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超大陸パンゲアへ渡った神代家の異世界奮戦記  作者: 久遠 遙人


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第三十八話 森のキノコ採り

 翌朝。


 ハイエルフの里には、やわらかな朝の光が差し込んでいた。


 昨夜の重い空気が、すべて消えたわけではない。


 古老エルンファーゼンの語った千年前の歴史は、透たちの胸に深く残っていた。


 旧パンゲア連邦。


 北に残った者たち。


 南へ逃れた者たち。


 語られなくなった歴史。


 忘れたのではなく、忘れようとした記憶。


 それは、一晩眠ったくらいで整理できる話ではなかった。


 だからこそ、その日は無理に話し合いを進めず、里でゆっくり過ごすことになった。


 族長ファルゼンも、リーファの母フィレオナも、静かにそう勧めてくれた。


「昨日のお話は、すぐに心の中で整理できるものではありません。今日は里でゆっくりお過ごしください」


 そう言われ、透たちはそれぞれの形で一日を過ごすことになった。


 ◇◇◇


 透は宿舎の裏手にある開けた場所で、日課の素振りをしていた。


 天羽乃斬は抜かず、訓練用に借りた木剣を振るう。


 一振り。


 一振り。


 身体の軸を確かめるように。


 心のざわつきを、少しずつ静めるように。


 少し離れた場所では、ハイエルフの若者たちが興味深そうに透を見ていた。


 魔法を使っているわけではない。


 ただ身体を使い、剣を振っているだけ。


 それなのに木剣が空気を裂くたび、かすかな風鳴りが起きる。


「……魔法ではないのに」


 誰かが小さく呟いた。


 透は気づいていたが、あえて振り返らなかった。


 身体を動かしていないと、余計なことを考えすぎてしまいそうだった。


 一方、リーファは久しぶりに実家の手伝いをしていた。


 母フィレオナと共に薬草を仕分け、干していた布を取り込み、朝食後の片付けをする。


 旅の中では弓を手にして戦うことが多かったリーファも、ここでは一人の娘だった。


「旅に出ても、手際は変わりませんね」


 フィレオナが穏やかに微笑む。


「母様に教わりましたから」


 リーファは少し照れたように答えた。


 セリナは里の古樹の前で祈りを捧げ、セシリアとノーノーは茶を飲みながら、魔素枯渇と大規模魔法の扱いについて静かに話していた。


 ただし、今日は結論を出す日ではない。


 頭も身体も休ませる日だった。


 そしてガルドは、ハイエルフの狩人たちと森へ向かった。


「考え込んでても腹は減る。なら、肉でも獲ってくるか」


 そう言って笑ったガルドに、ハイエルフの狩人たちは少し驚いた顔をしたが、やがて案内役を申し出てくれた。


 ハイエルフの狩りは静かだった。


 森の音に耳を澄ませ、風の向きを読み、獣の足跡を追う。


 ガルドは身体が大きく、動きも豪快だが、意外なほど獣の気配を読むのがうまかった。


「足音は大きいのに、気配の掴み方は悪くありませんね」


 狩人の一人が感心したように言う。


 ガルドは肩をすくめた。


「魔物相手に何年も生きてりゃ、嫌でも覚えるさ」


 ◇◇◇


 その頃。


 結衣たちは、リーファの弟エルディンや、里の若いハイエルフたちに囲まれていた。


 ハイエルフは寿命が長い。


 その代わり、子供が生まれることは少ない。


 里の若者たちは皆、大切に育てられているが、同年代の遊び相手は決して多くなかった。


 だから、外からやってきた結衣、明日華、真白、ノアの存在は、彼らにとってとても珍しかった。


「君たち、昨日お姉様と一緒に来た人たちだよね」


 エルディンが少し緊張しながら声をかける。


 姉であるリーファによく似た、銀に近い淡い髪と澄んだ瞳を持つ少年だった。


「うん。私は結衣。こっちは明日華。こっちは真白で、こっちはノア」


