第十五話 明日に向かって
「お早うございます、オーギュスト様。これほど大きな舞台を用意していただき、心からお礼を申し上げます」
「いえいえ、かしこまらないでください。戦いに赴く者達の士気を鼓舞していただけるのですから、本来ならこちらからお願いせねばならない事ですから」
「はい、皆様の安全を願って舞わせていただきたいと思います」
「宜しくお願いします」
この日、騎士団の訓練に使われている演習場に、奉納の舞のための舞台が用意されていた。
「では、皆さん打ち合わせ通りにお願いします」
「「はい」」
巫女装束を纏った結衣、明日華、真白、セリナ、リーファ、ノア、ルカが、それぞれの配置についた。
舞は美琴が担当し、奏楽は結衣が笙、明日華が龍笛、隆志が篳篥、宗玄がパンゲアの小太鼓を担当することになった。
真白が先頭で鈴を鳴らしながら入場した。
その後を、「採り物」にあたるパレの木の枝を持ってノアが入場した。
セリナ、リーファ、ルカは舞台の端に控え、彩りを演出していた。
そして、美琴が舞台の中央に進み、安全を祈願する舞が始まった。
誰一人声を上げず、美琴の舞に見入っていた。
やがて空から心地よい気が降りてきて、見守る全ての人々の心が安らぎに満たされた。
美琴の奉納の舞が終わり、白を基調とした装束の透が進み出た。
会場の空気に緊張が走り、天剣無限流の剣舞が始まった。
神代家は代々、武の神代と呼ばれ、退魔の世界では護りの橘樹御門家と双肩をなしてきた家柄である。
天剣無限流には退魔の型があり、宗玄の勧めで披露することとなった。
剣舞が進み、透が空に向かって「飛燕!」と叫び、斬撃を放った。
観衆は、その瞬間、空が二つに切り裂かれたのを見た。
と同時に、左右から巨鳥、八咫烏の蒼姫と暁が旋回して飛び去った。
透が納刀し、残心。
そして剣舞が終わり、奉納の舞が完成した。
皆が舞台に上がり、代表して隆志が挨拶した。
「この度は、大変なときに集まっていただき、ありがとうございました。
明日にはこの地を発ち、魔鋼虫という災厄との戦いに向かいます。
誰一人欠けることなく、生きて再びこの地に戻れることを願い、奉納の舞を捧げました。
皆さん、私たちも微力ながら力を尽くしますので、必ず無事で帰りましょう!」
「「「おおーーー!」」」
◇
会場には、この作戦に参加する全ての人々が詰めかけていた。
国王夫妻も宰相らと共に駆けつけていた。
明日には、トーラス掃討へ向けて大地溝帯を越える。
それぞれが奉納の舞によって心を清められ、力を与えられ、不安から解放されていた。
「フェリスねぇ、凄かったね。なんか、美琴さんの舞で会場の空気が浄化された感じがしたよね。浄化魔法かな」
「リネット、あれは魔法ではない。精霊魔法に近い。精霊も周囲を舞っていたからね」
「セシリア様には見えたんですか」
「ああ、法力とか言っていたが、美琴さんもかなりの術者だね」
「⋯⋯」
「フェリスねぇ?」
「え、うん。⋯⋯透様はいつ見てもかっこいい」
「あ、そっち」
セシリア達から少し離れた場所では、
「透、凄かったな。いつにも増して、あの剣の走りは」
「いえ、そんなことないですよ。今晩は屋敷に戻られます?」
「いや、ギルドへ行くよ。一応冒険者の頭だからな」
「ライガさんも?」
「ああ、あっちの方が居心地が良いからな」
「ライガさんはお酒が飲みたいだけでしょ」
と、結衣が割り込んできた。
「まあな。明日はじいさんと一緒に来るのか」
「ううん、とりあえず後から。おじいちゃんだけ白と一緒に行くって」
「そうか、あのじいさんと一緒なら楽しめそうだ」
「俺たちも特別な騎獣を用意したからな」
「じゃあ、トーラスでな」
「「はい」」
一緒にいた明日華も返事をした。
その少し先では、この場にそぐわない会話がなされていた。
「あれ、そういえばラピスちゃんは?」
リーファが尋ねると、ルカが、
「ラピスちゃんはですね。この通り、じゃじゃあーん!」
バサッと薄衣を外すと、ルカの背中にラピスが張り付いていた。
「⋯⋯⋯⋯ずーっと?」
「そう、ずーっと。ねぇー」
「うん、透の邪魔しちゃいけないから」
女子の中では背の高いルカが、ラピスのお眼鏡にかなったようであった。
「グー」
「ルカさん、おにぎりは?」
「ラピスがいるから、先に食べちゃった。てへ」
そこへ、美琴と隆志にセリナを交えて歓談していた国王夫妻と宰相がやってきた。
「あら、盛大にお腹の音が聞こえましたが」
「うう」
「ルカさんは竜人族ですので、とても燃費が悪いんです。早く屋敷に戻りましょうか」
「グランツよ、何か食するものはないか?」
国王が宰相グランツに問うた。
「そうですね、騎士団の演習場ですから」
「こういうこともあるかと思って、ルカさん用というわけでもないですが、携行食がありますよ」
美琴が新調したマジックポーチから、紙に包んだ、いわゆる地球で言うところの栄養バーのような物をルカに手渡した。
