第十九話 戦いを控えて
「透さん、おはようございます」
「透でいいですよ。リーファさん、おはようございます」
「でも、透さんの方が一つ年上でしょ」
「えっ、リーファさんの方がだいぶ⋯⋯」
「透は意地悪ですね」
「はは、ごめんなさい」
「いつもこんなに早いんですか?」
「そうですね。もうずっとこういう生活をしてきていますからね。ただ、最近は剣を振る稽古ができなくなっているんですよ」
「どうしてですか?」
「うん、いいか。ここなら大丈夫か? 少し離れていてくださいね」
抜刀。
一閃。
納刀。
チン。
残心。
瞬間、風が巻き起こり、リーファには何が起こったのか分からなかった。
ただ、透が刀を振ったあとには、数十メートルにわたって大地に深い溝が刻まれていた。
「凄い!」
「俺たちは地球から来たときに、魔素の洗礼を受けました。そのせいで俺も数日間寝込んでいました。そして目覚めると、明らかに肉体の変化を感じたんです。以前よりはるかに肉体が強化されていて、その結果がこれです」
「そうだったんですか。一つ伺ってもいいですか?」
「何でしょう?」
「神代家の方々は、結衣ちゃんをはじめ、皆さん戦うことに迷いがないですよね。結衣ちゃんと明日華ちゃんはまだ14歳でしょ」
「おかしいですよね。うちは向こうの世界でも特殊……でいいのかな。普通の家庭とは違うんですよ。えーっと、この世界には精霊や妖精が存在しますよね」
「はい。エルフ族は特に精霊と関わりがあります」
「でも、こちらには人に仇なす精霊や妖精はいないでしょ。俺たちの世界だけなのか分かりませんが『異界』というものがあって、そこから人に害をなす妖シや悪霊と呼んでいるモノが出てくることがあるんです。それを滅するために存在する一族なんです。武の神代家が父の家系、護りの橘樹御門家が母の家系です」
「父さんが神代家、じいちゃんの息子ですね。母さんが橘樹御門家の次期宗主と言われるほどの法術使いです」
「それで、あれほどの護符を。護符でいいのですか?」
「はい。他にも様々な符があります」
「機会があったら聞いてみるといいですよ。喜んで話してくれますよ」
「はい」
「おにぃ、リーファさん!」
「どうした、結衣?」
「うん、体がなまってるから少し鍛えようと思って。おにぃ、少し稽古に付き合ってよ」
「いいぞ」
「向こうで明日華も蒼姫と一緒に稽古していたぞ」
「じゃあ、あたしはここでいいや」
「おにぃ、《縮地》教えてよ」
「教えるって、簡単に言うけど、あれは秘伝だぞ」
「でもさ、できる気がするんだよね」
「分かった。一度見せるから、よく見とけよ」
《縮地》。
一瞬、透の姿が消えた。
数十メートル先の木の前に立ったかと思ったら、次の瞬間には目の前に戻ってきていた。
「えっ?」
リーファはそれしか言葉が出なかった。
「できそうな気がするんだけどな。うむむ⋯⋯」
《縮地》!
