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超大陸パンゲアへ渡った神代家の異世界奮戦記  作者: 久遠 遙人


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第六話 銀色の筒

 その夜。


 透たちは、結衣と明日華に用意された部屋へ集まっていた。


 夕食後の家族会議も終わり、セリナは客室へ戻っている。


 真白は結衣の膝の上で丸くなり、蒼姫は明日華の右肩に止まっていた。


 ノアは透のそばに小さく腰掛け、眠そうに目をこすっている。


 部屋の隅には、結衣たちが地球から持ってきたリュックが置かれていた。


「結衣たちも、少し荷物の整理をしたらどうだ」


 透が言う。


「魔鋼虫との戦いも終わって王都へ戻ったし、多少は落ち着いただろう」


 慌ただしい移動と戦いの連続で、まだ中身をきちんと確認できていなかった。


「うん、そうする」


 結衣が立ち上がる。


 真白も、ぴょこんと顔を上げた。


「真白も手伝う!」


「真白は中身を散らかさないでね」


「散らかさないもん!」


 そう言いながら、真白はすでに興味津々でリュックを覗き込んでいる。


 明日華も窓際から戻ってきた。


「お母様が、いろいろ用意してくださっていたわ」


「そういえば、ちゃんと確認してなかったな」


 透は小さく息を吐いた。


 結衣と明日華が、この世界へ来る時。


 美琴はきっと、できる限りのものを持たせたはずだった。


 食料。


 薬。


 着替え。


 お守り。


 そして、何かあった時のためのもの。


 結衣は自分のリュックを床に置き、中身を一つずつ取り出し始めた。


 着替え。


 携帯食料。


 簡易救急用品。


 小さな巾着袋。


 そして、いくつかのお守り。


「あ、お守りいっぱい入ってる」


「お母様らしいわね」


 明日華も自分のリュックを開ける。


 中には、綺麗に畳まれた布袋や、小さな木箱が入っていた。


 真白はそれを見て、尻尾を揺らす。


「かかさまは用意がいいのじゃ」


 口にしてから、真白は「あ」と小さく目を瞬かせた。


 普段は普通に話そうとしているのに、気持ちが動くと昔からの口調が出てしまう。


 結衣はそんな真白を見て、少し笑った。


「真白、出てるよ」


「……出てないもん」


『美琴様らしいですね』


 蒼姫の念話が静かに響く。


 その時だった。


 結衣がリュックの奥から、一通の封筒を取り出した。


「あれ?」


 白い封筒。


 表には、見慣れた文字でこう書かれている。


『透へ』


 結衣の表情が変わった。


「おにい」


 透は思わず動きを止めた。


 結衣が封筒を差し出す。


「お母さんたちから、おにいに渡してって。はい、これ」


 透は黙って封筒を受け取った。


 指先に、ほんの少し力が入る。


 この世界へ来てから、どれだけの時間が経っただろう。


 何度も死にかけた。


 何度も戦った。


 守りたいものも増えた。


 それでも、地球に残してきた家族のことを忘れたことはない。


 父。


 母。


 祖父。


 神代神社。


 自分が帰るべき場所。


 封筒の中には、手紙と小さなお守りが入っていた。


 出雲神代宮のお守りだった。


 透はそれをしばらく見つめる。


「母さん……」


 小さく呟いてから、手紙を開いた。


 そこには、美琴の整った字で短い文章が書かれていた。


『透へ。


 この手紙を読んでいるということは、結衣たちはあなたのもとへ辿り着けたのですね。


 本当は、母さんも父さんも、おじい様も、すぐにでもあなたのところへ行きたい。


 でも、今はまだそれができません。


 だから、結衣たちに託します。


 結衣に渡した学習端末に、みんなからのメッセージを入れてあります。


 落ち着いた時に見てください。


 あなたは一人ではありません。


 どこにいても、私たちはあなたの家族です。


 母より』


 透は手紙を読み終えたあと、しばらく何も言えなかった。


 結衣も明日華も黙っている。


 真白も、いつものように騒がなかった。


 蒼姫も明日華の肩の上で静かにしている。


 ノアもまた、何かを感じ取ったように、じっと透を見つめていた。


 やがて。


 結衣が何かを思い出したように、もう一度リュックを探り始めた。


「あ、そうだ。お母さん、タブレットって言ってた」


 ごそごそと荷物をかき分ける。


 そして、リュックの奥から銀色の筒のようなものを取り出した。


「あった」


 長さ三十センチほどの細い筒。


 金属のような光沢を持ちながら、不思議なほど軽そうに見える。


 パンゲアの道具ではない。


 明らかに地球のものだった。


 真白が目を丸くする。


「なに、それ」


「タブレット……なのかな?」


 結衣は首を傾げた。


 明日華も静かに覗き込む。


「学校で使っているものとは、ずいぶん形が違うわね」


 透は銀色の筒を見て、目を細めた。


「巻き取り式か……」


「巻き取り式?」


「たぶん、薄膜有機ディスプレイだ。携行型の端末だな」


「へぇー」


