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超大陸パンゲアへ渡った神代家の異世界奮戦記  作者: 久遠 遙人


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第十九話 エルフの里の戦い

 神代透が駆け出したのと同時に、救援隊の全員が動き始めた。


 深淵の森の中央。


 エルフたちの里は、既に戦場と化していた。


 巨木と巨木を繋ぐ吊り橋は裂け、樹上に築かれた住居は砕かれ、森のあちこちから悲鳴と怒号が上がっている。


 黒鉄の外殻を持つ魔鋼虫たちは、根を這い、幹を登り、枝葉を砕きながら森を蹂躙していた。


 その中で、真っ先に前へ出た男がいた。


「どけぇぇぇぇっ!!」


 ガルド・アードラー。


 二十四歳。


 A級冒険者。


 辺境の寒村に生まれ、剣一本で生き抜いてきた男だった。


 貴族ではない。


 騎士でもない。


 名門の出でもない。


 ただ誰よりも前へ出て、誰よりも多くの戦場を潜り抜けてきた。


 魔獣討伐。


 護衛任務。


 迷宮探索。


 盗賊団の掃討。


 命を懸ける場面など、数え切れないほどあった。


 それでもガルドは、戦場で笑う。


 恐怖を知らないからではない。


 むしろ逆だった。


 恐怖を知っている。


 死の匂いも、仲間が倒れる瞬間も、勝てぬ敵を前に足が震える感覚も知っている。


 だからこそ笑う。


 自分が笑っていれば、後ろにいる者たちが少しだけ前を向ける。


 それがガルド・アードラーという男だった。


「おらぁっ!」


 巨大な大剣グラブウィンが唸りを上げる。


 風を裂く轟音。


 突進してきた小型の魔鋼虫が、横殴りの一撃を受けて吹き飛んだ。


 だが砕けない。


 黒鉄の外殻は、大剣の直撃を受けてもなお完全には割れなかった。


「相変わらず硬ぇな!」


 ガルドは口元を吊り上げる。


「だが、動きは止まる!」


 続けざまに踏み込む。


 今度は中型個体。


 魔鋼虫が前脚を振り上げる。


 その一撃を、ガルドは大剣の腹で受け止めた。


 衝撃が足元へ抜ける。


 地面が抉れた。


「ぐっ……!」


 重い。


 ただ硬いだけではない。


 魔鋼虫の膂力は、人族の戦士が正面から受け止められるものではなかった。


 だがガルドは退かない。


 奥歯を噛み締め、腕の筋肉を膨れ上がらせる。


「押し返すだけが戦いじゃねえんだよ!」


 大剣をわずかに逸らす。


 真正面から受け止めていた魔鋼虫の力が流れ、巨体が前のめりに崩れた。


「今だ!」


 ガルドの声に、後続の騎士たちが動いた。


 彼らの手にあるのは、通常の騎士剣ではない。


 ノーノー・デプリが今回の戦いのために急造した対魔鋼虫用の特殊刺突剣。


 細く、長く、硬い。


 外殻を叩き割るのではなく、関節や継ぎ目、腹側の隙間を突くためだけに作られた武器。


 対魔鋼虫特攻エストックである。


「腹側を狙え!」


「外殻の継ぎ目だ!」


 騎士たちが一斉に踏み込む。


「はあっ!」


 一本目のエストックが腹部へ突き刺さった。


 続けて二本。


 三本。


 青い体液が噴き出す。


 魔鋼虫が甲高い悲鳴を上げ、脚をばたつかせた。


 ガルドがその脚を大剣で叩き落とす。


「暴れさせるな!」


「了解!」


 騎士たちは即座に距離を取り、次の個体へ向き直る。


 まだ数は多い。


 だが、戦える。


 王都での戦いを経て、彼らは知っていた。


 魔鋼虫は無敵ではない。


 正しい場所を突けば倒せる。


 それが今、森の戦場でも証明され始めていた。


◇◇◇


 戦場中央では、騎士団長オーギュストが声を張り上げていた。


「アストレア王国騎士団長、オーギュストである!」


 その声は、剣戟と悲鳴の中でもよく通った。


 樹上で弓を構えていたエルフたちが、一斉に視線を向ける。


「深淵の森の戦士たちよ!」


 オーギュストは剣を掲げた。


「我らは救援に来た!」


 その言葉に、疲労と混乱の中にあったエルフたちの表情が変わる。


 人族。


 騎士団。


 アストレア王国。


 本来なら、森の民がそう簡単に心を許す相手ではない。


 だが今は違う。


 敵は目の前にいる。


 黒鉄の外殻を軋ませ、森を喰らおうとしている。


 共に戦う理由は、それだけで十分だった。


「敵は同じだ!」


 オーギュストが叫ぶ。


「地上は我らが支える! 樹上より援護を頼む!」


 年長のエルフ戦士が一瞬だけ目を細め、それから大きく頷いた。


「樹上部隊、射撃準備!」


「風矢を放て!」


 エルフたちの弓に魔力が宿る。


 淡い緑の光を纏った矢が、一斉に放たれた。


 風を切る音。


 魔法の矢が魔鋼虫の脚部や関節へ突き刺さる。


 地上では騎士たちがエストックを構え、ガルドを先頭に防衛線を押し上げていく。


 人族とエルフ。


 二つの戦列が、戦場の中で一つに噛み合った。


◇◇◇


 セシリアは戦場全体を見渡していた。


 火炎魔法は使えない。


 この森で炎を放てば、魔鋼虫だけでなく守るべき里までも焼いてしまう。


 雷撃も危険だ。


 味方が多く、地形も複雑すぎる。


 広範囲の大魔法は封じられている。


 だが、それで何もできないほど、アストレア最強の大魔法使いは甘くない。


「土槍陣」


 セシリアが杖を地面へ突き立てる。


 次の瞬間、足元の土が震えた。


 ドゴォッ!


