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超大陸パンゲアへ渡った神代家の異世界奮戦記  作者: 久遠 遙人


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第十三話 グランドワイズ防衛戦Ⅲ 激闘

 黒い海が蠢いていた。


 グランドワイズ関門の防壁から飛び降りた神代透は、無数の異形の背を足場にして駆けていた。


 背から背へ。


 迫る脚をかわし。


 振り下ろされる鋭い前肢を躱し。


 時には敵の身体そのものを踏み台にしながら、ひたすら前へ進む。


 目指す先は、ただ一つ。


 黒い群れの中心。


 あの巨大な統率種だった。


 近づくにつれ、その途方もない大きさが、はっきりと分かってくる。


 防壁へ体当たりを繰り返していたサイ型の大型個体ですら、その傍らでは小さく見えた。


 黒い外殻。


 幾重にも重なった分厚い装甲。


 大地を踏み締めるたび、周囲の地面を揺らす巨体。


 そして、頭部に並ぶ無数の赤い複眼。


 ただ大きいだけではない。


 統率種の周囲にいる魔鋼虫たちは、まるでその巨体を守るかのように動いていた。


「……でかいな」


 透は思わず呟いた。


 だが、不思議と恐怖は感じなかった。


 いや。


 恐怖を感じている余裕がなかった。


 透の目には、巨大な敵の姿よりも、さらに鮮明に見えているものがあったからだ。


 切断線。


 巨体であるがゆえに、その身体を走る線も、これまで以上にはっきりと見えていた。


 脚の付け根。


 外殻と外殻の継ぎ目。


 胴体を横切る太い線。


 首と思われる部分の奥。


 いくつもの線が、透の視界に浮かび上がっている。


 斬れる。


 透は、そう確信していた。


 問題は、その線へ刃が届く場所まで辿り着けるかどうかだった。


     ◇


 一方、グランドワイズ関門。


 先ほどまで防壁へ殺到していた魔鋼虫たちの動きが、明らかに鈍り始めていた。


 防壁へ突撃していた個体が、突然進路を変える。


 石壁へ取りついていた個体が、その場で動きを止める。


 群れの一部が防壁から離れ、中央へ戻ろうとしていた。


「敵の動きが乱れたぞ!」


 兵士が声を上げた。


 その声を聞いたガルドは、大剣を振り下ろしながら吠える。


「透だ!」


 魔鋼虫の脚の関節へ剣を突き込み、そのまま力任せに地面へ叩き伏せる。


「あいつが群れの奥で暴れている!」


「それで敵が混乱しているのか!」


 兵士たちの表情に、わずかな希望が戻った。


 先ほどまで死を覚悟していた者たちが、再び武器を握り直す。


「関節を狙え!」


「腹を突け!」


「土槍の攻撃に合わせろ!」


 ノーノーが見抜いた対処法は、すでに全軍へ伝わっていた。


 硬い外殻を狙うな。


 脚の関節を潰せ。


 柔らかい腹部を貫け。


 土魔法で地中から串刺しにしろ。


 倒し方さえ分かれば、決して無敵の敵ではない。


 その事実が、兵士たちの心を支えていた。


 さらに、防衛側へ追い風が吹く。


「王都より援軍到着!」


 関門内に歓声が上がった。


 王都から派遣された騎士団。


 追加の冒険者部隊。


 治療と補給を担う後方部隊。


 魔核を利用した魔導弾。


 大量の矢。


 食料と水。


 戦いを続けるために必要な物資が、次々と関門へ運び込まれていた。


 騎士団長オーギュスト率いる精鋭部隊も、前線へ加わる。


「陣形を崩すな!」


 オーギュストの怒号が戦場に響き渡る。


「敵は倒せる!」


「一体ずつ、確実に仕留めろ!」


「ここから押し返すぞ!」


「おおおおおっ!」


 騎士たちの雄叫びが上がった。


 崩れかけていた防衛線は、確実に立て直されつつあった。


     ◇


 セリナは、最前線に近い場所で負傷者の治療を続けていた。


「こちらへ運んでください!」


「傷を見せてください。すぐに治します!」


 柔らかな白い光が、傷ついた兵士たちを包み込む。


 裂けた傷口が塞がる。


 折れた骨が繋がっていく。


 失われた体力が、少しずつ身体へ戻る。


 セリナの額には、大粒の汗が浮かんでいた。


 回復魔法を使うためにも、魔素が必要になる。


 周囲の魔素濃度が下がり続けている今、彼女の身体にかかる負担は決して小さくなかった。


 それでも、セリナは治療を止めようとはしない。


 王女として。


 神託を授かる巫女として。


 そして、傷ついた人々を一人でも多く助けたいと願う者として。


 前線で戦う者たちを支え続けていた。


「セリナ様、少しお休みください!」


 護衛の騎士が、心配そうに声をかける。


「まだ大丈夫です」


 セリナはそう答え、疲労を隠すように微笑んだ。


「次の方を、こちらへ」


 その姿を目にした兵士たちは、再び立ち上がる力を取り戻していった。


     ◇


 関門の櫓の上。


 ノーノーは望遠鏡を強く握り締めていた。


 その視線の先にあるのは、黒い群れの中心。


 巨大な統率種へ、たった一人で挑む透の姿だった。


「とんでもない坊主じゃ……」


 ノーノーが、思わず呟く。


 古い文献の中でしか見たことのなかった災厄。


 千年前にパンゲア中央部を滅ぼしたとされる、黒き災い。


 それが今、現実のものとして目の前に存在している。


 もし、自分の考えが正しいのなら。


 この戦いは、アストレア王国だけの問題では終わらない。


 パンゲア全土を巻き込む戦いになるかもしれない。


