第二十二話 開戦
日の出とともに、全軍が動き出した。
魔鋼虫も散発的に飛行型がアストレア連合軍の上空に飛来していた。飛行型は外殻が比較的柔らかいので、先日合流したエルフ軍の弓で次々と落とされていった。
やがてブルートリトン号が飛び立ち、《トーラス》目がけて速度を上げて進んでいった。
「美琴さん、もう少し高度を上げてこのまま進んでください」
「分かりました」
「合図をしたら。船首を引き上げ、僕が石柱落下レバーを引いて《トーラス》にぶつけます。一発勝負ですが昨晩パルムちゃんにしっかり教わっておきましたから、大丈夫でしょう。こちらへ来てから眼鏡もいらなくなりましたし、頭も以前より冴えてきた気がしますので」
「隆志さんなら、やれます」
「お父さん、頑張って」
「ああ、ノアちゃんお父さん頑張るからね」
そんな微笑ましい親子の会話を美琴は黙って聞いていた。船体が尖塔に近づいたその時、
「美琴さん今です。ノアちゃんお父さんにつかまって」
「うん」
美琴が操縦桿を引き上げ、船首が急激に持ち上がった。
次の瞬間、隆志がレバーを引き石柱が投下され、吸い込まれるように尖塔の中央に激突した。ドガガーン!尖塔の上部が崩れ、巣から出てきた魔鋼虫の群れが下敷きになった。
高度を保ち水平飛行に移った船内では、思わず隆志がノアを抱き上げていた。
「やりましたね」
「ああ、美琴さんのおかげだよ」
抱き上げられたノアが、
「お父さんもお母さんも凄い」
「ノアが応援してくれたおかげだ」
◇
「父さん達がうまくやってくれた。蒼姫、暁さんお願いします」
この時のために、蒼姫と暁は法力を溜め込んでいた。この世界の魔素も法力に似た性質を持っており、限界まで溜め込むことが出来た。
「では、蒼姫いくぞ」
「はい、始祖様」
ゴゴオーーー、
勢いよく火炎が放たれ先頭を進んできた群れを焼き払った。
背に乗っていた、リーファも火炎法術のすさまじさにたじろいでいた。
「これほどまでとは⋯⋯⋯⋯」
やがて、ブルートリトン号が引き返してきて、アワアワの散布が始まった。
魔鋼虫の大群の先頭の大部分は焼き払われ、アワアワの散布によって数を減らしていたが大型の個体やまだ大群と呼べるだけの魔鋼虫は健在だった。
◇
その朝、輜重隊の後方から、大きな荷を積んだ二匹の駄獣が現れた。
先頭の駄獣に乗った男が声をかけた。
「神代宗玄さんはおられますか?」
「神代宗玄?」
「ええ」
「あの白い三本角の魔獣に乗った御仁か?」
「そうです、そうです。お届け物があって、急いで運んできました」
「先頭の部隊におられるはずだから、訪ねていくと良い」
輜重隊の隊長に教えられ、男たちは宗玄のもとへ向かった。
「宗玄さーん!」
「ん? おお、鍛冶屋の」
「防具屋のジムですよ。持ってきましたよ、例の」
「おお、そうか。間に合ったか」
「では、そこに下ろしてくれ。後はわしがやる」
「お手伝いします。私たちの代わりに戦ってくださるのですから、これくらいさせてくださいな」
「うむ、あい分かった。頼んだぞ」
「はい!」
「おじいちゃん、これ何?」
「これはな、白の突撃用武装じゃ」
「ふぅーん」
「今、取り付けてみせるから、見ておれ」
宗玄とジム、配送を手伝った店員の三人で、白に装備を取り付けていった。
脇でその様子を眺めていたガルドとライガが、思わず声を上げた。
「じいさん、そりゃあなんだ。凶悪すぎるだろう」
「そうかのう?」
「いやいや、誰も近づけないぜ!」
さすがにライガも驚きを隠せなかった。
「おじいちゃん、最高だね!」
結衣と真白は親指を立てて喜んでいた。
周りがドン引きしているなか、
「この家族はぜってぇーおかしいだろ!」
ガルドの声が響き渡った。
◇
やがて、地上部隊の先頭を進んでいた白に乗る結衣たちは、ブルートリトン号が尖塔を破壊したのを見た。同時に蒼姫、暁の火炎法術も放たれていた。
「お父さん達やったね」
「おお。一撃じゃ」
「蒼姫ねえと暁さんの法術も凄い!」
「さすがじゃ」
「真白も負けてられぬのじゃ」
「それでは散布が終わったら行くぞ、真白も結界を張る用意をしておけよ」
「分かったのじゃ」
火炎法術による範囲攻撃が終わり、アワアワの散布が終了し、いよいよ正面からアストレア連合軍が突撃を開始した。
◇
「全軍、突撃!」
騎士団長オーギュストの下知が飛んだ!