 結衣が元気よく答える。


「真白だよ。とおるんの家族」


 真白は白い耳をぴんと立て、得意げに胸を張った。


 エルディンたちの視線が、その耳と尻尾に集まる。


「本物……?」


「本物。触るのは許可制」


「許可制なんだ」


「当然」


 真白はこくりと頷いた。


 エルディンが首を傾げる。


「真白って、時々しゃべり方が変わるんだね」


 すかさず結衣が笑った。


「うん。みんなが学校へ行ってる間に、テレビの時代劇を見て覚えちゃったの。変な癖がついたんだよ」


「変じゃないもん」


 真白はぷくっと頬を膨らませた。


「かっこいいの」


「はいはい」


「結衣ねぇ、信じてない」


 そのやり取りに、ハイエルフの若者たちが少し笑う。


 ノアは少し後ろで、リリアとモモのそばに立っていた。


 知らない者たちに囲まれ、最初は戸惑っているようだったが、結衣が手を引くと、おずおずと輪の中に入った。


「今日は、森へキノコを採りに行くんだ」


 エルディンが言った。


「キノコ?」


 結衣が首を傾げる。


「うん。この時期は、里の近くでも食べられるキノコが採れるんだ。でも、森の奥にはもっと珍しいキノコがあるんだよ」


「珍しいキノコ?」


 真白の耳がぴくりと動く。


「白灯茸っていうんだ。白くて、少しだけ灯りみたいに見えるキノコ。香りがよくて、薬にも料理にも使えるんだけど、大人でもなかなか見つけられないんだ」


「ふうん」


 真白が腕を組む。


「つまり、見つければすごいの?」


「うん。すごい」


「なら、真白が見つける」


「張り切ってるね」


 結衣が苦笑した。


「真白はキノコより肉の方が好きじゃなかった?」


「両方好き」


「欲張り」


「正直者なのじゃ」


 そんなやり取りをしながら、一行は森へ入っていった。


 ハイエルフたちは森に慣れている。


 どの木の根元に食べられるキノコが出るか。


 どの色のキノコは避けるべきか。


 どの苔の近くには、小さな香り茸が生えるか。


 エルディンたちは、少し得意げに教えてくれた。


 結衣は楽しそうに籠を持ち、明日華は説明を聞きながら丁寧にキノコを選んでいく。


 ノアは最初こそ戸惑っていたが、リリアとモモに教えられ、小さなキノコを見つけるたびに少しだけ表情を明るくした。


 真白はというと、最初から森の奥ばかりを見ていた。


「白灯茸は、どこかな」


「そんな簡単には見つからないよ」


 エルディンが苦笑する。


「だから珍しいんだ」


「ふふん。真白の鼻を甘く見ないで」


 真白は鼻をひくひくさせた。


 すると、結衣が不思議そうに見る。


「真白、キノコの匂い分かるの?」


「分かる気がする」


「気がするだけなんだ」


「気合いが大事なのじゃ」


 明日華がくすりと笑った。


 森は穏やかだった。


 葉の隙間から落ちる光が、地面にまだら模様を描いている。風が吹くたび枝が揺れ、草がささやく。


 昨日聞いた重い話とは違う。


 ここには子供たちの声があり、森の匂いがあり、今日を生きる時間があった。


 だが、森は優しいだけの場所ではなかった。


 少し奥へ進んだ時だった。


 前を歩いていたエルディンが、急に足を止めた。


「待って」


 その声は、それまでの明るいものではなかった。


 周囲のハイエルフたちも、ぴたりと動きを止める。


 結衣が首を傾げた。


「どうしたの?」


 エルディンは、倒木の向こうを見つめていた。


 そこに、何かがいる。


 緑色の葉に紛れるような細長い体。


 滑らかな鱗。


 草の陰でゆっくりと頭をもたげる、鋭い牙を持つ蛇型の魔獣。


 森の色に溶け込むその姿は、よく見なければ葉の影と見間違えそうだった。


「グリーンバイパーだ……」


 エルディンが小さく言った。


「緑の葉みたいな色をした蛇型の魔獣だ。鋭い牙があって、わずかだけど毒を持ってる。噛まれると危ない」


 その説明を聞いた瞬間、ハイエルフたちの顔色が変わった。


