第十二話 パンゲア風鍋
「それでは、王妃様。お力添えありがとうございました。おかげさまで、何とかなりそうです」
「いえいえ。こちらこそ、救国の英雄と讃えられている透様の母上のお役に立てたのであれば幸いです。そして、何の縁もゆかりもない神代家の方々を戦わせてしまい、国王、国民ともども申し訳なく思っております」
「いえ、そこはお気になさらずに。我が家は向こうの世界でも、少し特殊な家なので」
「そうですか。ですが、できれば皆様には無事に帰ってきてほしいですね」
王妃はそこで、少し表情を和らげた。
「ところで話は変わりますが、娘のセリナのことをどう思われますか?」
「とても良い娘さんだと思いますよ。次期女王にふさわしいお方かと」
「いえ。この国は王国と名乗ってはいますが、世襲制ではないのですよ」
「そうなのですか?」
「ええ。ですので、私たちはセリナが望むのであれば、普通に幸せになってほしいと思っております」
王妃は少し寂しそうに微笑んだ。
「あの子は、子供の頃に先代から神託の巫女として見いだされて以来、巫女見習いとして多くの時間を教会で過ごしてきました。今回も、あの子の神託によってこの国は救われました」
そして、静かに息をつく。
「ですが、友人と遊ぶ時間もほとんどないまま過ごさせてしまいました。巫女のお役目は十八歳までと決まっております。次の神託の巫女見習いも、今はセリナの補佐をしながら学んでおります」
「そうだったのですね」
「ですから、これからはもっと普通に、女の子らしく過ごさせてあげたいのです」
王妃は美琴を真っ直ぐに見た。
「もしセリナが望むのであれば、嫁に出してもよいと思っております。その辺りも含めて、美琴様には考えていただきたいのです」
「分かりました。もちろん本人たちの気持ちが一番大切ですが、我が家としては大歓迎ですよ」
美琴は苦笑する。
「ただ、透さんは女性に関しては奥手すぎるので、どうすればいいものか……」
「ふふ。それは娘を持つ親としても、少し気を揉みますね」
◇
「へぇくしょん!」
「おにぃ、大丈夫?」
「ああ。何だか……」
「それより、鍋の具材集めないと」
「では、わたしはリーファさんと野菜を買ってきますね」
「明日華、頼んだ。じゃあ結衣、メインの具材はどうするんだ?」
「うーーん。肉かな。ガルドさんたちは来るのかな?」
「出陣までは、冒険者ギルドにいるって言ってたぞ」
「そっか。おにぃ、肉の解体できる?」
「それなら、じいちゃんだな」
「おじいちゃんかぁ。鍋だから、直前でもいいか。じゃ、このお肉にしよ」
でかい。
牛の肉であった。だいぶでかい。
「こんなに?」
「そう、こんなに」
「おにぃ、持ってね。あたしはプリンの材料買ってくるから」
「分かった」
しばらくして、明日華とリーファが戻ってきた。
「あにさま、買ってきましたよ――って、なんですか、そのお肉」
「結衣が、これくらいいるんだそうだ。まぁ、ルカもいるから」
「ですか……」
リーファも黙って、でかい肉の塊を見つめていた。
「そういえば、結衣ねぇは?」
「プリンの材料買いに行ったぞ」
「じゃあ、あそこで待ちますか」
「あれって、雑貨屋か?」
「何か面白いモノがあれば」
「相変わらず明日華は小物が好きだな」
「おかげで、ブルートリトン号が飛べるようになったのだけど」
「ふふ」
得意げな明日華。
「でも買いすぎると置き場なくなるぞ。明日華の部屋、だいぶたまってるだろ」
「大丈夫です、あにさま。結衣ねぇの場所が空いていますから」
透は苦笑した。
「買ってきたよー。あ、また明日華、変な物買ってるんでしょ」
「変な物ではありません……いずれ何かの役に立つかもしれない物のような物です」
なぜか歯切れの悪い明日華であった。
