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超大陸パンゲアへ渡った神代家の異世界奮戦記  作者: 久遠 遙人


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第三話 蠢くモノ

「うわうわ……」


 結衣が思わず声を漏らした。


「おにぃ、動いてる、動いてる。もにゅもにゅいってる……」


 幾何学模様のように仕切られた無数の巣穴。


 その一つ一つの中に、白い幼体がいた。


 まだ外殻らしいものもなく、柔らかそうな体をゆっくりとうねらせている。


「ノア。小さいのって、これのこと?」


 透が尋ねる。


「うん、これ」


 ノアは巣穴をじっと見つめた。


「ただ、奥の方にいるのは、少し色が違うよ」


「行ってみるか」


「ええええー」


 結衣が露骨に嫌そうな顔をする。


「おにィに任せる」


 明日華と真白も、その場で固まっていた。


 そんな三人とは対照的に、ノアは平然と透の後についていく。


「ノアはすごいな。気味悪くないのか?」


「うん。気味悪くないよ」


 ノアは白い幼体を眺めながら言った。


「ちょっと可愛いかも」


「……」


 透は何も言わなかった。


 奥へ進むにつれて、巣穴の中にいるものの姿が変わっていく。


 白かった体は少しずつ色を帯び、やがて硬い殻のようなものに覆われていた。


「これ……蛹か?」


 透が足を止める。


 大きさは一・五メートルほど。


「本当に虫みたいだな」


 透はしばらく考えた。


「どうしようか。俺が蛹を一匹抱えていくとして……じいちゃん、幼体を一匹持っていってよ」


「分かった」


 宗玄は何のためらいもなく、一匹の幼体を抱え上げた。


「ほう。ひんやりしておるな。手触りも悪くないぞ」


「おじいちゃん、何言ってんのよ!」


 結衣が即座に反応した。


「そんなの可愛くないから!」


「ほれ」


 宗玄が幼体を結衣の方へ差し出す。


「いやぁぁぁぁっ!」


「おじいさん、遊んでないでください」


 明日華が呆れた声を出した。


「兄さま、一旦撤退しましょう」


「そうだな」


 その時だった。


「ぎゅい……」


「ぎゅい、ぎゅい!」


「なんじゃ?」


 宗玄が抱えている幼体を見る。


 それまで静かだった巣穴の幼体たちが、一斉に鳴き始めた。


「ぎゅいぎゅいぎゅい!」


「……騒がしくなったな」


 ノアが突然、通路の奥を振り返った。


「おにいちゃん」


「どうした?」


「あっちから、赤いのが来るよ」


「赤い?」


「うん」


 ノアは少し眉を寄せた。


「怒ってるみたい」


「まずいな」


 透はすぐに判断した。


「じいちゃん、二匹持てる?」


「楽勝じゃぞ」


「じゃあ頼む」


 宗玄は幼体と蛹を抱える。


「真白はノアと一緒に、じいちゃんの後をついて外へ」


「分かったのじゃ!」


「俺たちは追ってくる奴を片付ける」


 透は天羽乃斬に手を掛けた。


「結衣、明日華。行くぞ」


「らじゃぁ!」


「らじゃぁ」


「……」


 透は二人を見たが、何も言わなかった。


 宗玄を先頭に、真白とノアが来た道を戻っていく。


 その姿が見えなくなったところで、透、結衣、明日華の三人は反対側の通路へ向かった。


 ガサ。


 ガサ、ガサ。


 何かが這う音が、暗闇の向こうから近づいてくる。


「……音が」


「来るぞ」


 マジックライトの光の中へ、それが姿を現した。


 五体。


 地面すれすれを這う、黒い魔鋼虫。


 細長い触角。


 平たい体。


 そして――。


「……うっ」


 結衣の顔が引きつった。


「飛燕!」


 透が天羽乃斬を振るう。


 飛ぶ斬撃が通路を走った。


「ぶしゃぁっ!」


 先頭の二体が切断され、青い体液を撒き散らして倒れる。


「結衣!」


「うぅ……」


 結衣は動かない。


 明日華が蒼天の弓を引き絞った。


 シュッ!


