第四話 神代家五兄弟家族会議
王都グランセルへ帰還した、その日。
久しぶりに、静かな夜が訪れていた。
透が借りている屋敷。
食堂には、神代家の面々が集まっている。
結衣。
明日華。
真白。
蒼姫。
ノア。
そして、王城から見舞いに訪れていたセリナ。
大きなテーブルを囲み、夕食はとっくに終わっていた。
それでも、誰も席を立たない。
離れていた時間を埋めるように、皆が透を見ていた。
◇◇◇
「それで!」
結衣が身を乗り出す。
「おにい! 最初から聞かせて!」
透は苦笑した。
「最初からか。長いぞ」
「いい!」
即答だった。
真白も尻尾を振る。
「聞きたいのじゃ!」
明日華も頷いた。
「私もです」
蒼姫も静かに頷く。
『興味があります』
透は、どこか懐かしい気持ちになった。
家族に囲まれる。
それだけで、心が軽くなる。
◇◇◇
「最初に目を覚ましたのは、王城の客間のベッドの上だった」
「すぐに気絶したから、よく覚えていないんだけどな」
「いいなぁ。私たちは薄暗くて、じめじめした遺跡みたいなところだったよ」
結衣が不満そうに声を上げる。
「どうせなら、おじいちゃんももっと良いところへ飛ばしてくれればよかったのに」
「そんなこと言わないの。無事だったのだから」
明日華に諭される。
「そうだけどさ」
透は苦笑した。
すると、結衣の表情が少し変わった。
「でも、本当におにいが無事でよかった」
「私も、あにさまが無事で本当によかったです」
普段はあまり感情を表に出さない明日華が、涙ぐみながら透へ抱きついた。
結衣も目元を拭っている。
「ごめんな。心配かけて」
「とおるん……」
真白も泣きながら、透へしがみついた。
蒼姫は、その様子を静かに見守っている。
セリナも、温かな目で皆を見つめていた。
そして。
そんな光景を見つめながら、ノアは胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じていた。
なぜなのかは、まだ分からない。
けれど。
不思議と心が、ぽかぽかしていた。
◇◇◇
三日間の昏睡。
ノーノーとの出会い。
冒険者登録。
初めてのダンジョン。
グランドワイズ。
深淵の森。
北方遠征。
透は、この世界へ来てからのことを順番に話していった。
皆が真剣に聞いている。
途中で何度も結衣が驚き、真白が騒ぎ、明日華が質問した。
◇◇◇
「次は私たち!」
結衣が胸を張る。
「おじいちゃんが黄泉比良坂を開いてくれたの!」
透が固まった。
「……開いた?」
「うん! 地下にあった!」
透は額を押さえた。
宗玄ならやりかねない。
本気でそう思った。
◇◇◇
「それでね!」
「真白がね!」
結衣がにやりと笑う。
真白は嫌な予感を覚えたらしい。
そっと目を逸らした。
「荷物の中身が全部――」
「言うでないのじゃ!」
「油揚げ!」
「やめるのじゃ!」
「饅頭!」
「結衣ねぇ!」
「油揚げ!」
「饅頭!」
透が吹き出した。
明日華まで口元を押さえている。
「真白……」
「大好物なのじゃ!」
「それしか持ってこない奴があるか」
「問題ないのじゃ!」
食堂に笑い声が広がった。
やがて、結衣が少しだけ声を落とす。
「それから、おじいちゃんとお母さん、お父さんが、おにいのことを『頼んだぞ』って」
皆が少しだけ、しんみりした。
◇◇◇
そこへ。
結衣が、すっと立ち上がった。
「みんな」
妙に改まった声だった。
「第一回、神代家五兄妹家族会議を開きたいと思います」
食堂に、しん、とした沈黙が落ちた。
透も、明日華も、真白も、ノアも、セリナも、揃って結衣を見る。
「……五兄妹? 真白と蒼姫も数えているのか?」
「当然でしょ。家族なんだから」
「だな。ごめん、真白、蒼姫」
「細かいことはいいの。では、不肖、神代家長女、神代結衣が司会を務めさせていただきます。ぱちぱち」
結衣は自分で拍手した。
明日華が小さく笑い、真白もぱちぱちと手を叩く。
つられるように、セリナも控えめに拍手した。
ノアは無表情のままだったが、少しだけ目を瞬かせている。
「それと今回は、ゲストとして、アストレア王国王女、セリナ様。そして――将来家族になるかも、なってほしいなあ、のノアちゃんが参加します。ぱちぱち」
結衣がさらに拍手すると、真白が嬉しそうに両手を叩いた。
「家族じゃな!」
「いやいや、結衣」
透が慌てて止めに入る。
セリナはきょとんとし、ノアも同じように首を傾げていた。
だが、真白だけは満面の笑みだった。
どうやら、ノアが姉妹になるかもしれないという話が、たいそう気に入ったらしい。
「では、現状把握をします」
結衣は、まるで先生のように胸を張った。
