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超大陸パンゲアへ渡った神代家の異世界奮戦記  作者: 久遠 遙人


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第五十一話 西方を結ぶために

 翌日の昼前。


 アストレア王国から、高速で長距離移動できる鳥型騎獣がハイエルフの里へ到着した。


 その背から降りた伝令は、長旅の疲れを見せながらも、ファルゼンの前へ進み出て深く頭を下げた。


「アストレア国王陛下より、書状と資料をお届けに参りました」


 伝令が差し出したのは、革と布で幾重にも包まれた書類箱だった。


 ファルゼンがそれを受け取り、静かにうなずく。


「遠路、ご苦労であった。まずは身体を休められよ」


「ありがとうございます」


 伝令が騎獣と共に里の者に案内されていく。


 その後、族長の家にある広間へ、透たちと古老が集められた。


 中央の大きな切り株の上には、アストレアから届いた地図と報告書が広げられている。


 席に着いているのは、ファルゼンと数名の古老。


 透、結衣、明日華、真白、セリナ、セシリア、ガルド、ノーノー、リーファ。


 蒼姫は人の姿で明日華の隣に座り、ノアは透のそばから地図を見つめていた。


 ラピスは透の足元で丸くなっている。


 ファルゼンが、アストレア国王からの書状を読み終え、ゆっくりと顔を上げた。


「王国が得た情報については、昨日モモを通じて聞いている。しかし、こうして資料を見ると、事態は我らが考えていた以上に進んでいるようだ」


 机上には、魔鋼虫の出現場所が記された地図が置かれていた。


 大地溝帯の周辺だけではない。


 アストレア方面、ラザール方面、西方へ続く地域にも、幾つもの印が付けられている。


 エルンファーゼンが地図へ顔を近づけた。


「これほど広い範囲で、同じ時期に群れが動いておるのか」


「はい」


 セリナが答えた。


「これまでは、各地に残っていた小規模な群れによる襲撃と考えられていました。しかし、最近現れた群れは規模も数も違います」


 ノーノーが、髭を撫でながら地図を眺める。


「九百年の休眠期にも、魔鋼虫が一匹も動いておらなんだわけではない。南方にも、はぐれた個体や小さな群れはおった」


「大地溝帯の周辺にも、活動していた個体群がいたと考えられるそうです」


 明日華の言葉に、ノーノーがうなずいた。


「あの辺りは魔素が濃い。ゆえに魔獣も多く生息しておる。魔鋼虫にとっては、魔核を持つ生き物が豊富な土地じゃ」


「では、なぜ今になって大群が南へ?」


 リーファが尋ねる。


「巨大なコロニー群が目覚めたからじゃろう」


 ノーノーは、大地溝帯の北側に置かれた印を指で叩いた。


「今まで動いておったのは、あくまで一部じゃ。眠っていた巨大な群れが活動を再開し、餌を求めて勢力を広げ始めた。そう考えるのが自然じゃな」


 広間の空気が重くなる。


 千年前、旧パンゲア連邦を滅亡へ追いやった巨大な群れ。


 それが、再び動き始めている。


 エルンファーゼンは、アストレアから届いた古い記録の写しを手に取った。


「この記号には見覚えがある」


 古老の指が、金属板から写し取られた文字の一部をなぞる。


「戦いが始まってからの年数を示しておる。ここに書かれているのは……七十六年目か」


「やはり、百年戦争の記録なのですね」


 セリナの問いに、古老がうなずく。


「すべては読み取れぬ。だが、我らに伝わる話と矛盾はしておらぬ」


 ほかの古老たちも資料を手に取り、互いに短い言葉を交わしていく。


 都市の名。


 戦いが行われた年代。


 避難路。


 南へ逃れた人々の記録。


 長い年月の中で失われた歴史が、わずかながら形を取り戻し始めていた。


 ファルゼンが、別の地図へ目を向ける。


「北へ逃れた人々についても、報告があったそうだな」


「はい」


 セリナが、旧パンゲア連邦の広域地図を広げ直した。


「ノアがいた北方都市を調査した者たちが、残されていた資料の中から発見した地図です」


 地図には、大地溝帯の向こう側まで描かれている。


 旧パンゲア連邦の首都。


 その南に並ぶ主要都市。


 そして首都の北東には、広い山岳地帯が記されていた。


「救出された避難民の中には、千年前、南へ逃れた者たちとは別に、北へ向かった人々がいたという言い伝えが残っています」


 セリナの指が、地図の北東へ移る。


「その伝承と、この地図に記された山岳地帯が一致しました」


「生き残っている可能性があるということですか?」


 結衣が尋ねた。


「分かりません」


 セリナは静かに首を横に振った。


「無事に山岳地帯へたどり着いたかどうかも、今も子孫が暮らしているかどうかも確認されていません。ただ、逃げた先として考えられる場所が、初めて地図の上で示されました」


