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超大陸パンゲアへ渡った神代家の異世界奮戦記  作者: 久遠 遙人


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第十二話 グランドワイズ防衛戦Ⅱ

 黒い海が迫っていた。


 グランドワイズ関門の西方。


 地平線を埋め尽くすほどの黒い群れが、大地を蠢きながら進んでくる。


 無数の脚。


 無数の赤い複眼。


 硬質な外殻が擦れ合う、不快な音。


 それは軍勢ではなかった。


 獣の群れでもない。


 まるで大地そのものが黒い蟲へと姿を変え、関門へ押し寄せてくるかのようだった。


 防壁の上に立つ兵士たちは、言葉を失っていた。


 誰もが理解している。


 あれは、これまでに見たどの魔物とも違う。


 そして――。


 あまりにも、数が多過ぎた。


「大型個体、接近!」


 見張り兵の叫びが響いた。


 群れの前方から、巨大な影が姿を現す。


 四本の太い脚。


 分厚い黒色の外殻。


 頭部から前方へ伸びる、巨大な角。


 その姿は、地球のサイを思わせた。


 だが、そこに生き物らしい温かみはない。


 全身を金属のような甲殻に覆われた、異形の生物だった。


「魔法師隊、構え!」


 指揮官の号令が飛ぶ。


 防壁上に並んだ魔法師たちが、一斉に杖を掲げた。


 炎。


 氷。


 雷。


 様々な属性の魔法陣が、次々と空中へ展開される。


「放て!」


 轟音。


 燃え盛る炎槍が飛ぶ。


 無数の氷刃が降り注ぐ。


 激しい雷撃が、黒い巨体を打ち据える。


 爆炎が上がった。


 巻き上がった土煙が、巨大な異形の姿を覆い隠す。


「やったか……?」


 兵士の一人が呟く。


 だが――。


 煙の中から現れた巨大な影は、止まっていなかった。


「効いていないのか!?」


 兵士たちから、悲鳴に近い声が上がった。


 サイ型の異形は、巨大な角を前へ向け、頭を低く下げた。


 そして、大地を蹴る。


 その巨体が、凄まじい速度で防壁へ迫った。


「来るぞ!」


 次の瞬間。


 サイ型の異形が、防壁へ激突した。


 ドォォォォン――!