 魔鋼虫の腹の下から、鋭い土の槍が突き上がる。


 黒鉄の外殻に覆われた背面ではない。


 比較的柔らかい腹側。


 ノーノーの報告をもとに、セシリアが選んだ攻撃方法だった。


 中型魔鋼虫の身体が浮き上がる。


「今です!」


 騎士たちが突撃する。


 エストックが外殻の隙間へ突き刺さる。


 青い体液が弾けた。


 さらに支援魔法師たちの術式が重なる。


「身体強化!」


「速度上昇!」


「敵移動阻害!」


 淡い光が騎士たちを包み込む。


 その一方で、魔鋼虫の脚元には重い魔法の膜が絡みついていた。


 味方は速く。


 敵は鈍く。


 戦場の流れが、わずかずつ人族とエルフの側へ傾いていく。


「拘束陣、展開」


 セシリアがさらに術式を重ねる。


 地面から伸びた土の鎖が、魔鋼虫の脚を絡め取った。


「上からでは駄目なら、下から貫きます」


 冷静な声。


 だがその瞳には、静かな怒りが宿っていた。


 森を蹂躙し、命を喰らおうとする敵。


 その存在を許すつもりはなかった。


◇◇◇


 戦場後方。


 セリナ・アストレアは、即座に治療拠点を作っていた。


 巨木の根元。


 比較的安全が確保された場所に、治癒魔法師たちを集める。


「重傷者をこちらへ!」


「動ける方は負傷者の搬送を手伝ってください!」


 セリナの声に、兵士たちが動く。


 運び込まれてくるのは、アストレアの騎士だけではない。


 エルフの戦士。


 フェアリー。


 逃げ遅れた子供。


 種族は関係なかった。


 傷ついた者は、すべて救う。


 それが聖女セリナの戦いだった。


「大丈夫です」


 セリナは、血に濡れたエルフの少女の手を握る。


「もう大丈夫ですよ」


 柔らかな光が広がる。


 裂けた傷が塞がり、荒い呼吸が少しずつ落ち着いていく。


 治癒魔法師たちも懸命に動いていた。


 だが負傷者は多い。


 助けを求める声は止まらない。


 セリナは唇を結び、立ち上がった。


「治療班を三つに分けます。重傷者、軽傷者、搬送補助。迷わず動いてください!」


「はい!」


 聖女は祈るだけの存在ではない。


 戦場で命を繋ぐ者でもあった。


◇◇◇


 その頃、透はリリアと共に森の中心を目指していた。


「こっち!」


 リリアが前方を指す。


 細い枝。


 絡み合う根。


 フェアリーしか知らない抜け道。


 透はその後を追った。


 普通の人間なら足を取られて進めないような道だ。


 だが魔素洗礼を受けた透の身体は、驚くほど軽く森を駆け抜ける。


 地を蹴り、根を越え、枝へ飛び移る。


 リリアが一瞬振り返り、驚いた顔をした。


「トオル、すごい……!」


「今は急ごう!」


「うん!」


 前方から戦闘音が近づいてくる。


 矢の風切り音。


 剣が外殻に弾かれる音。


 誰かの悲鳴。


 リリアの顔が強張った。


「リーファがいるはずなの」


「リーファ?」


「ハイエルフの族長の娘。わたしの友だち。族長様の使いで、深淵の森に来てたの。わたしと一緒に……」


 リリアの声が震える。


「なのに、こんなことに……!」


 透は何も言わず、速度を上げた。


 視界の先。


 枝葉の隙間に、開けた場所が見える。


 そこでは数人のエルフが魔鋼虫を相手に必死に戦っていた。


 その中心に、一人の少女がいた。


 銀色の髪。


 翡翠色の瞳。


 エルフ特有の長い耳。


 小柄な身体に不釣り合いなほど大きな長弓を構えている。


