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超大陸パンゲアへ渡った神代家の異世界奮戦記  作者: 久遠 遙人


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第十七話 神代家Ⅱ

「おにい!!」


 結衣の悲鳴が境内に響いた。


「あにさま!!」


 明日華も叫ぶ。


 二人は透がいた場所へ駆け寄った。


 しかし、そこには何もない。


 ただ、わずかに残る光の粒だけが、夜の境内に溶けるように消えていく。


「透! 透!」


 美琴が顔色を変えて叫んだ。


 隆志も呆然と立ち尽くしている。


 普段は温厚で落ち着いた父の顔から、血の気が引いていた。


「そんな……」


 真白は小さな身体を震わせていた。


 いつもの元気な声はない。


 白い耳が伏せられ、尻尾が力なく垂れている。


「とおるん……?」


 蒼姫は明日華の肩の上で、じっと空を見上げていた。


 その青い瞳に、ただならぬ緊張が宿っている。


 誰もが取り乱していた。


 誰もが、何が起きたのか理解できずにいた。


 その中でただ一人。


 神代宗玄だけが、静かに境内の中心を見つめていた。


「落ち着け」


 低い声が響く。


 その一言で、皆が振り返った。


 宗玄はゆっくりと息を吐いた。


「透は大丈夫じゃ」


「おじいちゃん……?」


 結衣が涙の浮かぶ目で宗玄を見る。


「本当に……?」


「ああ」


 宗玄は頷いた。


「透は生きておる」


 明日華が震える声で問う。


「なぜ、そう言い切れるのですか」


 宗玄は社の奥へ視線を向けた。


 神代神社の御神体。


 御神刀、天羽乃斬。


 だが、その気配が消えている。


「ご神体も一緒じゃ」


 その言葉に、美琴がはっと息を呑んだ。


「天羽乃斬が……」


「そうじゃ。御神刀は透と共に消えた」


 宗玄の声に迷いはなかった。


「あれはただの刀ではない。神代家が代々守ってきた御神体じゃ。それが透と共にあるなら、まだ道は繋がっておる」


 その言葉は、絶望に沈みかけていた家族の心に、わずかな光を灯した。


 隆志が拳を握る。


 普段は穏やかで、争いごとを好まない男。


 だがその時の彼の目には、父親としての強い決意が宿っていた。


「必ず取り戻す」


 静かな声だった。


 しかし誰よりも力強かった。


「透は俺たちの息子だ」


 隆志は顔を上げた。


「絶対に迎えに行く」


 美琴が涙を拭う。


「ええ。必ず」


 結衣も立ち上がった。


 涙を流しながら、それでも瞳には強い光が戻っていた。


「私も行く」


「結衣……」


「おにいを探しに行く」


 明日華も静かに頷く。


「あにさまを一人にはしません」


 真白が涙目のまま拳を握った。


「わらわも行くのじゃ」


 蒼姫が翼を広げる。


「当然です。明日華様の行くところ、私も参ります」


 宗玄はそんな四人を見つめ、深く頷いた。


「ならば覚悟せよ」


 その声は厳しかった。


「透を取り戻すためには、荒事になるかもしれん」


 境内の空気が引き締まる。


「異界へ渡るということは、遊びではない。命を賭けることになるやもしれん」


「それでも行く」


 結衣は即答した。


「おにいを連れて帰る」


 明日華も言う。


「覚悟はできています」


 真白が続く。


「とおるんをつれてかえるのじゃ」


 蒼姫も静かに告げた。


「私も力を尽くします」


 宗玄はしばらく黙っていた。


 そして、ゆっくりと笑った。


「よかろう」


 その日から、神代家は動き出した。


◇◇◇


 翌朝。


 宗玄は一人、旅支度を整えていた。


「出雲へ行く」


 居間に集まった家族に向かって、宗玄はそう告げた。


「出雲神代宮ですか」


 美琴が問う。


 宗玄は頷く。


「あそこには神代家本流に伝わる古い記録が残っておる。黄泉比良坂に関する伝承もな」


「黄泉比良坂……」


 隆志が呟く。