「へ、蛇……」


「いや……」


「こっち来るな……」


 誰かが後ずさる。


 次の瞬間、グリーンバイパーが草を揺らして動いた。


「きゃあああ!」


 ハイエルフたちが一斉に逃げ惑う。


 エルディンも姉リーファの弟として何とか前へ出ようとしたが、顔は引きつっていた。


「み、みんな下がって!」


 声は立派だった。


 しかし、足は少し震えている。


 結衣は目を瞬かせた。


「蛇でしょ?」


 明日華も落ち着いている。


「毒があるなら、近づきすぎない方がよいですね」


 ノアは驚いてリリアの後ろに隠れたが、結衣たちが落ち着いているので、泣き出すことはなかった。


 そして真白は――。


「蛇!」


 むしろ、目を輝かせていた。


「真白、持って帰っちゃだめだからね」


 結衣が即座に釘を刺す。


「まだ何も言ってない!」


「顔が言ってた」


「ひどい」


 明日華も静かに頷いた。


「お母様に叱られますよ」


「ここにはかかさまはいないし」


「兄さまに言います」


「それは卑怯なのじゃ!」


 思わず昔覚えた口調が出た真白に、結衣がじとっとした目を向ける。


「ほら、出た」


「今のは違う。気合い」


「便利だね、気合い」


 ハイエルフたちは、ぽかんと結衣たちを見ていた。


 蛇型の魔獣を前にして、なぜこの子たちは普通に会話をしているのか。


 理解できない、という顔だった。


 結衣たちは神社育ちである。


 山に囲まれた神社では、蛇を見ることなど珍しくなかった。


 もちろん、毒蛇には注意するよう美琴にも宗玄にも言われていたが、蛇そのものを過剰に怖がることはなかった。


 特に真白は違う。


 白狐である真白にとって、蛇は天敵というより、むしろ捕まえる対象だった。


 かつて真白は、境内で見つけた蛇を得意げに持ち帰り、美琴にこっぴどく叱られたことがある。


「真白ちゃん! 家の中に蛇を持ち込んではいけません!」


「でも、褒めてほしかったのじゃ……」


 そんなやり取りは、一度や二度ではなかった。


 真白はふわりと尻尾を膨らませ、グリーンバイパーの前へ出る。


 小さな身体だが、その周囲の空気がぴんと張った。


「みんな、下がって」


 その声は、いつもの幼いものではなかった。


 守護霊獣としての気配を帯びている。


 グリーンバイパーが、ぎちりと牙を鳴らした。


 けれど次の瞬間、その動きが止まる。


 真白が小さな手を前に出した。


「囲む」


 淡い白い光が地面を走った。


 グリーンバイパーの周囲に、半透明の結界が立ち上がる。


 蛇型の魔獣は驚いたように身体をくねらせ、結界へぶつかった。


 だが、抜けられない。


「蒼姫!」


 明日華が声を上げる。


 その肩にいた蒼姫が、八咫烏の姿のまま翼を広げた。


『了解』


 金色の瞳が細められる。


 次の瞬間、蒼姫の口元に小さな炎が宿った。


 大きな炎ではない。


 森を焼かぬよう、結界の内側だけを正確に焼く、鋭く制御された炎だった。


 炎の法術が一直線に走る。


 グリーンバイパーは一瞬だけ身をよじった。


 だが、真白の結界に逃げ場はない。


 炎が蛇型の魔獣を包み、すぐに収まった。


 後には、黒く焦げた灰だけが残った。


「終わり」


 真白が胸を張る。


 蒼姫は静かに翼をたたんだ。


『危険は排除しました』


 結衣が息を吐く。


「さすが蒼姫」


「真白の結界も」


「うん、真白もすごかった」


「もっと褒めて」


 ハイエルフたちは、しばらく言葉を失っていた。


 やがて、一人が恐る恐る口を開く。


「蛇……怖くないの?」


 結衣は首を傾げる。


「怖くないわけじゃないけど、神社にたまにいたし」


 明日華が続けた。


「毒があるものには注意します。でも、慌てて逃げると危ないです」


 真白は得意げに胸を張る。


「真白は蛇に強い」


「すごい……」


 エルディンが呟いた。


