↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
超大陸パンゲアへ渡った神代家の異世界奮戦記  作者: 久遠 遙人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/144

第十四話 グランドワイズ防衛戦Ⅳ 決着

 巨大な群れの主が動いた。


 その巨体が一歩踏み出しただけで、大地が大きく震える。


 周囲を取り囲む魔鋼虫たちが、歓喜とも威嚇ともつかない咆哮を一斉に上げた。


 巨大な統率種。


 黒い群れを支配するもの。


 千年前、古きパンゲアを滅亡へ追い込んだ災厄。


 それが今、神代透を明確な敵として認識していた。


     ◇


 だが、透は立ち止まらなかった。


 むしろ、その心は不思議なほど静かだった。


 巨大な統率種を見上げる。


 あまりにも大きい。


 これまで戦ってきた魔物とは、比較にすらならない。


 透が王都で借りている屋敷よりも、遥かに巨大だった。


 全身を覆う黒い鋼殻も、これまでの個体とは比べものにならないほど分厚い。


 普通ならば、目にしただけで絶望するような相手だった。


 しかし――。


 透には見えていた。


 切断線が。


 統率種の全身を走る、無数の線。


 脚の関節。


 装甲の継ぎ目。


 首元。


 そして、胸部の奥深く。


 そこに、ほかのどの線よりも濃く、太い一本の切断線が走っている。


 あれを断ち切れば倒せる。


 透は、そう確信していた。


     ◇


 ギィィィィィィッ――!


