↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
超大陸パンゲアへ渡った神代家の異世界奮戦記  作者: 久遠 遙人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
37/144

第十二話 カシム・ラザール

 ラザール領主館は、街の建物の中でもひときわ大きかった。


 王城ほどではない。


 だが、周囲の建物より二回りほど大きく、白い石で造られた外壁と、日差しを遮る列柱が印象的だった。


 華美ではない。


 しかし、砂漠の交易都市を支えてきた領主の館らしく、長い年月をかけて築かれた風格がある。


 門前には、武装した衛兵たちが立っていた。


 透たちの姿を確認すると、衛兵の一人が恭しく頭を下げる。


「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


 案内に従い、透たちは館の中へ入った。


 領主館を訪れたのは、透、セリナ、セシリア、ノーノー、ガルド、リーファの六人。


 結衣、明日華、真白、蒼姫、リリア、ノアは、宿で休むことになっていた。


 ◇◇◇


 館の中は涼しかった。


 厚い石壁と、風が通り抜けるよう工夫された造りによって、外の熱気が和らげられているのだろう。


 透は当然、執務室へ通されるものだと思っていた。


 だが。


 案内された先は、広い食堂だった。


 長い木製のテーブル。


 大きな窓。


 そこから差し込む淡い光。


 そして、すでに料理の支度が整えられていた。


「ようこそ、ラザールへ」


 食堂の奥に立っていた男が、穏やかに微笑んだ。


「改めまして、カシム・ラザールです。このオアシス都市ラザールを預かっております」


 五十を過ぎた壮年の男だった。


 日に焼けた浅い褐色の肌。


 黒髪には白いものが混じり、短く整えられている。


 琥珀色の瞳は穏やかだったが、どこか人を見る鋭さも感じさせた。


 領主というより、長年多くの人間を相手にしてきた商人のような雰囲気がある。


「まずは食事にしましょう」


 カシムは席を勧めながら言った。


「話は、その後でもできます」


 その言葉に、透たちは席へ着いた。


 交渉の前に、まず食卓。


 それがラザール流の迎え方なのかもしれない。


 ◇◇◇


 運ばれてきたのは、ラザール独特の煮込み料理だった。


 肉と野菜を香辛料でじっくり煮込んだものらしい。


 立ち上る香りはアストレアの料理とは少し違い、どこか異国を感じさせる。


 そこへ焼きたての平焼きパンが添えられていた。


 パンをちぎり、煮込み料理につけて食べる。


 ガルドは一口食べるなり、目を細めた。


「うまいな」


「お気に召したようで何よりです」


 カシムが微笑む。


 ノーノーも興味深そうに料理を眺めていた。


「香辛料の使い方が面白いのう。王都の料理とは、だいぶ違う」


「ラザールは交易都市ですからな。香辛料も、さまざまな土地から集まります」


 食事をしながら、まずは互いに自己紹介をすることになった。


 最初にセリナが姿勢を正す。


「アストレア王国王女、セリナ・アストレアと申します」


 カシムは静かに頭を下げた。


「お会いできて光栄です、王女殿下」


 次に、セシリアが口を開く。


「セシリアです」


 それだけだった。


 カシムが、一瞬わずかに首を傾げる。


 すると、ノーノーが呆れたように補足した。


「王国最強の大魔法使いじゃ」


「ノーノー」


 セシリアが、じとりと睨む。


「事実じゃろう」


 ノーノーは平然としていた。


 次にガルドが名乗る。


「ガルド・アードラーだ。冒険者をやってる」


 短い。


 だが、本人はそれで十分だと思っているらしい。


 そして。


 当のノーノーが胸を張った。


「では、次は儂じゃな」


 小柄な金猿族の賢者は、椅子の上で少しだけ背筋を伸ばす。


「儂はノーノー・デプリ!」


 声に妙な勢いがある。


「大賢者にして発明家!」


「遠眼鏡の改良者!」


「刺突槍の考案者!」


「魔導爆裂砲の開発者じゃ!」


「そして――」


「まだ続くのか」


 ガルドが呆れたように呟く。


「当然じゃ」


 ノーノーは胸を張った。


「儂の功績は、一日では語り尽くせん」


「やめておきなさい」


 セシリアが即座に止めた。


 カシムは苦笑を浮かべる。


 ノーノーは不満そうに頬を膨らませた。


 ◇◇◇


 続いて、リーファが静かに頭を下げる。


「リーファです。以前、一度お会いしています」


「ああ、覚えています」


 カシムが頷いた。


「南の森のハイエルフの方でしたな」


「はい」


 最後に、透へ視線が集まる。


「神代透です」


 透は軽く頭を下げた。


「冒険者をしています」


 それだけだった。


 セリナが少しだけ笑う。


 ガルドも苦笑した。


