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超大陸パンゲアへ渡った神代家の異世界奮戦記  作者: 久遠 遙人


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第二十三話 31号

 暗闇の中で、少女は目を開けていた。


 そこは城塞都市中央にある集会所の地下。


 元は貯蔵庫として使われていた場所だった。


 厚い石壁。


 重い鉄扉。


 外からの侵入を防ぐために作られたわけではない。


 だが結果として、そこは魔鋼虫から逃れるための最後の隠れ場所になっていた。


 地下には数十人の生存者がいた。


 老人。


 女。


 子供。


 負傷した兵士。


 技術者。


 そして研究者。


 立場も年齢もばらばらだった。


 誰もが息を潜めている。


 食料は残り少ない。


 水も限界に近い。


 地上からは時折、硬いものが石床を引っ掻くような音が響いてくる。


 魔鋼虫だ。


 奴らはまだ諦めていない。


 この地下に魔核を持つ生き物がいることを、何らかの形で感じ取っているのだろう。


 鉄扉の向こうから、ぎちぎちと不快な音が聞こえるたびに、子供たちは声を押し殺して泣いた。


 大人たちも限界だった。


 誰もが疲れ果てている。


 希望など、もうほとんど残っていなかった。


 その中で、少女だけは静かに座っていた。


 年齢は十歳ほど。


 痩せた身体。


 色の薄い髪。


 感情の乏しい瞳。


 彼女に名前はない。


 呼ばれていたのは、ただの番号。


 31号。


 彼女は、この都市の生まれではなかった。


 別の都市から連れてこられた子供である。


 ある研究施設で、魔鋼虫に対抗する手段を探すための実験体として攫われた子供の一人。


 彼女の魔核は摘出された。


 普通なら、それだけで死ぬ。


 パンゲアの生物にとって、魔核は命そのものに近い。


 まして魔核を失った身体が魔素を吸い込めば、内側から壊れていく。


 多くの子供たちがそうして命を落とした。


 悲鳴を上げ。


 血を吐き。


 あるいは声も出せずに消えていった。


 その中で、唯一生き残ったのが31号だった。


 なぜ生き残ったのかは、誰にも分からない。


 ただ、生き残った代償なのか、彼女は感情をうまく表に出せなくなった。


 泣くことも。


 笑うことも。


 怒ることも。


 ほとんどできなくなった。


 代わりに、一つの能力を得た。


 魔核を探知する力。


 そして、魔核を持たない異質な気配までも感じ取る力。


 近くにいる魔鋼虫。


 遠くにいる大型の魔鋼虫。


 その大きさ。


 強さ。


 数。


 それらが彼女には色として見えた。


 見えたというのは正確ではない。


 脳内のイメージとして知覚するのだ。


 この地下にいる者たちがまだ生きているのは、その力のおかげだった。


 魔鋼虫が来る前に、31号はその接近に気づいた。


 黒く濁ったような反応。


 魔核ではない。


 だが、生き物とは違う異質な気配。


 それが大量に迫ってくるのを感じた。


 だから逃げた。


 逃げられる者だけを連れて、この地下へ隠れた。


 それでも多くは間に合わなかった。


 地上に残った人々は魔鋼虫に襲われた。


 倒れた者から順に、魔核を食われた。


 生きていようが、死んでいようが関係ない。


 魔鋼虫は魔核を喰らい尽くすまで離れなかった。


 31号はそれを、見てはいない。


 だが感じていた。


 鮮やかな魔核の光が一つずつ消えていくのを。


 大小さまざまな光が、次々に潰され、消えていった。


 最後に残ったのは、この地下に集まったわずかな光だけだった。


「……水は、あとどれくらいだ」


 隅で誰かが尋ねた。


 答えはなかった。


 誰も言いたくなかったのだ。


 老人が震える声で祈っている。


 母親が子供を抱きしめている。


 負傷した兵士は熱に浮かされながら、それでも剣を抱えていた。


 31号は膝を抱えたまま、静かに目を閉じる。


 外には魔鋼虫がいる。


 地下には飢えと恐怖がある。


 このままなら、いずれ全員死ぬ。


 そう分かっていた。


 だがその時。


 31号の感覚に、別の光が触れた。


 遠く。


 都市の外。


 数十の魔核反応。


 魔鋼虫ではない。


 人だ。


 しかも、近づいてくる。


「……人が来る」


 31号は小さく呟いた。


 近くにいた女が顔を上げる。


「え?」


「人が来る」


 もう一度、同じ調子で言った。


 驚きが地下に広がった。


「生存者か?」


「まさか、救援……?」


「そんなはずは……」


 誰もすぐには信じられない。


 だが31号は嘘を言わない。


 感情は乏しい。


 しかし彼女の探知だけは、これまで何度も生存者たちを救ってきた。


 その直後だった。


 地上から轟音が響いた。


 ドォォォォォン!!


 地下全体が揺れる。


 天井から土埃が落ちた。


 子供たちが悲鳴を上げる。


 だが31号は目を開く。


 魔鋼虫の反応が動いた。


 建物の周囲に群がっていた黒い気配が、一斉に外へ向かっている。


「戦ってる」


 31号が言った。


「誰かが、魔鋼虫と戦ってる」


◇◇◇


 地上。


 透たちは集会所前の広場へ踏み込んでいた。


 石造りの大きな平屋。


 都市の中心にある建物。


 その入口には数十匹の魔鋼虫が群がっていた。


 まるで中にいる何かを諦めきれないように、外壁や扉へ取りついている。


「やはり中に誰かいるのかもしれん」


 ノーノーが低く言う。


「なら、急がないと」


 透が刀の柄に手をかける。


 だが真正面から近づけば、魔鋼虫は一斉に建物へ押し寄せるかもしれない。


 ノーノーは短く頷いた。


「注意をこちらへ向ける」


 即席の砲座が組まれる。


 改良型魔導爆裂砲。


 深淵の森で指令獣に痛撃を与えた新兵器。


 ノーノーが照準を合わせる。


「耳を塞げ」


 ガルドが周囲へ叫ぶ。


 次の瞬間。


 魔導爆裂砲改が火を噴いた。


 ドォォォォォン!!


