第四十七話 知らせ
その頃。
ハイエルフの里は、すでに深い眠りに包まれていた。
夜の森を、静かな風が渡っていく。
透たちに用意された客室にも、穏やかな寝息が満ちていた。
透は隣の部屋で休み、結衣、明日華、真白は、それぞれ寝台に身体を横たえている。
蒼姫は八咫烏の姿に戻り、窓辺に用意された止まり木へ身体を預けていた。
その首には、青い組紐で結ばれた小さなお守りが下がっている。
幼い頃から身につけている、一族のお守り。
蒼姫自身も、誰から授けられたものなのか、詳しくは知らなかった。
ただ、失くしてはならない大切な物だと教えられ、地球にいた頃から肌身離さず持ち続けてきた。
そのお守りが、突然、淡い光を放った。
最初は、蛍のような小さな光だった。
青い組紐の先で、僅かに明滅している。
やがて光は次第に強まり、蒼姫の胸元と窓辺を白く照らし始めた。
「ん……」
近くの寝台で眠っていた明日華が、薄く目を開いた。
眩しそうに何度か瞬きをする。
窓辺へ目を向けた明日華は、眠気の残る顔を僅かに傾けた。
「蒼姫……?」
蒼姫はまだ眠っている。
しかし、首元のお守りだけが、まるで呼吸をするように明滅を繰り返していた。
「蒼姫、起きて」
明日華は小さな声で呼びかけた。
反応はない。
寝台から下りると、裸足のまま窓辺へ近づいていく。
「蒼姫」
明日華が蒼姫の身体へ手を伸ばす。
「首のところが光ってます」
『……何ですか』
蒼姫がようやく目を開いた。
翼を僅かに広げ、首元へ嘴を向ける。
青い組紐の先にあるお守りが、今まで見たこともない光を放っていた。
『これは……』
「どうしたの?」
明日華の声で、結衣も目を覚ました。
上半身を起こし、窓辺の光へ目を向ける。
「何、その光」
「蒼姫のお守りが光ってます」
結衣が寝台から飛び起きる。
その物音で、真白も目を覚ました。
「どうしたの?」
「分からない。蒼姫のお守りが急に……」
光は弱まるどころか、少しずつ強くなっている。
蒼姫は止まり木から床へ降りると、青い光に包まれ、人の姿へ変わった。
少女の姿になった蒼姫の胸元で、お守りが白く輝いている。
「蒼姫、それは何のお守りなの?」
結衣が尋ねる。
「私にも、詳しいことは分かりません」
蒼姫はお守りへ手を添えた。
「幼い頃から身につけていた、一族の守りだと聞いています」
「開けられるのですか?」
明日華が問いかける。
「今まで、開けようと思ったこともありませんでした」
蒼姫は青い組紐を首から外し、両手でお守りを包み込んだ。
その瞬間だった。
光が一度、強く瞬いた。
「わっ」
真白が目を細める。
布に包まれていたはずのお守りが、蒼姫の手の中で形を変えていく。
柔らかな布の感触が消え、代わりに小さな黒い箱が現れた。
「箱になった……」
真白が目を丸くする。
蒼姫自身も驚いたように、手の中の箱を見つめていた。
「このような物が入っていたとは……」
小さな箱には、合わせ目のような細い筋がある。
蒼姫が指先を掛け、恐る恐る蓋を開いた。
中には、小さな黒い板のような物が収まっていた。
それを見た結衣が、息を呑む。
「これ……」
明日華も蒼姫の手元へ顔を近づけた。
「マイクロSDカードです」
「地球の物だ」
戸口から声がした。
全員が振り返る。
そこには、物音を聞きつけて隣室から来た透が立っていた。
「おにぃ」
「何があった?」
「蒼姫のお守りが光って、箱になったの。その中にこれが入ってた」
結衣がカードを指さす。
透は蒼姫の手元を見つめ、僅かに眉を寄せた。
「この世界にある物じゃない」
「誰かが地球から送ってきたのでしょうか」
明日華の問いに、透はすぐには答えなかった。
だが、それ以外には考えられない。
結衣が震える指で、カードをつまみ上げる。
「タブレットで見られる」
眠気は、とうに吹き飛んでいた。
結衣は荷物の中から、地球から持ってきたタブレットを取り出した。
カードをアダプターへ差し込み、本体へ接続する。
画面に、読み込み中の表示が現れた。
透、結衣、明日華、真白、蒼姫が、息を詰めて画面を見つめる。
やがて、いくつものフォルダが表示された。
――最初に開いてください。
――双方向に送れるかの確認。
――こちらへ返すもの。
――黄泉比良坂について。
――現在の状況を教えてください。
――神代家のみんなへ。
「父さんたちだ……」
結衣の声が震えた。
真白が画面へ身を乗り出す。
「ととさまと、かかさま?」
「たぶん、そうだ」
透は画面の文字を見つめたまま答えた。
結衣が、一番上のフォルダへ指を伸ばす。
だが、触れる寸前で、透がその手をそっと止めた。
「待とう」
「おにぃ?」
「今は夜中だ。みんな、突然のことで混乱している」
透は皆の顔を順に見渡した。
「明日の朝、落ち着いてから全員で見よう」
「でも……」
結衣は、すぐにでも開きたい様子だった。
真白も画面を見つめ、今にも泣き出しそうな顔をしている。
透自身も、父や母、宗玄の姿を一刻も早く確かめたかった。
それでも、画面の向こうから届いた言葉は、神代家全員で受け止めるべきものだと思った。
「消えるものじゃない」
透は静かに言った。
「父さんたちが、俺たちへ送ってくれたんだ。明るくなってから、みんなで見よう」
明日華が小さく頷く。
「私も、その方がよいと思います」
蒼姫も、空になった札箱を両手で持ったまま頷いた。
「分かりました」
結衣は名残惜しそうに画面を見つめた後、タブレットの電源を落とした。
「じゃあ、朝一番に見るからね」
「ああ」
「絶対だよ」
「分かっている」
真白は透の袖を握った。
「ととさまと、かかさま、元気かな」
「きっと元気だ」
透は真白の頭へ手を置く。
「俺たちを探して、このカードを送ってくれたんだから」
「うん……」
真白は頷いたものの、自分の寝台へ戻ろうとはしなかった。
結局、その夜は誰もすぐには眠れなかった。
タブレットの中には、地球から届いた家族の言葉がある。
僅かな壁一枚の向こうではない。
遥か異なる世界から届けられた、神代家の声が。
透たちは朝が来るのを待ちながら、暗い室内で何度もタブレットへ目を向けていた。