「「「ウォオオ――――――ッ!」」」
一斉に突撃が開始された。
まず、アワアワと火炎攻撃で弱っている魔鋼虫を殲滅するため、機動力の高い騎獣部隊が突撃した。
ガルド、ライガ、そして白も真っ先に飛び出していった。
透たちも上空を警戒しながら、攻撃に参加していた。
透は「飛燕」、明日華は蒼天の弓、リーファも風の精霊術で強化された矢を放ち、地上の魔鋼虫を攻撃していた。
真っ先に飛び出した白は、両前足の前面に魔鋼製の棘を取り付けていた。
その棘に触れた魔鋼虫は、体液をまき散らしながら絶命していった。
なお、前足だけでなく、後ろ足のかかとにも魔鋼製の棘が取り付けてあった。
ガルドたちが驚嘆するのも無理はない、凶悪な装備であった。
「おじいちゃん、凄い凄い!」
「じぃじ、すごいのじゃ!」
「そうじゃろ、そうじゃろ」
結衣たちは大喜び。宗玄もご満悦であった。
周りがドン引きしていることには、まったく気づかない神代家であった。
◇
「じいさんたちに負けてられんぞ!」
いよいよ戦場は乱戦の様相を呈してきていた。
いくら倒しても、ひるむことなく前進してくる魔鋼虫。
「そろそろ第二弾の準備だ。魔法士隊、前へ! 騎獣隊、魔道具の用意!」
「騎士団、魔法士隊の前まで下がれ!」
セシリア率いる魔法士隊の一団が騎士団の後方から、前面の魔鋼虫に向けてマジックキャンセラーの魔法を放った。
この日のために対魔鋼虫用の訓練を重ねてきた魔法士たちは、フェリス、リネット姉妹の号令とともに、前線へ魔法を放ち続けた。
魔法によって外殻の強度が下がった魔鋼虫目がけて、エルフの矢が一斉に降り注いだ。
騎獣隊もマジックキャンセラーと同様の効果を発揮する魔道具を用いて連携し、ヒットアンドアウェイを繰り返していった。
上空で警戒していた透が、大型の魔鋼虫を見つけた。
「ルカ、あれを叩くぞ!」
「はい!」
ルカは透の指示どおり、一体の大型魔鋼虫に向かっていった。
接近し、切断線を視認した透が、ルカの背から魔鋼虫目がけて飛び降りた。
「天地両断!」
透が着地した刹那、魔鋼虫の巨体が斜めにずれ落ちた。
「おう、やるようになったのう」
宗玄は透の技の冴えを、笑顔で讃えていた。
「どれ、飛燕!」
宗玄が天羽々斬影打ちを一閃すると、十体程の魔鋼虫が絶命した。
「すげぇ。透さんといい、このじいさんといい、化け物だな」
「けど、近くにいりゃ安全とは言えねぇんだよな。あの魔獣の魔核に魔鋼虫が寄ってくるし、あの魔獣には危なくて近づけねぇし」
◇
数の暴力というものは、一人の英雄の力だけではどうにもならない。
そもそも、魔鋼虫には恐怖という感情が存在しない。
浮き足立つこともなければ、魔核を持つ人間を餌として見ている以上、引き返すなどという選択肢もない。
それも、目の前には大量の餌。初めて目にするほどの大量の餌なのだ。
「だいぶ怪我人が増えてきましたね」
「はい、セリナ様」
「まだまだ怪我人が増えるでしょうから、頑張っていきましょう。隆志さんから教わったトリアージを守るように。私のところには最優先の方を運んでください」
「フェアリー隊の皆さんも、協力をお願いしますね」
「「はい!」」
後方の救護隊に運ばれる怪我人が増え、治癒士たちも対応に追われていた。
◇
「パパさん、上から見てどうかって」
「モモちゃん、オーギュストさん?」
「うん」
「優勢だと伝えて」
「分かった!」
「上空の隆志殿から、戦況はこちらが優勢だと連絡が入った。このまま押し切るぞ! 全軍に伝えよ!」
騎士団長オーギュストが、全軍に知らせるよう合図の旗を掲げた。
「おい、優勢だってよ!」
「よし、いけるか!」
知らせを受けた者たちは皆奮い立ち、連合軍の勢いが増した。
◇
「ノアちゃん、どう?」
巣に近づいたブルートリトン号の船内では、ノアの索敵によって魔鋼虫の巣を調べていた。
「お父さん、だいぶ数が減ってるよ」
「そうか」
「でも、大きいのが巣を守っている」
「守護獣か。その奥は?」
「また小さいのがたくさん。でも、その下は見えない」
「そうなのか。幼体か卵を叩けば、女王が反応して群れが必ず巣へ戻るはず。ここは方針を変更して、セシリアさんの殲滅魔法で焼き払って、透に巣に入ってもらうか⋯⋯」
「美琴さん、透を探してください」
「はい。透さんは多分、あそこです」
