第五十二話 第二回神代家会議
ハイエルフの里を出立する前日の朝。
透たちは、滞在している族長の家の一室に集まっていた。
部屋の中央には低い卓が置かれ、その周囲に透、結衣、明日華、真白、蒼姫が座っている。
ノアは結衣の隣に腰を下ろし、ラピスは透の膝の上で丸くなっていた。
「それでは、第二回神代家会議を始めます」
結衣が少しだけ胸を張って宣言した。
その隣では、明日華が学習端末を広げている。前回と同じく、音声入力で会議の内容を記録するためだ。
「今回の議題は、これからの予定と、今夜の奉納の舞についてです」
「はい」
透が返事をすると、結衣は満足そうにうなずいた。
「まずは、これからの予定を確認します。私たちはハイエルフの里を出たあと、獣人族の里へ向かいます。そこで魔鋼虫について伝えて、協力をお願いする。そのあとドワーフの里へ行って、セリナさんたちと合流します」
「ドワーフの里へは、ハイエルフの方々が先触れを出してくださいます」
明日華が端末へ入力しながら補足した。
「セリナ様とリーファさんも、後から向かわれる予定です」
「うん。そこまでは、さっきの会議で決まったとおりだね」
結衣は一度うなずいてから、透へ顔を向けた。
「おにい。これから、本当に魔鋼虫との戦いが始まるんだよね」
その声から、先ほどまでの明るさが少しだけ消えた。
透は、膝の上で眠るラピスの背を静かに撫でた。
「そうなると思う。各地へ情報を届けるだけじゃなく、実際にどう戦うかを考える段階に入ったからな」
「ノーノー殿は、巨大な群れに一当てすると申しておりました」
蒼姫が呆れたように言う。
「透様まで同意なされるとは思いませんでしたが」
「それは……敵の戦力を知る必要はあると思ったからで」
「安全な方法を考えてから、ですよね」
明日華が入力の手を止めずに言った。
「はい。そのとおりです」
透が素直に頭を下げると、結衣と真白が同時にうなずいた。
「真白も、あの時は一緒になってうなずいていただけだろう」
「真白は最初から分かってたもん」
真白は得意げに胸を張ったが、結衣は疑わしそうな目を向けていた。
少しだけ空気が和らぐ。
それでも、これから向かう先に危険が待っていることは変わらない。
透は家族全員の顔を見回した。
「これから、今まで以上に大きな戦いになるかもしれない。だから、無理はしないこと。誰か一人で抱え込まないこと。そして、必ずみんなで帰ること。それだけは守ろう」
「もちろん」
結衣がすぐに答えた。
「おにいだけで何とかしようとするのも禁止だからね」
「肝に銘じます」
「兄様は、困っている方がいると、すぐに一人で前へ出ようとなさいますから」
明日華も釘を刺す。
「私たちもおります。これからは、家族全員で戦うのでしょう?」
「ああ」
透は静かにうなずいた。
「みんなで戦って、みんなで帰ろう」
「真白も頑張る」
「わたしも、みんなを守ります」
蒼姫が透へ向かって頭を下げる。
ノアも少し遅れて、小さく手を挙げた。
「ノアも、探す。魔鋼虫、見つける」
「頼りにしているよ」
透が声をかけると、ノアは嬉しそうにうなずいた。
「みゃん」
話に加わるように、ラピスが膝の上で顔を上げる。
「ラピスも一緒だな」
「みゃん」
透が頭を撫でると、ラピスは目を細めた。
結衣は皆の顔を見回してから、次の議題へ移った。
「それから、お父さんたちとお母さんのこと」
その言葉に、部屋の空気が少し変わった。
熊野を訪れた美琴たちから、八咫烏を通じて連絡が届いている。
透たちがパンゲアにいること。
全員が無事でいること。
そして、美琴、隆志、宗玄が、こちらへ渡る方法を探していることも伝わっていた。
「お母さんたち、本当にこっちへ来られるかな」
結衣が、少しだけ不安そうに尋ねた。
「まだ方法が見つかったわけじゃない」
透は正直に答えた。
「でも、父さんたちが何も考えずに動くとは思えない。じいちゃんも一緒だ。きっと何か方法を見つけてくれる」
「美琴様なら、必ず参られます」
蒼姫が迷いなく言った。
「みんなの居場所が分かった以上、立ち止まって待っておられる方ではございません」
「うん。母さんなら、そうだな」
透の脳裏に、美琴の顔が浮かぶ。
心配しながら待つのではなく、自分たちに会うため、すでに歩き始めているはずだ。
「だから、私たちも止まってはいられないね」
結衣が言った。
「お母さんたちが来た時に、ちゃんと迎えられるようにしないと」
「そうですね」
明日華が端末から顔を上げた。
「私たちが無事であり続けることが、母様たちに対してできる一番のことだと思います」
透は、その言葉を胸の中で繰り返した。
無事であり続けること。
魔鋼虫から人々を守るだけではない。
自分たちを追ってくる家族と、もう一度会うためにも、生きて進み続けなければならない。
「よし。それじゃ、最後の議題」
結衣が手を打ち、部屋の空気を切り替えた。
「今夜の奉納の舞についてです」
真白が待っていましたとばかりに身を乗り出す。
「真白の出番!」
「まだ決まったわけじゃないよ。まずは族長さんたちにお願いしないと」
「えー」
「えー、じゃありません」
明日華が少しだけ笑いながら言った。
透も苦笑しながら、皆を見回した。
「今日の午後、ファルゼンさんたちにお願いしてみようと思う。この世界で出会った皆さんへの感謝を、神代家に伝わる舞で伝えたい」
「うん。それがいいと思う」
結衣がすぐにうなずいた。
「ハイエルフの里の人たちにも、いっぱい助けてもらったしね」
「フェンリルとラピスを託していただいたことへの感謝も込めたいですね」
明日華がラピスへ視線を向ける。
「みゃん?」
名前を呼ばれたと思ったのか、ラピスが顔を上げた。
「それから、これからの旅が無事に続くように」
蒼姫が静かに付け加える。
「母様たちにも届くように舞いましょう」
明日華が言った。
「遠く離れていても、同じように私たちの無事を祈ってくださっているはずですから」
「ああ」
透はうなずいた。
「母さんたちにも、きっと届く」
結衣が全員を見回し、明るい声で告げた。
「それでは、第二回神代家会議を終わります。午後になったら族長さんたちにお願いして、許してもらえたら、みんなでしっかり準備しよう」
「おー!」
真白が元気よく拳を上げる。
「みゃん!」
ラピスも続くように鳴いた。
こうして出立を前にした神代家の一日は、神樹へ捧げる舞の相談から始まった。