 爆裂弾が広場に着弾する。


 爆風が魔鋼虫を吹き飛ばした。


 青い体液が石畳へ飛び散る。


 建物に群がっていた魔鋼虫たちが、一斉にこちらを向いた。


「来るぞ!」


 オーギュストが剣を抜く。


 騎士団が展開する。


 ガルドが大剣を担ぎ、前へ出る。


「よし、まとめて来やがれ!」


 リーファが弓を構え、リリアが上空へ舞う。


 セシリアは杖を構え、セリナは後方で治癒師たちに指示を出した。


 魔鋼虫が殺到する。


 だが今回、指令獣はいない。


 数は多いが、動きに統一感はない。


 透は一歩前へ出た。


 黒鉄の脚。


 硬い外殻。


 複眼。


 だが魔鋼虫は、まだ透を正確に捉えられていない。


 魔核を持たない透は、魔鋼虫にとって異質だった。


 餌ではない。


 脅威としても、認識が遅れる。


 それが決定的な差になる。


「行きます」


 透は地を蹴った。


 天羽乃斬が抜かれる。


 白刃が閃いた。


 一匹目。


 前脚を斬り落とす。


 二匹目。


 腹側の線を斬る。


 三匹目。


 外殻の継ぎ目へ刃を通す。


 青い血が噴き出す。


 魔鋼虫が次々に崩れ落ちた。


 ガルドが笑う。


「相変わらず滅茶苦茶だな!」


 その横で、騎士たちは対魔鋼虫用エストックを構え、関節部を狙って突く。


 エルフの矢が風を纏って飛び、セシリアの土槍が腹側を貫く。


 戦闘は一気に透たちの優勢へ傾いた。


◇◇◇


 地下。


 31号は息を止めるようにして、その変化を感じ取っていた。


 黒い気配が減っていく。


 一つ。


 また一つ。


 また一つ。


 魔鋼虫と思われる異質な反応が消えていく。


 代わりに、人の魔核反応はまだ残っている。


 減っていない。


 戦っている人たちは、生きている。


「……勝ってる」


 31号が呟いた。


 地下にいた人々が一斉に顔を上げる。


「本当か?」


「本当に?」


「助かるのか?」


 31号はこくりと頷いた。


「魔鋼虫が、減ってる」


 その瞬間。


 地下にいた人々の間に、押し殺していた感情が溢れた。


「助かった……」


「助けが来たんだ……!」


「神よ……!」


 泣き出す者。


 抱き合う者。


 祈る者。


 負傷した兵士は剣を抱えたまま、目を閉じた。


 希望。


 絶望の地下に、久しぶりにその光が差した。


 31号もまた、ほんの少しだけ息を吐いた。


 安心。


 おそらく、それに近い感情だった。


 だが。


 その瞬間だった。


 彼女の感覚に、別の反応が突き刺さる。


 北。


 遠く。


 猛烈な速度で近づいてくる無数の異質な気配。


 数は。


 数えきれない。


 いや、数百。


 空を飛んでいる。


 しかも速い。


 先ほどまでの魔鋼虫とは違う。


 31号の顔から血の気が引いた。


「……だめ」


 小さな声が漏れる。


 周囲の者たちはまだ喜んでいる。


 誰も気づいていない。


 31号だけが見ていた。


 北の空から迫る、黒い群れを。


「逃げて……」


 声は震えていた。


「逃げて……!」


◇◇◇


 地上では、最後の魔鋼虫が倒れようとしていた。


 透は刀を振り抜く。


 青い血が石畳へ散る。


 魔鋼虫が崩れ落ちた。


「あと少しだ!」


 ガルドが叫ぶ。


 騎士たちにも勢いが戻っている。


 生存者がいるかもしれない。


 助けられるかもしれない。


 その希望が皆を動かしていた。


 その時。


 リリアが空を見上げた。


「……なに?」


 小さな声。


 次の瞬間、リーファも異変に気づく。


「風が……変」


 セシリアが眉をひそめる。


 北の空。


 黒い点が見えた。


 一つではない。


 十。


 百。


 数えきれないほどの影。


 それは雲ではなかった。


 飛行型魔鋼虫。


 しかもアストレアで見たものより速い。


 大きさも倍ほどある。


 黒鉄の外殻を持つ飛行個体が、群れとなってこちらへ向かっていた。


 透は息を呑んだ。


 その姿は、地球で見たある生き物に似ていた。


 この世界には存在しないはずの生き物。


 鋭い翅音。


 細い胴。


 空を埋める群れ。


「……蜂?」


 思わず漏れた言葉に、周囲の誰も反応できなかった。


 この世界の者たちは、その名を知らない。


 だが透だけは知っていた。


 あれは蜂に似ている。


 ただし、黒鉄の外殻を持ち、人の魔核を喰らう災厄として。


「全員、防御!」


 オーギュストが叫ぶ。


 だが遅い。


 飛行型魔鋼虫の群れは、既に急降下を始めていた。


 数百の黒い影が、地上の獲物へ向かって降ってくる。


 透は刀を握り締める。


 ガルドが大剣を構える。


 セリナが祈るように杖を握る。


 リーファは弓を引き絞った。


 だが誰もが分かっていた。


 地上の戦力だけで、あの数の飛行型を捌ききることはできない。


 北の空が黒く染まる。


 絶望が、翼を持って降ってきた。


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