第二十四話 神殿都市ミルファ
サーディルを発ってから、休憩を挟みつつしばらく進んだ先。
透たちの前に広がったのは、高い城壁に囲まれた町ではなかった。
まず目に入ったのは、一面に広がる農地だった。
風に揺れる穀物畑。低く区切られた薬草畑。その向こうには、のどかに草を食む家畜の姿も見える。
砂と石の色が濃かったサーディルとは違い、ここには水と緑の気配があった。
「わあ……広いね」
結衣が騎獣の上から身を乗り出すようにして声を上げた。
「うむ。なんか、のんびりした町だね」
真白も結衣の後ろで、白い耳をぴこぴこと動かしている。
その視線の先には、大きな湖があった。
湖の周囲には町並みが広がり、さらにその中央には白亜の神殿が静かに建っていた。
陽の光を受けた湖面がきらきらと輝き、神殿の白い壁が、まるで水の上に浮かんでいるように見える。
「あれがミルファの大神殿です」
リーファが前方を見つめながら言った。
「西方都市群で最大の神殿がある町。神殿都市ミルファです」
「城壁はないのですね」
明日華が静かに呟く。
サーディルの高く分厚い城壁を見た後では、ミルファの外周を囲む木柵は、いかにも頼りなく見えた。
だが、リーファは首を振る。
「城壁はありませんが、町の外周には簡易結界が張られています。ミルファは神殿を中心に守られている町なんです」
「なるほどな。城壁じゃなくて結界で守ってるのか」
透が感心したように頷いた。
やがて一行は、木柵に設けられた門へと近づいた。
門といっても、サーディルのような巨大なものではない。木造の門柱と見張り台があり、そこには神殿兵らしき者たちが立っている。
リーファが前へ出て、預かっていた札を見せた。
続いてセリナが、アストレア王国の聖女であることを名乗る。
神官服を身にまとったセリナの姿に、門番たちはすぐに表情を改めた。
「ようこそ、神殿都市ミルファへ」
そう言って、門が開かれる。
透たちは騎獣を進め、町の中へと入った。
サーディルとは、まるで空気が違っていた。
石造りの建物もあるが、どこか柔らかい雰囲気がある。通りには農作物を積んだ荷車が行き交い、薬草の束を抱えた人々が歩いている。
湖の方からは水鳥の声が聞こえ、桟橋には小舟が何艘も並んでいた。神殿へ向かう巡礼者の姿も多い。
「なんか、いい町だね」
結衣がぽつりと言った。
「うむ。ここなら油揚げもあるかな」
「真白、そこなの?」
「大事なことなのじゃ」
真白が真面目な顔で言い、結衣が笑う。
そんな二人を見て、透も少しだけ表情を緩めた。
ラザールでの戦いの後、サーディルで一息ついたとはいえ、旅はまだ続いている。こうして穏やかな町へ入ると、張り詰めていた身体が少し緩むような気がした。
町の奥へ進むと、湖畔へ向かう道が開けた。
そこから見える神殿は、遠目で見た時よりもずっと大きい。
白亜の石で造られた立派な神殿が、湖の中央へ伸びる桟橋の先に静かに建っている。湖面を渡る風が、神殿の白い旗を揺らしていた。
「立派な神殿ですね」
セリナが小さく息を呑む。
その声には、王女としてではなく、聖女としての敬意が滲んでいた。
「セリナ様」
先導していた神官が、神殿へ続く桟橋の手前で振り返った。
どうやら、すでに先触れは届いていたらしい。
「神官長エルシア・ミルファ様がお待ちです。皆様の宿泊につきましても、神殿側で用意しております」
「ありがとうございます」
セリナが丁寧に頭を下げる。
高位の神官服に身を包み、アストレア王国の聖女と名乗るセリナは、ミルファにとっても特別な客人だった。
一行は一般の宿ではなく、神殿が管理する来賓用のコテージへ案内されることになった。