 だが、今はその先を考えている場合ではない。


 まずは、目の前の戦場を生き残ること。


 関門を守り抜き、王都への道を死守すること。


 それが先だった。


     ◇


 透は、巨大な統率種の前脚へ飛び乗った。


 その瞬間。


 周囲を取り囲んでいた魔鋼虫たちが、一斉に動き出した。


 無数の赤い複眼が透へ向けられる。


 鋭い前肢が振り上げられた。


 だが、奇妙だった。


 確かに、魔鋼虫たちは透へ近づいてくる。


 攻撃も仕掛けてくる。


 しかし――。


 その攻撃は、どれもわずかにずれていた。


 上から振り下ろされる巨大な脚。


 横薙ぎに振るわれる鋭い前肢。


 後方から飛来する黒い棘。


 どの攻撃も、ほんのわずかに透のいた場所を外れ、身体のすぐそばを掠めていく。


「……?」


 透は違和感を覚えた。


 だが、その理由までは分からない。


 ただ――。


 攻撃の軌道が見える。


 そして、避けられる。


 今は、それだけで十分だった。


 透は迷うことなく前へ進んだ。


 統率種の前脚。


 その関節部分に見える切断線へ、天羽乃斬を振るう。


 一閃。


 白銀の刃が、黒い外殻の継ぎ目を斬り裂いた。


 統率種の巨体が、大きく揺れる。


 耳障りな音が戦場全体へ響き渡った。


 悲鳴とも。


 咆哮とも。


 どちらともつかない、不快な音だった。


「効いている……!」


 透は手応えを感じた。


 傷をつけた前脚を蹴り、その勢いのまま、さらに上へ駆け上がる。


 脚から胴体へ。


 統率種の巨大な身体を足場にして進む。


 背後から、周囲の魔鋼虫たちが迫ってくる。


 だが、透は振り返らなかった。


 強化された脚力が、常人では考えられないほどの速度を生み出している。


 黒い外殻の上を駆け抜ける。


 まるで、一陣の風のように。


 魔鋼虫たちの赤い複眼が、懸命に透の姿を追う。


 だが、その動きを捉え切れていない。


 彼らの目には、透の姿が輪郭の定まらない影のようにしか映っていないようだった。


     ◇


 だが、次の瞬間。


 統率種の無数の複眼が、一斉に透へ向けられた。


 初めて。


 巨大な異形は、透という存在を明確な敵として認識した。


 統率種の背中を覆っていた装甲が、左右へ開く。


「っ!」


 透は反射的に横へ飛んだ。


 直後。


 装甲の隙間から、巨大な黒い棘が射出された。


 先ほどまで透が立っていた場所を、黒い槍のような棘が貫く。


 さらに二本。


 三本。


 次々と黒い棘が飛来した。


 透は着地すると同時に走り出す。


 避ける。


 跳ぶ。


 駆ける。


 一か所には、決して立ち止まらない。


 巨大な統率種が頭部を持ち上げ、大きく口を開いた。


 その奥で、赤黒い光が揺らめいている。


 嫌な予感がした。


 透は即座に身を翻す。


 次の瞬間。


 統率種の口から、大量の赤黒い液体が吐き出された。


 液体が地面へ落ちる。


 ジュウウウウウ――。


 白い煙を上げながら、硬い岩が瞬く間に溶けていった。


「酸か……!」


 まともに浴びれば、命はない。


 だが――。


 見えている。


 攻撃が始まる起点も。


 敵の動きも。


 そして、その身体を走る切断線も。


 すべてが、透の目には見えていた。


 統率種の巨大な前脚が振り上げられる。


 頭上を覆い尽くすほどの影が、透へ迫る。


 ただ後ろへ避けるだけでは、次の一撃を与えられない。


 ならば、前へ出る。


 透は迫る前脚へ向かって踏み込んだ。


 一閃。


 天羽乃斬が、関節部分を走る切断線へ吸い込まれる。


 硬い外殻が断ち切られた。


 傷口から、黒い体液が噴き出す。


 巨大な統率種が大きくのけぞり、地面を揺らした。


「やっぱりだ」


 透は呼吸を整えながら呟く。


 倒せる。


 この巨大な統率種も、自分の剣で倒すことができる。


 問題は、時間だった。


 周囲では、一度離れていた魔鋼虫たちが、再び集まり始めている。


 長引けば長引くほど、透は四方から包囲されることになる。


 いくら攻撃を避けられるとはいえ、永遠に戦い続けることはできない。


 透にも、それは分かっていた。


 だが、不思議だった。


 巨大な統率種へ近づけば近づくほど、周囲の個体の動きが変化している。


 まるで、自らの身を犠牲にしてでも、統率種を守ろうとしているかのように。


 群れを操る主だからなのか。


 それとも、ほかに理由があるのか。


 今の透には分からない。


 だが――。


 視界の中心に浮かぶ一本の線だけは、はっきりと見えていた。


 統率種の胴体中央。


 ほかのどの線よりも太く。


 深く。


 そして、強く刻まれている。


 あそこだ。


 理屈ではない。


 これまで魔物を斬ってきた時に見えた、すべての線と同じだった。


 あの線を斬れば、この巨大な異形は倒れる。


 透は天羽乃斬を握り直した。


 脚を蹴る。


 胴体の側面を駆け上がる。


 背中へ向かって跳ぶ。


 黒い棘が飛来する。


 巨大な身体が激しく暴れる。


 それでも、透は止まらない。


 今、透の視界には、一本の切断線しか映っていなかった。


 あと少し。


 あと数歩。


 統率種の命を断つ太い線は、すでに天羽乃斬の届く距離まで迫っていた。


 ――続く。


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