第二十話 リーファとリリア
深淵の森の戦いは続いていた。
救援隊の到着によって崩れかけていた防衛線は持ち直し始めている。
だが、魔鋼虫の数はまだ多い。
戦いが終わったわけではなかった。
透は森の中を駆ける。
その横には銀髪の少女。
ハイエルフの族長の娘、リーファ。
そして空には小さな光が舞う。
フェアリーのリリアだった。
「右から来る!」
リリアが叫ぶ。
その声に反応し、透は振り向きざまに刀を振るった。
白刃が閃く。
飛び掛かってきた小型魔鋼虫の前脚が切り飛ばされた。
続けてリーファが矢を放つ。
「風牙!」
風を纏った矢が関節部へ突き刺さる。
魔鋼虫が体勢を崩した。
そこへ透が踏み込む。
一閃。
魔鋼虫が地面へ崩れ落ちた。
「すごい……」
リリアが感嘆の声を漏らす。
「二人とも息がぴったり」
リーファは少し照れたように視線を逸らした。
「まだ偶然です」
「いや、十分だと思う」
透は素直に答えた。
リーファの矢は正確だった。
関節部。
外殻の継ぎ目。
急所を見極める目を持っている。
森の戦士として鍛えられているのだろう。
リーファは小さく微笑んだ。
戦いの中で初めて見せた笑顔だった。
◇◇◇
戦場の喧騒から少し離れた場所。
三人は一時的に周囲を警戒しながら移動を続けていた。
透はふと尋ねる。
「リーファさんの故郷は、この森じゃないんですよね?」
リーファは頷いた。
「はい」
銀色の髪が揺れる。
「私の故郷はここから南西へ三百キロほど離れた場所にあります」
「そんなに遠く?」
リリアが代わりに答える。
「ハイエルフの森なの!」
どこか誇らしげだった。
リーファは苦笑する。
「パンゲア南部最大の森林地帯です」
「周辺には人族の都市国家もあります」
「交易や交流も盛んで、比較的平和な地域ですね」
透は少し驚いた。
アストレアの北にはミルドパンゲニア大地溝帯。
その先には魔鋼虫の支配する土地が広がっている。
だからパンゲア全体が危険な世界なのだと思っていた。
だが違う。
南にはまだ平和な地域が残っている。
「今回は父の使いで深淵の森を訪れていたのです」
リーファが言う。
「リリアとも久しぶりに会えましたし……」
そこで表情が曇る。
「まさか、こんなことになるとは思いませんでした」
リリアも俯いた。
フェアリーたちの家。
エルフたちの里。
多くの命が失われている。
楽しい再会になるはずだったのだ。
◇◇◇
エルフとフェアリーは古くから共に暮らしてきた。
どちらも長命種。
長い時を生きる種族だった。
フェアリーは魔法の羽を持つ。
空を自由に飛ぶことができる。
そしてもう一つ。
認識疎外の魔法。
「本当なら人族はわたしたちを見つけられないの」
リリアが言った。
「怖がりだから?」
透が尋ねる。
リリアは大きく頷いた。
「うん!」
「フェアリーは弱いもん!」
胸を張る内容ではない。
透は思わず笑った。
リーファも小さく吹き出す。
「ですから昔からエルフと共に暮らしてきたのです」
「わたしたちが森を守り、フェアリーたちが森の変化を教えてくれる」
「家族のような関係ですね」
リリアが嬉しそうに頷く。
「わたしとリーファもずっと一緒だったもん!」
「子供の頃からです」
「毎日遊んでた!」
「毎日付きまとわれていました」
「ひどい!」
リリアが抗議する。
だがリーファは少し笑っていた。
透も思う。
本当に仲が良いのだろう。
◇◇◇
その時だった。
空から青白い光が舞い降りる。
ノーノーが用いた伝令魔法だった。
光が弾け、老賢者の声が響く。
『聞こえるかの!』
「ノーノーさん!」
透が応じる。
『見つけたぞい!』
その声には緊張が混じっていた。
『大型個体じゃ!』
透の表情が変わる。
『間違いなくアルファ個体じゃ!』
リーファも息を呑んだ。
◇◇◇
『妙な動きをしておる』
ノーノーの声が続く。
『妙な動き?』
透が聞き返した。
『群れの配置じゃ』
老賢者は答える。
『中心へ近づくほど個体数が増えておる』
『そして全体が何かを守るように動いておるのじゃ』
透は眉をひそめた。
『護衛している……?』
『そう考えるのが自然じゃな』
ノーノーは続ける。
『今回の群れは指令獣を中心に行動しておる』
『近づく者を排除し、離れれば追わん』
『明らかに普段とは違う』
リーファが呟いた。
「魔鋼虫に、そのような行動が……」
『知恵とは少し違うようじゃ』
ノーノーは静かに言った。
『一体が敵を見つければ周囲が反応する』
『一体が危険を察知すれば群れ全体が動く』
『まるで群れそのものが一つの生命体のようじゃな』
透はアストレアでの戦いを思い出した。
あの大型個体。
死の間際に発した甲高い金切り音。
『あの時の音も関係しておるじゃろう』
ノーノーが続ける。
『断末魔ではない』
『何らかの情報伝達じゃ』
『警戒か』
『敵の位置か』
『あるいは討伐者の特徴か』
『詳しくは分からん』
『じゃが、あの音を境に魔鋼虫の行動が変化したのは事実じゃ』
透の背筋に冷たいものが走った。
もしあの時。
大型個体が何かを伝えていたのだとしたら。
今、森の奥にいるアルファ個体は。
既に自分の存在を知っているのかもしれない。
◇◇◇
「見えてきた!」
リリアが叫ぶ。
三人は巨大な樹の上へ飛び移った。
枝葉の向こう。
森のさらに奥。
そこに巨大な影がいた。
大型魔鋼虫。
周囲には数十体もの個体が集まっている。
まるで壁のようだった。
「……あれが」
リーファが息を呑む。
「アルファ個体……」
透は黙って見つめる。
確かに違う。
周囲の個体が明らかに中心を守るように配置されている。
あの個体が群れの核なのだ。
その時だった。
大型個体の複眼がゆっくりと動いた。
そして。
透を見た。
そう感じた。
次の瞬間。
ギィィィィィィィィィィィィッ!!
森全体を震わせる甲高い金切り音。
枝葉が揺れる。
空気そのものが震えた。
透は思わず刀の柄を握った。
あの音だ。
アストレアで聞いた音。
大型個体が討たれた時に発したものと同じだった。
そして。
周囲の魔鋼虫たちが一斉に動いた。
複眼がこちらを向く。
黒鉄の脚が地面を叩く。
そして。
それまで樹上のエルフたちと戦っていた個体までもが動きを変えた。
逃げるフェアリーを追っていた個体。
騎士団と交戦していた個体。
それらが一斉に透に向く。
まるで群れ全体の最優先目標が切り替わったかのように。
「来る!」
リーファが叫ぶ。
その直後。
遠くからガルドの怒号が響いた。
「トオル!!」
「来るぞぉぉぉぉっ!!」
森が揺れる。
黒鉄の群れが迫る。
深淵の森の戦いは、ついに最終局面へ突入しようとしていた。




