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超大陸パンゲアへ渡った神代家の異世界奮戦記  作者: 久遠 遙人


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第六話 異邦人


 アストレア王城、東棟。


 客室の窓辺に立ちながら、神代透は静かに外を眺めていた。


 高い城壁。


 石造りの街並み。


 王都を行き交う人々。


 そして遠くには、雪を戴く巨大な山脈が連なっている。


 見たこともない景色だった。


 夢ではない。


 三日間眠り続け、目を覚ました今も、目の前の現実は変わっていなかった。


 ここは神代神社ではない。


 東京でもない。


 日本ですらない。


(帰れるのかな……)


 胸の奥が重くなる。


 父の隆志。


 母の美琴。


 祖父の宗玄。


 結衣。


 明日華。


 真白。


 蒼姫。


 元日の朝、皆で囲んだ食卓。


 真白が餅を食べ過ぎて、結衣に怒られていた光景。


 そんな何気ない日常が、今は遠い夢のように思えた。


 透は無意識に、腰に差した天羽乃斬へ手を伸ばす。


 その柄を握ると、少しだけ心が落ち着いた。


 その時だった。


 コンコン。


 扉が叩かれる。


「どうぞ」


 透が答えると、扉が静かに開いた。


 入ってきたのは、セリナだった。


 昨日と同じ純白の法衣ではない。


 今日は淡い青を基調とした、王族らしい衣装を身に纏っている。


 金色の髪が窓から差し込む光を受け、柔らかく輝いて見えた。


「失礼します」


「王女様」


「セリナで構いません」


 透は困ったように苦笑した。


「いや、それは無理です」


 相手は一国の王女だ。


 どう考えても、呼び捨てにはできない。


 セリナは小さく笑った。


 昨日よりも、その表情は柔らかかった。


「体調はいかがですか?」


「かなり良くなりました」


「それは良かったです」


 セリナは椅子へ腰掛けると、改めて透へ向き直った。


「今日は、少しお話をしませんか?」


「話?」


「お互いのことを知るためです」


 確かに、その通りだった。


 透はこの世界について、何も知らない。


 そしてセリナたちも、透のことをほとんど知らないのだろう。


「お願いします」


 透は素直に頷いた。


「まず、聞いてもいいですか?」


「はい」


「ここは、本当に異世界なんですか?」


 セリナは静かに頷いた。


「少なくとも、私たちの知る世界に、日本という国は存在しません」


 やはり、そうなのか。


 心のどこかで期待していた答えは返ってこなかった。


「ここは、パンゲアと呼ばれる世界です」


「パンゲア……」


「私たちの住むアストレア王国は、その極東に位置する人族国家です」


「人族国家?」


「この世界には、人族以外にも多くの種族が存在します」


 透は思わず聞き返した。


「例えば?」


「エルフ、ドワーフ、獣人族、妖精族などです」


 透は一瞬、言葉を失った。


 小説やゲームの中でしか聞いたことのない名前だった。


「本当にいるんですか……」


「はい」


 セリナは不思議そうな顔をした。


「日本には、いないのですか?」


「いません」


「そうなのですか」


 今度はセリナが驚いていた。


 どうやら、お互いにとっての常識がまるで違うらしい。


 もっとも、透自身、自分の言葉に少しだけ引っ掛かりを覚えていた。


 真白や蒼姫の存在。


 神代神社に伝わる法術。


 宗玄から受け継いだ剣技。


 冷静に考えれば、透の育った環境も、決して普通とは言えない。


 だが透にとって、それらは生まれた時から傍にあった、当たり前の日常だった。


(……まあ、魔法じゃないしな)


 そんなことを考えていると、廊下の向こうから騒がしい声が聞こえてきた。


「ノーノー様! お待ちください!」


「待たん!」


「困ります!」


「天才を待たせる方が困る!」


 透とセリナが顔を見合わせる。


 次の瞬間、勢いよく扉が開いた。


「おおっ!」


 小柄な老人が、部屋の中へ飛び込んできた。


 金色の体毛。


 長い尻尾。


 丸眼鏡。


 そして、妙に元気だった。


「起きとるではないか!」


「ノーノー様!」


 セリナが慌てて立ち上がる。


 老人は透を指差した。


「おぬしが異世界人か!」


「神代透です」


「ふむ!」


 老人は大きく胸を張った。


「わしはノーノー・デプリ!」


「金猿族の大賢者にして発明家!」


「学者!」


「探究者!」


「そして天才じゃ!」


 最後の部分は、どうやら完全に自称らしい。


 透は思わず苦笑する。


 するとノーノーは、透の周囲をぐるぐると回り始めた。


「黒髪」


「黒い目」


「尻尾なし」


「耳も普通」


「面白いのう」


「ノーノー様……」


 セリナが呆れたように声をかける。


 しかしノーノーはまるで気にしない。


 やがて足を止めると、不意に真面目な表情になった。


「坊主」


「はい」


「おぬしのことは聞いておる」


 丸眼鏡の奥で、鋭い瞳が光った。


「魔核がないそうじゃな」


 透は首を傾げる。


「魔核って、そんなに大事なんですか?」


 ノーノーとセリナが、ほとんど同時に頷いた。


「大事です」


「ものすごく大事じゃ」


 ノーノーは即答した。


「この世界の生き物は皆、魔核を持っておる」


「人族も」


「獣人も」


「エルフも」


「魔物もじゃ」


「魔核とは?」


「生命と魔力を繋ぐ器官じゃな」


 ノーノーは説明を続ける。


「この世界には魔素が満ちておる」


「空気にも」


「土にも」


「水にも」


「そして、生き物の中にもじゃ」


 透は三日前の激痛を思い出した。


 この世界で初めて息を吸った瞬間、全身を焼かれるような苦しみに襲われた。


「あれが原因ですか?」


「おそらくな」


 ノーノーは頷いた。


「魔核を持たぬおぬしの身体へ、魔素が直接流れ込んだ」


「普通なら死んでおる」


「だが、おぬしは生き残った」


 ノーノーは眼鏡の位置を直しながら、透をじっと見つめた。


「三日で適応するなど、聞いたことがない」


 大賢者の目が細くなる。


「そこが分からんのじゃ」


 透は困ったように笑った。


「俺にも分かりません」


「じゃろうな!」


 ノーノーは豪快に笑った。


「だから面白い!」


 セリナが小さくため息を吐く。


 しかし、その表情にはどこか安心したような色も浮かんでいた。


 透は再び窓の外へ目を向ける。


 知らない世界。


 知らない人々。


 帰れる保証もない。


 それでも。


 目の前の王女も。


 騒がしい大賢者も。


 少なくとも、敵ではない。


 透は少しだけ肩の力を抜いた。


 異世界パンゲア。


 その世界を知るための最初の一歩が、今、始まろうとしていた。


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