透がルカから降りて魔鋼虫をなぎ払っていたため、群れの中に空間ができていたのだ。
ルカも上空からブレスショットで援護していた。
ブルートリトン号が近づいてきたのを見て、透はルカに合図を送り、その背に乗って操縦席の窓へと近づいた。
「これからセシリアさんに魔法で巣の周辺の魔鋼虫を焼き払って貰う。その後、巣に入って幼体か卵を叩いてくれ。明日華やリーファさんも呼んで、援護してもらってくれ。そうすれば、外に出ている魔鋼虫が帰巣行動に入り戦いを優位に運べるはずなんだ。」
隆志は操縦席の窓を開け、大声で叫んだ。
「分かりました。その前に一体、指令獣がいるようなので、じいちゃんたちとそいつを叩きます」
「分かった。済んだら、明日華たちを連れてこちらへ来てくれ」
「はい。ルカ、あれを叩くぞ。じいちゃんたちも向かっている」
「はい、透!」
初めてルカが透を呼び捨てにした。
共に戦っているうちに、気持ちが高ぶってきていたのだ。
ルカの体がうっすらと青銀色に光っていた。
◇
「おじいちゃん、あのでかいのが指令獣だよ。多分」
「そうか。奴がここいらの群れの親玉なんだな。よし、白よ。あそこへ行け!」
「おじいちゃん、さすがにあれとやり合うのは無理だから、あたしは真白と一緒にみんなと戦うよ」
「そうか、気を付けるんじゃぞ。すぐ片付けて戻ってくるからの」
「うん、おじいちゃんも」
「ブモォー!」
白が指令獣と思しき大型の魔鋼虫に突進していった。
ガルドとライガも反応したが、目の前の群れへの対応を優先し、白の姿を見送った。
「頼むぜ、宗玄さん!」
連合軍の戦士たちは各所でマジックキャンセラーや魔導爆裂砲、魔鋼虫をひっくり返す装置などを用いて戦っていた。
◇
「姉さん、危ない!」
魔鋼虫の一体がフェリスに迫っていた。
ちょうどそこへ、白から降りて真白と共に転戦していた結衣が駆けつけ、双剣で魔鋼虫の頭を斬り払った。
「結衣ちゃん!」
「フェリスさん!」
「ありがとう、助かりました」
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「結衣ちゃん、お姉ちゃんを助けてくれてありがとう」
「いえいえ、力になれて良かったです」
「結衣ちゃん、一緒に戦ってもらえる?」
「はい、一緒に戦いましょう!」
「真白、簡易結界をフェリスさんたちにも!」
「分かったのじゃ!」
「「真白ちゃん、ありがとう!」」
結衣が前衛、リネットが攻撃魔法、フェリスがマジックキャンセラーとバフ、真白が結界と治癒法術を担当する即席のパーティーができあがった。
◇
指令獣の周りには、護るかのように数体の大型個体が待機していた。
さすがに白では危険だと感じ取った宗玄は、ひらりと白の背から飛び降り、大型個体と対峙した。
そこへ、ルカに乗った透がやってきた。
「おお、透か。あれをやれるか?」
「大丈夫だと思います」
透は指令獣と思しき個体を睨んだ。
その首筋に一本の線が浮かび上がった。
「斬れます」
「そうか、では任せる」
そう言って宗玄は、大型個体の一体に斬り込んでいった。
その脇を一本の矢が通り過ぎた。
矢は見事に命中し、硬い外殻を貫いていた。
「助太刀します、お爺さま!」
「明日華か。相変わらずその弓の威力は凄いのう。どれ!」
そう言って宗玄は魔鋼虫に斬りつけ、頭部を切断して絶命させた。
神代家の人間は魔鋼虫に近づくまで反応されないため、優位に戦うことができる。
宗玄は味気ないなどとごちていたが⋯⋯。
蒼天の弓と天羽々斬影打ちによって、指令獣を護っていた大型個体は次々と倒されていった。
透は確実に一刀で倒せる機会をうかがっていた。
ルカもブレスショットで牽制していた。
「ルカ!」
さっとルカが反応し、透の前にその肢体をさらした。
透はその背を足場に飛び上がり、指令獣の切断線に沿って刃を通した。
そして、指令獣の首が落ちた。
周囲の群れは混乱をきたし、連合軍の戦況はさらに好転した。
「じいちゃん、俺は巣に入って幼体を叩いてくるよ。おそらく、外に出ている群れが一斉に巣へ戻り出すだろうって、父さんが」
「うむ、分かった。透よ、行ってこい!」
「はい! ルカ、ブルートリトン号へ向かってくれ。明日華も暁さんたちと一緒に来てくれ!」
《トーラス》掃討戦は、最終局面を迎えようとしていた。




