第二十話 出陣ブルートリトン号
いよいよブルートリトン号の出撃の時が来た。
王城の中庭には、国王夫妻をはじめ、城内にいるすべての人々が集まっていた。
「隆志殿。どうか無事にこの地へ戻られますように。また、作戦の指揮もよろしくお願いいたします。皆さんもくれぐれも怪我のないよう、皆で祈っております」
「ありがとうございます。必ず魔鋼虫を殲滅し、全員でこの地に戻ってまいります。では、行ってきます!」
「「「おおーーーっ!」」」
ブルートリトン号が発進すると、しばらくの間、人々の激励の声が響き渡っていた。
◇
「ノーノーさん、前から伺いたかったことがあるのですが。この世界の歴史についてです」
「そうじゃのう。この国の建国は約九百年前と聞いておる」
「ハイエルフの古老たちから聞いたとおり、パンゲア共和国連邦の首都が襲われ、散り散りになって海を渡ってたどり着いた者、また陸伝いにたどり着いた者たちが起こした国じゃ。初代はセリナ・アストレアという女性だったそうじゃ。彼女は生涯、結婚することなく過ごしたという」
「王国とは言っておるが、この国は世襲制ではない。その時々に、国民によって選ばれるのじゃ」
「では、選挙があるということですか?」
「選挙とは、国民が皆で選ぶということか?」
「はい」
「いや、国王は神託によって選ばれるのじゃよ」
「神託ですか?」
「不思議に思うか。しかし、今までその結果によって国が揺らいだことは一度もないのじゃ」
「そうなのですね。では、この世界のそれ以前の歴史というものは、わからないのですか?」
「古い歴史か。先ほども申したとおり、我々の先祖は魔鋼虫から命からがら逃げてきた者たちの集まりじゃ。この地にたどり着いてからも、生きることに懸命で、そうしたことまで考える余裕がなかったのじゃよ」
「そうですか。ところで、ノーノーさんはアストレアでもあまり見かけない種族の方だと思うのですが」
「わしはアストレアの南の山奥の出身なのじゃよ。金猿族といって、そう多くはない種族でな。わしも亜人種なのじゃが、亜人種はどうやら子供が生まれにくいようで、なかなか数が増えんのじゃよ」
「わしは早くに里を出て、こちらで学者になるために学んでおったところを、王宮に召し抱えられたのじゃ」
「今もお里は健在なのですか?」
「うむ。皆、無事なようじゃのう」
「ご家族は?」
「息子夫婦と孫が二人ほどおるかの」
「そうだったんですね。里へ帰らなくてよかったんですか?」
「はは、息子夫婦はしっかりしておるから」
「しかし、不思議なことじゃ。九百年ぶりに魔鋼虫が現れ、それと同じくして隆志殿たちがこの世界にやってきた。何かの縁を感じずにはいられぬのじゃよ」
「透君も、セリナ様が祈っている時に神託の間へ突然現れたということじゃし。神の差配としか思えぬな」
「そうですね。透がいきなり家から消えた時は、本当に驚きました。今や我々家族全員がこちらに来ているのですから、不思議な話だとは思います」
「隆志さん、もうそろそろ合流地点に到着します」
「わかった。ノーノー殿、またいろいろご教授ください」
「うむ。わしもそちらの世界の話を聞きたいからの。その時はよろしく頼むぞ」
「わかりました」
やがて、ブルートリトン号は予定していた合流地点に着陸した。
◇
野営地の外れに着陸したブルートリトン号を一目見ようと、大勢の者たちが物見遊山に訪れていた。
ハッチが開き、神代家の面々が姿を現すと、オーギュスト騎士団長や地上部隊に加わっていたガルドとライガ、そして救護隊のセリナが出迎えた。
そこへ、ひときわ目立つ白に乗った宗玄がやってきた。
「白ー! じぃじー!」
すかさず真白が走っていった。
「真白、早っ!」
「おじいちゃん!」
「おお、真白、結衣!」
「あたしと真白は、おじいちゃんと一緒に戦うから!」
「そうか、楽しみじゃ」
透とリーファは、セリナがいるであろう救護隊のテントへ向かった。
「セリナ」
「リーファさん! 透さん!」
セリナはさっと二人に駆け寄った。
「どうしたのですか?」
「昨日、買い出しに行ったついでに、セリナさんに差し入れを買ってきたんですよ。それなりの量はあると思うので、皆で食べてください」
「ありがとうございます。皆も喜びますよ」
セリナは控えていた侍女に差し入れを手渡し、皆に配るようお願いした。
「私は少しフェアリーの方たちとお話をしてきますので、席を外しますね」
リーファはセリナを思い、気を利かせてその場を離れた。
「透様⋯⋯」
セリナは透が訪ねてきてくれた嬉しさで胸がいっぱいになり、言葉に詰まってしまった。