 統率種が耳障りな咆哮を上げ、巨大な前脚を振り下ろした。


 凄まじい轟音。


 地面が爆発したかのように砕け、土砂が高く舞い上がる。


 透は横へ跳び、直撃をかわした。


 もしまともに受けていれば、人間の身体など跡形もなく潰されていただろう。


 だが、攻撃はそれだけでは終わらない。


 二撃目。


 三撃目。


 巨大な前肢が、鎌のように振るわれる。


 近くに生えていた大木が、紙のように切断された。


 岩が砕け、地面に深い亀裂が走る。


 それは戦いというより、災害そのものだった。


     ◇


 それでも透には見えていた。


 敵の動きが。


 攻撃の軌道が。


 そして、刃を通すべき切断線が。


 透は一歩、前へ踏み込んだ。


 脳裏に浮かんだのは、宗玄との稽古の日々だった。


 何度も繰り返した立ち合い。


 何千回。


 何万回。


 身体へ刻み込まれた剣の動き。


『見えているなら、斬れる』


 祖父の声が聞こえた気がした。


     ◇


 透は統率種の脚を蹴り、そのまま巨大な身体を駆け上がった。


 人間離れした速度。


 パンゲアへ来て強化された肉体。


 黒い群れが騒めいた。


 空から飛行種が襲いかかる。


 足元から甲殻種が群がる。


 透は天羽乃斬を振るった。


 一閃。


 二閃。


 三閃。


 白銀の斬撃が、透を取り囲む魔鋼虫たちを薙ぎ払う。


 外殻の継ぎ目を断たれた異形たちが、次々と巨大な統率種の身体から崩れ落ちていった。


     ◇


 グランドワイズ関門の城壁上。


 誰もが言葉を失っていた。


「何なんだ、あれは……」


 ガルドが呆然と呟く。


 騎士たちも。


 兵士たちも。


 魔法師たちも。


 戦場にいるすべての者が見ていた。


 たった一人の少年が、世界を滅ぼしかねない巨大な災厄へ挑む姿を。


     ◇


 統率種が怒り狂ったように咆哮した。


 頭部に並んだ巨大な複眼が、赤く強く輝く。


 そして、大きく口を開いた。


 その喉の奥に、赤黒い光が集まり始める。


 周囲の魔素が、凄まじい勢いで吸い寄せられていた。


「まずい!」


 ノーノーが息を呑んだ。


「透! そこから離れろ!」


 次の瞬間。


 統率種の口から、赤黒い光の奔流が放たれた。


 轟音。


 大地が抉られる。


 光が通過した場所にあった岩も、木々も、黒い異形たちさえも吹き飛ばされた。


 数百メートルにわたって、大地に一本の巨大な溝が刻まれる。


 グランドワイズ関門の城壁すら、まともに受ければ貫通しかねない威力だった。


     ◇


 だが、光が通過した先に透の姿はなかった。


「どこだ!?」


 ガルドが叫ぶ。


 ノーノーが望遠鏡を上へ向けた。


「まさか……」


 統率種の頭上。


 さらに高い空中。


 そこに、透の姿があった。


 光が放たれる直前。


 統率種の頭部を蹴り、上空へ跳んでいたのだ。


「馬鹿な……」


 ノーノーが息を呑んだ。


 人が跳べる高さではない。


 だが、透は確かに空中にいた。


     ◇


 透の身体が落下を始める。


 一直線に。


 統率種の頭部へ向かって。


 見える。


 切断線が。


 頭部から胸部へ。


 さらに胴体の奥深くへと続く、決定的な一本の線。


 統率種もまた、迫る透の存在を捉えた。


 その巨体を捻り、身を守ろうとする。


 同時に、周囲にいた魔鋼虫たちが、主を守ろうと一斉に集まってきた。


 空を飛ぶもの。


 脚を伸ばすもの。


 棘を射出するもの。


 無数の異形が、透と統率種の間へ割り込もうとする。


     ◇


 透は両手で天羽乃斬を握った。


 呼吸を整える。


 雑念を捨てる。


 視界に映るのは、ただ一本の切断線だけ。


 全身の力を刃へ込める。


「はぁぁぁぁぁぁっ!」


 天羽乃斬を振り下ろした。


 その瞬間。


 世界から音が消えた。


 戦場全体が止まったように感じられた。


 銀色の光が、一直線に走る。


 ただ、それだけだった。


     ◇


 次の瞬間。


 統率種の動きが止まった。


 巨大な前脚も。


 開かれた口も。


 赤く輝いていた複眼も。


 すべてが完全に静止する。


 戦場に、不自然なほどの静寂が訪れた。


 誰も動かない。


 誰も声を出さない。


 何が起きたのか、理解できる者はいなかった。


 やがて――。


 巨大な統率種の身体へ、一筋の線が浮かび上がった。


 頭部。


 首。


 胸部。


 腹部。


 そして尾部へ。


 巨体を縦に貫く、一本の線。


 ズズズズズズ……。


 山のように巨大な身体が、ゆっくりと左右へずれ始める。


 そして。


 地響きと共に、二つに分かれて崩れ落ちた。


 両断。


 巨大な統率種は、完全に沈黙した。


     ◇


 ギィィィィ……。


 かすかな断末魔が漏れた。


 命が消える直前。


 統率種の赤い複眼が、透の姿を映していた。


 この小さな存在は何なのか。


 なぜ自分を傷つけることができるのか。


 危険な存在。


 排除しなければならないもの。


 理解できぬ何か。


 その思考すら、やがて途切れた。


     ◇


 統率種が倒れた、その瞬間。


 周囲にいた魔鋼虫たちが、一斉に動きを止めた。


 完全に。


 まるで、すべての命令を失ったかのように。


 やがて、群れの中に混乱が広がり始める。


 前へ進む個体。


 後方へ戻ろうとする個体。


 互いにぶつかり合う個体。


 統率を失った黒い群れは、瞬く間に秩序を失っていった。


 そして、一体の魔鋼虫が西へ向かって逃げ始めた。


 それを追うように、別の個体も進路を変える。


 さらに、その後ろの個体も。


 やがて群れ全体が、押し寄せてきた時とは逆の方向へ動き始めた。


 撤退。


 黒い海が崩れていく。


     ◇


「勝った……」


 誰かが呟いた。


 最初は、小さな声だった。


 だが、その言葉は次第に周囲へ広がっていく。


「勝ったぞ……」


「奴らが退いていく!」


「関門を守ったんだ!」


 グランドワイズ関門の城壁上から、大歓声が上がった。


 兵士たちが叫ぶ。


 武器を掲げる。


 泣き崩れる者もいた。


 隣に立つ仲間と抱き合う者もいた。


 騎士団長オーギュストは、血に濡れた剣を高く掲げた。


「我らの勝利だ!」


「おおおおおおおっ!」


 歓声が、グランドワイズ渓谷全体へ轟いた。


 アストレア王国軍の勝利。


 誰もが不可能だと思った、奇跡の勝利だった。


     ◇


 だが、透はその歓声を聞いていなかった。


 両断された統率種の亡骸の上。


 透は、片膝をついていた。


 全身が鉛のように重い。


 視界が揺れる。


 呼吸をするたび、身体の奥が痛んだ。


 限界を遥かに越えた動きによって、全身が悲鳴を上げていた。


 それでも透は、天羽乃斬だけは手放さなかった。


 薄れゆく意識の中。


 最後に目に映ったのは、西へ撤退していく魔鋼虫の群れだった。


 そして、その遥か先。


 地平線の向こう。


 何か巨大な存在が、こちらを見ているような感覚があった。


 姿は見えない。


 だが、確かに何かがいる。


 その正体を確かめる前に。


 透の意識は、深い闇へと沈んでいった。


     ◇


 こうして。


 アストレア王国は、滅亡の危機を乗り越えた。


 だが、それは黒き災厄との戦いの、ほんの始まりに過ぎなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。