第十三話 守るための力
やがて、王城での会議も終わり、隆志が帰ってきた。
「ただいま」
「「「おかえり」」」
「なさい」
「おや、良い匂いがするね」
「今日はパンゲア風鍋だそうですよ」
「パンゲア風鍋?」
「では、透さん。鍋を移して」
身体能力の上がった透が、一抱えほどもある鍋を食卓へ運んだ。
それぞれが配膳を手伝い、やがて皆が席に着く。
いつの間にか起きていたラピスは、透の膝の上に座っていた。
「では皆さん、いただきます」
「「「いただきます」」」
賑やかな食事が始まった。
セリナは手際よく、真白やノア達、年少組の世話を焼いている。
「お父さん、どうだった?」
「うん。取りあえず、この間透が撮ってきてくれた映像を見てもらって、巣の説明と《トーラス》でのうちの役割を説明したよ」
隆志は箸を止めた。
「最初に蒼姫ちゃんと暁さんの火の法術で薙ぎ払ってもらう。それが戦闘開始の合図になる」
皆が隆志を見る。
「その後、我々はアワアワを散布して地上部隊を支援。ルカちゃんと蒼姫ちゃん、暁さんには、それぞれ透、明日華、リーファちゃんを乗せてもらって、飛行虫の撃退を担当してもらう」
「うん」
「お父さんと白は、結衣と真白と一緒に地上部隊と連携。その後については、また説明するよ」
隆志は鍋へ視線を落とした。
「とりあえず、冷めないうちに食べよう」
「はーい」
食べ始めると、意外にも神代家は静かだった。
黙々と――というより、一人だけバクバク食べている。
「あーん」
「はいはい」
ラピスは相変わらずであった。
しばらくすると、真白が顔を上げた。
「結衣ねぇ、デザートはまだかな」
「まだかな」
「明日華、もう固まったかな?」
「大丈夫じゃないかな」
「見てくる」
結衣が席を立ち、魔導式冷蔵庫へ向かう。
やがて戻ってきた結衣の手には、取っ手の付いたバケツのような物がぶら下がっていた。
「固まってたよ」
「明日華、デザート用の小鉢用意して」
「うん」
宗玄がそれを見て目を丸くする。
「結衣よ。それはバケツか?」
「そうだよ、おじいちゃん。バケツプリン」
「バケツプリンって、まんまバケツじゃん」
「おにぃ、細かい。プリンはプリン」
「……」
セリナが一口食べて、目を輝かせた。
「これがプリンですか。美味しいですね」
「でしょ」
「美味しいのじゃ」
「美味しいの」
「これ、凄く美味しいです」
リーファも嬉しそうに頷いていた。
「ルカねぇちゃんには、この大きなどんぶりで」
「どんぶりプリン」
「ありがとう」
結局、食事は最後まで賑やかに続いていった。
◇
「「ごちそうさまでした」」
片付けはルカ、セリナ、リーファの三人が申し出て、台所へ向かった。
美琴は準備があると言って、自室へ戻っている。
人数が増えたため、最近では居間ではなく、食堂で話し合いをするようになっていた。
透達も片付けを手伝い、一息ついたところで、神代家の会議が始まった。
何回目だろう。
「皆さんに、お話ししておくことがあります」
「あの、家族会議なら、私とリーファちゃんは席を外しますが……」
「いえ、あなた達にも関わりがあることです。それに、あなた達も家族同然ですから。ね、透さん」
「え、俺?」
「「……」」
セリナとリーファは、頬を染めて黙ってしまった。
「はじめに言っておきます」
美琴は皆を見渡した。
「故あって、魔鋼虫という害悪に立ち向かわなくてはならなくなりました。でも、この中の誰一人、欠けてはなりません」
皆が静かに美琴を見つめる。
「多少の怪我なら、私や真白、暁さんで何とか出来ます。でも――命大事に、です。これを守ること。いいですか?」
「「はい」」
「では、ルカさん」
「はい」