 放たれた矢が一体を貫く。


 残り二体。


「ぶつぶつぶつ……」


「何言ってるんだ?」


「おにぃは黙ってて」


 結衣は双刀のファルシオンを強く握りしめた。


「よし……」


 大きく息を吸う。


「いざ、参る!」


「……」


 いつも以上の勢いで飛び出した。


 一閃。


 二閃。


 低く振り抜かれた刃が、魔鋼虫の脚を次々と切り飛ばす。


 結衣はそのまま地面を蹴り、後方へ大きく宙返りした。


 着地。


「明日華!」


「はい!」


 結衣が真剣な顔で叫ぶ。


「あれは、あれじゃない! 脚が八本あった!」


「なら、あれじゃないですね」


 シュッ!


 明日華の矢が飛び、動きを失った魔鋼虫を仕留める。


「ほら、おにぃの分!」


「……はいはい」


 透が踏み込む。


 一閃。


 最後の一体が真っ二つになった。


 透は周囲を確認すると、静かに残心し、天羽乃斬を納刀する。


「ほら。一旦外へ出るぞ」


「あれは、あれじゃないんだよ」


「そうですね。あれは、あれじゃないです」


「……」


 さっきから。


 何を言っているんだ、この二人は。


         ◇


 宗玄を先頭に、一行が巣穴から出てきた。


 宗玄はその両脇に、白い幼体と大きな蛹を一匹ずつ抱えている。


 船外で待っていたノーノー、セシリア、隆志が、すぐに宗玄のもとへ集まった。


「おおっ、宗玄殿。それが幼体か。もう一匹は?」


「おそらく蛹じゃろう」


 宗玄が脇に抱えた大きな塊を見せる。


 セシリアも興味深そうに近づいた。


「これで、魔鋼虫の生態を詳しく調べることができますね」


 隆志は宗玄の後ろから出てきた二人を見る。


「真白、ノアちゃん。お疲れさま。お父さん、透たちは?」


「殿を務めておる」


「すぐ来るじゃろ」


 ほどなくして――。


「やっと外へ出られたぁ……生きた心地がする」


 結衣がぐったりとした顔で巣穴から出てきた。


 その後ろから明日華も続く。


「巣穴は楽しくありませんね……」


「……」


 最後に出てきた透は、二人を見ながら先が思いやられるといった顔をしていた。


「透」


 隆志が声を掛ける。


「一旦休憩してから、もう一度行ってもらうよ」


「……やっぱり?」


「もちろん」


 隆志は巣穴へ目を向けた。


「今度はあれば卵の回収。それから巣穴全体の構造と、女王の確認。必要な調査が終わったら、最後に全部処分する」


「そうだよ!」


 結衣が突然、元気を取り戻した。


「一匹いれば三十匹いると思えって言うからね!」


「結衣も行くんだぞ」


「……」


 一瞬、結衣が固まる。


 だが、すぐに胸を張った。


「大丈夫。あれは、あれじゃないから。脚が八本だから」


「……」


 セシリアが結衣を見る。


 何を言っているのだろう。


「そうですね。あれは、あれではありませんから」


 明日華まで真顔でうなずいた。


「……」


 透は何も言わなかった。


「では、一旦船へ戻りましょう」


 隆志の言葉に、一行はブルートリトン号へ向かった。


         ◇


 船室へ戻った一行を、美琴たちが出迎えた。


「お義父さん、それが魔鋼虫の幼体ですか?」


 宗玄が両脇に抱えているものを見ても、美琴はまるで怖がる様子がない。


「そうじゃ。こっちがおそらく蛹じゃろう」


「へえー」


 ルカが興味津々で近づいてくる。


「ちょっと持ってもいい?」


「ほれ」


 宗玄から幼体を受け取ると、ルカはそのまま両腕で抱えた。


「ひんやりして、気持ちいい」


「……」


「……」


 結衣と明日華が顔を見合わせる。


 ――ルカお姉ちゃんは凄い。


 二人は改めてそう思った。


 この世界には、芋虫のような生き物がいない。


