨体が空中で崩れる。
地面へ落下。
ドンッ!
土煙が舞い上がる。
「入った!」
明日華が叫ぶ。
アドの脇腹から大量の血が流れている。これまでとは明らかに違う傷。
「今だ!」
一番近くにいた結衣が走った。
「結衣、待て!」
透の声。
だが結衣は止まらない。
倒れたアドへ飛び込む。
「やあああっ!」
ファルシオンを振り上げる。
その瞬間――。
土煙の向こう。
赤い瞳が開いた。
アドの尾が動く。
ブンッ!
「え――」
巨大な尾が、結衣の身体を横から薙ぎ払った。
ドンッ!
「きゃあっ!」
結衣の小さな身体が宙を舞った。
「結衣!」
地面へ叩きつけられる。
転がる。
ファルシオンが手から離れ、土の上を滑っていった。
動かない。
「……結衣?」
透の足が止まった。
何かが遠くなった。
アドの唸り声。
甲殻獣との戦闘音。
誰かの叫び声。
風に揺れる木々の音さえ。
すべてが消えていく。
倒れている妹。
その姿だけが、透の目に映っていた。
胸の奥から、激しいものが込み上げる。
怒り。
恐怖。
焦り。
だが――次の瞬間。
それらすべてが、消えた。
――静かだった。
水面から波紋が消えていくように、頭の中から余計なものが失われていく。
息を吸う。
吐く。
それだけ。
透はゆっくりと天羽乃斬を上段へ構えた。
セシリアが息を呑む。
「……何?」
ノーノーも透を見た。
「これは……」
二人の腕に鳥肌が立つ。
透から立ち上る気配が、先ほどまでとはまるで違う。
怒りは感じる。
殺気もある。
だが荒れてはいない。
むしろ、恐ろしいほどに研ぎ澄まされている。
アドがゆっくりと起き上がった。
明日華の矢に貫かれた脇腹。開いた傷が、少しずつ塞がっていく。
赤い瞳が透を捉えた。
グルルルル……。
アドの姿勢が低くなる。
透は動かない。
ただ見ている。
前脚。
後脚。
肩。
背。
首。
筋肉の動き。
呼吸。
重心。
アドが一歩、前へ出た。
透の瞳が僅かに動く。
これまで何度見ても、どれほど集中しても、そこには何もなかった。
切断へ至る線など、どこにも見えなかった。
アドが口を開く。
赤い光が灯る。
「まさか……!」
セシリアが声を上げた。
「またフレアを!」
炎が集まる。
だが透は動かない。
「透!」
ガルドの叫びも届かない。
アドの身体が硬化していく。
首。
肩。
胸。
次に来る攻撃へ備えるように。
透は小さく息を吐いた。
「ふっ――」
その時。
見えた。
ほんの一瞬。
細く。
淡く。
今にも消えてしまいそうな一本の線。
アドの首を横切っていた。
透は考えなかった。
斬れるか。
届くか。
硬化しているか。
そんなことは、もう何も。
身体が動いた。
地面を蹴る。
アドの口元で、フレアが完成する。
赤い光が爆ぜようとした。
次の瞬間――。
透の姿が消えた。
誰にも、何が起きたのか分からなかった。
ただ。
透はすでに、アドの横を通り過ぎていた。
天羽乃斬が振り下ろされている。
アドの巨体が止まった。
口の中に集まっていた炎が揺らぐ。
消える。
燃えるような赤い瞳が、ゆっくり瞬いた。
そして――。
ズズッ――。
首がずれた。
ゴトン。
巨大な頭部が地面へ落ちる。
遅れて、首を失った巨体が傾いた。
ドォン――!
地面が震える。
土埃が舞い上がった。
静寂。
残る甲殻獣も、ほぼ同時にガルドとライガたちによって倒されていた。
だが、誰も声を上げなかった。
ガルドが、天羽乃斬を下ろした透を見る。
「……おいおい」
ライガも言葉を失っている。
セシリアも。
ノーノーも。
ただ立ち尽くしていた。
先ほどまで、あれほど攻撃を受けても倒れなかった怪物。
魔導爆裂砲にも耐え、セシリアの魔法にも耐え、傷を負えば再生し、透の天羽乃斬すら浅くしか通らなかった。
その首が、たった今。
一撃で落ちた。
だが、透は誰よりも早く、その場から駆け出した。
「結衣!」
アドの死骸など、もう見ていない。
倒れている妹の元へ駆け寄り、膝をつく。
「結衣! 大丈夫か!」
返事がない。
「結衣!」
透が肩へ手を伸ばそうとした、その時。
「……いたた……」
小さな声。
結衣がゆっくりと目を開けた。
透の顔から、一気に緊張が抜ける。
「……よかった」
「おにぃ……?」
結衣は目を瞬かせた。
まだ何が起きたのか分かっていない。
「私……飛ばされた?」
「ああ。思い切り」
「そっかぁ……」
結衣が顔をしかめる。
「……痛い」
「真白!」
「今行くのじゃ!」
蒼姫が急いで高度を落としてくる。
その向こうで、アドの巨大な頭部が横たわっていた。
燃えるようだった赤い瞳から、ゆっくりと光が失われていく。
獣牙族を長年苦しめてきた災害。
古文書にもその名を残す、ネームド・ザガンガ。
――アド。
その討伐は、ここに成った。