「あなたは魔核があるので、魔鋼虫に狙われやすいのでしょう。本来なら、蒼姫さんや暁さんに透さんを乗せてもらえばいいのですが、ルカさんほどの速度は出せません。ですから、どうしてもルカさんに頼ることになります」
ルカは黙って聞いていた。
「でも、あなたが魔鋼虫に狙われれば、透さんは戦いに集中出来なくなります」
美琴が透を見る。
「透さん。ずっと、そのことで悩んでいたのでしょう?」
「母さん……」
透は静かに頷いた。
ルカが驚いた顔で、透を見つめる。
「そこで、これをあなたにさしあげます」
美琴は一枚の護符を取り出した。
「これは姿隠しの護符と言って、存在を認識されにくくする護符です。別名、隠れ蓑とも言われています」
「隠れ蓑……」
「これを身につけていれば、魔鋼虫からも認識されにくくなるはずです」
美琴は護符をルカへ渡した。
「ルカさん、無理はしないでくださいね。あなたが怪我をすると、透も、私達も悲しみますから」
「お母様……透様……」
ルカは大泣きした。
「セリナさん、リーファさん。あなた達にも守りの護符をさしあげます」
美琴は二人にも護符を手渡す。
「大概の攻撃なら弾いてくれます。あなた達も、怪我をしないようにね」
「「ありがとうございます」」
二人とも、その言葉に胸が熱くなった。
「それから、家族には皆、護符を渡します」
美琴はさらに、いくつかの小さな形代を取り出した。
「これは身代わりの形代といって、一度だけ身代わりになって命を守ってくれる物です。何が起こるか分かりませんから、ちゃんと身につけていてくださいね」
「「はい」」
「わしはいらんぞ」
「分かってます」
宗玄の即答に、美琴も慣れたように返した。
「後は僕が引き継ごう」
「では、隆志さん。お願いします」
隆志が皆を見回した。
「まず、神代家の役割だが、基本的には遊撃隊として動きます」
皆が静かに耳を傾ける。
「我が家の人間は、魔鋼虫からほとんど認識されない。これは今回、最大の利点になります」
「ルカさんについての懸念も、美琴さんの護符で解消されました。それから、リーファさんは風精霊の加護を持っているので、魔鋼虫から認識されにくい」
隆志は三人を見る。
「透を含めて、この三人が神代家の航空戦力になります」
「お父さんと結衣、真白は認識されないのですが……白は違いますよね。白は魔鋼虫寄せになってしまいます」
「そこが良いのではないか」
宗玄が当然のように言った。
「でも、それでは認識されないといっても、結衣や真白が危険にさらされます。いくら認識されにくくても、そばまで寄れば見つかってしまいます」
「そうか……だな」
「お父さん、大丈夫だって。真白の結界と治癒があれば」
「父さん。じいちゃんのそばなら大丈夫だろう。結衣も何度も魔鋼虫と戦っているからな」
「そうだよ。任せてよ」
隆志は苦笑した。
「でも、美琴さんの言ったことは守るんだよ」
「はい」
隆志は次にモモへ視線を向けた。
「モモちゃんは申し訳ないけど、僕のそばにいて連絡役をしてほしい」
「いいよ。モモもがんばるよー」
「それから、ノアちゃん」
「はい」
「君も僕のそばにいてくださいね。君には魔鋼虫の索敵をしてほしい」
ノアが真剣な顔で頷く。
「特に夜間です。ブルートリトン号も夜は飛ばせないので、地上へ降りることになります」
隆志は皆を見回した。
「知っての通り、この世界の夜は真っ暗で、何も見えません。遠くまで照らせる道具もない。だから、ノアちゃんの索敵能力がとても大事なんだ」
「うん」
「魔鋼虫の移動速度はそれほど速くないから、夜の間に何度か索敵してもらえれば、みんなの命を守れる。お願いできるかな?」
「うん。わたし、がんばる」
「良かった」
隆志は頷いた。