 ルカたちも当然、地球の芋虫など見たことがなかった。


 一方。


 セリナとリーファは、少し離れた場所で完全に固まっている。


「……」


「……」


 どうやら二人とも苦手らしい。


 そこへ。


 とことことラピスが歩いてきた。


 床に置かれている蛹の前まで来ると、しゃがみ込む。


「つんつん」


 指先で蛹をつついた。


「ラ、ラピスちゃん……」


 セリナの顔がさらに引きつる。


「平気なのですか……」


 リーファも信じられないものを見るような顔をしている。


 真白はというと――。


「……でかいのじゃ」


 自分よりも大きな幼体を見上げ、一歩後ろへ下がっていた。


「とりあえず、用意しておいたコンテナに入れるかの」


 ノーノーが言った。


「そうですね」


 セシリアは幼体を観察しながら頷く。


「餌は魔核、もしくは高濃度の魔素でしょうね」


 そこで、美琴が蛹をつついているラピスに気づいた。


「ラピスちゃん。近づいては駄目ですよ」


「?」


 ラピスが振り返る。


 セシリアが何でもないことのように続けた。


「ラピスちゃんも、この子たちにとっては餌ですから。かじられますよ」


「……!」


 ラピスの耳がぴんっと立った。


 次の瞬間。


 すっ。


 蛹から離れる。


 そして、そのままとことこと透のところまで歩いていった。


「おんぶ」


 指をくわえ、透を見上げる。


「……」


 この場で、このあざと可愛い生き物を無下にすることなど、透にはできなかった。


「ほら」


 透がしゃがむ。


 ラピスは待ってましたとばかりに、その背中へよじよじと登っていく。


 そして――。


 ぺたっ。


 いつもの場所に張り付いた。


「んー」


 非常に満足そうな顔である。


「……さっきまで蛹をつついてたくせに」


 結衣が呆れたように呟いた。


 ラピスは聞こえなかったふりをして、透の背中に頬をつけた。


        ◇


「あー……私、魔力がないからシャワー使えないんだよね」


 青い返り血で汚れた服を見ながら、結衣がぼやいた。


「パルムちゃん、なんとかしてよ」


「うん。やってみるよ」


 パルムはあっさりと答えた。


「セリナさん、魔力ありがとう」


「いいえ。今回は役に立っていないですから、気にしないでください」


 セリナが小さく笑う。


「そう、あと石けん!」


 結衣は思い出したように言った。


「こっちの石けんって、泡立ち悪いし」


「そうなの?」


「うん。パルムちゃん、帰ったら一緒に石けんも作ってよ」


「いいよ。面白そう」


「魔法のクリーンだけじゃ、落ち悪いしね」


 わいわい。


 がやがや。


 その様子を、ノアが少し離れたところから見ていた。


 最近、ノアは透を「お兄ちゃん」と呼ぶようになった。


 結衣と明日華のことは、どちらも「おねぇちゃん」。


 不思議なことに、同じ呼び方をしているのに、結衣と明日華にはどちらを呼んだのか分かるらしい。


 声の調子なのか。


 わずかな違いなのか。


 さすがは双子ということなのだろう。


 真白だけは「真白ちゃん」。


 透が捨て子だったという話を聞き、美琴たちがやって来てから、ノアの中でも何かが少しずつ変わり始めているようだった。


「さて」


 美琴が手を叩いた。


「お昼にしましょうか」


「賛成ーー!」


 真っ先に手を上げたのはルカだった。


 もはや、ルカが腹を空かせていることに驚く者はいない。


 準備が整い、操縦室中央の作戦デスクには食事が並べられた。


 全員がそれぞれ席につく。


「では――いただきます」


「「「いただきます!」」」


 元気な声が、ブルートリトン号の船内に響いた。



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