結衣がかき消えたと思った瞬間、先ほど透が到達した木の前に⋯⋯。
そのまま結衣は木に激突し、へし折って、さらに向こうへ転がっていった。
リーファの目が点になっていた。
「いたたたた。うまくいかないや」
「結衣にはまだ無理だ。大怪我したり、させたりするから禁止だぞ」
「えーーー!」
「あれが魔鋼虫だったらどうするんだ。潰れるぞ。軽いんだから」
「そうですよ。あれだけの速さがあれば十分ですよ」
「そうかなぁ。えへへ」
現金な結衣であった。
「何事ですか?」
「明日華! おにぃの秘伝をまねたら飛んでった」
「朝早くに近所迷惑ですよ」
「近所迷惑って⋯⋯」
キッと明日華に睨まれ、そっぽを向く透であった。
兄は妹に弱かった。
賑やかな朝であったが、皆で食事をいただいていた。
「ルカはエリーゼさんに会わなくていいのか?」
「うん、おばあしゃまからは戦場で会おうって言われているから。皆を鍛えるって言ってたし」
「ご両親は?」
「大丈夫、旦那様と一緒だから」
「よく分からん⋯⋯」
「隆志さん、もう用事はいいのですか?」
「うん、一応用事は済んだかな。昨日の晩、疑似魔核を一つ渡して説明もしておいたから大丈夫だろう。工房の人たちもやる気を出していたし」
「では、出発しますか?」
「そうしよう」
こうして西方都市への再訪を済ませた神代家一行は、アストレアへの帰路についた。
◇
アストレアを出発した部隊は、大地溝帯を目指して歩を進めていた。
「あれか。本当にサンダーギアスじゃねえか」
「ああ、大丈夫なのか?」
「前回も、唯一の重傷者があれに近づいて蹴飛ばされたって話じゃねえか」
「味方なら安心だけど、近づかんようにしておこう」
「じいさん、ご機嫌だな」
「おお、ガルドか。そりゃあな、虫退治じゃぞ。いくら斬っても怒られんからのう」
「本当にこのじいさんは。透のじいさんとは思えん⋯⋯」
「えっ、透のじいさんって、グランドワイズの英雄のか?」
「そうだぜ。凶暴さじゃ、じいさんに軍配が上がるな」
「ほほ、褒め言葉じゃな」
「褒めてはいないんだけどな」
「お前ら、いいか。このじいさんは、魔鋼虫が寄ってくるのが楽しみなじいさんだ。近くにいたら巻き込まれるぞ。このサンダーギアスのでっけえ魔核を餌にしてるんだからな」
「へぇ、そんなことってありなのか?」
「ガルドよ、よく分かったのう。白の魔核は魔鋼虫ホイホイで、いくらでも寄ってくる。こちらが動かずとも楽でいいわ」
「「⋯⋯⋯⋯」」
◇
アストレアへ帰還する途中、西方都市の部隊の上空を通り過ぎた。
やがて、アストレアの地上部隊の上空にさしかかった。
進軍が多少遅れており、工作部隊は野営の準備を始めたようだった。明後日には合流する予定であった。
「あ、白がいる!」
「あ、本当じゃ!」
「白ー! じぃじー!」
「聞こえないって」
「白とじぃじは分かるのじゃ」
真白が呼びかけたあと、宗玄はブルートリトン号を見上げて手を振った。
白も首を振って叫んでいるようだった。
「なのじゃ!」
誇らしげな真白であった。
「隆志さん、何か?」
「うん、今回の作戦、地上部隊は西方都市連合の方が充実していると思うんだけど、飛行型に対抗する手立てが限られている。
うちは蒼姫ちゃん、暁さん、ルカちゃん、そして透、明日華、リーファちゃんがいる。
引きつけて何とか防ぐとは言っていたけど、魔鋼虫は巣や個体群によって形態が違うんだよね。
《バラン》の飛行型が大型だったり、数が多かったりしたら、苦戦は免れない。
早くこちらを終わらせて、援護に向かわないと」
「そうですね。なら、気合いを入れるしかありませんね。武の神代家、護りの橘樹御門家の総力戦です。
皆も聞いていましたね。早くこちらの駆除を終わらせて、応援に行きますよ」
「「おうー!」」
『母さんたちは、魔鋼虫をすっかり虫扱いしてる。あれって虫でいいのかな⋯⋯』
透の疑問はもっともであった。
◇
アストレア王城の中庭に無事帰還した。
神代家一行を、王国の重鎮たちが出迎えた。
「隆志殿、ご苦労様でした」
宰相グランツが声をかけた。
「作戦の司令官としての役目を果たしただけですから」
「どうでしたか?」