「最後に、出立の前に奉納の舞を捧げようと思います。衣装関係は美琴さんが用意してくれているから、それぞれの役割は明日の朝に指示します。そのつもりでいてください」
皆が頷く。
「今日は、こんなところかな」
美琴が透へ声をかけた。
「透さん。明日にでも、守りの護符をガルドさんとライガさんに届けてください」
「分かった」
◇
翌日、朝食が終わり、透は冒険者ギルドへ向かうため、護符を肩掛けのバッグに詰め、出かけようと玄関へ向かった。
「では、母さん。冒険者ギルドへ行ってきます」
「行ってらっしゃい。結衣、明日華、セリナさん、リーファさん、ルカさんは私と一緒に王城へ行きましょう。奉納の舞の準備がありますので」
「「はい」」
「おんぶ」
「⋯⋯⋯⋯」
「おんぶ」
「ラピス、行ってもつまらないぞ。母さん達と⋯⋯」
「おんぶ」
目一杯手を伸ばして要求する、あざとい幼女。
「分かったよ。ほら、おいで」
にまーっと背中に張り付くラピスであった。
「ラピスちゃんは本当に透さんのことが好きですね」
「うん、大好き」
尻尾がブルンブルン。
「最近のラピスはあざといよね」
「うん、私も思うけど。可愛いから許す」
「だね。行ってらっしゃい、ラピス」
「うん」
「隆志さんは?」
「僕も王城と言うより、ブルートリトン号へ行ってるよ」
「用事があったら、声をかけてください」
「分かりました。では、王城まで一緒に行きましょう」
こうして、それぞれが出かけていった。
宗玄は朝早くに真白と一緒に出かけていた。
最近、蒼姫は人化することがほとんど無くなった。
暁と共に行動し、二人で出かけることが多くなっていた。
勿論、蒼姫は明日華の守護霊獣でもあるので、それほど離れたところへは行かない。
因みに八咫烏は霊獣のため、食事は必要としない。
まして、魔素で満ちているパンゲアでは、その魔素から霊力を補充できていたので、食事に同席を求められない限りは、近くに止まり木を見つけて留まることが多かった。
そんな二羽の姿を見送ることもなく、透はラピスを背負って冒険者ギルドへと向かった。
◇
「お早うございます。ガルドさんとライガさんはいますか?」
「くちゃい」
「⋯⋯」
昨晩も酒盛りをしたのであろう。
入り口から奥のカウンターにかけて、数人が伏していた。
「よう、透。どうした?」
「あ、ガルドさん、ライガさん」
ギルドの受付カウンターに座っていた女性が、
「神代透さん!」
羨望の眼差しで透のことを見つめていた。
「狙っても無理だぞ。こいつの周りには王女さんをはじめ、この間は嫁も出来たし、ハーレム状態だからな。ハハハハ」
「ガルドさん⋯⋯」
「で、どうした?」
「お二人にお話があります」
「では、奥の別室にご案内します」
三人は連れ立って奥の部屋へ向かった。
「ところで、その背中に張り付いているちんまいのはなんだ?」
「ラピスですか?」
「ラピス!」
ライガが叫んだ。
「フェンリル様のお子の?」
「そうですよ。この間、人化を覚えました」
「⋯⋯⋯⋯」
「それより、用事って?」
「はい。母さんがお二人にこれを渡してくれと」
「なんだい、この模様の描かれた紙切れは?」
「守りの護符です」
「守りの護符?」
「ええ、これは大概の物理攻撃を防ぐことの出来る、こちらで言う魔道具のようなものです。魔鋼虫程度なら傷一つ負いませんよ」
「へえ――、そんな貴重なものを俺たちに?」
「ええ、ガルドさん達は前線の要ですから、お二人が倒れると全体の士気が下がると」
「この人型は?」
「これは形代といって、命に危険が及んだとき、代わりに引き受けてくれる魔道具です」
「ありがたいな。これなら安心して突っ込んでいけるな」
「おう」
「いやいや、独断専行は駄目ですよ」
「そんなこと言うが、お前のじいさんはどうなんだ?」