「九百年もあれば、人は増えているかもしれませんね」


 透が地図を見つめる。


「ええ」


 リーファが答えた。


「魔鋼虫を恐れ、外との交流を断っていたとしても、山の中で暮らし続けられる場所があれば、集落や都市が残っている可能性はあるわ」


「今すぐ調査へ向かうのは難しいでしょう」


 セシリアが地図に描かれた距離を確かめる。


「大地溝帯と旧首都周辺を越えなければなりません。地上から向かうには危険が大きすぎます」


 ファルゼンもうなずいた。


「今は、存在する可能性があると分かっただけでもよい。いずれ安全に向かう手段を得た時、この地図が役に立つであろう」


 ひとまず北東の山岳地帯については、今後の課題として残された。


 そして会議は、現在の危機へと戻る。


「アストレア国王は、各地の代表者を集める準備に入りたいと考えておられます」


 セリナが国王の書状へ手を添えた。


「これまでは、魔鋼虫の危険を知らせ、協力を求める段階でした。しかし、百年戦争の記録と現在の活動状況が明らかになり、各地が具体的に動くための条件がそろいました」


「同じ過ちを繰り返すわけにはいかぬ」


 エルンファーゼンが低い声で言う。


「千年前、人々は都市ごとに分かれ、互いに助け合うことができぬまま敗れた」


「だからこそ、今度は情報を共有し、各地の力をまとめなければなりません」


 セリナの言葉に、広間にいる者たちがうなずいた。


 ファルゼンはしばらく地図を見つめた後、口を開いた。


「我らからも、西方の各都市へ知らせを送ろう。アストレアから届いた情報と、古老たちが確認した内容をまとめる」


「ピクシーネットワークが使える都市には、先に概要を伝えられます」


 リーファが言う。


「詳しい資料は、足の速い騎獣伝令に運ばせましょう」


「うむ」


 ファルゼンは、次に透たちへ目を向けた。


「そなたたちには、獣人族の里へ向かってもらいたい」


「獣人族の里へ、ですか?」


 透が聞き返す。


「獣人族は、他の種族との交流が少ない。使者だけを送るよりも、実際に魔鋼虫と戦ったそなたたちが訪れ、直接話したほうがよいであろう」


「分かりました」


 透は迷うことなくうなずいた。


「俺たちが伝えます」


「ドワーフの里へは、こちらから先触れを出す」


 ファルゼンの指が、地図に記されたドワーフの里へ移る。


「アストレアから新たな資料が届いたこと。各種族の代表を集めるため、具体的な話し合いを始めたいことを伝えておこう」


「私もドワーフの里へ向かいます」


 セリナが姿勢を正した。


「アストレア王国を代表し、正式に協力をお願いしなければなりません」


「私も同行するわ」


 リーファも続いた。


「ハイエルフを代表して、古老たちの証言と、今回確認された内容を伝えます」


 アストレアの王女と、ハイエルフ族長の娘。


 二人がそろって訪れることで、今回の協議が単なる使者同士の話ではないことを、ドワーフ側にも示すことができる。


 透たちが獣人族の里へ向かう間に、ドワーフの里へ先触れを出す。


 その後、セリナとリーファが正式な代表としてドワーフの里へ向かい、透たちは獣人族への訪問を終えてから合流することになった。


◇◇◇


 ファルゼンが宣言する。


「西方の都市、ドワーフ、獣人族。そして、我らハイエルフ。まずは、それぞれが持つ情報と戦力を知ることから始める」


「戦力といえばじゃ」


 話がまとまりかけたところで、ノーノーが不意に口を挟んだ。


 全員の視線が、小柄な老賢者へ集まる。


 ノーノーは腕を組み、大地溝帯周辺に記された印をじっと見つめていた。


「一つ、確かめねばならぬことがあるのう」


「何でしょうか?」


 セリナが尋ねる。


「巨大コロニーが活動を始めたことは、まず間違いない。じゃが、実際にどれほどの戦力を持っておるのかは、まだ分かっておらぬ」


 ノーノーの指が、地図上の大地溝帯を軽く叩く。


「分かりやすく言えばじゃ。巨大コロニーの群れに、一当てしてみる必要がありそうじゃな」


 広間が静まり返った。


 ファルゼンの頬が引きつり、古老たちも目を見開く。


 セリナは言葉を失い、リーファは片手で額を押さえた。


 その中で、ガルドだけが嬉しそうに笑った。


「じいさん、たまにはいいこと言うぜ」


「その必要はありますね」


 透まで真面目な表情でうなずく。


 今度は、女性たちの視線が透とガルドへ一斉に向けられた。


「お兄……」


 結衣が呆れたようにつぶやく。


 明日華も、何とも言えない顔で透を見ていた。


 セシリアが深いため息をつき、額へ手を当てる。


「男どもは、どうしてこう単純なのかしら」


「じゃが、敵の戦力を知らずして、対策は立てられぬぞ」


「ですから、まず安全な方法を考えなさいな」


 ノーノーの反論を、セシリアがぴしゃりと遮った。


「戦ってみなければ分からないから戦いましょう、では作戦とは呼べません。偵察をするにしても、こちらの被害を出さず、確実に戻れる方法を考えるのが先でしょう」


 セリナとリーファが、何度もうなずく。


 結衣と明日華も同じように首を縦へ振った。


 真白まで腕を組み、よく分かっているような顔でうなずいている。


「安全な方法が見つかれば、戦力を調べること自体には反対しません」


 セシリアが念を押す。


 透は少しばかり反省した表情を浮かべた。


「……そうですね。すみません」


「分かればよろしい」


「みゃん」


 透の足元で、ラピスが小さく鳴いた。


 一瞬の沈黙のあと、張り詰めていた広間の空気が、わずかに緩む。


「……締まらんのう」


 ノーノーがぼそりとつぶやいた。


 その日の午後。


 ハイエルフの伝令たちが、各地へ向けて次々と里を飛び立っていった。


 西方の都市へ。


 ドワーフの里へ。


 魔鋼虫の活動期が始まったことを知らせ、来たるべき戦いに備えるために。


 そして透たちもまた、獣人族の里へ向かう準備を始める。


 千年前には分かたれていた道が、今度は一つにつながろうとしていた。


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