 それは、心からの言葉だった。


 姉のようにしっかりしなければと思っていたのかもしれない。


 だが今は、素直に結衣たちを尊敬するような目で見ていた。


「君たち、本当にすごいんだね」


 結衣は照れたように笑った。


「まあ、真白と蒼姫がすごいんだけどね」


「結衣ねぇも逃げなかった」


「まあね」


 明日華も微笑む。


「みなさんが無事でよかったです」


 その時だった。


 ノアが、ふと森の奥を指差した。


「……あれ」


 全員がそちらを見る。


 グリーンバイパーがいた倒木のさらに奥。


 苔むした根元の陰に、白く小さな灯りのようなものがいくつも見えた。


 エルディンが息を呑む。


「白灯茸……!」


 そこには、淡く白く輝くキノコが群れていた。


 森の薄暗がりの中で、それは本当に小さな灯りのように見える。


「すごい……こんなにたくさん」


 ハイエルフたちが一斉に駆け寄った。


 真白は腰に手を当てる。


「ふふん。見て。真白が蛇を退治したから見つかった」


 結衣がすかさず言う。


「蛇がいた場所の奥にあっただけじゃん」


「真白の手柄」


「ノアが見つけたんじゃない?」


「ノアと真白の手柄」


「急に共同作業になった」


 ノアは少し困ったように瞬きをした。


 だが、ハイエルフたちが嬉しそうに礼を言うと、ほんの少しだけ表情を緩めた。


 白灯茸は、丁寧に籠へ収められた。


 エルディンたちは、先ほどまでの怯えた様子が嘘のように、結衣たちの周りに集まっている。


「真白、結界ってどうやるの?」


「蒼姫はいつも炎を出せるの?」


「結衣は武器を使うの?」


「明日華の弓も見てみたい」


 質問が次々に飛んでくる。


 結衣は照れながらも得意げに答え、明日華は丁寧に説明し、真白は必要以上に胸を張る。


 ノアも、その輪の中で少しずつ笑うようになっていた。


 森へ入る前にあった距離は、もうほとんどなくなっていた。


 ◇◇◇


 里へ戻ると、ハイエルフの大人たちは驚きの声を上げた。


「白灯茸ではないか!」


「これほどの量を?」


「よく見つけたな」


 エルディンは誇らしげに胸を張った。


「真白たちが、グリーンバイパーを退治してくれたんです。その奥にありました」


「グリーンバイパーだと?」


 大人たちの表情が、一瞬険しくなる。


 だが、全員が無事であることを確認すると、安堵の息が広がった。


 真白は待っていましたとばかりに前へ出る。


「真白の結界で囲んで、蒼姫の炎で消し炭にしたのじゃ」


 胸を張る真白に、ハイエルフたちは感心したように目を丸くした。


「なんと」


「小さいのに大したものだ」


 真白の尻尾が嬉しそうに揺れる。


「もっと褒めて」


 結衣が横から小声で言った。


「調子に乗ってる」


「結衣ねぇ」


 明日華は苦笑し、ノアは白灯茸の入った籠を大事そうに抱えていた。


 そこへ、森の別方向から大きな声が響いた。


「おう、戻ったぞ!」


 ガルドだった。


 彼は巨大な獣を担いで戻ってきた。


 灰色がかった剛毛に覆われた、見事なジャイアントボアである。


 その後ろから、ハイエルフの狩人たちがやや疲れた顔でついてくる。


「……あれを一人で担いで戻る者は初めて見ました」


 狩人の一人が呟いた。


 ガルドは豪快に笑う。


「肉は多い方がいいだろ!」


 真白の目が輝いた。


「肉!」


 結衣も声を上げる。


「ガルドさん、すごい!」


「おう。今日は腹いっぱい食えるぞ」


 白灯茸。


 ジャイアントボア。


 その二つが揃ったことで、その日の夕食は急遽、里を挙げた宴のようになった。


 ハイエルフたちは手際よくジャイアントボアを捌き、香草をまぶして焼き始める。


 大きな鍋には肉と森の野菜、そして白灯茸を使った煮込みが作られた。


 白灯茸の一部は薄く切られ、香草と共に軽く炙られる。


 木の実のパン。


 果実のソース。


