第二十一話 アルファ個体討伐戦
ギィィィィィィィィィィィィッ!!
森全体を震わせる金切り音が響き渡った。
アルファ個体の咆哮。
その瞬間、周囲の魔鋼虫たちの動きが変わる。
透たちへ向けて、一斉に殺到し始めたのだ。
「来るぞ!」
ガルドが叫ぶ。
護衛個体。
中型個体。
大型個体。
まるで黒鉄の波だった。
◇◇◇
その最前線にいたのはセシリアだった。
王国最強の大魔法使い。
だが、その道は平坦ではなかった。
幼い頃から彼女の魔力量は異常だった。
同年代の十倍。
二十倍。
誰もが恐れた。
制御を誤れば家一軒が吹き飛ぶ。
だから友人も少なかった。
周囲は彼女を天才と呼びながら距離を置いた。
そんな彼女を拾い上げたのが、先代宮廷魔導師だった。
『力とは守るためにある』
老魔導師の言葉。
『己の力を恐れるな』
『守りたいもののために振るえ』
その言葉は今も胸に残っている。
だから――
「私はここにいます」
セシリアは杖を掲げた。
巨大な魔法陣が展開される。
地面が震えた。
「大地槍陣・改!」
轟音。
大地そのものが隆起した。
無数の巨大な土槍が地面から突き上がる。
ドゴォォォォォッ!!
護衛個体が吹き飛ぶ。
さらに数本が指令獣の巨体へ直撃した。
青い体液が飛び散る。
指令獣が苦しげな金切り音を発した。
「効いている!」
騎士の一人が叫ぶ。
「押せぇ!」
戦線が前へ進んだ。
◇◇◇
透の元へガルドたちが集結する。
オーギュスト。
騎士団。
エルフの戦士たち。
皆がアルファ個体を見据えていた。
「見ろ」
オーギュストが低く言う。
アルファ個体の周囲には大型個体が集まっていた。
護衛。
明らかに守っている。
その時だった。
アルファ個体の背中が開いた。
卵のような膨らみがいくつも現れる。
「なんだ……?」
次の瞬間。
ボシュッ!
卵状の物体が射出された。
高速で飛来する。
「伏せろ!」
ガルドが叫ぶ。
着弾。
ドォン!
爆発。
木々が吹き飛んだ。
騎士たちが地面へ転がる。
「遠距離攻撃か!」
さらに近づいた大型個体へ向けて、指令獣が口を開く。
透明な液体が噴射された。
地面に落ちる。
ジュゥゥゥゥ……
土が溶けた。
「酸だ!」
ノーノーが叫ぶ。
「強酸じゃ!」
騎士たちが慌てて距離を取る。
まともに浴びれば即死だ。
◇◇◇
ガルドが大剣を肩に担いだ。
口元に笑みを浮かべる。
「トオル」
「はい」
「道は俺たちが開く」
大剣を構える。
「てめぇはあれを斬れ」
透は頷いた。
言葉はそれだけで十分だった。
「任せてください」
「よし!」
ガルドが吼える。
「野郎どもぉぉぉ!」
「突撃だぁぁぁ!」
騎士団。
エルフ戦士。
冒険者。
一斉に前進する。
護衛個体へぶつかった。
剣が閃く。
エストックが突き刺さる。
青い体液が飛び散る。
戦場の中心に一本の道が生まれ始めた。
◇◇◇
その時だった。
ドォォォォォン!!
轟音。
巨大な爆発。
アルファ個体の顔面が吹き飛んだ。
「なっ!?」
透が振り返る。
遠く。
即席で組まれた砲座。
煙を吐く巨大な砲。
その隣で老賢者が笑っていた。
「わしもおるぞい!」
ノーノー・デプリ。
その傍らには改良型魔導爆裂砲。
「魔導爆裂砲改じゃ!」
ノーノーは得意げに叫ぶ。
「今回は二発撃てるぞい!」
直後。
第二射。
ドォォォォォン!!
砲弾が一直線に飛ぶ。
アルファ個体の顔面へ直撃。
再び爆発。
青い体液が飛び散る。
巨体が大きくよろめいた。
◇◇◇
透は刀を握り直した。
リーファが見上げる。
「透さん……」
透は静かに笑った。
「行ってきます」
リーファは一瞬だけ言葉を失う。
そして小さく頷いた。
「……必ず戻ってきてください」
「はい」
透は地を蹴った。
◇◇◇
爆煙の中を突き進む。
魔鋼虫たちの頭上を跳び越える。
驚異的な身体能力。
誰も追えない。
そして。
爆煙が晴れた。
透の視界に巨大なそれが現れる。
その瞬間だった。
見えた。
無数の切断線。
首。
胸部。
関節。
至る所に走る死の線。
透は迷わない。
天羽乃斬を構える。
跳躍。
一気に首筋へ。
アルファ個体はまだ透を正確に認識できていない。
複眼が追いつかない。
だから避けられない。
「――はぁぁぁぁっ!!」
白刃が振り下ろされる。
一閃。
時間が止まったようだった。
次の瞬間。
巨大な首が宙を舞う。
青い血が噴き上がった。
アルファ個体の身体が崩れる。
◇◇◇
リーファは息を呑んだ。
リリアも言葉を失う。
エルフたちも。
騎士たちも。
誰もがその光景を見ていた。
「……倒した」
誰かが呟く。
たった一人の少年が。
災厄の中心を討ち取った。
◇◇◇
だが。
アルファ個体は最後の力を振り絞る。
ギィィィィィィィィィィィィッ!!
