第十話 トーラス掃討戦
翌日。
作戦会議へ出席するため、登城しようとしていた隆志に、パルムが声をかけた。
「パパさん、ちょっといい?」
「パルムちゃん、おはよう。いつもありがとうね。どうしたの?」
「うん。この船って、おじいちゃんが戦うための船だって言ってたんだけど……攻撃するためのものがないんだよね」
「そうだね。確かに、どうやって戦っていたんだろうね」
「それでね、いろいろいじってたら……ちょっとパパさん、離れていて」
「うん。これくらいでいいかい?」
隆志が少し離れると、パルムは操縦室へ駆け込んだ。
しばらくして、操縦室からひょこっと顔を出す。
「いくよー!」
ギィィ――。
鈍い音とともに、船体下部の左右がゆっくりと開いた。
「これって何かな?」
隆志は開いた部分を見上げ、しばらく考え込んだ。
「……これ、爆弾を落とすための仕組みじゃないか?」
「爆弾?」
「ああ。ここから何かを落として、魔鋼虫を攻撃していたんだと思う」
「へぇ……」
パルムも船体の下を覗き込みながら首を傾げた。
「何を落としてたのかな?」
「それなんだよな。船内の記録には残っていなかった気がする」
「じゃあ、分からない?」
「今のところはね」
隆志はもう一度、開いた投下口を見上げた。
「……少し考えてみるか」
何か使えるものはないか。
そんなことを考えながら、隆志はパルムを労うと、そのまま王城へ向かった。
◇
王城の円卓には、国王をはじめとする王国の重鎮たち、冒険者ギルドのギルドマスター、そして隆志が席を連ねていた。
円卓の中央には、北方地域と大地溝帯周辺を記した地図が広げられている。
宰相グランツが出席者たちを見回し、口を開いた。
「今回の目的は、北方に存在する巨大コロニー《トーラス》の完全掃討である」
その言葉に、円卓を囲む者たちの表情が引き締まる。
「以後、本作戦を《トーラス掃討作戦》と呼称する」
グランツは地図へ視線を落とした。
「まずは、大地溝帯を抜けるための通路を確保すべく、工作部隊を派遣する。現在、その周辺で魔鋼虫の脅威は確認されておらぬが、危険を伴うことに変わりはない」
そこでグランツは隆志へ視線を向けた。
「ブルートリトン号による上空からの監視と警護をお願いしたい。隆志殿、よろしく頼みますぞ」
「分かりました」
隆志がうなずく。
「工作部隊による通路の確保が完了次第、予定通り全軍をもって進軍する」
グランツの説明が一区切りついたところで、セシリアが静かに手を上げた。
「一つ、提案があります」
「申してみよ」
「魔鋼虫は死ぬと、外殻が極端に柔らかくなります」
セシリアの言葉に、何人かがうなずいた。
「これは、魔鋼虫が生きている間、何らかの強化魔法に似た作用によって外殻を硬化させているのではないかと考えています」
「うむ」
「そこで、マジックキャンセラーの魔法、そして同様の効果を持つ魔道具が使えるのではないかと」
その瞬間、ギルドマスターが身を乗り出した。
「そりゃ、それが効くなら最高じゃねえか」
「ただし、問題もあります」
セシリアはすぐに続けた。
「マジックキャンセラーは、魔法に作用する魔素を阻害するものです。そのため、広範囲には使用できません」
「そうか。人間にも作用するってことか」
「そうです。ですが、目前の敵に対して使用する分には問題ありません」
さらにセシリアは指を一本立てる。
「もう一つ。マジックキャンセラーを扱える魔法士そのものが少ないことです。魔道具についても、それほど多くは用意できません」
「なるほどな……」
国王が腕を組む。
「しかし、数に限りはあるとしても、これまでより有利に戦える可能性があるということだな」
「そうなりますわ」
「おお……」
円卓を囲む者たちの間に、小さなどよめきが広がった。
「ただし、これはあくまで仮説です。魔鋼虫の外殻硬化に本当に魔素が関与しているのか、まだ十分な検証は終わっていません」
「つまり、効くかどうかは分からないということか」
「はい。実戦で使用する以上、ある意味では賭けになります」
「では、我々がセシリアさんと一緒に、実際に魔鋼虫へ効果があるか試してきましょうか?」
隆志の提案に、国王が顔を上げた。
「出来るのか。それが可能ならば、ぜひお願いしたい」
「はい。それと、先日のアワアワについても、実戦でどの程度使えるのか試しておきたいところですので」
「では、明日にでもお願いできるか」
「分かりました。セシリアさん、よろしいですか?」
「はい。弟子の二人も連れて行ってよろしいでしょうか」
