第二十六話 湖畔の魚釣り
会議が終わる頃。
結衣、真白、明日華、蒼姫、ノア、リリア、モモは湖畔を歩いていた。
訓練場で身体を動かした後、少し町を見て回ることになったのだ。
湖畔には石畳の道が続き、涼しい風が水面を渡っている。湖には何艘もの小舟が浮かび、のどかな時間が流れていた。
「おお、魚」
真白が湖を覗き込む。
「見えるの?」
「なんとなく」
「なんとなくなんだ」
結衣が笑った。
その時、少し先で子供たちが並んで座っているのが見えた。
手には細い竿を持ち、糸を湖へ垂らしている。
結衣が首を傾げた。
「ねえ、何してるの?」
声を掛けると、子供たちが振り返った。
「魚釣りだよ」
一人の男の子が答える。
「魚釣り?」
真白の耳がぴんと立った。
「この湖、魚が多いんだ。小さいのならすぐ釣れるよ」
男の子はそう言って、足元の小さな桶を見せる。中には銀色の魚が数匹泳いでいた。
「おお!」
真白の目が輝く。
「お姉ちゃんたちもやってみる?」
女の子が笑って言った。
「やるやる!」
結衣が即答する。
「わらわもやるのじゃ!」
真白も両手を上げた。
ノアは少し戸惑ったように湖と子供たちを見比べる。
「私も……いいの?」
「いいよ。竿、貸してあげる」
子供たちは慣れた様子で、結衣たちに釣り竿を渡してくれた。
リリアとモモは湖面の上をふわふわ飛びながら見守っている。
明日華は釣りにはあまり興味がないらしく、右肩に蒼姫を乗せ、少し離れたところで皆を見ていた。
「餌をつけて、そっと落とすんだよ」
「そっと?」
「そう。魚が逃げるから、あんまり騒がない」
「真白、聞いた?」
「聞いてる。真白は静かにできるのじゃ」
真白は胸を張った。
だが、糸を垂らしてすぐに身体を揺らし始める。
「まだかな」
「早いよ」
「魚は何をしておるのじゃ」
「泳いでるんじゃない?」
「早く食いつくのじゃ」
「だから静かにってば」
結衣が笑いをこらえる。
しばらくすると、結衣の竿が小さく動いた。
「あっ、来た!」
結衣が竿を上げると、小さな銀色の魚が宙で跳ねる。
「釣れた!」
「お姉ちゃん、上手い!」
子供たちが拍手した。
真白はそれを見て、さらに真剣な顔になる。
「むむむ……結衣ねぇに負けるわけにはいかぬ」
「勝負だったの?」
「勝負!」
その直後。
真白の竿が、ぐん、と大きくしなった。
「ぬおっ!?」
真白の身体が前へ引っ張られる。
「真白!」
「な、なんじゃこれは!?」
真白は慌てて竿を両手で握った。
竿は大きく曲がり、湖面がばしゃりと跳ねる。
「大きいのが掛かった!」
男の子が叫んだ。
「真白、引いて!」
「引いてる! 引いてるのじゃあ!」
結衣が後ろから真白を支え、ノアも慌てて手を伸ばす。
リリアとモモが湖面の上で大騒ぎする。
「がんばれー!」
「真白、負けるななのー!」
「魚ごときに負けんのじゃ!」
真白が叫ぶ。
湖面がさらに大きく揺れた。
そして勢いよく水の中から現れたのは、子供たちが釣っていた魚より何倍も大きな魚だった。
銀色の鱗に、青い筋のような模様が入っている。
「でかっ!」
「そんなの初めて見た!」
子供たちまで声を上げた。
真白は尻もちをつきながらも、竿を離さなかった。
結衣とノアが手伝い、どうにか魚を岸へ引き上げる。
「はあ、はあ……」
真白は肩で息をしながら、その大きな魚を見た。
そして、ゆっくりと立ち上がる。
「どうじゃ!」
胸を張った。
「真白の勝ち!」
「すごいけど、何に勝ったの?」
結衣が笑いながら言う。
すると今度は、ノアの竿が小さく揺れた。
ノアは静かに竿を上げる。
釣れたのは、赤と緑のまだら模様をした小さな魚だった。
「変わった魚ですね」
ノアが不思議そうに見る。
子供の一人が目を丸くした。
「あ、それ薬魚だよ。すごく珍しいんだ。薬師さんが欲しがるやつ」
「薬魚?」
「傷薬に使うんだって」
ノアは魚を見つめ、少しだけ嬉しそうにした。
「では、神殿の薬師の方に渡した方がいい?」
「ノアちゃん、真面目だね」
結衣が言うと、ノアは少し照れたように目を伏せた。
その後も、結衣たちはしばらく魚釣りを楽しんだ。
真白は釣れないたびに騒ぎ、釣れるたびに勝ち誇る。結衣は子供たちとすぐに仲良くなり、釣り方を教わりながら何匹も魚を釣った。
リリアとモモは湖面の上を飛び回り、魚が見えたといっては騒いでいたが、それが役に立っているのかは分からなかった。
やがて夕方になり、湖面が橙色に染まり始める。
「そろそろ戻らないと、おにいに怒られるかな」
結衣が言った。
「むう。まだ釣れるのに」
真白は名残惜しそうに湖を見る。
「また来ればいいよ」
魚釣りを教えてくれた子供が笑った。
「うむ。また来る」
真白は大きく頷く。
結衣たちは、釣った魚を抱えて神殿のコテージへ戻った。
その途中、湖の中央に立つ白亜の大神殿が、夕日の中で静かに輝いていた。
ミルファは穏やかな町だった。
水があり、畑があり、子供たちが湖畔で魚を釣っている。
人々の暮らしが、そこには確かにあった。
だがその一方で、会議で語られた北方の牧畜の町の話が、透たちの胸には残っていた。
焼け落ちた町。
生存者なし。
原因は分からない。
その不穏な影は、まだ遠くにある。
けれど、確かにこの世界のどこかで、何かが起き始めていた。
神殿都市ミルファの夜は、静かに更けていった。