「異界へ通じる道じゃ」


 宗玄は短く答えた。


「透がどこへ飛ばされたのか、今はまだ分からん。だが、天羽乃斬が共にある以上、辿る手立てはあるはずじゃ」


 結衣が身を乗り出す。


「私たちも行く!」


「今すぐは駄目じゃ」


 宗玄は厳しく言った。


「今のお前たちでは足手まといになる」


 結衣が唇を噛む。


 明日華も視線を落とした。


 だが宗玄の言葉は冷たいものではなかった。


「だから鍛えよ」


 その一言に、二人が顔を上げる。


「結衣。お前は真白と共に体術を磨け。武器は棍を使うがよい。力任せではなく、流れを読め」


「うん!」


「明日華。お前は蒼姫から法術の手ほどきを受けよ。弓も使えるようにしておけ。距離を取って戦う術を身につけるのじゃ」


「はい」


 宗玄は真白と蒼姫にも目を向けた。


「真白。結衣を守れ」


「任せるのじゃ」


「蒼姫。明日華を頼む」


「承知しました」


 隆志が静かに口を開く。


「俺は後方支援に回る」


 宗玄が頷く。


「それがよい。隆志、お前は装備と資金、移動の手配を頼む」


「分かった」


 美琴も言った。


「私は実家へ戻ります。護符や霊符、結界札を用意します」


 神代美琴。


 出雲大社系の巫女の家に育った彼女には、彼女にしかできない支援がある。


「結衣には棍を。明日華には弓を持たせます。あの子たちを守るための護符も、できる限り用意します」


 宗玄は静かに頷いた。


「頼む」


 こうして神代家の日常は変わった。


 いや。


 表向きの日常だけは、かろうじて保たれていた。


◇◇◇


 結衣は真白と共に境内で鍛錬を始めた。


「はあっ!」


 棍を振るう。


 だが真白は軽やかに身をかわす。


「甘いのじゃ、結衣!」


「もう一回!」


「何度でも来るがよい!」


 真白は小さな身体に似合わぬ身軽さで跳び回る。


 ただの白狐ではない。


 神代家に宿る霊狐として、守りと癒しの術を持ち、身体能力も人の子とは違っていた。


 結衣は息を切らしながら、それでも何度も立ち上がった。


「絶対に強くなる」


 額の汗を拭い、棍を握り直す。


「おにいを連れて帰るんだから」


 真白はそんな結衣を見て、にっと笑った。


「その意気じゃ」


◇◇◇


 明日華は蒼姫と共に法術の鍛錬を始めた。


 境内の奥。


 人目につかぬ場所で、蒼姫は明日華の肩から飛び立つ。


 蒼い羽が淡く光を帯びた。


「明日華様。まずは呼吸を整えてください」


「はい」


「法力は力任せに扱うものではありません。流れを感じ、形を与えるのです」


 明日華は目を閉じる。


 静かに息を吸い、吐く。


 手の中に小さな光が灯った。


 最初は揺らいでいた光が、やがて安定していく。


「よろしいです」


 蒼姫が頷く。


「次は弓です」


 美琴が用意した弓を手に、明日華は的へ向き合う。


 左手で弓を構え、静かに弦を引く。


 放たれた矢は、的の端をかすめた。


「もう一度お願いします」


 明日華の声は静かだった。


 だが、その瞳には強い意志が宿っていた。


「あにさまを助けます」


◇◇◇


 隆志は仕事の合間を縫って、必要な物を揃え続けた。


 旅に必要な装備。


 保存食。


 薬。


 衣類。


 資金。


 それらを一つずつ確認していく。


 本当なら、自分が行きたかった。


 だが隆志は知っている。


 自分には剣の才も、法術の才もない。


 だからこそ、自分にできることをする。


「頼むぞ……」


 誰に言うでもなく呟く。


 それは透へ向けた言葉でもあり、これから旅立つ娘たちへ向けた言葉でもあった。


◇◇◇


 美琴は実家へ戻った。


 古い蔵に眠る護符。


 霊符。


 結界札。


 清めの鈴。


 巫女装束。


 彼女は一つ一つを確認し、娘たちのために整えていく。


「こんなことに使う日が来るなんてね……」


 少しだけ苦笑する。


 だが手は止めない。


 母として。


 巫女として。


 できる限りのものを持たせる。