 凄まじい轟音と共に、石壁全体が大きく揺れた。


 大小の石片が飛び散る。


 分厚い壁面に、目に見える亀裂が走った。


「防壁が!」


「二体目も来るぞ!」


「三体目、接近!」


 黒い群れの中から、次々と大型個体が姿を現す。


 強固な防壁を破壊するためだけに生まれたかのような、巨大な異形たち。


 兵士たちの顔から、血の気が引いていく。


「撃て!」


「魔法を撃ち続けろ!」


 恐怖に駆られた魔法師たちが、次々と魔法を放った。


 炎。


 雷。


 氷刃。


 爆裂魔法。


 轟音が鳴りやまず、戦場を光と爆炎が覆い尽くす。


 だが、敵は減らない。


 それどころか――。


 防壁上にいた兵士や魔法師たちの顔色が、次第に悪くなり始めた。


「何だ……」


「息が……苦しい……」


 魔法師の一人が杖を落とし、その場へ膝をついた。


 近くにいた兵士も、胸を押さえながら荒い呼吸を繰り返している。


「魔法攻撃を止めるな!」


 指揮官が叫ぶ。


「しかし、このままでは味方が先に倒れます!」


 セシリアが異変に気づき、顔色を変えた。


「まずい……」


「どうした?」


 ガルドが振り返る。


「周囲の魔素が、急激に薄くなっています」


 透は眉をひそめた。


 セシリアは、魔法が飛び交う防壁の上を見回した。


「この世界の魔法は、魔素を消費して発動します。小規模な魔法であれば、術者の体内に蓄えられた魔素だけでも発動できます」


 今も防壁の各所から、大規模な攻撃魔法が放たれている。


「しかし、大規模な魔法や魔導砲は、術者の体内だけでなく、周囲に存在する魔素まで取り込んで発動しているのです」


 戦場で放たれ続ける大量の魔法。


 それが、周辺の魔素を急速に消費していた。


「魔核を持つ生き物にとって、魔素は空気と同じように必要なものです」


 セシリアの声が重くなる。


「周囲の魔素濃度が下がれば、身体能力は低下します。魔法も使えなくなる。そして、さらに魔素が薄くなれば……」


 セシリアは言葉を詰まらせた。


「命に関わります」


 戦場に、新たな緊張が走った。


 敵と戦うために魔法を使えば使うほど、自分たちの身体が弱っていく。


 それは、誰も想定していなかった事態だった。


「落ち着け!」


 その時。


 櫓の上から、ノーノーの怒声が響き渡った。


「闇雲に撃つでない! 敵をよく見ろ!」


 小柄な老人は望遠鏡を片手に持ち、鋭い目で戦場を睨んでいた。


「関節じゃ!」


「関節?」


 兵士たちが振り返る。


「あやつらの外殻は硬い! じゃが、脚の付け根まですべて同じ硬さではない!」


 ノーノーが声を張り上げる。


「腹側もじゃ! 外殻に覆われておらん部分を狙え!」


 その言葉を聞いたガルドが、真っ先に動いた。


 防壁へ取りつこうとしていた黒い異形へ向かって駆け出す。


 大剣を大きく振り回すのではない。


 両手で柄を握り、鋭い切っ先を脚の付け根へ突き込んだ。


 硬い手応え。


 だが、刃は通った。


 ガルドが渾身の力で大剣を押し込む。


 異形の脚が、根元から折れ曲がった。


「通るぞ!」


 ガルドが叫ぶ。


「外殻ではなく、関節を狙え!」


 騎士や冒険者たちが続いた。


「関節を突け!」


「腹側へ回り込め!」


「斬撃ではなく刺突だ!」


 混乱していた防衛側へ、少しずつ秩序が戻り始める。


 ノーノーは、さらに指示を飛ばした。


「土属性の魔法を使える者!」


 魔法師たちが櫓を見上げる。


「地中から土槍を突き上げよ! 奴らの柔らかい腹を貫くのじゃ!」


 土属性の魔法師たちが、一斉に詠唱を始めた。


 低い振動と共に、大地が震える。


 そして――。


 黒い異形の真下から、何本もの鋭い土槍が突き上がった。


 土槍が、硬い外殻に覆われていない腹部へ深々と突き刺さる。


 異形が耳障りな音を上げ、その場へ倒れた。


「効いている!」


「同じ場所を狙え!」


「続けろ!」


 防衛側の士気が、少しずつ戻り始めた。


     ◇


 その戦場を、透は駆け抜けた。


 天羽乃斬を抜く。


 白銀の刃が、魔法の光を反射した。


 見える。


 線が。


 外殻にも。


 関節にも。


 頭部にも。


 黒い異形たちの全身に、無数の線が走っている。


 透は、迷うことなく踏み込んだ。


 一閃。


 巨大な脚が宙を舞う。


 二閃。


 分厚い胴体が裂ける。


 三閃。


 異形の頭部が切り離され、地面へ転がった。


 周囲にいた兵士たちが息を呑む。


「斬った……」


「あの外殻を、一太刀で……」


 透は止まらなかった。


 身体が軽い。


 周囲では、魔素の減少によって、多くの兵士たちが苦しそうに呼吸している。


 足元がおぼつかない者もいる。


 だが、透の身体には何の異常も起きていなかった。


 魔素が薄くなっている。


 それでも、その影響を受けていない。


 透の身体には、パンゲアの人々や魔物が持つ魔核が存在しない。


 その特異性が、初めて戦場で大きな意味を持った。


 透は黒い群れの中へ飛び込む。


 斬る。


 かわす。


 踏み込む。


 さらに斬る。


 黒い異形たちが、次々と透の前に崩れ落ちていく。


 その姿は、絶望に沈みかけていた戦場に差し込む、一筋の希望だった。


「透に続け!」


 ガルドが吠える。


「あいつが道を開く! 俺たちは取りこぼした敵を潰すぞ!」


「おおおおおっ!」


 騎士と冒険者たちが、それに続いた。


 透が前方の敵を斬り伏せる。


 ガルドたちが左右から迫る個体を食い止める。


 防壁周辺の戦況は、わずかながら持ち直し始めていた。


     ◇


 だが――。