 結衣は、よく分かっていない顔で頷いた。


 真白はさらに興味津々で、筒に鼻先を近づける。


「これは食べられる?」


「食べ物じゃないよ、真白」


「むう」


 透は苦笑しながら筒の側面を確認した。


 小さなスイッチがある。


「結衣、ここを押してみろ」


「ここ?」


 結衣がスイッチを押す。


 すると、筒の先端が静かに開いた。


 中から黒い薄板のようなものが、少しだけ顔を出す。


 いや。


 板ではない。


 巻かれた黒い膜だった。


 結衣が恐る恐る引き出すと、それはするすると伸びていく。


 机の上へ広げると、十インチほどの大きさになった。


 黒い薄膜は、しばらくすると自動的にぴんと張り、平らな画面へ変わる。


「わあ……」


 結衣が声を上げる。


 真白も目を輝かせた。


「おお、巻物みたいなのじゃ!」


 また口調が出た。


 けれど今度は、真白自身も気にしていないようだった。


『ですが、魔導具ではありませんね』


 蒼姫が興味深そうに言う。


 明日華は静かに見守っていたが、その目には確かな驚きがあった。


 ノアも椅子から少し身を乗り出し、不思議そうに画面を見つめている。


「……光ってる。でも、魔核の光じゃない」


「そうだな。これは魔導具じゃない。俺たちの世界の道具だ」


 透が答えると、ノアは小さく頷いた。


「透たちの世界……」


 その声には、ほんの少しだけ遠いものを見るような響きがあった。


 透は画面の右下を指差す。


「結衣、右下に小さなくぼみがないか」


「くぼみ?」


「そこに親指を押しつけてみろ。たぶん指紋認証だ」


「しもんにんしょう?」


「本人確認みたいなものだ」


「ふーん」


 結衣は言われた通り、右下の小さなくぼみに親指を押しつけた。


 次の瞬間。


 黒かった画面が淡く光る。


「わっ」


 結衣が肩を揺らした。


 画面に、見慣れた起動画面が浮かび上がる。


 結衣たちが普段学校で使っている学習サポート端末と、ほとんど同じ画面だった。


「え、これ学校のやつと同じ?」


「ああ。操作も同じだと思う」


「すごい。お母さん、こんなの用意してたんだ」


 結衣は慣れた手つきで画面へ触れる。


 指先に反応して、表示が滑らかに切り替わった。


 真白はそれを見て、尻尾をぶんぶん揺らしている。


「絵が動いてる! 文字も出てる! これ、すごい!」


「真白、触るなら爪を立てないでね」


「分かってるもん」


 画面には、いくつかのフォルダが並んでいた。


 教材。


 辞書。


 図鑑。


 地図。


 動画。


 ノート。


 そして、その中に二つだけ、明らかに他とは違う名前のフォルダがあった。


『透へ』


 その隣には。


『結衣、明日華、真白、蒼姫さんへ』


 結衣の指が止まった。


「おにい……」


 透も画面を見つめたまま、黙っていた。


 胸の奥が静かに熱くなる。


 父がいる。


 母がいる。


 祖父がいる。


 自分を送り出した家族の言葉が、そこに残されている。


 結衣がそっと尋ねた。


「開く?」


 透は、すぐには答えられなかった。


 このフォルダは自分宛てだ。


 なら、一人で見るべきものなのかもしれない。


 そう思った。


 だが。


 隣にいる結衣も。


 明日華も。


 真白も。


 蒼姫も。


 みんな、自分を追ってこの世界まで来てくれた家族だった。


 もう、自分一人の話ではない。


 透が黙っていると、結衣が少しだけ不安そうに言った。


「おにい、一人で見る?」


 透は結衣を見る。


 明日華も、真白も、蒼姫も、静かにこちらを見ている。


 少し離れたところでは、ノアが所在なさげに視線を落としていた。


 これは神代家の家族の言葉だ。


 だから、自分が聞いていいものではない。


 そう思っているのだと、透には分かった。


 透は小さく息を吐いた。


「いや」


 そして、穏やかに言った。


「一緒に見よう」


 結衣の顔がぱっと明るくなる。


「うん」


 明日華も静かに頷いた。


「はい、あにさま」


 真白は嬉しそうに尻尾を振る。


『私も、よろしいのでしょうか』


 蒼姫の念話が、少しだけ控えめに響いた。


 透は頷く。


「ああ。蒼姫も家族だ」


 その言葉に、蒼姫は一瞬だけ黙った。


 そして、静かに返す。


『ありがとうございます』


 透は、それからノアにも視線を向けた。


「ノアも、ここにいていい」


 ノアは驚いたように顔を上げる。


「……いいの?」


「ああ。聞かれて困る話じゃない」


 透は少し笑った。


「俺たちが、どこから来たのか。何を大切にしているのか。ノアにも知っていてほしい」


 ノアはしばらく透を見つめていた。


 それから、小さく頷いた。


「……うん」


 結衣が画面へ指を伸ばす。


 その指先が、『透へ』と書かれたフォルダに触れた。


 画面が切り替わる。


 そこには、三つの動画ファイルが並んでいた。


『母より』


『父より』


『宗玄より』


 透は息を呑んだ。


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