「じいちゃんは、じいちゃんなんで。この世で恐ろしいのはばあちゃんだけだそうですから」
「お前のばあちゃんは、そんなにか?」
「らしいです。まだ会ったことないんですけどね」
その時、部屋の扉が開いて、
「透君じゃないか」
「お久しぶりです、ギルドマスター」
「バルドで良いって」
「じゃ、バルドさん」
「ところで、なんの相談だい?」
「母さんが作った護身用の魔道具を持ってきたんです」
「透君の母上はそんなことが出来るのかい?」
「ええ、それで最前線に立つお二人にと」
「ありがたい。この二人は冒険者ギルド部隊の要だからね」
「では、これで失礼します」
「ありがとうな」
ギルドのロビーへ向かうと、窓を開けて換気が済んだようで、酒臭さは大分消えていた。
伏していた男達もテーブルに座り、談笑していた。
「ガルドさん、隣にいるのは英雄カミシロトオルさんかい?」
「そうだぞ。今日は俺とライガに用事があって、ここへ来てくれたんだ」
「へぇ。こいつ、いや、この人がグランドワイズで魔鋼虫の親玉をぶった切ったお方ですかい?」
「そうだぞ」
「こんな細っこい腕でね」
「透君、一つお願いがあるのだが」
「何でしょう?」
「裏手の訓練場で透君の剣技を見せて欲しいのだが」
「?」
『申し訳ない。ここにいる連中の多くは恐怖心で、余り宜しくない状態なんだ』
小声でバルドが話しかけた。
『それで、透君のデモンストレーションを見せて、少しでも安心させてやりたいんだ。このまま戦いに出したら十二分に力を発揮できないだろうから』
『俺からも頼むわ』
『分かりました』
「おまえら、英雄殿がこれから剣技を見せてくれるそうだぞ。この細っこい腕がどれほどのもんか、目に焼き付けておけよ」
「おぅ」
「いいねぇ」
「グランドワイズの英雄の剣技か」
皆で、裏手の訓練場へ向かった。
ラピスは飽きたのか、眠っていた。
「透はじいさんのように剣技を飛ばせるんだろう。それで、あの的を切り飛ばしてくれよ」
「分かりました。ライガさん、ラピスを預かってください」
「あいよ」
何故かラピスは、おとなしくライガの腕の中に収まった。
フェンリルは獣牙族にとって神聖視されている存在。その御子であるラピスを抱ける嬉しさもあって、ライガの尻尾が派手に揺れていた。
「では、こちらの訓練用のロングソードをお借りします」
「おいおい。そんななまくらで大丈夫か?」
「大丈夫ですよ」
騎士団から譲り受けた鎧を着せられた案山子が、五体ほど並べて立てられていた。
すっと腰を落として、抜刀の構えをとった。
「飛燕!」
の掛け声と共に一閃。
全ての案山子が真っ二つに切断されていた。
納刀、そして残心。
誰一人として声を発しなかった。
誰かの唾を飲む音が聞こえた。
「おい、見えたか?」
「全然」
「これがグランドワイズで指令獣を切った英雄か⋯⋯」
「お前達、透が親玉を叩き切ってくれる。他にもあの白いサンダーギアスに乗るじいさんがいる。もう勝ったも同然だ。俺らも負けずに行くぜ。報奨金もたんまり出るぞ」
「「「「おおーー!」」」」
「ありがとう、透君。君のおかげで怖じ気づいていた連中に気力が戻ったよ」
「いえ、お役に立てて何よりです」
「では、みなさん戦場で」
「「「おおーーーー!」」」
「ラピス、行くよ」
「うん」
名残惜しそうなライガから抱き寄せると、自らいつもの定位置に収まった。
「では、ガルドさん、ライガさん、また」
「「おう」」
「お前も気をつけるんだぞ」
「はい。それと、じいちゃん達が一緒になると思うので、その時は宜しくお願いします」
「あいよ。こっちこそ頼もしいもんだ」
こうして透は、冒険者ギルドへの使いを終えて帰路についた。
「ラピス、甘いものでも食べて帰るか?」
「うん、とおる」
「大好き」