リーファはその様子を見て、微笑んでいる。
「さぁ、帰るか。じいちゃんたちも、そろそろ帰って来るだろうから」
相変わらず、透の背ではラピスが眠っていた。
◇
「あれ、透様は……みなさーん。買い物かな」
「ブモォー」
「あ、お爺さま達が帰ってきた」
真白はひょいと白の背から飛び降りると、走って玄関の扉を開けた。
「ただいまなのじゃ」
「ただいまなのです」
モモが、その後ろから顔を出した。
「あれ、透ん達は?」
「えーと……」
爆睡していたとは言えず、
「多分、お買い物?」
宗玄も白を繋いで、屋敷へ入ってきた。
「ルカちゃんはお留守番かの」
「……」
寝ていて、置いていかれたのである。
やがて、透達が帰ってきた。
「「ただいま」」
「お帰りなさい」
「お帰りなのじゃ」
「お帰りなのです」
「おう、またたいそうな肉じゃの」
「今日の夕食頼まれたんだけど、結衣がパンゲア風鍋って言うから、材料買いに行ってた」
「パンゲア鍋? パンゲアにも鍋があるのか?」
「結衣に聞いてよ」
「おじいちゃん、鍋に材料入れて煮込めば鍋なんだよ。パンゲアで作るから、パンゲア風鍋」
謎の発言に、結衣は胸を張った。
状況がよく分かっていないルカも、
「美味しそう」
と、なぜか相づちを打っていた。
「で、じいちゃん。この肉ばらしてよ。俺だと、まだうまくばらせないんだよね」
「何を言っておる。ムシは綺麗にばらしておっただろう」
「おじいちゃん、魔鋼虫と一緒にしないでよ」
「分かった、分かった。どれ、一口大でよいのだな。透も手伝え」
「うん」
「あ、でかい鍋ってあったかな?」
「アワアワ作るとき、お父さんがいくつか鍋みたいなの持ってきたから、あれ使おうよ」
「明日華、手伝って」
「うん」
「私もお手伝いしますよ」
「ルカねえ、ありがとう」
「味付けは母さんが戻ったら任せて」
「この鍋、火力弱いと煮込めないぞ」
「では、私が風を送って、煮立つまで火力を上げましょうか」
「じゃあ、リーファさん頼むよ」
「リーファです」
「……」
◇
その少し前、王城の円卓室。
「皆さん、これを見てください。これは私の世界の魔道具のような物なのですが……映像を撮ることができます」
「映像?」
宰相のグランツが声を上げた。
ノーノーが、
「グランツよ、見てみれば分かるぞ」
と言うと、皆が隆志の前に集まった。
「これは透に頼んで、魔鋼虫の巣の中を撮影した物です」
「おお、これは凄いな……そこにいるような、動く絵か」
「まず、持ち帰った幼体や蛹を育てていた部屋。そして、内部の通路がこれです」
隆志は映像を進めながら説明していく。
時には映像を止め、皆に分かりやすいよう巣の構造を確認させた。
「そして、これが魔鋼虫の卵を生む女王です」
「かなりの大きさみたいだな」
騎士団長のオーギュストが驚いたように画面を見つめた。
隆志はさらに、巣の内部について説明を続ける。
通路は螺旋状になっていること。
その最下部に女王の産卵室があること。
孵化した幼体を運ぶ魔鋼虫が存在し、幼体には小型の物と大型の物が確認されたこと。
そして映像が切り替わった。
「これが、今回掃討に向かう《トーラス》の全貌です」
画面には、遠方から撮影された巨大な巣が映し出された。
「かなり離れた場所からの撮影ですが、地上部は尖塔のような形状をしています。その中段から、飛行型の魔鋼虫が出入りしているようです」
隆志が映像の一部を指し示す。
「そして地上部では、守護獣が入口を守っているようです」
誰も言葉を発さず、映像を見つめていた。
「次が、マジックキャンセラーの映像。そして、通称アワアワです」
映像の中で、魔鋼虫の鋼殻がその防御力を失っていく。
「おお……あの魔鋼虫の鋼殻を、いとも簡単に……」
オーギュストが拳を握った。
