第五話 ノアの処遇と、初めての朝
第一回神代家家族会議が開かれた、その夜も更けた頃。
透の借りている屋敷へ、王城から三人が戻ってきた。
セシリア。
ガルド。
そして、ノーノー。
ノーノーにとっては研究施設でもあり、セシリアやガルドも当然のように出入りしている。
もはやこの屋敷は、神代家だけの住まいというより、王国と神代家をつなぐ拠点になりつつあった。
三人は、王城で行われていた長い報告会を終えたばかりだった。
セリナは、すでに客室で眠っている。
結衣たちもまた、深い眠りについていた。
長旅。
戦闘。
そして再会。
十四歳の少女たちには、あまりにも濃すぎる一日だった。
真白は結衣に抱きついたまま熟睡している。
明日華も静かに眠っていた。
リーファとリリアも、それぞれの部屋へ戻っている。
◇◇◇
食堂には、透と王城から戻った三人だけが残った。
ノーノーが椅子へ腰掛ける。
「夜分にすまんのう。ようやく報告会が終わった」
透は頷いた。
「何か決まりましたか?」
◇◇◇
最初に説明したのは、ノーノーだった。
避難民の処遇。
住居の確保。
食料支援。
職の斡旋。
王国が全面的に保護すること。
北方都市の生存者たちは、正式にアストレア王国へ受け入れられることになった。
「よかった……」
透は安堵の息を吐いた。
それが素直な感想だった。
◇◇◇
だが。
本題は別にあった。
ノーノーの表情が変わる。
「あの子のことじゃ」
ノア。
今は、この屋敷の客室で眠っている少女。
北方都市から救出された研究員への事情聴取。
その結果、分かったことがあった。
「おそらく、攫われた子供じゃ」
透が眉をひそめる。
ノーノーは続けた。
「魔鋼虫への対抗策を探していた研究施設」
「そこで行われていた人体実験」
「魔核を取り除かれた実験体」
透の表情が固くなる。
「生き残ったのは、一人だけ」
「三十一号」
「今、ノアと呼ばれているあの子じゃ」
透は言葉を失った。
「家族も分からん」
「出身地も分からん」
「親の顔も覚えておらんそうじゃ」
静かな声だった。
だからこそ、その言葉は重かった。
◇◇◇
透は拳を握った。
まだ幼い。
結衣たちよりも幼い。
そんな子供に。
そんなことをしたのか。
胸の奥に怒りが込み上げる。
だが、今ここで怒鳴ったところで何も変わらない。
透は黙ったまま、その感情を飲み込んだ。
◇◇◇
しばらく沈黙が続く。
やがて。
ノーノーが口を開いた。
「ノアについては、王国として正式に決めた」
透が顔を上げる。
「あの子は、神代家預かりとする」
透は目を瞬いた。
「……俺たちが、ですか?」
「そうじゃ」
ノーノーは頷く。
「王城で保護することも考えた。じゃが、あの子はすでにお主を頼っておる。無理に引き離すより、今はその方がよい」
セシリアも静かに頷いた。
「魔核を持たない点も、トオル様と共通しています。王国としても慎重に見守る必要があります」
ガルドが腕を組んで笑う。
「まあ、あの嬢ちゃんを預けるなら、トオルたちが一番だろうよ」
結衣たちは喜ぶだろう。
特に真白は。
透は妹たちの姿を思い浮かべた。
ノアの悲惨な過去への憤りは消えない。
それでも。
あの子が一人きりで放り出されずに済むことに、少しだけ救われる思いがした。
◇◇◇
その日は、そこで解散となった。
続きは明日。
◇◇◇
翌朝。
屋敷の台所では、朝食の準備が始まっていた。
包丁を握る透。
その隣には明日華。
二人で朝食を作っている。
蒼姫も器を並べていた。
「結衣は?」
「まだ寝ています」
明日華が即答する。
◇◇◇
その時。
二階から叫び声が響いた。
「おなかがすいたのじゃー!」
真白だった。
続いて。
「んー……おはよー……」
結衣の眠そうな声。
透と明日華は顔を見合わせた。
「いつもの朝だな」
「そうですね」
二人とも、少しだけ笑った。
◇◇◇
食堂には、昨日所用で留守にしていたリーファもいた。
早朝に戻ってきたらしく、リリアと一緒に朝食の準備を手伝ってくれている。
エルフは朝が早い。
リリアはその隣で、朝から元気いっぱいだった。
そして。
ノアもいた。
ちょこんと椅子へ座っている。
昨夜。
ノアは、透の部屋に用意された小さな寝台で眠っていた。
気づけば、透の服の裾を握ったまま眠っていた。
朝、透が起きると一緒に目を覚まし、そのまま付いてきたのである。
◇◇◇
ノアが着ているのは、真白の予備の服だった。
本来なら真白より年上のはずなのに、体つきはほとんど変わらない。
それだけで、彼女がどれほど過酷な環境に置かれていたのかが分かる。
昨夜は結衣たちにお風呂へ連れて行かれ、髪を洗われ、服を着替えさせられ。
かなり大変だったらしい。
◇◇◇
やがて。
全員が食卓へ集まった。
結衣。
明日華。
真白。
蒼姫。
ノア。
透。
リーファ。
リリア。
そして、客室で休んでいたセリナも姿を見せる。
「おはようございます」
セリナが微笑んだ。
「おはよう、セリナ姉!」
結衣が元気よく答える。
透は何か言いかけたが、諦めたように口を閉じた。
◇◇◇
朝食の前。
透はノアの前に膝をついた。
「ノア」
少女が顔を上げる。
「今日から、しばらく俺たちと一緒に暮らすことになった」
ノアは瞬きをした。
「……一緒?」
「ああ。嫌なら言っていい。でも、ここにいていい」
ノアは、しばらく透を見つめていた。
それから。
小さく頷く。
「……いる」
その声は、かすかだった。
けれど。
確かに、ノア自身が選んだ言葉だった。
◇◇◇
そして。
また騒がしい神代家の朝が始まる。
真白が騒ぎ。
リリアが笑い。
結衣が喋り。
明日華が呆れ。
透が苦笑する。
「真白、それ俺の分だぞ」
「早い者勝ちなのじゃ!」
「それはおにいのだよ!」
「結衣ねぇも取ろうとしておったではないか!」
「私は一個だけ!」
「二人とも、朝から何をしているのですか」
明日華が呆れた声を上げる。
リリアは楽しそうに笑っている。
◇◇◇
その様子を見ながら。
ノアは静かに朝食を口へ運ぶ。
賑やかな声。
温かな食卓。
笑い声。
知らなかった。
こんな朝があることを。
そして少女は、まだ知らない。
この場所が。
自分にとって初めての――帰る場所になることを。




