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超大陸パンゲアへ渡った神代家の異世界奮戦記  作者: 久遠 遙人


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第四十八話 神代家Ⅲ

 翌朝。


 朝食を終えた透たちは、里で借りている客室へ集まっていた。


 昨夜届いたマイクロSDカードの中身を、皆で一緒に確認するためだ。


 部屋の中央に置かれた低い卓。


 その上には、結衣が地球から持ってきたタブレットが置かれている。


 周りを囲んでいるのは、透、結衣、明日華、真白、蒼姫。


 ノアは透の隣に座り、その膝の上ではラピスが丸くなっていた。


 まだ生まれて間もないラピスには、これから何が始まるのか分かっていないのだろう。


 銀色の尻尾を揺らしながら、興味深そうに画面を見つめている。


 そこへ、セリナとリーファも呼ばれていた。


「これが、透様たちの世界で使われている道具なのですね」


 セリナは卓の上に置かれた薄い板を、不思議そうに見つめている。


「はい。遠く離れた人と話したり、文字や絵を記録したりできます」


 明日華が答えた。


「この板だけで、そんなことができるの?」


 リーファは画面を覗き込みながら、驚きを隠せない様子だった。


「今は遠くの人と直接話すことはできないけど、映像を見ることはできるよ」


 結衣がそう言いながら、タブレットを操作する。


 昨夜は、カードが届いたことを確認しただけで、動画までは開かなかった。


 透が、皆が落ち着いてから一緒に見ようと提案したためだ。


 地球から届いた家族の言葉。


 それを眠気と混乱の中で見るよりも、明るくなってから全員で受け止めたかった。


「これから映るのが、俺たちの家族だ」


 透がセリナとリーファへ説明する。


「父の隆志、母の美琴。それから祖父の宗玄だ」


「透様たちのご家族……」


 セリナが姿勢を正した。


 リーファも、どこか緊張した面持ちで画面へ向き直る。


 結衣が一番上に表示された、


 ――最初に開いてください。


 というフォルダを開いた。


 中に入っていた動画を選ぶ。


 画面が一度暗くなり、すぐに映像が映し出された。


 そこには、神代神社の社務所に並んで座る隆志、美琴、宗玄の姿があった。


『透、結衣、明日華、真白、蒼姫。みんな、無事ですか』


「父さん……」


 透の口から、小さな声が漏れた。


「ととさま……」


 真白が身を乗り出す。


 今にも画面の中へ飛び込みそうなほど、顔を近づけていた。


『この動画を見ているということは、熊野の八咫烏が持つ札箱から、蒼姫の札箱へ物を送ることができたということです』


 隆志は、いつもと変わらない落ち着いた口調で話していた。


 けれど、その表情には疲れが滲んでいる。


 透たちの行方が分からなくなってから、眠れない日が続いていたのかもしれない。


『ただし、こちらから送ることができるだけなのか、そちらからも送り返せるのかは、まだ分かっていません』


 隆志は、まず全員で集合写真を撮り、カードを札箱へ戻してほしいと説明した。


『今すぐ、すべてのことに答えなくても構いません』


 画面の中で、美琴が隆志の言葉を引き継ぐ。


『まずは、みんなの顔を見せてください』


「かかさま……」


 真白の目に、みるみる涙が溜まっていく。


『透も、結衣も、明日華も、真白も、蒼姫も。みんな一緒に写ってね』


「かかさまー!」


 真白がとうとう堪えきれず、画面へ向かって叫んだ。


 両手を伸ばし、映っている美琴の姿へ触れようとする。


 しかし、指先が触れたのは、硬く冷たい画面だけだった。


「真白……」


 透が後ろから、その小さな肩を抱いた。


「母さんは無事だ。父さんも、じいちゃんもいる」


「うん……うん……」


 真白は何度も頷きながら、涙を拭った。


 隣では結衣も唇を噛み、明日華も静かに目元を押さえている。


 蒼姫は何も言わず、画面の中の美琴を見つめていた。


 やがて、美琴が再び口を開く。


『母さんたちは、みんなに会いに行くつもりです』


 その言葉に、透たちが一斉に顔を上げた。


 続いて隆志が、黄泉比良坂をどのように渡ったのか、覚えていることを整理してほしいと話す。


 どこから入ったのか。


 どのような道を進んだのか。


 何を見て、何を感じたのか。


 こちらへ到着した後、何が起きたのか。


 ただし、それを送るのは、双方向にカードをやり取りできると確認してからでよいという。


 最後に、画面の中で宗玄が口を開いた。


『慌てる必要はない』


 その声は、いつもと変わらず落ち着いていた。


『まずは己の身を守れ』


