第六話 持ち帰ったモノ
王城の中庭へ着陸したブルートリトン号から、次々とコンテナが運び出されていった。
中に入っているのは、大地溝帯の地下で回収した魔鋼虫の卵、幼体、そして蛹。
それらは王城脇に急遽設けられた研究施設へと運び込まれていく。
「……あれが、幼体なのか?」
「大きすぎるだろう……」
運搬作業を見守っていた王城関係者たちから、戸惑いの声が上がった。
幼体とはいえ、人の子供ほどの大きさがあるものもいる。
白く柔らかな体。
まだ完全には固まっていない外殻。
節のある脚。
成体とは違う姿でありながら、その異様さは十分だった。
「うわ……」
一人の若い文官が、思わず顔を背ける。
無理もない。
これまで魔鋼虫を実際に見たことがある者の多くは、兵士や冒険者だった。
王城で働く者たちにとって、それは報告や噂の中でしか知らない存在である。
ましてや、生きたまま回収された幼体など、誰も見たことがなかった。
ノーノーとセシリア、そして隆志は王城に残った。
パルムもブルートリトン号の点検と整備を行うため、そのまま残ることになった。
透たちは一足先に、王都で下賜された屋敷へと戻った。
◇
研究施設には王国兵の見張りが立てられていた。
不用意に人が近づかぬよう厳重に管理された室内では、ノーノーによって集められた学者たちが、運び込まれた魔鋼虫を遠巻きに観察している。
誰もが目の前の生物に釘付けになっていた。
驚き。
嫌悪。
そして、それ以上の好奇心。
初めて目にする生物を前に、学者たちは興奮を隠しきれない様子で、盛んに意見を交わしていた。
やがて、国王をはじめとする王国の重臣たちも施設を訪れた。
厳重に封じられた容器の中に並ぶ卵。
白い体を持つ幼体。
そして、その先の成長段階と思われる蛹。
国王はしばらくそれらを見つめた後、低い声で言った。
「これが、あの魔鋼虫の幼体なのか」
「そうです」
隆志が答える。
「この後、こちらの蛹となり、そこから羽化するものと思われます。その後、脱皮を繰り返しながら成体へと成長していくのでしょう」
国王は蛹へ視線を移した。
「確かなのか?」
「私の世界の昆虫と生態が似ているとすれば、まず間違いないかと。ただし、魔鋼虫が完全に同じ成長過程を辿るとは限りません。そこはこれから調べる必要があります」
「なるほどな」
国王は腕を組み、今度は一回り大きな幼体へと目を向けた。
「では、指令獣と呼ばれた大型の個体も、こうして育つのか?」
「いえ」
隆志は首を横に振った。
「地下には、これとは別に明らかに大型の幼体がいました」
「最初から違うということか」
「おそらくは。選ばれた個体が成長の途中で指令獣になるのか、それとも最初から別の個体として育てられているのか……そこまでは、まだ分かりません」
ノーノーも小さく頷いた。
「その辺りは、持ち帰った個体を詳しく調べれば、何か分かるかもしれませんの」
「ふむ」
国王はしばらく考え込んだ。
「その辺も精査していく必要がありそうだな」
「ですね」
隆志が頷く。
国王はもう一度、卵と幼体、蛹を順に見渡した。
これまで魔鋼虫は、ただ襲い来る得体の知れない怪物だった。
だが今、その生態の一端が初めて人の手の中にある。
それが何を意味するのか。
この場にいる誰もが、薄々感じていた。
「では」
国王が皆を見回す。
「円卓で、今回の強行偵察の結果を報告してもらおうか」
こうして一行は研究施設を後にし、王城内の円卓へと向かった。
◇
その頃。
王都で下賜された屋敷へ戻った透たちは、ようやく一息ついていた。
「みなさん、とりあえずお風呂にしましょうか」
美琴の言葉に、結衣が大きく頷く。
「賛成ー。あの虫の返り血、落ちにくいし、生臭いし、イヤになる」
自分の服を見下ろしながら、結衣が顔をしかめた。
「明日華は弓だからいいなぁ」
「でも結衣は、そっちの方が好きなんでしょ?」
明日華が笑う。
「そりゃね」
結衣は腰の双剣へ目をやった。
「この双剣ファルシオン、かっこいいもん」
「はいはい」
透は苦笑すると、そばにいたラピスへ声をかけた。