「構いませんよ」
「では、明日の早朝に」
こうして、マジックキャンセラーとアワアワの効果を確認するための実地検証が決まった。
その後も会議は続き、トーラス掃討作戦に投入する各部隊の編成、長期遠征を支える輜重部隊の運用、そしてエルフ部隊との連携について話し合われた。
◇
その晩、神代邸では、王城で開かれた作戦会議の内容が家族たちへ伝えられた。
明日の早朝、ブルートリトン号で北方へ向かい、アワアワとマジックキャンセラーが実際に魔鋼虫へどの程度有効なのかを検証する。
そして翌朝。
王城の中庭には、出発を待つブルートリトン号の姿があった。
「おはようございます、セシリアさん」
「隆志殿。本日はよろしくお願いします」
セシリアはそう言うと、自分の後ろに立っていた二人の少女へ視線を向けた。
「こちらが、私の弟子のフェリスとリネットです」
「フェリスです。よろしくお願いします」
「リネットです。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくね」
隆志が笑って答えると、その隣にいた美琴も軽く頭を下げた。
「隆志さんの妻の美琴です。よろしくしてくださいね」
「「はい!」」
その後、二人は神代家の面々とも順番に挨拶を交わしていった。
やがてセリナの姿に気づき、二人が少し驚いたように目を見開く。
「姫様もいらっしゃったんですね」
「ええ。実際の戦いになれば、私は地上で治癒師たちを率いることになりますから。二人とも、よろしくね」
「「はい!」」
そして――。
二人の視線が、少し離れたところに立っていた透へ向いた。
「あの……トオル様、ですか?」
「はい」
透が答えると、フェリスとリネットは顔を見合わせた。
二人にとって透は、グランドワイズ防衛戦で名を知られた英雄だった。
「握手してもらってもいいですか?」
「あ、はい」
少し戸惑いながら、透が手を差し出す。
そのときだった。
「あ……」
二人の視線が、透の背中へ向いた。
そこにはラピスがぴったりと張り付き、透の肩越しからこちらを覗いている。
「可愛い……」
二人が思わず声をそろえる。
「みゃ……」
ラピスはびくりとすると、さっと透の頭の陰へ顔を隠した。
◇
「では、出発します」
ブルートリトン号は王城の中庭からゆっくりと浮かび上がると、徐々に高度を上げ、やがて水平飛行へと移った。
「すごいです、お師匠様! 飛んでますよ!」
窓の外を見ながら、フェリスが目を輝かせる。
「姉さん、お上りさんみたいで恥ずかしいですよ」
隣でリネットが呆れたように言った。
「何を言ってるのよ。空を飛べるなんて、生まれてきて良かったって思うでしょ!」
「はいはい」
何とも賑やかな姉妹であった。
ブルートリトン号は時速百五十キロほどの速度で、北方に存在する巨大コロニー《トーラス》を目指して進んでいく。
それから二時間ほど。
やがて、目指す《トーラス》が遠く視界に入った。
「さて、どうやっておびき出すか……」
隆志が前方を見ながら考える。
「ノアちゃん、外に出ている魔鋼虫はいないかい?」
「うーん……」
ノアはしばらく周囲を探るようにしていたが、やがて一方向を指差した。
「あっちの方に、小さいのが少しいるよ」
「そうか」
隆志はすぐに操縦席へ声をかける。
「美琴さん。飛行中のやつに気取られないよう、低空でノアちゃんの示す方へ向かってくれますか」
「分かりました」
「透。アワアワを持って、ルカちゃんと出てくれるか?」
「うん」
「はい、お義父さん」
ルカの返事に、透と隆志が揃って苦笑する。
「それから暁さん。セシリアさんを乗せて出てもらえますか」
「分かった。セシリア殿、よろしいか?」
「こちらこそ、お願いします」
「では、パルムちゃん。後部ハッチを開けて」
「うん」
後部ハッチがゆっくりと開き、外の風が船内へ流れ込んでくる。
「行くぞ、ルカ」
「はい」
ルカがハッチへ向かいドラゴンに変身する。
「では」
ルカは船倉の大きさに合わて翼をたたんだ状態で、透達を背に乗せた。
暁もその場で変化した。
次の瞬間、その身体が一気に巨大化し、本来の八咫烏の姿へと変わっていく。
「……え?」
「……うそ」
「ドラゴン!」
「大鳥!」
二人の変身にも驚いたが、透の背中にラピスが張り付いているのを見て、フェリスとリネットが呆然と見上げる。
そんな二人をよそに、ルカが後部ハッチから空へ飛び出した。
続いて、セシリアを背に乗せた暁が大きく羽ばたき、その後を追って青空へと飛び出していった。




