第二十四話 神代家姉妹登場
時は少し遡る。
◇◇◇
出雲。
神代本宮。
人の立ち入らぬ地下深く。
古より封じられてきた場所があった。
黄泉比良坂。
異界へ続く門。
そこに神代家の面々が集まっていた。
神代宗玄。
神代隆志。
神代美琴。
結衣。
明日華。
真白。
蒼姫。
地下空間の中央には巨大な石門が存在している。
その表面には無数の古い文字が刻まれていた。
宗玄は静かに門を見上げる。
白髪と白髭を揺らしながら。
「準備は良いか」
結衣が力強く頷く。
「うん!」
手には鉄棍。
真白がその隣で胸を張る。
「まかせるのじゃ!」
明日華も静かに頷いた。
「必ず、あにさまを見つけます」
その肩には蒼姫。
蒼い八咫烏が翼を畳んでいる。
◇◇◇
宗玄は懐から一枚の札を取り出した。
それを結衣へ渡す。
「じいじ?」
「持っていけ」
札には小さな方位盤が取り付けられていた。
掌に収まるほどの大きさ。
「御神体の気配を追う札じゃ」
結衣が目を見開く。
「おにいが分かるの?」
「おそらくな」
宗玄は頷いた。
「天羽乃斬は神代の御神体」
「透と共に異界へ渡った」
方位盤の針がゆっくりと回転する。
そして一点で止まった。
北西。
見知らぬ世界の方向。
「それを頼りに進め」
「うん!」
結衣は大切そうに胸へ抱えた。
◇◇◇
美琴が二人の前へ進み出る。
手には護符。
何十枚もの札。
「無理はしないこと」
優しい声だった。
「危なくなったらすぐ使いなさい」
「はい」
「分かった!」
護符を受け取る。
隆志も娘たちの頭を撫でた。
「帰ってこいよ」
短い言葉。
だが父親の想いが詰まっていた。
「透と一緒にな」
「うん!」
結衣が笑う。
明日華も小さく微笑んだ。
◇◇◇
宗玄が前へ出る。
両手を広げた。
膨大な法力が地下空間を満たす。
門に刻まれた文字が輝き始めた。
空間が揺らぐ。
光が溢れる。
真白が目を丸くした。
「おお……」
蒼姫も静かに目を細める。
「開くぞ」
宗玄が低く言う。
石門の中央が光に変わる。
異界への道。
黄泉比良坂。
神代家が千年以上守ってきた秘密だった。
◇◇◇
生者と死者の境を隔てると伝えられる場所。
今、その神域の中央に光の門が開いていた。
宗玄が法力によって維持している道だった。
その先には。
透がいる世界がある、御神刀の存在が繋がりを示してくれた。
結衣は大きなリュックを背負い直した。
隣には明日華。
真白。
そして蒼姫。
四人が並ぶ。
「お母さん」
結衣が振り返る。
「行ってくるね」
美琴は微笑んだ。
その瞳には不安もある。
けれど、それ以上に信頼があった。
「気を付けるのよ」
「うん!」
隆志が結衣の頭を軽く撫でる。
「透を頼んだぞ」
「任せて!」
結衣は胸を張った。
明日華も一歩前へ出る。
「父様、母様」
深く頭を下げる。
「行ってまいります」
「ああ」
隆志がうなずく。
「無理はするな」
「はい」
真白は尻尾を揺らした。
「とおるんを連れて帰るのじゃ!」
宗玄が思わず笑う。
「頼もしいな」
「任せるのじゃ!」
蒼姫は静かに宗玄を見る。
宗玄もまた、その視線を受け止めた。
「蒼姫殿」
「うむ」
「孫たちを頼みます」
蒼姫は短く答えた。
「任されました」
宗玄は満足そうにうなずく。
そして最後に結衣と明日華を見る。
「方位盤を信じろ」
二人は同時にうなずいた。
「はい」
「うん」
宗玄は静かに目を閉じる。
「行け」
その言葉と共に。
四人は光の門へ足を踏み入れた。
視界が白く染まる。
世界が揺れる。
上下も左右も分からない。
身体が浮いているような感覚。
次の瞬間だった。
全身を灼くような熱が走った。
「ぁっ……!」
結衣が苦しそうに声を漏らす。
身体の奥へ何かが流れ込んでくる。
熱い。
苦しい。
息ができない。
隣では明日華も顔を歪めていた。
「うっ……」
そのまま二人の意識が途切れる。
「結衣ねぇ!」
真白が叫ぶ。
「明日華!」
蒼姫も声を上げた。
だがどうすることもできない。
光が全てを呑み込んでいく。
どれほど時間が経ったのか。
結衣が目を覚ました時。
最初に感じたのは、不思議な感覚だった。
身体が軽い。
驚くほど軽い。
「う……」
ゆっくりと身を起こす。
