第四話 結衣の双剣
族長の館へ入った時から、結衣には少し気になっているものがあった。
壁にずらりと並べられた武具。その中で、大剣や槍、斧に混じって、ひときわ細身の二振りの剣が飾られている。
片刃で、刀身は緩やかに湾曲している。
左右一対の剣だった。
「……きれいな刀」
思わず足を止めた結衣に、隣にいたミルガが気づく。
「あれか?」
「うん」
「あれはファルシオンだぞ」
「ファルシオン?」
「双剣使いが使う武器だ」
「へぇー」
結衣はしばらく、壁に飾られた二振りを見上げていた。
「双剣かぁ……」
だが、その時はそれだけだった。
◇
アド討伐の話が決まった、その日の夜。
宴の熱気もようやく収まり始めた頃、ミルガは一人、ファルガの前に立っていた。
「母上」
「なんだ?」
「今度のアドとの戦い……あたいは出られないんだよな」
「ああ」
ファルガは迷いなく答えた。
「お前にはまだ早い」
「……分かってる」
ミルガは少しだけ唇を噛んだ。
だが、すぐに顔を上げる。
「だから、頼みがある」
「言ってみろ」
ミルガが壁の一角へ視線を向けた。
そこに飾られているのは、あの二振りのファルシオン。
「あの双剣を、結衣に持たせてやってほしい」
ファルガの眉が、わずかに上がった。
「ほう」
「母上も知ってるだろ。里じゃ、あたいだって速い方だ」
「ああ」
「でも結衣は、あたいよりずっと速い」
ミルガは拳を握った。
「ブラックファングにも怖がらず飛び込んでいった。速いだけじゃない。度胸もある」
そして、もう一度ファルシオンを見る。
「あれなら、結衣に合うと思う」
ファルガはしばらく黙って娘を見つめていた。
「お前の友なのか?」
「……はい」
今度は少しだけ照れたように答える。
「そうか」
ファルガの口元が緩んだ。
「分かった。呼んでこい」
「はい!」
◇
「結衣!」
「ん?」
「ちょっと来い!」
「なに?」
「母上が呼んでる」
「え? 私、何かした?」
「いいから来い!」
ミルガに半ば引っ張られるようにして、結衣は再び族長の前へ連れてこられた。
「結衣と言ったな」
「はい」
「ミルガから頼みがあってな」
「ミルガから?」
ファルガが壁を指差す。
そこには、二振りのファルシオン。
「お前に、あの双剣を使わせてほしいそうだ」
「え?」
結衣が目を丸くし、すぐにミルガを見る。
「ミルガ……?」
「今度の戦い、かなり危ないって聞いたから」
「うん」
「友達のお前には、ちゃんと戻ってきてもらわないと困る」
「…………」
結衣が黙る。
ミルガは照れくさそうに視線を逸らした。
「だから、それ使え」
その様子を見ていたファルガが笑う。
「結衣。まずは持ってみろ」
「はい!」
壁から下ろされた二振りのファルシオンを受け取る。
一本ずつ、左右の手へ。
「……軽い」
その瞬間、結衣の表情が変わった。
腰を落とし、一歩踏み出す。
身体をひねりながら右の剣を振り、返す動きで左。
二本の刀身が風を切り、滑らかに走る。
さらに踏み込む。
交差。
反転。
身体の回転に、二振りの剣が遅れることなくついてくる。
「わぁ……」
結衣の顔がぱっと輝いた。
「これ、すごくしっくりくる!」
「ほう」
ファルガが感心したように頷く。
「ライガ。どう見る?」
そばで腕を組んでいたライガが笑った。
「いいと思う」
「そうか」
「ブラックファングとの戦いも見たが、こいつの一番の武器は俊敏さだ。それに、あのデカいの相手に飛び込む度胸もある」
ライガが結衣を見る。
「双剣なら、その速さを殺さねぇ。むしろ活かせる」
「なら、決まりだな」
ファルガが頷いた。
「結衣よ」
「はい」
「その双剣――ファルシオンを、お前に委ねる」
「えっ」
「存分に使ってくれ」
結衣の顔が一気に明るくなる。
「いいんですか!」
「ああ」
「ありがとうございます!」
結衣は二振りを胸元へ抱えるようにして頭を下げた。
そして、すぐにミルガを見る。
「ミルガも、ありがとう!」
「……別に」
ミルガはぷいっと横を向いた。
「戻ってきてもらわないと困るだけだ」
「うん」
「それに――」
ちらりと結衣を見る。
「勝ち逃げは許さないからな」
「ふふっ」
結衣が笑った。
「じゃあ、また勝負しようね」
「今度は勝つ!」
二人のやり取りを見て、ファルガは満足そうに頷いた。
「それと、装備も見直しておけ」
「装備?」
「ああ。アド相手に、その格好では心許ない。装具士には話を通しておく」
ファルガがミルガを見る。
「お前が案内しろ」
「はい!」
「結衣。身体に合うものを誂えてもらえ」
「分かりました!」
◇
しばらくして。
「おにぃー!」
宿へ戻った透が、声のした方を振り向く。
そこへ結衣が嬉しそうに走ってきた。
新しい軽装具に身を包み、腰には二振りのファルシオン。
透の前まで来ると――。
くるり。
さらに、もう一回。
「どう?」
「どうって……」
透は思わず笑った。
「ずいぶん気に入ったみたいだな」
「うん!」
結衣は満面の笑みで、腰の双剣へ手を添えた。
「これ、ファルシオンっていうんだって!」
「双剣か」
「そう!」
そこから結衣は、ミルガがファルガへ頼んでくれたこと。
ライガも背中を押してくれたこと。
そして、装具士に新しい装備まで誂えてもらったことを、一気に話した。
その嬉しそうな様子に、話を聞き終えた透も自然と笑う。
「よかったな、結衣」
「うん!」
その晩。
結衣はいつものように布団へ入った。
だが――。
枕元には、きちんと並べられた二振りのファルシオン。
その隣には、新しく誂えられた装具一式。
結衣はそれを何度も眺めては、
「えへへ……」
また眺める。
少しして手を伸ばし、またファルシオンを眺める。
結局、眠りにつく直前まで、何度もそれを繰り返していたという。
翌日に災害級の魔獣との戦いを控えているとは思えないほど、嬉しそうに。
やはり神代家の娘も、立派な戦闘民族なのかもしれなかった。