森を震わせる金切り音。
断末魔。
いや。
何かを伝えるような叫び。
そして。
残っていた魔鋼虫たちの動きが変わった。
撤退。
一斉に森の奥へ逃げ始めたのだ。
「逃げるぞ!」
「追うな!」
オーギュストが叫ぶ。
魔鋼虫一体を倒すだけでも数人が必要。
深追いは危険だった。
戦場には疲労した兵士と負傷者が溢れている。
誰も反対しなかった。
◇◇◇
戦いは終わった。
深淵の森は救われた。
セリナは透の元へ駆け寄る。
「無事で……」
安堵の息。
「本当に良かったです」
透は照れくさそうに笑う。
その様子を少し離れた場所からリーファとリリアが見ていた。
リリアは嬉しそうだった。
リーファは静かに透を見つめていた。
まだ恋ではない。
だが。
その背中から目を離せなかった。
◇◇◇
その夜。
深淵の森の里では、戦いを生き延びた者たちによる会議が開かれていた。
巨木の内部をくり抜いて作られた集会所。
長老たち。
エルフの戦士長。
フェアリーの代表。
そしてアストレア王国の救援隊。
皆の表情は重い。
勝利したとはいえ、失われた命は戻らない。
戦場の傷跡はまだ生々しく残っていた。
まず最初に、深淵の森への救援に対する感謝が述べられた。
「アストレア王国の皆様には感謝してもしきれません」
エルフの長老が深く頭を下げる。
「もし救援が一日でも遅れていたなら、この里は滅んでいたでしょう」
会場にいたエルフたちも静かに頷いた。
フェアリーたちも同じだった。
だが。
その場の空気を変えたのはノーノー・デプリだった。
老賢者はゆっくりと立ち上がる。
「まず知っておいてほしいことがある」
その声に全員の視線が集まった。
「魔鋼虫は領土を欲しておるわけではない」
静寂。
「資源を奪いたいわけでもない」
長老たちが顔を見合わせる。
ノーノーは静かに続けた。
「奴らは魔核を食う」
会場が凍りついた。
「人族も」
「エルフも」
「魔獣も」
「魔核を持つ生物は全て餌じゃ」
重苦しい沈黙が落ちる。
リーファが息を呑んだ。
「まさか……」
「戦死者だけではない」
ノーノーは首を振る。
「生きておっても食う」
誰かが小さく悲鳴を漏らした。
「倒れた兵士に群がり」
「魔核を喰らい尽くすまで離れん」
「肉を食うわけではない」
「骨を食うわけでもない」
「魔核だけを狙う」
透はグランドワイズ関門の戦いを思い出していた。
戦場に残された無残な遺体。
魔核だけが失われた亡骸。
あの光景を知らない者には想像もできないだろう。
「だから魔鋼虫との戦いは戦争ではない」
ノーノーが低く言う。
「捕食じゃ」
その一言に会場の空気がさらに重くなった。
◇◇◇
「そしてもう一つ」
ノーノーは続けた。
「アストレア王国は既に魔鋼虫の大規模襲撃を受けておる」
ざわめきが起こる。
エルフたちは初めて聞く話だった。
「数千規模じゃ」
「グランドワイズ関門で迎撃した」
長老の顔色が変わる。
「数千……」
「もし関門が突破されておれば王都は滅んでおった」
ノーノーは静かに言う。
「おぬしらの里と同じようにな」
誰も言葉を発しなかった。
それほどまでに深淵の森の戦いは凄惨だった。
あの惨状が王都規模で起きる。
想像したくもない。
◇◇◇
「では、今後どうするのですか?」
長老が尋ねた。
そこで透が立ち上がる。
「僕たちは北へ向かいます」
静寂。
全員の視線が集まった。
「北……」
「ミルドパンゲニア大地溝帯の北側です」
透は答える。
「でも、魔鋼虫を討伐しに行くわけではありません」
その言葉に意外そうな表情が浮かぶ。
「今の僕たちに、そんな力はありません」
素直な言葉だった。
だからこそ重みがある。
「僕たちの目的は調査です」
「地溝帯北側の現状を知ること」
「生き残った人族の生存圏を探すこと」
「そして魔鋼虫の脅威を伝えることです」
透はゆっくりと周囲を見渡した。
「アストレアだけでは勝てません」
「深淵の森だけでも勝てません」
「だから仲間を探します」
強い口調ではない。
だが揺るぎなかった。
「今も戦っている人たちを」
「まだ生き残っている人たちを」
「そして共に戦ってくれる人たちを」
会場は静まり返っていた。
誰もが理解していた。
これは一国の問題ではない。
パンゲア全体の問題なのだと。
◇◇◇
その時だった。
椅子が静かに引かれる。
立ち上がったのはリーファだった。
「私も行きます」
会場がざわつく。
長老たちが目を見開いた。
だがリーファの瞳は真っ直ぐだった。
「私はこの目で見ました」
透を見る。
「魔鋼虫の脅威を」
そして拳を握る。
「南は平和です」
「だからこそ危険なのです」
静かな声だった。
「誰も魔鋼虫を知りません」
「もし同じことが起きれば、多くの命が失われます」
リリアも隣で力強く頷いた。
「わたしも行く!」
フェアリーらしく元気な声だった。
思わず何人かが苦笑する。
だが誰も反対しない。
「ハイエルフ族長の娘として」
リーファは胸に手を当てた。
「そしてパンゲアに生きる者として」
透へ向き直る。
「私も共に戦わせてください」
静寂。
そして。
ガルドが豪快に笑った。
「決まりだな!」
ノーノーが満足そうに頷く。
セシリアは微笑み。
セリナも優しく頷いた。
こうして新たな仲間が加わる。
深淵の森の戦いは終わった。
だが旅は終わらない。
その先には。
ミルドパンゲニア大地溝帯。
旧文明の遺跡群。
そして未だ見ぬ生存者たちが待っている。
透たちの新たな旅が、いよいよ始まろうとしていた。