 宗玄は厳しい表情のまま、真っ直ぐにカメラを見つめる。


『我らも、そちらへ渡る道を必ず探し出す』


 そこで一度、言葉を切った。


 隆志が撮影を止めようと、カメラへ手を伸ばす。


 その瞬間だった。


『真白ー!』


 宗玄が突然、カメラへ向かって身を乗り出した。


『結衣ー! 明日華ー! 透ー! 蒼姫ー! 絶対に無事でおれよー!』


「じいじ……」


 真白が目を丸くする。


 画面の中では、美琴が驚いて宗玄を振り返り、隆志も伸ばしかけた手を止めていた。


『父さん、声が大きいですよ』


『このくらい言わねば、異界まで届かぬだろうが!』


『動画ですから、声の大きさは関係ありません』


『そういう問題ではない!』


 そこで映像が大きく揺れ――動画は終わった。


 部屋の中に、しばし沈黙が流れる。


 やがて、リーファが小さく息を吐いた。


「優しそうなご両親ね」


「じいちゃんは?」


 結衣が尋ねる。


「お祖父様も……とても、お元気そうね」


 リーファが少し困ったように答えた。


 セリナは口元を押さえ、笑いを堪えている。


「皆様が、透様たちを本当に大切に思っていることが伝わりました」


「じいじ、元気だった」


 真白は泣きながらも、嬉しそうに笑った。


「かかさまも、ととさまも、真白を忘れてなかった」


「忘れるわけないだろ」


 透が真白の頭を撫でる。


 真白は何度も頷き、そのまま透の腕へしがみついた。


 ノアの膝の上では、ラピスが不思議そうに首を傾げている。


『みゃん?』


「ラピスにも、あとで紹介してあげるのじゃ」


 真白が涙を拭きながら答えた。


『かかさまと、ととさまと、じいじ?』


「そう。真白たちの大切な家族」


 ラピスはよく分からないまま、嬉しそうに尻尾を振った。


「まずは、カードを送り返そう」


 透の言葉に、皆が頷く。


「写真でいいって言ってたけど、動画にしない?」


 結衣が提案した。


「私たちの声も聞かせてあげたい」


「容量は十分にあります」


 明日華がカードの空き容量を確認する。


「短い動画なら問題ありません」


「では、全員で撮りましょう」


 セリナが言った。


「私たちも入ってよいのでしょうか」


「もちろん」


 結衣は即答する。


「父さんたちに、こっちでお世話になってる人も紹介したいから」


 全員が壁際へ移動した。


 結衣はタブレットを棚の上へ立てかけ、映る範囲を確かめる。


「おにい、もう少し右」


「ここか?」


「真白は前。ラピスを抱っこして」


「真白が抱くのじゃ」


「ノアも、もう少しこっち」


「うん」


「蒼姫、人の姿の方がいいんじゃない?」


「どちらの姿でも、父上たちは私だと分かるでしょう」


「でも、みんなの顔を見せてって言ってたよ」


「それでは、人の姿になります」


 蒼姫が青い光に包まれ、少女の姿へ変わった。


 セリナは透の隣へ並び、リーファは反対側へ立つ。


 リーファが透のすぐそばに立ったため、明日華がその様子を見て、わずかに口元を緩めた。


「明日華、どうしたの?」


 結衣が尋ねる。


「何でもありません」


「それじゃ、撮るよ。十秒後に始まるからね」


 結衣が録画開始のボタンを押し、急いで皆のところへ戻る。


 画面の端で数字が減っていく。


「三、二、一……」


 録画が始まった。


「父さん、母さん、じいちゃん! みんな無事だよ!」


 結衣が真っ先に声を上げる。


「心配をかけました。俺たちは全員、無事です」


 透が続いた。


「父さま、母さま。こちらでも元気にしています」


 明日華が丁寧に頭を下げる。


「かかさまー! ととさまー! じいじー!」


 真白はラピスを抱えたまま、両手を振ろうとした。


 当然、支えを失いかけたラピスが腕の中でもぞもぞと暴れ始める。


『みゃん、みゃん!』


「あっ、ラピス、動かないで!」


「真白、ちゃんと抱いて!」


「抱いてるもん!」


「真白、普通に話してください」


「今はよいのじゃ!」


 皆の声が重なり、早くも収拾がつかなくなる。


 そんな中、蒼姫が一歩前へ出た。


「父上、母上、宗玄様。札箱は私のもとへ確かに届きました。私も皆と共におりますので、どうかご安心ください」


 続いてノアもカメラへ向かい、ぎこちなく頭を下げる。


「初めまして。私はノアです」


「私はセリナと申します。皆様のご家族には、私たちも何度も助けていただいております」


「リーファです。今は私たちの里に滞在しているので、安心してください」


 リーファがそう言った直後、結衣が透の背中を押した。


「おにい、もっと真ん中に入って」


「押すな。映っているだろ」


「セリナも近くに来て」


