第二十三話 決戦の行方
ラピスは戦いには参加していなかった。
珍しく、ラピス自らが船室に残ることを決めたのだ。透の忠告を聞き入れ、操縦室のソファーで眠っていた。
「お父さん、ラピスが」
ノアがラピスの異変に気がついた。
ラピスの体が光り輝いていたのだ。
「ラピスちゃん」
操縦を隆志に任せ、美琴がラピスに近寄った。
「何でしょう。前回は突然の人化でしたが、今回も何かありそうですね」
「様子はどうですか?」
「普通に眠っていますね。脈動するように光が明滅している感じでしょうか」
「分かりました。透が来れば何か変化があるかもしれません。しばらく様子を見ましょう」
「そうですね。ノアちゃん、ラピスを見ていてね」
「うん」
そう言って美琴はラピスから離れ、隆志と操縦を交代した。
飛行型の魔鋼虫の脅威も去ったので、戦線の後方にいるパルムたちを迎えに行った。
そこへ透たちも駆けつけた。
「操縦はできるけど、パルムちゃんたちにいてもらった方が安心なので、一緒に来てもらったよ」
「パパさん、船のことは任せてください」
「よろしく頼むね」
乗船したパルムたちは機関室に向かった。
「透、さっき話したとおり、魔鋼虫の巣に入って幼体を叩いてくれ。全部でなくていいので、叩いたら素早く戻ってくれ」
ちょうどその時、近くの兵士に呼びに行ってもらっていたセシリアがやってきた。
「私の出番ですか」
「ちょうど良かった。こちらでお膳立てはしますので、焼き払ってください。よろしくお願いします」
「分かりました」
新たにセシリアを乗せ、ブルートリトン号は前線へ舞い戻った。
「透、ラピスちゃんの様子はどうだ」
「声をかけてみます。ラピス、ラピス」
やがて、うっすらと目を開けたラピスが、
「トオル、おんぶ」
と両手を差し出した。
まだ光が明滅しているラピスのただならぬ気配を感じて、透は背中を向けた。
ラピスが背中に張り付いた瞬間、透はえも言われぬ高揚感に満たされた。
「ラピス……」
ルカはその様子を見て、ラピスが何かに進化しているように思えた。
何なのかは分からないが……。
生来、難しいことを考えるのは苦手なので。
◇
作戦が優位に進んでいるとはいえ、アストレア連合軍が絶対的に優位な状況にあるわけではなかった。
一部の魔鋼虫の群れが、後方にいるセリナの救護部隊に近づいていた。
それを見た騎獣部隊の一部の兵士が、手持ちの疑似魔核を救護部隊とは反対の方向へ投げつけた。
それに反応した魔鋼虫の群れは、一斉にその疑似魔核の方へ移動していった。
「おお、これなら使えるぞ!」
「後方の部隊へ突っ込んでくる群れを誘導して、疑似魔核を有効に使うんだ!」
ここでもまた一つ、魔鋼虫に対する対抗策が功を奏していた。
◇
ブルートリトン号に透たちが合流し、いよいよ魔鋼虫の殲滅を図る作戦を展開することになった。
「では、暁さん、セシリアさんを乗せて殲滅魔法を放てる場所まで行ってください」
「了解した」
「よろしくお願いします」
ブルートリトン号の後部ハッチが開き、翼をたたんだ状態の暁の背にセシリアが乗って、船体から飛び出した。
「暁さん、あの辺りまで行ってもらえますか?」
「うむ」
セシリアは魔杖アストラリウムを手に持ち、詠唱を始めた。
やがて、
「グランドフレア!」
その掛け声とともに、セシリアの魔杖の先端から小さな光の塊が、魔鋼虫の巣穴めがけて放たれた。
すかさず暁は転回し、回避行動をとった。
その光が着弾した瞬間、大きな火柱と轟音が上がり、刹那、熱風が巻き起こった。