 結衣には棍。


 明日華には弓。


 それぞれに合わせた護符を縫い込んだ守り袋。


 美琴はそれらを前に、静かに手を合わせた。


「どうか、あの子たちを守ってください」


◇◇◇


 そして時は流れた。


 透が消えてから数か月。


 神代家はついに出雲へ向かう日を迎えた。


 早朝の神代神社。


 社務所の扉には一枚の張り紙が貼られていた。


 そこには隆志の字で、こう書かれていた。


『誠に勝手ながら、家族旅行のため数日不在となります。


 御用の方は後日お越しください。


 神代神社』


 家族旅行。


 事情を知らぬ者が見れば、そう思うだろう。


 だが実際は違う。


 これは家族旅行ではない。


 家族を迎えに行く旅だった。


◇◇◇


 出雲神代宮。


 その奥深く。


 古より封じられてきた黄泉比良坂の異界の門。


 巨大な石門の前に、神代家の者たちは立っていた。


 結衣は棍を背負い、真白を連れている。


 明日華は弓を携え、肩には蒼姫が止まっていた。


 隆志と美琴は少し後ろで見守っている。


 そして宗玄は石門の前に立っていた。


 その手には古い祝詞が記された巻物。


 周囲には幾重にも護符が配置されている。


「よいか」


 宗玄が振り返る。


「この門の先に何があるか、わしにも分からん」


 結衣が頷く。


「それでも行く」


 明日華も静かに答えた。


「あにさまを連れ戻します」


 真白が胸を張る。


「とおるんをつれてかえるのじゃ」


 蒼姫が翼を広げた。


「必ず」


 宗玄は懐から一枚の札を取り出した。


 そこには小さな方位盤が取り付けられている。


「結衣、これを持て」


「おじいちゃん、これは?」


「御神体を指し示す札じゃ」


 宗玄は静かに言った。


「御神体が透と共にある限り、その方角を示し続ける」


 結衣は方位盤を両手で受け取った。


 小さな針が、かすかに震えている。


「これが……おにいの場所を……」


「道標になる」


 宗玄は頷いた。


「決して失くすでないぞ」


「うん」


 結衣は方位盤の札を胸に抱いた。


「絶対、失くさない」


 隆志が一歩前へ出る。


「透を頼む」


 その声は震えていた。


 それでも涙は見せなかった。


 美琴は結衣と明日華を抱きしめる。


「無茶はしないで」


「うん」


「はい」


 美琴は二人の背をそっと押した。


「行ってらっしゃい」


 宗玄が目を閉じる。


 深く息を吸い込む。


 次の瞬間、老剣士の身体から強い法力が立ち上った。


 空気が震える。


 石門に刻まれた古い文字が淡く輝き始める。


 宗玄の声が響いた。


 祝詞。


 古き神代の言葉。


 黄泉比良坂を開くための祈り。


 石門の奥で、光が渦を巻いた。


「行け」


 宗玄が告げる。


「道は長くは保たん」


 結衣が前を向く。


「行こう、真白」


「うむ!」


 明日華も弓を握りしめた。


「参りましょう、蒼姫」


「はい、明日華様」


 二人と二柱は光の前に立つ。


 結衣が最後に振り返った。


「お父さん、お母さん、おじいちゃん」


 明日華も深く頭を下げる。


「行ってまいります」


 隆志が頷いた。


 美琴は涙をこらえながら微笑む。


 宗玄は静かに言った。


「必ず戻れ」


「うん!」


 結衣が笑った。


「おにいも連れて、絶対戻る!」


 そして。


 結衣、明日華、真白、蒼姫は光の中へ踏み出した。


 眩い光が石門を満たす。


 次の瞬間、四つの影は門の向こうへ消えた。


 隆志は拳を握り締める。


 美琴は祈るように胸の前で手を組んだ。


 宗玄は閉じゆく門を見つめ、静かに呟いた。


「頼んだぞ」


 光が消える。


 石門は再び沈黙した。


 その向こうに広がる異界。


 そこにいるはずの透を探すため。


 神代家の少女たちは、ついに世界を渡った。


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