「ラピス、お姉ちゃんたちと風呂入ってきな」
「うん」
「ラピス、おいで」
結衣が両手を広げると、ラピスは素直に近づいていった。
そのまま結衣に抱き上げられる。
「真白も行くよー」
「行くのじゃ」
女性陣は連れ立って浴室へと向かった。
◇
下賜された屋敷の風呂は大きい。
何人も一度に入れる広い浴槽から、白い湯気が立ち上っていた。
「はぁー、生き返るー」
肩まで湯に浸かった結衣が、気持ちよさそうに息を吐く。
「結衣、ちゃんと髪も洗わないと駄目ですよ」
「分かってるって」
明日華に言われ、結衣は面倒そうに返事をした。
少し離れたところでは、ラピスと真白が並んで湯に浸かっている。
戦いの直後とは思えない、のんびりとした時間だった。
しばらくすると、結衣がふと思い出したようにセリナへ尋ねた。
「セリナさん。こっちの学校って、どんな感じなの?」
「学校、ですか?」
「うん。子供ってどうやって勉強するのかなって」
セリナは少し考えてから答えた。
「そうですね。私は一応、王女ですので、個別に教師がついて学んでいました」
「ひゃー」
結衣が目を丸くする。
「それと、神託の巫女のお役目もありましたから、神殿で過ごすことも多かったですね」
「大変そう……」
結衣は浴槽の縁に顎を乗せた。
「それじゃ、友達とかできないでしょ?」
「そうでもないですよ」
セリナは柔らかく笑う。
「神殿では、姉巫女たちがよく可愛がってくれましたから」
「へぇー」
今度は結衣がリーファを見る。
「リーファさんは?」
「私?」
「うん。ハイエルフって学校あるの?」
「学校という形ではないわね」
リーファは湯の中で長い髪をまとめながら答えた。
「私は物心つく頃から、精霊様に精霊魔法を教わったわ。その後は弓を習って、他のことは必要になったときに大人たちから教えてもらったの」
「へぇ」
「ハイエルフは時間があるから」
さらりと言われて、結衣が少しだけ首を傾げる。
人とは時間の感覚そのものが違うのだろう。
「結衣ちゃんたちは?」
今度はリーファが尋ねた。
「あたしたちは義務教育っていって、九年間、同じくらいの年の子たちと学校に通うの」
「九年間も?」
「うん。あたしと明日華は中学校の三年生」
セリナが明日華を見る。
「明日華ちゃんは双子ですから、結衣ちゃんと同じ学校へ?」
「はい。同じ学校です。クラスも同じでした」
「ずっと一緒なのですね」
「まあ、だいたいは」
明日華が少し笑う。
セリナはしばらく二人を見てから、静かに尋ねた。
「寂しいですか?」
「ん?」
「元の世界の学校や、お友達のことです」
結衣は少しだけ考えた。
「最初はね。友達どうしてるかな、とか思ったけど」
湯の中で膝を抱える。
「前にも話したけど、変な虫には困ったもんだけどさ」
「変な虫……」
セリナが苦笑する。
「でも、家族みんないるし。セリナさんたちもいるし。あたし、今は楽しいと思う」
明日華も静かに頷いた。
「私も同じです」
「そうですか」
セリナの表情が少しだけ緩む。
結衣は天井を見上げた。
「それに何だろう。うちの家族って、戦うこと自体は別に嫌じゃないんだよね」
「それは……」
明日華が何とも言えない顔をする。
「じいちゃんが言うには、戦闘民族なんだって」
「宗玄様が?」
「うん」
「……納得です」
リーファが真顔で言った。
「でしょ?」
結衣が笑う。
明日華も肩をすくめた。
「私も結衣とあまり変わらないですね」
「二人とも、まだ十四歳なのよね?」
リーファが改めて確認する。
「うん」
結衣は胸を張った。
「ピッチピチ」
「何がですか」
明日華が即座に突っ込む。
「若さ?」
「自分で言います?」
浴室に笑い声が広がった。
その横で、真白が湯から立ち上がる。
「ラピス、出るのじゃ」
「うん」
ラピスも立ち上がった。
「転ばないでね」
結衣が声をかける。
「みゃん」
ラピスは小さく返事をした。
外では今頃、国王たちが魔鋼虫について真剣な話をしている頃だろう。
だが、この屋敷の中には、いつもの穏やかな時間が戻っていた。