 ノーノーは何か言いたげだったが、今回は黙っていた。


 ◇◇◇


 食事の最後には、ナツメヤシを使ったプリンが出された。


 淡い琥珀色のそれを、透は一口食べる。


 濃厚な甘みが、口の中に広がった。


 砂糖とは少し違う。


 果実由来の優しい甘さだった。


「美味しいですね」


「それはよかった」


 カシムが穏やかに微笑む。


 透はもう一口食べてから頷いた。


「結衣たちがいたら、喜びそうです」


 その言葉に、セリナが小さく笑った。


 カシムも目を細める。


「それでは、後ほど包ませましょう」


「え?」


「宿に残られた方々の分です」


 透は少し驚いたあと、頭を下げた。


「ありがとうございます」


「ラザールの菓子を気に入っていただけたのなら、作り手も喜びます」


 ◇◇◇


 その後。


 食後のコーヒーが運ばれてきた。


 香ばしい香りが、食堂に広がる。


 カシムはカップを手に取りながら、ラザールという街について語った。


 この街が砂漠交易の要衝であること。


 北と南。


 東と西。


 それらを結ぶ中継地であること。


 多くの隊商が集まり、さまざまな品と人が行き交うこと。


 そして何より。


 水が、この街の生命線であること。


「街の中央に、大きな貯水池があります」


 カシムは言った。


「あれがラザールの心臓です。水を失えば、この街は生きていけません」


 その言葉には、領主としての重みがあった。


 透は静かに頷く。


 ラザールは、ただの砂漠の街ではない。


 水と交易によって生きる、人々の街なのだ。


 やがて、会食が終わる。


 カシムは席を立った。


「では、場所を移しましょう」


 その言葉に、空気が少し変わった。


 ここからが本題なのだと、透にも分かった。


 ◇◇◇


 一方、その頃。


 領主館へ向かわなかった結衣たちは、ラザールの街を見て回っていた。


 街の中央には、大きな貯水池がある。


 石で囲まれた水面は広く、淡い光を受けてきらきらと揺れていた。


 その周囲を囲むように、市場が広がっている。


 ナツメヤシ。


 色鮮やかな果物。


 香辛料。


 布地。


 装飾品。


 見慣れない品々が、所狭しと並んでいた。


「すごいね!」


 結衣は目を輝かせている。


 明日華は周囲を静かに見回していた。


 真白は早くも、甘い匂いのする方角を探している。


 リリアはふわふわと宙を飛び、ノアは少し緊張した様子で人の流れを見つめていた。


 蒼姫は、明日華のそばを静かに歩いている。


 ◇◇◇


 昼食は、貯水池のそばにあるオープンテラスで取ることになった。


 日除けの布が張られ、涼しい風が通る場所だった。


 木製のテーブルに座ると、すぐに恰幅の良い中年女性が料理を運んできた。


「はいよ、お待たせ」


 大皿を並べながら、女性はにこりと笑う。


 そして、結衣たちを見回した。


「お嬢ちゃんたち、どこから来たんだい?」


「東のアストレアです」


 結衣が答える。


 女性は首を傾げた。


「アストレア?」


 少し考えたあと、申し訳なさそうに笑う。


「悪いねぇ。聞いたことがないや」


 結衣たちは顔を見合わせた。


 すると、女性は笑った。


「まあ、この街じゃよくあることさ」


「ラザールは交易都市だからね。毎日のように、いろんな場所から人が来るんだよ」


 そう言って、女性は周囲を指差した。


 商人。


 旅人。


 冒険者。


 隊商の護衛。


 さまざまな人々が、広場を行き交っている。


「どうだい、この街は」


 結衣は周囲を見回した。


 大きな貯水池。


 賑やかな市場。


 行き交う人々の笑顔。


「そうですね」


 結衣は笑った。


「とても良いところです」


 明日華たちも小さく頷く。


 女性は満足そうに笑った。


「それはよかった。ゆっくり楽しんでいきな」


 そう言い残し、女性は次の客のもとへ向かっていった。


 ◇◇◇


 食事を終えた結衣たちは、再び市場へと繰り出した。


「次はあっちだ!」


 真白とリリアを先頭に、賑やかな市場を見て回る。


 香辛料の店。


 果物の店。


 布地を扱う店。


 見慣れない品々が並び、ノアも興味深そうに眺めていた。


 そんな中。


 明日華が、ふと足を止めた。


「どうしたの?」


 結衣が振り返る。


 明日華の視線は、露店の一角へ向けられていた。


 そこには、古びた品々が無造作に並べられている。


 壊れた装飾品。


 錆びた金具。


 用途の分からない石片。


 その中から、明日華は小さな金属片を手に取った。


 掌に収まるほどの大きさだった。


「これは何ですか?」


 明日華が店主へ尋ねる。


 白髪交じりの老人は、肩をすくめた。


「さあねぇ」


「どこかの遺跡で掘り出された品らしいが、何に使う物かは誰も知らん」