「まず、おにいがこの世界へ来てから、ここまでのいきさつを短く。次に、私たちがこちらへ来たいきさつも短く。そして最後に、セリナ様から、この国のことをかいつまんで教えてもらいます」
「様はいりませんよ」
セリナが柔らかく微笑んだ。
「いえ、そういうわけには」
透がすぐに言う。
相手は王女であり、聖女でもある。
透としては、どうしても呼び捨てや軽い呼び方はできない。
しかし結衣は、そんな兄の気遣いなど軽々と飛び越えた。
「では、おにいはセリナさん。私たちはセリナ姉、でよろしいでしょうか」
「いやいやいや」
透がさらに慌てる。
「喜んで」
セリナは、にこりと笑った。
「まったく、結衣は……」
透は額に手を当てた。
明日華は口元を押さえて笑っている。
蒼姫も、どことなく面白がっているように見えた。
「では、ノアちゃんはノアちゃんで。真白よりは年上なので、真白はノア姉と呼ぶように」
「わかったのじゃ!」
真白は勢いよく頷いた。
尻尾が左右にぶんぶん揺れている。
「ノア姉じゃな!」
呼ばれたノアは、相変わらず表情の変化に乏しかった。
けれど。
その頬がほんの少しだけ緩んだように、透には見えた。
「話はそれましたが」
結衣は咳払いをした。
「では、セリナ姉に、この世界のこと、この国のこと、そしてこれからのことについて教えていただきます。盛大に拍手」
食堂に、ぱちぱちと拍手が響いた。
◇◇◇
セリナは、神代家のやり取りを静かに見守っていた。
王城の会議室では決して見られない、温かな時間だった。
やがて、セリナはゆっくりと語り始める。
アストレア王国の成り立ち。
王都と周辺都市。
グランドワイズ大渓谷の役割。
魔鋼虫の脅威。
そして、王国が長く抱えてきた不安。
透たちが戦った防衛戦は、大きな勝利だった。
だが、それで魔鋼虫の脅威が消えたわけではない。
むしろ、王国の外で何が起きているのか。
まだ分からないことの方が多い。
結衣は真剣な顔で頷き、明日華は時折質問を挟んだ。
真白は途中までは興味津々で聞いていたが、やがて椅子の上で、こくり、こくりと舟をこぎ始める。
ノアも最初は透のそばで静かに聞いていたが、夜が更けるにつれ、まぶたが重くなっていった。
それでも、家族会議は続いた。
それは会議というには、少し賑やかすぎた。
けれど透にとっては、久しぶりに神代家らしい時間だった。
知らない世界。
知らない国。
分からないことだらけの状況。
それでも。
こうして家族で顔を合わせ、同じ卓を囲み、何を知っていて、何を知らないのかを確かめ合う。
それだけで、不思議と心が落ち着いた。
◇◇◇
「では、第一回神代家五兄妹家族会議、本日のまとめです」
結衣が眠そうな目をこすりながらも、最後まで司会を続けようとする。
「その一。アストレア王国は、思っていたよりずっと大変。その二。魔鋼虫は、まだまだよく分からない。その三。家族で情報共有は大事。その四。セリナ姉とノア姉は、もうかなり家族寄り」
「最後のは違うだろ」
透がすぐに突っ込む。
「違いません」
結衣は胸を張った。
「違わぬのじゃ」
真白も眠そうな顔で頷いた。
ノアは何も言わなかった。
けれど、透の袖をそっと握っていた。
それを見て、セリナは優しく微笑んだ。
やがて、真白が完全に舟をこぎ始める。
ノアも透の肩にもたれるように目を閉じた。
透は小さく息を吐き、立ち上がった。
「はい。今日はここまでだよ」
それが、第一回神代家五兄妹家族会議のお開きの合図となった。
透は真白を抱き上げる。
結衣と明日華も、眠そうに立ち上がった。
蒼姫は明日華のそばに寄り添い、静かに歩き出す。
セリナは客室へ案内されることになった。
「今日はありがとうございました、セリナさん」
「こちらこそ。……セリナ姉、でもいいのですよ?」
「勘弁してください」
透が困ったように言うと、セリナは楽しそうに笑った。
食堂の灯りが、ひとつ、またひとつと落とされていく。
長い一日だった。
けれど透の胸には、不思議なほど穏やかな温もりが残っていた。
離れていた家族が戻ってきた。
そして、この世界で出会った少女たちもまた、少しずつその輪の中へ入ろうとしている。
アストレア王国へ戻った神代家は、この屋敷で、新しい家族の形を作り始めていた。
◇◇◇
その後。
結衣と明日華は、自分たちに用意された部屋へ荷物を運び込んだ。
地球から持ってきたリュックは、まだ中身をきちんと確認できていない。
慌ただしい移動と戦いの連続で、それどころではなかったのだ。
透は廊下の先で結衣たちの背中を見送りながら、小さく息を吐いた。
「明日でもいいが……少し、荷物を整理しておいた方がいいな」
その何気ない一言が。
地球に残してきた家族からの言葉へとつながっていることを。
この時の透は、まだ知らなかった。