 薬草を使った澄んだスープ。


 昼間まで静かだった里に、食事の香りと笑い声が広がっていった。


 透は、その光景を少し離れた場所から見ていた。


 ハイエルフの若者たちは、すっかり結衣たちと打ち解けている。


 エルディンは結衣に森の遊びを教え、結衣は神社での遊びを話していた。


 明日華は弓に興味を持った者たちに、和弓の構えについて説明している。


 真白は白灯茸を見つけた手柄を、何度目か分からないほど自慢していた。


 ノアは、最初よりずっと自然にその輪の中にいる。


 蒼姫は止まり木にとまっていたが、ハイエルフたちに神聖な鳥のように見られ、少し困っているようだった。


「本当、エルフって普通に肉を食べるんだよな」


 透がぽつりと言った。


 隣にいたリーファが、きょとんとした顔をする。


「もちろんです。食べますよ?」


「いや、俺の世界だと、エルフって森の民だから肉を食べない、みたいな印象があって」


 リーファは不思議そうに首を傾げた。


「森に生きるからこそ、森の恵みはいただきます。獣も、木の実も、薬草も、キノコも」


 そして、少しだけ微笑む。


「もちろん、必要以上には獲りません。けれど、食べないわけではありません」


「なるほどな」


 透は納得したように頷いた。


 そこへガルドが、大きな肉串を持ってやってきた。


「肉を食わなきゃ力が出ねえだろ」


「ガルドは食べすぎです」


 セシリアがすかさず言う。


「今日は俺が獲ってきたんだ。文句は言わせねえ」


「誰も食べるなとは言っていません。限度を知れと言っているのです」


 ノーノーが白灯茸の入った煮込みを口に運び、満足そうに目を細める。


「ほっほっほ。肉とキノコは相性がよいのう」


「真白もそう思う!」


 真白が両手に串を持って、力強く頷いた。


「真白、食べすぎると母さんに言うよ」


 結衣が言う。


「ここにはかかさまはいないもん!」


「じゃあ、おにぃに言う」


「とおるんはもう見てるし!」


「自覚はあるんだ」


 周囲から笑いが起きた。


 昨日とは違う笑いだった。


 重い歴史を忘れたわけではない。


 北に残った者たちのことも、南へ逃れた者たちのことも、消えたわけではない。


 けれど、今ここには子供たちの笑い声があった。


 食事を囲む人々がいた。


 森の恵みに感謝し、今日を生きる者たちがいた。


 透は、焼き上がった肉と白灯茸の煮込みを受け取りながら、静かにその光景を見つめる。


 戦う理由は、過去の復讐ではない。


 失われた歴史への怒りだけでもない。


 こうして笑い、食べ、誰かと共に過ごす時間を守るため。


 そのために、自分たちは前へ進むのだ。


「とおるん!」


 真白が口元にソースをつけたまま振り向いた。


「このキノコ、真白が見つけた!」


「ノアも見つけただろ」


 透が笑う。


「うん。ノアと真白の手柄!」


 ノアは少し驚いたように真白を見た。


 そして、小さく頷く。


「……うん」


 結衣が笑い、明日華も微笑む。


 エルディンたちも、楽しそうにその輪へ加わっていた。


 ハイエルフの里の夜は、昨日とは違う賑わいに包まれていく。


 透は、目の前の食事に手を合わせた。


「いただきます」


 その言葉に、結衣と明日華も自然に手を合わせる。


「いただきます」


 真白も慌てて串を置き、小さな手を合わせた。


「いただきます」


 ハイエルフたちは、その仕草を不思議そうに見ていた。


 だが、誰も笑わなかった。


 食べる前に、命と恵みに感謝する。


 それは、森に生きるハイエルフたちにも自然に伝わるものだった。


 やがて、誰かが静かに真似をして手を合わせた。


 そして、また一人。


 また一人。


 森の恵みと、今日という日に感謝するように。


 宴の声は、夜の森へと穏やかに溶けていった。


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