 老人は笑う。


「だから安いぞ。お嬢ちゃん、買っていくかい?」


 明日華はしばらく、その品を見つめていた。


 そして、隣を見る。


「結衣」


「ん?」


「これ、欲しいのですが。買ってもいいですか?」


 結衣は目を丸くした。


「え? そんなの何に使うの?」


 明日華は小さく首を振る。


「分かりません」


 そして、もう一度金属片を見る。


「でも……気になります」


 結衣は苦笑した。


「明日華がそう言うなら、いいよ」


 明日華は嬉しそうに微笑んだ。


 代金を払い、その品をそっと懐へしまう。


 何なのかは分からない。


 だが。


 不思議と、手放したくない気がした。


 ◇◇◇


 その後も、一行は市場を見て回った。


 だが、しばらくすると真白がぐったりした顔になる。


「もう歩けんのじゃ……」


 リリアもふらふらしていた。


「リリアも少し疲れました……」


 結衣は苦笑する。


「じゃあ、宿に戻ろうか」


 誰も反対しなかった。


 こうして結衣たちは、宿へ戻っていった。


 ◇◇◇


 領主館の執務室は、食堂とは違い、落ち着いた空間だった。


 大きな机。


 壁に掛けられたラザール周辺の地図。


 棚に並ぶ書類。


 そこは客をもてなす場所ではなく、都市を動かすための場所だった。


 リーファは、深淵の森で起きたことを簡潔に説明した。


 森で何が起きたのか。


 どのようにしてアストレア王国に助けられたのか。


 そして今は、故郷である南の森へ戻る途中であること。


 その上で、彼女は一通の親書を差し出した。


「アストレア国王陛下より、親書を預かっています」


 カシムは真剣な表情で受け取った。


 封を確認し、慎重に開く。


 そして、ゆっくりと目を通し始めた。


 執務室に静寂が満ちる。


 誰も口を開かない。


 紙をめくる音だけが、静かに響く。


 やがて。


 カシムの表情が少しずつ変わっていった。


 最初は驚き。


 次に困惑。


 そして険しさ。


 額には深い皺が刻まれていた。


 室内の空気も、自然と重くなる。


 最後の一文まで読み終えると。


 カシムは静かに親書を机の上へ置いた。


 しばらく沈黙する。


 やがて、大きく息を吐いた。


「……本当に」


 低い声だった。


「本当に、このようなことが起きたのですか?」


 視線が一同へ向けられる。


 最初に答えたのは、セリナだった。


「はい」


 短い一言。


 だが、迷いはない。


 セシリアも静かに頷く。


 ガルドも腕を組んだまま肯定した。


 ノーノーの表情にも、冗談の気配はない。


 リーファは真剣な眼差しで、カシムを見つめている。


 そして透もまた、静かに頷いた。


 執務室に、再び沈黙が落ちる。


 今度は、誰もすぐには口を開かなかった。


 やがて。


 カシムが顔を上げる。


「正直に申し上げれば、すぐにすべてを判断することはできません」


 カシムは静かに言った。


「ですが、これが事実であるなら、ラザールにとっても無関係ではいられない」


 机の上の親書へ視線を落とす。


「まずは情報を整理しましょう。今後の対応を考えるのは、それからです」


 その時だった。


「リーファー!」


 突然、窓の外から声が響いた。


 小さな影が、勢いよく執務室へ飛び込んでくる。


「リリア?」


 リーファが目を見開く。


 フェアリーの少女は、羽を忙しなく動かしながら部屋の中央まで飛んできた。


 息を切らしている。


 何かあったのは明らかだった。


「大変!」


「大変だよ!」


「どうしたのですか?」


 セリナが尋ねる。


 リリアは慌てた様子で叫んだ。


「ノアが!」


「ノアが、敵が来るって!」


 執務室が静まり返った。


「敵?」


 ガルドが眉をひそめる。


 リリアは何度も頷く。


「北から来るって!」


「透たちに知らせてって言われたの!」


 一同が顔を見合わせる。


 誰も、まだ状況を理解できていない。


「ノアとは?」


 カシムが眉をひそめる。


 透は短く答えた。


「北方都市で保護した子です」


「その子が、敵が来ると?」


「はい」


 透自身にも、まだ理由は分からない。


 だが。


 ノアが意味もなく、そんなことを言うとは思えなかった。


「確認します」


 透は立ち上がった。


「行こう」


 短く言う。


 セリナも席を立つ。


 リーファも頷いた。


 リリアは、ほっとしたような顔を見せる。


「こっち!」


 そう叫んで、窓の外へ飛び出していった。


 透たちも急いで執務室を後にする。


 何が起きているのか。


 まだ誰にも分からない。


 ただ一つ。


 嫌な予感だけが。


 胸の中で、静かに膨らんでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。