「透でいいですよ」
「では、私もセリナと呼んでください」
「⋯⋯わかりました。セリナ」
「はい、透様!」
「あれ?」
「私は透様の方が呼びやすいので」
「⋯⋯」
透はあえて何も言わなかった。
リーファはフェアリーの集落の長と話をした後、頃合いを見て透たちの元へ戻ってきた。
「リーファさん、ありがとうございます」
「うん、よかったね」
「はい!」
二人は笑顔で言葉を交わしていた。
一人、透だけは何のことかわからなかった。
朴念仁め。
「透様、これを」
セリナはポシェットから小さな組紐を差し出した。
「これは?」
「これはアストレアのお守りです。透様は誰よりも危険なところで戦わなければなりません。美琴様の護符があったとしても、危険なことに変わりはありません。どうか無事に戻ってこられますようにと願いを込めて、私が編みました」
「ありがとう。ぜひ、つけさせてもらうよ」
そう言って、透は組紐を受け取り、手首に通した。
「セリナさんも、救護隊とはいえ危険なことに変わりはないのだから、気をつけてくださいね」
「はい。ありがとうございます」
「透、私も里に伝わるお守りを持ってきたから、つけてほしい」
そう言って、リーファは小さな木彫りの人形を差し出した。
「ありがとう、リーファ」
透はおくびにも出さないが、周囲の人々は、透が誰よりも危険な戦場に立つことを知っていた。
特に、ルカと違って透の側にいられない二人にとって、それは大切な透に何かしてあげたいという思いの表れだった。
その後もたわいない雑談を交わし、二人はセリナの元を離れてブルートリトン号へ戻っていった。
ラピスは透の背中に張り付いて眠っていたが、ラピスを知っている者たちは、もう誰もその姿を気にしなくなっていた。
◇
「オーギュスト騎士団長、順調ですか?」
「隆志殿、移動に少々手こずっていたが、何とか予定どおり進めそうだ」
「それはよかった。夜間はうちのノアちゃんに、索敵をかけてもらいます。西方では夜間に襲われた集落があったそうですから」
「それは助かります。小さな子供にお願いするのは申し訳ないが⋯⋯」
「いえ、もうノアちゃんはうちの娘ですので、全力で守りますから、頑張ってもらいます」
「そうですか。うちの娘ですか⋯⋯。北の廃墟から保護されてきたときは、不憫な娘御と心配しておりましたが、よかった、よかった」
「はい。今では家族ともすっかり打ち解けていますよ」
「では、私は船へ戻ります。魔鋼虫に動きがあれば連絡します」
「よろしくお願いします」
そう言って、野営地のテントを訪れていた隆志は、ブルートリトン号へ戻っていった。
◇
野営地に向かっていた神代家の面々が、ブルートリトン号へ戻ってきていた。
「さて、夕食の支度をしますかね。透さん、手伝ってくれますか?」
「はい、任せてください」
「でも、水仕事はしない方がいいようですね。食材の準備だけお願いします」
透の右手首に、先ほどセリナからもらった組紐がつけられているのを見て、美琴は事情を察して指示を変えた。
「私がお手伝いします」
「リーファさん」
「いつもご馳走になってばかりでは申し訳ありませんから。それに、美琴様がお料理をしている姿もだいぶ見させていただきましたので、私にもお手伝いできると思います」
「あらあら、それは助かりますね。いい奥さんになれますよ。ね、透さん?」
「えっ、俺ですか?」
リーファは黙ってしまった。
しかし、右手で拳を握り、「よし!」と小さな声を上げたのを、明日華だけは見逃さ
なかった。
◇
皆で和気藹々と食事を済ませ、それぞれがくつろいでいた。
「パルムちゃん、少しいいかい?」
「パパさん、いいですよ。何でしょうか?」
「うん、一発勝負になるけど、船底に取り付けた石柱はうまく落とせそうかな?」
「それなら、この間里へ戻ったとき、おじいちゃんに相談して、標的に照準を合わせられるように落下用のレバーと照準器を連動させてもらったよ。的を指示してくれれば、僕がレバーを引くから」
「よかった。それなら安心だ。大したもんだ、パルムちゃんは」
「えへへ」
◇
皆が寝静まる頃、隆志と美琴、透とノアの四人、そして暁が操縦室に集まっていた。
「ノアちゃんには、ここから北へ向かって索敵をかけてもらうよ」
「少しの間大変だけど、頑張ってほしい」
「うん、ノアもお父さんたちの役に立ちたい」
「お父さん⋯⋯⋯⋯」
隆志は思わず目頭を押さえ、後ろを向いてしまった。
「あらあら、隆志さんもお義父さんと血筋は争えませんね」
この夜、二度ほど索敵を行ったが、何事もなく朝を迎えた。




