第十四話 透の覚悟
「バリスタ隊、撃てぇぇぇっ!」
カシムの号令が、ラザールの防壁に響き渡った。
次の瞬間。
防壁上に並べられた大型バリスタが、一斉に唸りを上げる。
魔核爆裂弾を括りつけた巨大な矢が、砂漠の空を裂いて飛んだ。
着弾。
轟音が連続して響き、大地が揺れる。
爆炎。
巻き上がる砂塵。
魔鋼虫の群れが、炎と煙の中へ飲み込まれていった。
「続けい! 魔導爆裂砲改、発射じゃ!」
ノーノーが杖を振り上げる。
その声に応じ、防壁に据えられた魔導爆裂砲改が次々と光を放った。
青白い魔力の奔流が戦場を薙ぎ払い、爆炎の奥へ突き刺さる。
「リーファ!」
「はい!」
リーファが弓を引き絞った。
風をまとった矢が放たれる。
一本だったはずの矢は、空中で幾筋にも分かれ、魔鋼虫の群れへ降り注いだ。
続いて。
セシリアが静かに杖を掲げる。
その頭上に、巨大な魔法陣が展開された。
「――燃え尽きなさい」
短い詠唱。
空から無数の火球が降り注ぐ。
まるで流星の雨だった。
爆発。
爆発。
さらに爆発。
砂漠の一角が炎に包まれた。
凄まじい熱と衝撃。
前方の視界は、煙と砂塵に完全に遮られる。
◇◇◇
しばしの沈黙。
そして。
防壁の上から歓声が上がった。
「やったぞ!」
「止めた!」
「魔鋼虫を吹き飛ばしたぞ!」
兵士たちが拳を突き上げる。
冒険者たちの中にも、安堵の息を漏らす者がいた。
だが。
透は構えを解かなかった。
ガルドも。
セリナも。
セシリアも。
ノーノーも。
リーファも。
誰一人として、勝利を確信してはいない。
煙の向こうを見つめたまま、次に備えている。
「……まだじゃ」
ノーノーが低く呟いた。
ガルドが大剣を握り直す。
「だろうな」
透もまた、天羽乃斬の柄へ手を添えた。
これまで何度も戦ってきた。
魔鋼虫は、これほどの攻撃を受けても簡単には止まらない。
これだけの数なら、なおさらだった。
煙の奥で。
何かが動いた。
ギチ。
ギチギチギチ。
耳障りな音が、風に乗って届く。
歓声が止まった。
兵士たちの顔から、笑みが消えていく。
次の瞬間。
爆煙を突き破り、黒い影が飛び出した。
全身の外殻を焼かれ。
脚の一部を砕かれ。
それでも。
魔鋼虫は止まっていなかった。
ただ前へ。
ただ、ラザールへ。
感情などない。
恐怖などない。
あるのは。
魔核を喰らうという本能だけ。
「来るぞ!」
誰かが叫んだ。
その声と、ほぼ同時に。
透は地面を蹴っていた。
◇◇◇
前へ出る。
防壁の影から飛び出し、煙と砂塵の中へ一直線に駆ける。
その瞬間。
透の脳裏に、遠い日の声が蘇った。
◇◇◇
神代神社の裏山。
まだ幼かった頃。
汗だくになりながら、木刀を振っていた自分。
そして。
その前に立つ祖父、神代宗玄の姿。
「透よ。わしがお前に教えておるのは、敵を殺すための剣ではない」
宗玄は静かに言った。
「人を守るための剣じゃ」
幼い透は、木刀を握ったまま宗玄を見上げていた。
「自分一人が生き延びるだけならば、剣などそこそこでよい。逃げることもできるからの」
だが。
宗玄の目が、透を見据える。
「誰かを守ろうと思えば、話は別じゃ」
その声には厳しさがあった。
「守るべき者がおるなら、お前は誰よりも強くならねばならん」
「誰よりも鍛えねばならん」
「人の倍では足りんぞ。三倍、五倍、十倍と励め」
「はい」
透は頷いた。
「剣とは、己のためではなく、人のために振るうものじゃ」
宗玄は木刀をゆっくりと構える。
「もっとも――もし相手が人ならざる者なら、話は別じゃ」
「人ならざる者、ですか?」
「妖や魔物の類じゃな」
宗玄は少しだけ苦笑した。
「まあ、今の世ではお目にかかることもあるまいが」
だが。
その表情はすぐに真剣なものへ変わる。
「その時は迷うな」
宗玄の声が低くなった。
「人の理を持たぬものに、人の情は通じぬ」
「感情がない。話も通じぬ」
「人を喰らい、人を害するだけの存在ならば、迷わず斬れ」
木刀が風を切る。
「躊躇は、己だけでなく、守るべき者を殺すことになる」
透は黙って、その言葉を聞いていた。
「もう一つじゃ」
「はい」
「周りの者を活かし、周りの者に活かされろ」
宗玄は静かに言う。
「一人で戦うな」
「共に戦え」
そして、少しだけ笑った。
「それが本当の強さじゃ」
宗玄は木刀を構え直す。
「さて、説教は終わりじゃな」
その顔には、いつもの厳しい師匠の表情が戻っていた。
「もう百本じゃ、透」
「ええっ!?」
「声を出す暇があったら振れ!」
「はいっ!」
裏山に、木刀の音が響いた。
◇◇◇
――周りの者を活かし、周りの者に活かされろ。
――一人で戦うな。
――共に戦え。
宗玄の言葉が、今も胸の奥に残っている。
透は走りながら、わずかに口元を緩めた。
気づけば。
自分は、一人ではなくなっていた。
神代神社。
祖父、宗玄。
父、隆志。
母、美琴。
遠く離れた世界にいる、大切な家族。
そして。
自分を助けるため、この世界へ飛び込んできた。
結衣。
明日華。
真白。
蒼姫。
パンゲアで出会った仲間たち。
セリナ。
セシリア。
ノーノー。
ガルド。
リーファ。
リリア。
ノア。
共に戦った騎士たち。
そして今。
ラザールを守るために武器を取った兵士たち。
冒険者たち。
砂漠の民。
誰一人として、諦めていない。
皆が戦っている。
皆が、未来を守ろうとしている。
皆は自分を英雄と呼ぶ。
救世主のように見る者もいる。
だが。
「違うんだよな」
透は小さく呟いた。
「俺一人じゃない」
ここまで来られたのは。
剣を振り続けられたのは。
支えてくれる人たちがいたからだ。
共に戦う仲間がいたからだ。
だから。
自分もまた、仲間のために剣を振るう。
「これからも――」
透は天羽乃斬を握り直した。
目の前の魔鋼虫が、耳障りな音を響かせる。
鋼殻に覆われた巨体。
人々を蹂躙してきた災厄。
だが。
透の足は止まらない。
背中を預けられる仲間がいる。
守りたい人たちがいる。
「みんなと一緒に戦う」
その言葉と共に。
透はさらに踏み込んだ。
視界に。
一本の線が浮かぶ。
迷いはない。
天羽乃斬が閃いた。
一閃。
それだけだった。
巨大な魔鋼虫の身体が、ずれる。
次の瞬間。
二つに分かれ、そのまま砂上へ崩れ落ちた。
青い体液が砂漠を染める。
透は立ち止まらない。
戦いは、まだ終わっていない。
自分の後ろには、仲間たちがいる。
そして。
その先には、守るべき未来がある。
透は天羽乃斬を構え直し。
次の敵へ向かって駆け出した。