 敵は減らなかった。


 土槍で腹部を貫いても。


 脚の関節を潰しても。


 一体を倒せば、その後方から二体、三体と新たな個体が現れる。


 その数は、あまりにも絶望的だった。


 セリナは防壁上を駆け回り、負傷者へ回復魔法を施していた。


「こちらへ運んでください!」


「今、治します!」


 柔らかな白い光が、傷ついた兵士たちを包む。


 裂けた皮膚が塞がる。


 流れていた血が止まる。


 失われかけた力が、少しずつ戻っていく。


 だが、セリナの額にも大粒の汗が浮かんでいた。


 回復魔法を使うためにも、魔素は必要になる。


 周囲の魔素が薄くなれば、術者自身への負担も増していく。


 それでも、セリナは止まらなかった。


 アストレア王国の王女として。


 神託を授かった巫女として。


 そして、目の前で傷つく人々を助けたいと願う、一人の人間として。


 戦う者たちを懸命に支え続けていた。


     ◇


 その時だった。


 一度櫓へ戻った透は、黒い群れの奥に妙な違和感を覚えた。


 群れの中央付近。


 そこに、ほかとは明らかに異なる巨大な個体がいる。


 周囲の異形よりも、二回り以上大きい。


 頭部や背中を覆う外殻の形も、ほかの個体とは違っていた。


 そして何より――。


 周囲の異形たちが、その巨大個体の動きに合わせるように行動している。


 巨大個体が前進すると、群れが進む。


 動きを止めると、周囲の個体も一瞬だけ足を緩める。


 透は目を凝らした。


 そして、見つけた。


 巨大個体の身体を走る、一本の切断線。


「ノーノーさん」


「おぬしにも見えたか」


 ノーノーは望遠鏡を覗いたまま、低い声で答えた。


「あれが、この群れを動かしている個体かもしれん」


「群れのボスですか?」


「その可能性が高い」


 ノーノーは懐から、筒状の魔導具を取り出した。


 魔核爆裂砲。


 大型魔獣の魔核に蓄積された力を、一度に放出する試作魔導具である。


「使えるのは一発限りじゃ」


 ノーノーは砲身を櫓の縁へ固定し、大型魔獣から採取した魔核を装填した。


 筒状の魔導具が、低い唸り声のような音を立て始める。


 砲口が、群れの中央にいる巨大個体へ向けられた。


「狙いがずれたら、笑うでないぞ」


「笑いませんよ」


「では、撃つ」


 ノーノーが引き金を引いた。


 ドォォォォン――!


 耳をつんざく轟音。


 砲口から放たれた白い閃光が、一直線に戦場を駆け抜ける。


 光は黒い群れを貫き、巨大個体の胸部へ直撃した。


 大爆発。


 爆炎と土煙が、巨大個体の姿を覆い隠す。


 凄まじい衝撃によって、その巨体が後方へ吹き飛んだ。


 だが――。


 煙の中から、巨大個体は再び立ち上がった。


「浅かったか……!」


 ノーノーが悔しそうに歯を食いしばる。


 魔核爆裂砲の一撃でも、致命傷には至っていない。


 しかし。


 透は見ていた。


 本当に、ほんの一瞬だけ。


 黒い群れ全体の動きが、完全に止まった。


 防壁へ取りついていた個体も。


 突撃しようとしていた大型個体も。


 兵士へ襲いかかろうとしていた個体も。


 すべてが同時に動きを止めていた。


「止まった……」


 兵士の一人が呟いた。


「奴らの動きが止まったぞ!」


「今のは何だ!?」


 巨大個体が体勢を立て直すと、止まっていた群れも再び動き始める。


「やっぱりだ」


 透は確信した。


「あいつを倒せば、群れを止められる」


 ノーノーは厳しい表情のまま、ゆっくりと頷いた。


「やはり、あれがこの群れの統率種のようじゃ」


「統率種?」


「ほかの個体の行動が、あやつの動きに連動しておる。何らかの方法で、群れ全体へ命令を送っているのじゃろう」


 透は、天羽乃斬の柄を強く握り直した。


「俺が行きます」


「正気か!」


 ガルドが声を荒らげた。


「あそこまで、どれほどの敵がいると思っている!」


「ここで止めなければ、皆が死にます」


「だからといって、一人で群れの中へ入るつもりか!」


 ノーノーも何かを言おうとした。


 だが、言葉を失った。


 透の目には、迷いがなかった。


 危険なのは分かっている。


 自分が死ぬ可能性も理解している。


 それでも、目の前に助けられるかもしれない命がある。


 そのために自分の剣が必要なら、透は立ち止まれなかった。


 ノーノーは黒い群れを見つめ、震える声で呟いた。


「魔鋼虫……」


 その名を知る者は、この場では彼だけだった。


「千年前、古きパンゲアを滅ぼした黒き災い……」


「魔鋼虫……」


 透は、その名を静かに繰り返した。


 防壁の外へ目を向ける。


 大地を埋め尽くす、無数の黒い異形。


 その中心にいる巨大な統率種。


 透の目には、はっきりと見えている。


 敵の命を断つ、一本の切断線が。


「行きます」


 次の瞬間。


 透は櫓の縁を蹴り、そのまま防壁の外へ飛び降りた。


「待て!」


「透!」


「戻れ!」


「死ぬぞ!」


 背後から、いくつもの叫び声が響いた。


 眼下には、無数の魔鋼虫が蠢いている。


 常識で考えれば、自殺行為だった。


 だが、透は迷わない。


 一体の魔鋼虫の硬い背中へ着地する。


 膝を使って衝撃を受け流し、そのまま前方へ駆け出した。


 敵の背から、次の敵の背へ。


 黒い海の上を、一直線に駆け抜ける。


 目指す場所は、ただ一つ。


 群れの中心。


 すべての魔鋼虫を統率する、巨大な個体。


 グランドワイズ関門を巡る防衛戦は、ここからさらに激しさを増していく。


 ――続く。


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