「魔法士と連携すれば、やれるな」
続いて、泡に包まれた魔鋼虫が動きを止める映像が流れた。
「アワアワとやらも、凄い効き目ではないか」
グランツも目を輝かせていた。
「《トーラス》の全貌ですが、高さは百五十メートルほど。地上部の広がりは、二百メートル以上かと」
「隆志殿は、どう攻める?」
オーギュストが尋ねた。
その時、円卓室の扉が開いた。
「失礼します。ノーノー様、魔道具開発部からです」
「出来たのか」
「検証はまだですが、資料通りの物は出来たとのことです」
「なんですか、それは?」
隆志が尋ねる。
「隆志殿。これは疑似魔核と言って、ブルートリトン号に遺されていた資料にあったものを再現した物じゃ」
ノーノーは手のひらほどの球体を取り出した。
「セシリア。これに魔力を込めてくれんか」
「分かりました。どの程度ですか?」
「確か、赤色に染まれば良いはずじゃ」
「やってみましょう」
セシリアが球体に魔力を込めていく。
やがて、その表面がゆっくりと赤色に染まった。
「おお……」
「後は検証じゃな。魔核は魔素を生み出す元。これに魔力を蓄えれば、魔核に似た働きをするはずじゃ」
ノーノーは赤く染まった疑似魔核を見つめた。
「おそらく九百年前は、これを使って魔鋼虫を誘導したのじゃろう。作り自体は簡単じゃ。実戦で試すしかないが、使えるはずじゃ」
「今回は、犠牲も少なく済むかもしれんな」
「そうですね。良い知らせが多い」
隆志は頷くと、再び皆へ向き直った。
「では、先ほどの続きですが……まず、我々が空から攻撃を加えます」
円卓の上に広げられた《トーラス》の図を指し示す。
「蒼姫さんと暁さんに、火の法術を使って先頭を薙ぎ払ってもらいます。蒼姫さん達が使うのは魔法ではありませんから、魔素の枯渇による影響は受けません」
「なるほど」
「ただし、大規模な法術は一度しか使えません。どの程度の被害を与えられるかは分かりませんが、その直後にアワアワを散布し、魔鋼虫を弱らせます」
隆志は地上部隊の進軍路へ指を移した。
「地上部隊の皆さんは、火柱が上がったら戦闘を開始してください」
王は黙って、その場を見渡していた。
隆志が策を示し、ノーノーが新たな手段を持ち込み、オーギュストやグランツ達が意見を交わしている。
誰か一人に頼るのではなく、皆がそれぞれの力を持ち寄っている。
その姿を見つめながら、王はようやく小さな希望を見いだしていた。
◇
美琴が一足早く、王城から戻ってきていた。
ちょうどセリナも神殿から戻り、料理の準備が始まる。
「母さん、どうしようか?」
「隆志さんは、もう少しかかりそうでしたから、始めましょうか」
「結衣ちゃん、今日はお鍋にしたの?」
「うん、パンゲア風鍋」
「パンゲア風鍋?」
「そう」
「じゃあ、具材を入れて煮込みましょうか」
「お母さんが味付けしてね」
「分かりました」
「ある程度火が通ったら、食堂に持っていきますからね」
「美琴様、私も手伝います」
セリナの申し出に頷きながら、美琴は王妃との会話を思い出していた。
「真白、まだ出来てないんだから邪魔しないでよ」
「邪魔してないのじゃ」
「じゃましてないよー」
「結衣ねぇ、プリン作るのはいいけど、器どうするの?」
「うーんと……そうだ。バケツプリンにしよう」
「えー、考えてなかったの?」
「明日華、小さいことは言わないの。大きい方がいいに決まってるんだから」
「まぁ、食べられればいいけど」
やはり双子であった。
わちゃわちゃしながら、食事の準備は進んでいく。
ノアはそんな皆を見ながら、嬉しそうにしていた。
ノア自身料理はまだ出来ないし、結衣達もさせようとはしない。
すっかり妹扱いである。
ノアは椅子に座り、料理が出来上がるのを楽しみに待っていた。