「は、はい」


「結衣姉さま、ラピスが落ちそうなのじゃ!」


『みゃーん!』


 画面の前で、全員がわいわいと動き回る。


 結局、最初に考えていたような整然とした集合動画にはならなかった。


 それでも、一人一人の顔は映っている。


 声も。


 笑顔も。


 そして、皆が元気であることも。


 十分すぎるほど伝わるはずだった。


「父さん、母さん、じいちゃん」


 最後に透が、画面へ向かって言った。


「俺たちは大丈夫です」


 透は隣にいる家族と仲間たちを見渡す。


「必ず、また会いましょう」


 そこで録画を止めた。


 結衣が動画を確認すると、冒頭から終わりまで皆の声が重なり、途中ではラピスの銀色の尻尾が画面を横切っていた。


「撮り直す?」


 明日華が尋ねる。


「このままでいいよ」


 結衣は笑った。


「こっちの方が、私たちらしいから」


 カードをタブレットから取り外し、蒼姫の札箱へ入れる。


 全員が見守る中、蒼姫が札箱へ手を添えた。


「熊野の始祖様のもとへ」


 札箱が、淡い光を放つ。


 光が一度強く瞬き――静かに消えた。


 蓋を開くと、マイクロSDカードはなくなっていた。


「これで、送れたのでしょうか」


 セリナが尋ねる。


「分かりません」


 蒼姫は空になった箱を見つめた。


「今は、届くことを願うしかありません」


◇◇◇


 神代神社。


 隆志、美琴、宗玄の三人は、社務所から離れられずにいた。


 札箱からカードを送って、一夜が明けている。


 こちらから送ることはできた。


 だが、それが本当に蒼姫のもとへ届いたのか。


 そして、向こうから送り返すことができるのか。


 確かめる方法はなかった。


「少し休んだ方がいいですよ」


 隆志が言っても、美琴は札箱の前から動こうとしない。


「光った時に、見逃したくありませんから」


「光れば、すぐに分かります」


「それでも、ここにいます」


 宗玄も腕を組み、黙ったまま椅子へ腰を下ろしている。


 その時だった。


 机の上に置かれていた札箱が、淡い光を放った。


「光った!」


 美琴が椅子から立ち上がる。


 札箱は脈打つように何度か明滅し、やがて一度だけ強く輝いた。


 光が収まる。


 隆志が、震える手で蓋を開いた。


 中には――一枚のマイクロSDカード。


「戻ってきた……」


 隆志はカードを取り出す。


「送り返せたんですね」


 美琴の声が震えた。


「ああ。双方向につながっています」


 隆志は急いでカードをパソコンへ接続した。


 新しく保存された動画ファイルを見つける。


 三人が画面の前へ集まった。


 隆志が動画を再生する。


『父さん、母さん、じいちゃん! みんな無事だよ!』


 画面いっぱいに、結衣の笑顔が映った。


 続いて透、明日華、真白、蒼姫。


 その後ろには、見知らぬ少女たちとノアの姿もある。


 真白の腕の中では、銀色の幼い獣が暴れていた。


『かかさまー! ととさまー! じいじー!』


「真白!」


 美琴が画面へ駆け寄った。


「結衣……明日華……透……蒼姫……」


 画面の向こうでは、皆が好き勝手に話し、笑い、場所を取り合っていた。


 誰かが前へ出れば、誰かが隠れる。


 ラピスの尻尾が画面を塞ぎ、結衣の声と真白の声が重なる。


「何を言っているのか、半分も分かりませんね」


 隆志はそう言いながら、目元を押さえた。


「よいではないか」


 宗玄が画面を見つめたまま答える。


「皆、生きておる」


 その声も、僅かに震えていた。


 動画の最後。


 透が真っ直ぐに画面を見つめる。


『俺たちは大丈夫です』


『必ず、また会いましょう』


 映像が止まった。


 美琴は両手で口元を押さえた。


「よかった……」


 何度も、同じ言葉を繰り返す。


「みんな、無事でよかった……」


 隆志が、その肩へそっと手を置いた。


 宗玄は二人に背を向けると、窓の外へ顔を向ける。


「双方向に物を送れることは確認できた」


 しばらくして、隆志が言った。


 その表情には、久しぶりに力が戻っていた。


「これなら、詳しい状況をやり取りできます」


 黄泉比良坂のこと。


 パンゲアへ着いてから起きたこと。


 魔素による身体の変化。


 透たちがいる場所と、今後の予定。


 そして――地球からパンゲアへ渡る方法。


 家族の無事を確かめるための、最初の試みは成功した。


 神代家とパンゲアを結ぶ、細く頼りない一本の道。


 その道は今――


 確かに、双方向へとつながったのだった。


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