セシリアを乗せた暁も上空へ退避し、ブルートリトン号の隆志たちは爆発の行方を見守っていた。
やがて爆発の余波が過ぎると、巣の周囲にいたであろう魔鋼虫の黒焦げの残骸が広がり、巣穴周辺は破壊され、大きな口を開けていた。
「どうやらうまくいったようですね」
「そうですね」
「透、準備はいいかい?」
「はい」
◇
魔鋼虫の巣から上がった火柱は、数キロ離れた前線でも見て取れた。
「これが、隆志殿の言っておった作戦開始の合図か」
先ほどピクシーから連絡を受けた前線のオーギュスト騎士団長は、掃討作戦が最終局面に入ったことを悟った。
「全軍に告げよ! 戦線を維持せよ。深追いはするな。魔鋼虫が反転し、巣に戻り出したら追撃し、殲滅する!」
「お師匠様、凄い!」
フェリスは結衣たちと共に戦っていた。
「セシリアさんの魔法って、核兵器みたいだね」
「核兵器?」
リネットが結衣に尋ねた。
「うん、私たちの世界の兵器」
「へぇ、多分この世界であの魔法を使えるのは師匠だけ」
「この世界では攻撃魔法を使う機会は少ないから」
結衣は、この世界が地球とは随分違うのだと感じていた。
「騎士団長からの下知で、戦線を維持し、深追いするな。巣に戻り出したら追撃だって」
「では、もうひと踏ん張りしますか」
「結衣ちゃん、任せた!」
「お姉ちゃん、私たち年上なのだからね」
「だって、結衣ちゃんの方が全然強いじゃない」
「……そうだけど」
「大丈夫です。虫ごときに後れはとりませんので」
「結衣ちゃん、イケメン!」
「…………」
呆れるリネットであった。
真白はというと、美琴からもらったお菓子を食べていた。
三人の会話には、全く興味がないようである。
◇
「セシリアさん、高温にはならないと言っていましたが」
「大丈夫です。普通の人間でも歩けますよ」
「なら取りあえず経路は安心か、ノアちゃんさっきの爆発で巣の内部はどうなっている」
「地上にいた魔鋼虫はいなくなったけど、中の魔鋼虫は減っていないよ」
「そうか、地下の魔鋼虫と遭遇戦になっても認識されないから大丈夫か」
「透、単独行動になるが、幼体で良いので叩いてきてくれるかい」
「うん、じゃあラピスを」
そう言って、背中のラピスを降ろそうとした。
「ラピスも行く」
そう言って、背中から自ら飛び降りたその瞬間、目を覆うような光にラピスが包まれた。
光が収まったその場所には、フェンリルの姿があった。
「ラピス!」
「ラピスちゃん!」
皆が一斉に驚きの声を上げた。
母フェンリルほどではないが、人一人を乗せるには十分な大きさのフェンリルがそこにいた。
「ラピスがトールを乗せていく」
「ラピス……」
最近、眠ることが多くなっていたのは、この変化のための備えだったのであろう。
遠く離れたラピスの母親も、
『その時が来たようですね。護るべき者のために頑張りなさい』
そうして、遠吠えを上げた。
◇
「分かったよ、ラピス。一緒に行こう」
「うん」
「透さん」
「母さん、大丈夫です。ラピスは俺が護りますから。それにフェンリル化したラピスは相当強い」
「分かりました。では一度、巣の前に着陸しますので、あの大穴から突入してください」
「はい」
「では、私は上空から周囲を警戒します。透様、気を付けてください。ラピスちゃん、お願い」そう言ってルカはラピスの背を撫でた。
「うん、トールはラピスが護る」
「私も蒼姫と出ます」
「では、リーファよ。我らも出るとするか」
「はい、暁様」
ブルートリトン号が着陸し、それぞれが行動に移った。
「ラピス、行くよ」
ひらりと透はラピスの背に乗った。