「ありがとうございます、お義母様。これ、おいひいでふ」
「そんなに慌てて食べては」
「ううう」
「ほら、ルカさん、水」
隆志が小さな水筒を手渡した。
「⋯⋯ありがとうございます。お義父様」
「すっかり、ルカさんは神代家の一員ですね」
王妃様の言葉に、
「はい」
と、嬉しそうに返事をした。
王妃様が横目でセリナを見つめたのを、美琴は微笑みながら眺めていた。
◇
会場に集まった人々も、三々五々帰宅の途についた。
ある者は仲間を誘って酒場へ繰り出し、家庭のある者達は足早に会場を離れた。
セリナは国王夫妻と共に王城へ戻り、神代家の面々も屋敷に戻った。
隆志だけは、ブルートリトン号のパルムのもとへと向かった。
「はくー!」
真白が一目散に白のもとへ駆け寄った。
「ブモー」
白も嬉しそうに答えた。
白の背には、ピクシーの森から戻ったモモがいた。
「真白ー!」
「モモ!」
「お腹空いたのだ。甘みが欲しいのだ」
「真白もじゃ!」
二人は相変わらずであった。
「はい、皆さん夕食の支度をしましょう。透さん、手伝いお願いします。結衣たちもですよ」
「了解」
「らじゃあ!」
セシリアは、フェリスとリネットを連れて高級レストランへ向かっていた。
「お師匠様、良いんですか? ご馳走になって」
「はい、ここのところよく頑張っていましたから、ご褒美ですよ。好きなものを食べなさい」
「「はい!」」
◇
ガルドとライガも冒険者ギルドの裏手で、普通の騎獣より一回り大きい騎獣に、武具屋に頼んで作った騎獣用の防具を取り付けていた。
「おい、すげえな。魔鋼虫ってのはそんなにか?」
魔鋼虫と戦ったことのない冒険者の声が響いた。
「ああ、あいつらはやたら数の多いちっこいのと、飛行タイプのやつ、それと中型から大型の、その時によって形が違うやつ。そしてデッカい指令獣と呼ばれているやつが相手になる。
ちっこいのも面倒だが、中型の奴らの突進力が馬鹿にならない。並の騎獣では弾き飛ばされちまう。
で、バルドに頼んで、ライガと二人分のこいつらを用意してもらったんだ」
「で、こいつらに魔鋼の装備を取り付けて、今度は真っ向勝負だ!」
ライガが叫んだ。
「頼んだぞ。二人が冒険者部隊の要だ。期待してるぞ」
「「おうよ!」」
その頃、王城ではノーノーと騎士団長オーギュストが、明日からの作戦に関して最後の確認をしていた。
「大賢者、いやノーノーよ。まずトーラスを叩いて、我々は簡易砦を築き、待機で良いのだな」
「そうじゃ。西方でも同時に作戦が始まるはずじゃから、こちらが終わり次第、ブルートリトン号で神代家と共に西方へ向かう。
バランの攻略が終わったら、残りの五つの巣へ強行偵察を仕掛ける。
位置的には西方から北へ向かって二つ、トーラスから北へ三つ。それまでアストレア連合軍は待機じゃ」
「今できることはした。西方でも各種族の長達の協力を得て、準備を始めているそうだ」
「どうだ、今日は極上の酒があるぞ。一杯やらんか」
「そうじゃの。久々に一杯やるか」
本当に一杯で、酒に弱いノーノーは倒れていた。
騎士団長は一人で飲むわけにもいかず、ノーノーの面倒を見ることになった。
◇
「ただいま」
「こんばんは」
「「おかえりなさい」」
「パルムちゃん、いらっしゃい。ちょうどご飯の支度が出来たところですよ。好きなところへ座ってください」
「はい。ありがとうございます」
「パルムちゃん、こっちこっち。あたしと明日華の間ね」
「はい、よろしくね」
「パルムさんは同い年なんですよね」
「いや、15歳だよ、明日華ちゃん」
「そうだっけ、じゃあお姉さんだ」
「一つ位じゃ変わらないよ」
「それでも凄いですね。15歳でブルートリトン号を動かせるなんて」
「そんなことないよ。僕は小さい頃からじいちゃんの後をくっついて、真似事をしていたら、いつの間にか機械の構造が分かるようになってたんだ。あの船は面白いよ。見たことのない技術が沢山使ってあるんだよ」
「へえぇ」
「結衣ねぇには難しい話ですね」
「明日華だって」
「私は、ほら、いろんな物を⋯⋯」
「あれってガラクタじゃん」
「さあさ、ご飯にしますよ。透さん、ルカさん、ご飯をよそって」
「私も手伝います」
「ではお願い、リーファさん」
「しかし、米があってよかったのう」
「本当ですね」
「日本人はお米が一番だよ」
「結衣ちゃん、日本人って?」
「明日華」
「はいはい。私たちが異世界から来たことは知っているでしょ。その異世界で住んでいた国の名前が日本なのです」
「そういうこと」
調子が良い結衣であった。
「はい。では皆さん、感謝していただきます」
「「「いただきます」」」
「真白ちゃんには、少し残しておいた油揚げでお稲荷さんを作っておきましたよ。モモちゃんにも小さいやつをね」
「かか様、大好き!」
「モモも!」
透の膝の上には、いつものようにラピスがちょこんと座っていた。
明日から戦いに赴く家族の食卓とは思えない、普段と変わらない賑やかさであった。