 年齢は透と同じくらいに見えた。


 いや、エルフの実年齢は人族には分かりにくい。


 だが少なくとも、彼女の表情には年若い少女の必死さがあった。


 それでも少女は退かなかった。


 仲間を守るように前へ立ち、風を纏った矢を放つ。


「風牙!」


 矢が螺旋を描いて飛ぶ。


 魔鋼虫の関節部を貫き、動きを止めた。


 しかし彼女自身も限界に近かった。


 肩で息をし、弓を引く手がわずかに震えている。


 その背後には、怯えたフェアリーたちが身を寄せ合っていた。


「リーファ!」


 リリアが叫ぶ。


 少女がはっと振り向いた。


「リリア!?」


 その顔に一瞬、安堵が浮かぶ。


 だが、それが隙になった。


 背後の巨木を登っていた中型魔鋼虫が、黒鉄の前脚を振り上げた。


「危ない!」


 透が叫ぶ。


 リーファが振り返る。


 だが遅い。


 黒い刃のような前脚が、彼女の頭上へ振り下ろされる。


 間に合わない。


 周囲の誰もがそう思った。


 次の瞬間。


 透は地を蹴った。


 一気に距離を詰める。


 息を吸う。


 世界が細くなる。


 線が見える。


 黒鉄の前脚。


 外殻の継ぎ目。


 切るべき場所。


 白刃が閃いた。


 ズバァッ!


 振り下ろされた前脚が宙を舞う。


 青い体液が飛び散り、魔鋼虫が甲高い悲鳴を上げた。


 透はリーファの前に着地する。


 続けざまに踏み込み、魔鋼虫の腹側へ刀を走らせた。


 外殻の隙間を斬り裂く。


 魔鋼虫が痙攣し、そのまま巨木の根元へ崩れ落ちた。


 リーファは目を見開いていた。


 目の前に立つ少年。


 黒髪。


 見慣れない服装。


 人族。


 だが、不思議なことに魔力をほとんど感じない。


 それなのに、彼は自分を襲った魔鋼虫を一太刀で斬り伏せた。


「大丈夫ですか?」


 透が振り返る。


 リーファは一瞬、言葉を失った。


 そして小さく頷く。


「……助かりました」


「リーファ!」


 リリアが飛び込むようにリーファの胸元へ抱きついた。


「リリア……無事だったのですね」


「うん……! でも、みんなが……!」


 リーファはリリアを抱きしめ、それからすぐに表情を引き締めた。


 まだ戦いは終わっていない。


 周囲では魔鋼虫が次々と迫っている。


 リーファは弓を握り直した。


「あなたは?」


「神代透です」


 透は短く名乗る。


「アストレアから来ました」


 そして、迫る魔鋼虫へ刀を向ける。


「助けに来ました」


 その言葉に、リーファはわずかに目を見開いた。


 魔力を感じない。


 だが、その背に不思議な力強さがある。


 恐怖に呑まれそうだった心が、少しだけ落ち着いていく。


 リーファは静かに息を整えた。


 弓に矢を番える。


「私はリーファ。ハイエルフ族長の娘です」


 風が彼女の銀髪を揺らす。


「深淵の森の民を、見捨てるわけにはいきません」


 透が頷く。


「一緒に押し返しましょう」


「はい」


 リーファは弓を引き絞る。


 透は刀を構える。


 リリアは涙を拭い、小さな光をまとった。


 深淵の森の中心。


 燃える里。


 押し寄せる黒鉄の群れ。


 その中で、異界の少年とハイエルフの少女は並び立った。


 ここから反撃が始まる。


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