そこは石造りの遺跡だった。
崩れた柱。
古びた壁。
見知らぬ場所。
「ここ……」
「結衣ねぇ!」
白い影が飛び込んでくる。
真白だった。
結衣は反射的に受け止める。
だが。
いつもよりずっと軽く感じた。
「あれ?」
「結衣ねぇ?」
真白も首を傾げる。
「なんか変なのじゃ」
その時。
隣で明日華も目を覚ました。
「結衣……」
「明日華!」
二人は顔を見合わせる。
無事だった。
それだけで少し安心する。
蒼姫も静かにうなずいた。
「問題はなさそうですね」
結衣は拳を握る。
力が入る。
いや。
以前よりも力が強い気がする。
「なんか身体が軽い」
「私もです」
明日華も同じ感覚を覚えていた。
理由は分からない。
だが今は考えても仕方がない。
「あっ!」
結衣は慌ててリュックを開いた。
中から方位盤を取り出す。
宗玄から託された法具。
透を探すための唯一の手掛かり。
震える手で蓋を開く。
針がゆっくり動く。
そして。
ぴたりと止まった。
「反応してる!」
結衣の顔が明るくなる。
「おにいがいる!」
明日華も覗き込んだ。
針は西北を指している。
「よかった……」
明日華が安堵の息を吐いた。
「あにさまは、きっと無事です」
その言葉に全員がほっとした。
その時だった。
「結衣ねぇ」
真白が袖を引く。
「なに?」
「腹減ったのじゃ」
結衣は目を閉じた。
予想していた。
「私も少し空きました」
明日華が遠慮がちに言う。
「なら先にご飯だね」
全員一致だった。
持ってきた保存食を広げる。
乾パン。
携帯食。
水。
美琴が準備してくれたものだ。
その横で。
真白が自慢げにリュックを開いた。
「見よ!」
中から現れたのは。
油揚げ。
油揚げ。
油揚げ。
饅頭。
饅頭。
饅頭。
油揚げ。
饅頭。
沈黙。
「真白」
結衣が静かに言う。
「なんじゃ?」
「これしか入ってないの?」
「大好物なのじゃ!」
「そういう問題じゃない!」
明日華も真面目な顔で言った。
「栄養が偏っています」
「何が悪いのじゃ!」
真白は納得していなかった。
蒼姫は横を向いていた。
肩が少し震えている。
笑っているのかもしれない。
食事を終える。
少し落ち着いた。
方位盤は変わらず西北を指している。
「行こう」
結衣が立ち上がる。
四人は遺跡の外へ向かった。
そして。
外へ出た瞬間。
全員が息を呑んだ。
「わあ……」
結衣の声が漏れる。
見たこともない景色だった。
遺跡は巨大な渓谷の底に存在していた。
周囲を囲む断崖。
遥か彼方まで続く岩壁。
遠くには深い森。
知らない世界。
知らない空。
「渓谷……でしょうか」
明日華が静かに呟く。
蒼姫は空を見上げた。
「まずは周囲を確認したい」
「蒼姫?」
「待って」
蒼姫は一歩前へ出る。
「上から見れば地形も分かる」
その瞬間だった。
蒼い光が溢れ出した。
風が巻き起こる。
光が膨れ上がる。
広がる翼。
変化する身体。
やがて光が消えた時。
そこにいたのは巨大な八咫烏だった。
蒼く輝く羽根。
黄金の瞳。
広げた翼は五メートルを超えている。
「でっか!?」
結衣が叫ぶ。
「大きいのじゃ!」
真白も負けずに叫んだ。
『……私も驚いています』
蒼姫の念話が響く。
『以前はここまでではなかった』
『この世界の理は日本とは違うようです』
「乗れる?」
『問題ない』
巨大な翼が広がる。
『全員乗れます』
結衣は方位盤を握りしめた。
針は変わらず西北を指している。
透のいる場所。
家族の待つ場所。
「待ってて」
結衣は空を見上げた。
「おにい」
明日華も静かに続く。
「あにさま」
「必ず見つけます」
真白は胸を張った。
「任せるのじゃ!」
『行くぞ』
四人は蒼姫の背へ乗る。
次の瞬間。
巨大な八咫烏は大地を蹴った。
轟く風。
遠ざかる遺跡。
渓谷の底から一気に舞い上がる。
知らない世界。
けれど恐くはない。
家族がいる。
仲間がいる。
そして、この空の先には透がいる。
蒼姫は翼を広げ、西北の空へ向かう。
離れ離れになった家族が再び出会うために。
四人を乗せた八咫烏は、蒼穹の彼方へと飛び去った。
◇◇◇
光の門が閉じた。
地下空間に静寂が戻る。
「頼んだぞ、透」
老剣士は静かに呟いた。
第一部 完




