第二十二話 城壁の街
翌朝。
宿の窓から差し込む柔らかな光で、透は目を覚ました。
ラザールを出発してから一日。昨日の夕方、無事に城塞都市サーディルへ到着していた。
高い城壁に囲まれた堅牢な都市。砂漠を越える隊商たちの拠点であり、西方都市国家群への玄関口でもある。
宿の食堂へ降りると、すでに仲間たちが集まっていた。
「おはようございます」
「おう」
ガルドが手を上げる。
セリナも微笑んだ。
「おはようございます、透様」
朝食を済ませた後、一行は今日の予定を確認する。
「では、予定通り動きましょう」
セリナが言った。
まず領主館へ向かうのは、透、セリナ、ガルド、ノーノー、セシリア、リーファ。
街を散策するのは、結衣、真白、ノア、リリア、モモ。
そして、明日華と蒼姫は別行動を取ることになっていた。
「私たちは冒険者ギルドへ行ってみます」
明日華が静かに言う。
透は頷いた。
「気を付けてな」
「はい」
こうして一行は、三組に分かれた。
◇◇◇
サーディル領主館。
応接室へ案内された透たちは、領主と向かい合っていた。
まずは互いの自己紹介から始まり、リーファがラザール領主カシムから預かった紹介状を差し出す。
領主は封を切り、静かに目を通した。
「なるほど。カシム殿からの客人ですか」
「はい」
リーファが頷く。
続いて、セリナが口を開いた。
「私はセリナ・アストレアと申します。アストレア王国の王女です」
領主は首を傾げる。
「アストレア王国?」
聞き覚えのない名前だった。
「申し訳ないが、初めて聞く国名だ」
「極東にある人族の王国です。私たちはそこから旅を続けています」
「ほう」
領主は感心したように頷いた。
「世界は思った以上に広いらしい」
そして話題は、本題へ移る。
ノーノーが机の上へ資料を広げた。
「本日お話ししたいのは、魔鋼虫についてです」
領主の表情が引き締まる。
「ワシらはこれまで各地で魔鋼虫と交戦してきた。その過程で確認できた個体を、いくつかに分類しておる」
ノーノーは一枚目の資料を示した。
「まずは小型種。最も数が多く確認されている個体じゃ」
続いて別の資料を広げる。
「こちらはラザールで確認された中型種。四脚型と呼称しておる。高い機動力と突破力を持つ」
さらに次の資料。
「こちらは北方都市群で確認された中型種。重殻型じゃ。四脚型と同規模ではあるが、厚い甲殻に覆われ、防御力に優れておる」
領主は黙ったまま、資料へ視線を落としている。
「次が飛行種。アストレア王国で確認されたものじゃ。そしてこちらが、北方都市群で確認した中型飛行種」
ノーノーは最後の資料を机へ置いた。
「そして、特殊個体。ワシはアルファ個体と呼称しておる」
「アルファ個体?」
領主が聞き返す。
「群れの中で、特別な役割を持っていると思われる個体じゃ。実際にこの個体を討伐した後、群れ全体に混乱が発生した事例を確認しておる」
領主は腕を組んだ。
「つまり、群れの中核か」
「その可能性はある。じゃが、まだ断定はできん」
しばらく沈黙が続いた。
やがて領主が口を開く。
「話は理解した。正直なところ、私は魔鋼虫という存在を見たことがない。サーディル周辺でも報告は聞いておらん」
ノーノーも頷く。
「ワシらもまだ調査の途中じゃ。分からないことの方が多い」
「だが」
領主はカシムからの紹介状へ目を落とした。
「カシム殿がわざわざ紹介してきた話だ。無視するわけにもいくまい」
そしてノーノーを見る。
「町の代表者たちを集めよう。商人組合、守備隊、冒険者ギルド。改めて彼らにも、今の話を聞かせてもらいたい」
「承知しました」
ノーノーが頷いた。
「集まるまで少し時間がかかる。それまでは休憩にしよう」
◇◇◇
一方、その頃。
明日華と蒼姫は、冒険者ギルドを訪れていた。
受付で、例の金属片を取り出す。
「これについて、何か知りませんか?」
受付嬢も、近くにいた冒険者たちも首を傾げた。
「見たことないな」
「古代遺物か?」
「分からん」
どうやら、誰も知らないらしい。
だが、一人の年配冒険者が口を開いた。
「それなら、古物商の爺さんなら何か知ってるかもしれん」
「古物商?」
「ああ。古代の品ばかり集めている変わり者だ」
明日華は軽く頭を下げた。
「ありがとうございます」
◇◇◇
一方。
「おおーっ!」
市場へやってきた結衣が声を上げる。
「広い!」
「賑やかなのじゃ!」
真白も目を輝かせていた。
ノアは初めて見る街並みに、きょろきょろと辺りを見回している。
色とりどりの果物。香辛料の香り。行き交う隊商や、所狭しと並ぶ露店。
様々な人々が行き交い、市場は朝から活気に満ちていた。
「見て見て!」
結衣が声を上げる。
「真白!」
「甘い匂い!」
「行くのじゃ!」
二人は揃って屋台へ一直線に駆けていった。
ノアも慌ててその後を追う。
リリアとモモは、楽しそうに空を飛び回っていた。
◇◇◇
古物商へ向かう途中。
「あっ」
結衣が声を上げた。
「明日華!」
通りの向こうに、明日華と蒼姫の姿があった。
「結衣」
明日華も気付く。
事情を聞いた結衣は、すぐに目を輝かせた。
「古物商! 面白そう!」
「お宝があるかもしれぬのじゃ!」
真白も乗り気だった。
こうして全員で古物商へ向かうことになった。
店内には、古びた壺や装飾品、用途の分からない道具まで、所狭しと並べられている。
明日華は金属片を店主へ見せた。
老店主はそれをじっと眺めた後、首を横に振る。
「見たことはないな」
明日華が少し肩を落とした。
だが、店主は続ける。
「ただな。似た物ならある」
そう言って店の奥へ消えると、小さな箱を持って戻ってきた。
中には、よく似た金属片が収められていた。
明日華は目を見開く。
大きさも、材質も近い。
まるで同じ何かの部品のようだった。
「譲っていただけますか?」
「構わんよ」
こうして、二つ目の金属片を手に入れることになった。
その後ろでは。
「おお!」
「見よ、結衣! 変な壺なのじゃ!」
「絶対ただの壺だよ!」
「ノア、それ高そうだから戻して!」
店内はすっかり賑やかになっていた。
蒼姫が小さくため息をつく。
「結衣。真白」
二人が振り返る。
「少し静かにしなさい。ここはお店です」
「はーい」
「むぅ」
二人は素直に返事をした。
その様子に、明日華は小さく微笑んだ。
◇◇◇
その頃、領主館では軽食が用意されていた。
町の代表者たちが集まるまでのひととき。
張り詰めていた空気も少し和らぎ、自然と穏やかな会話が始まろうとしていた。