「ラジャ!」
「……」
ラピスも皆の真似をしたかったのだろう。
黒焦げの魔鋼虫を飛び越えて、大きく口を開いた巣穴に突入した。
透はあらかじめ用意していたヘッドライトのスイッチを入れた。
「ラピスは暗闇でも見えるのか?」
「うん、見えるよ」
やがて螺旋状の経路を進むと、ギチギチと顎を鳴らす魔鋼虫の警戒音が聞こえてきた。
ガサガサと移動してきた魔鋼虫の群れに、ラピスの背から飛び降りて前に立った透が、
「飛燕!」
と言って斬撃を放った。
前方の数体が斬られ、後方の数体にも傷を負わせていた。
斬撃を放った刹那、「縮地」で群れの中に入り、次々と魔鋼虫を斬り払っていった。
「トール、強い!」
「ハハ」
最後の一体を斬り伏せると、さらに奥へと進み、目標の幼体の育成室らしき空間を発見した。
入り口の薄膜をくぐると、前回の巣穴とは比べられないほどの数の幼体が蠢いていた。
透は腰を低く構え、呼吸を整えた。
「飛燕!」
今までにない巨大な斬撃を放った。
居並ぶ幼体は悲鳴を上げながら、数十体が絶命した。
「ラピス、終わったよ。戻ろう」
その時、巣穴の地下深くから、もだえ叫ぶような女王と思われる鳴き声が響いてきた。
その叫びを聞いた魔鋼虫達は一瞬動きを止め、巣に戻り始めた。
役目を果たして巣から出てきた透とラピスは船体に戻り、ブルートリトン号が浮上した。
「お帰り、透、ラピスちゃん。うまくいったようだね」
「お帰りなさい、透さん、ラピスちゃん」
「お兄ちゃん、ラピス、お帰り!」
それぞれがねぎらいの言葉を掛けていると、ラピスが突然光り出した。
透は嫌な予感がしていた。
美琴が、
「あらあら、ラピスちゃん。また裸ん坊じゃないの」
「あなたたちは見てはいけません」
デジャブであった。
その後、ラピスはバスタオルにくるまれていた。
透におんぶされた状態で。
◇
女王の叫びを聞きつけ、魔鋼虫の群れは一斉に反転し、巣を目指した。
「追撃!」
示し合わせたとおり、全部隊の追撃が始まった。
「おう、やったようじゃの。白、行くぞ! 蹂躙の時間じゃ!」
「じいさんに負けるなよ!」
「「おおー!」」
先頭は白に乗る宗玄。
白の悪魔のような装備に蹴散らされ、宗玄の斬撃の餌食になる魔鋼虫たち。
上空からも明日華やリーファが矢を放ち、ルカに乗った透も参戦してきた。
帰巣本能だけで移動する魔鋼虫を狩るのは、造作もないことであった。
残った魔力でマジックキャンセラーを放ち、そこへ騎獣や弓で攻撃を加える。
みるみるうちに、その数を減らしていった。
大型の魔鋼虫には、透や宗玄、ガルド、ライガ、明日華、リーファが当たっていた。
やがて、動いている魔鋼虫の最後の一匹が動きを止めた。
地上では各所で大歓声が上がった。
「「やったーー!」」
「「勝った、勝ったぞ!」」
泣き出す者もいた。
ブルートリトン号も巣の前に今一度着陸し、騎士団長を招き入れ、最後の戦いについて話し合った。
「では、突入部隊は透を先頭に、ガルドさん、ライガさん、明日華、リーファさん、結衣と真白、父さん。卵を焼き払ってもらうためにフェリスちゃんとリネットちゃん、そして殲滅を確認するためにノアちゃんにも行ってもらうよ。結衣と真白はノアちゃんの護衛だよ」
「オーギュストさんは連合軍をまとめてください。あとはこのメンバーで《トーラス》掃討作戦を終わらせます」
◇
その時、ピクシーネットワークを通してモモに、西方都市連合軍から連絡が入っていた。
『我らは、これより遭遇戦に入る』
最も恐れていた展開を迎えていた。