「ええ、順調に準備は進んでいましたよ。アワアワも無事に届けられましたし、疑似魔核もドワーフの工房の皆さんにお渡ししてきました。それと、ヤシ油も十分にいただいてきましたから」
「うむ。こちらも量産体制は整ったから、早速、ヤシ油を工房へ運ぶとしよう」
「誰か、人を手配せよ。ヤシ油を工房へ運ぶのだ」
「お疲れのところ申し訳ないが、作戦全体の見通しについて意見をお聞きしたい。円卓の間へご足労願えまいか?」
「ええ、私も気になったことがありますので、お伺いします」
隆志は王城へ、透たちは屋敷へと戻った。
◇
「はあぁ。やっと我が家へ帰ってきた」
ソファーへ寝転がる結衣であった。
「結衣ちゃん、お行儀が悪いですよ」
「はあい」
「でも、確かに少し忙しないですね。早く虫の駆除を終わらせないと」
『母さん、また言ってる⋯⋯』
「セリナさんは、もう出発しているんですよね?」
「はい。セリナさんが救護部隊を率いていますから。神殿の巫女や治癒魔法に長けた方たちと共に、出発したはずです」
リーファが答えた。
「私たちも明後日には合流しますので、明日は十日分ほどの食料の調達に出かけます。今日は簡単な食事で済ませましょう。ルカさんは多めにしますからね」
「お義母様!」
感激し、安心したルカであった。
「どっちやねん!」
◇
翌日、隆志を残して、神代家総出で買い出しに出ていた。
「おや、神代家の皆さん。出陣したと聞いたけど、どうしたんだい?」
「私たちは後からあの魔導飛行船に乗って合流しますので。かなり長旅になりそうなので、その買い出しです」
「話は区長たちからも聞いてるよ。大変な戦いになるって。いつもみんなが防いでくれているから、あたしたちには分からないけど、無事に戻ってきておくれよ」
「はい。ありがとうございます」
「おい、英雄様一行じゃないか!」
「おお!」
たくさんの人が集まってきて、人だかりができていた。
「買い出しだって」
「何が必要なんだい? タダでいいから、好きなだけ持っていっておくれよ」
「そういうわけには⋯⋯」
「俺たちだって力はないけど、役に立ちたいんだ!」
「「そうだ、そうだ!」」
「分かりました。では、これから必要な物のメモをお渡ししますので、よろしくお願いします。ありがとうございます」
「「ありがとうございます!」」
「いいってば。その代わり、帰ってきたらまたたくさん買ってくれよ!」
「「はい!」」
皆の笑い声と共に、買い物は進んでいった。
「かか様、何日分なのじゃ?」
「そうですね。とりあえずは十日分くらいでしょうかね」
「十日分の甘み⋯⋯」
「真白は、また甘みのことばかり」
「結衣ねえはいらんのか?」
「いるに決まってるでしょ」
「では、あなたたちは別行動で必要な物を買ってきなさい」
「「はーい!」」
「なのじゃ!」
「ノアちゃんも行くよ」
「うん」
「では、ルカさん、リーファさん、透さん、行きますよ。いただいた食料を、入れられるだけマジックポーチに入れて、残りは抱えていきましょう」
「「はい!」」
「あなた、真白ちゃんでしょ?」
「そうなのじゃ」
「真白ちゃん、本当に可愛い。そっちの女の子も可愛いね」
「ノアなのじゃ」
「ノアちゃんって言うんだ」
「うん」
「あなたたちも戦うの?」
「そうなのじゃ。真白がいないと困るのじゃ」
「へえー。それで今日はみんなとお買い物?」
「甘みが十日分欲しいのだ」
「ずいぶんね。いいわ、うちのお菓子、持っていっていいわよ。こんな子たちが戦うんだもの、おばさんも応援するわ」
「やった!」
「やったじゃないでしょ、真白ったら」
「いいんだよ。お嬢ちゃんも持っていきな」
「すみません」
「ほら、行くよ」
「ありがとうなのじゃ」
「ありがとう」
「あれ、明日華は?」
「あそこに蒼姫さんがいるよ」
ノアが指さした方には、八咫烏の蒼姫が店の庇に留まっていた。
《雑貨屋》
「明日華ったら、買い物はいいの?」
「はい。こちらから私を呼ぶ声が聞こえたので」
「そんな、あるわけないじゃん」
「いや、真白もよく聞こえるのだ」
「あんたたちは⋯⋯」
ノアは何のことか分からず、キョトンとしていた。




